b408 アルハンブラ物語 上下 ワシントン・アーヴィング 岩波文庫 1997
 2015年10月のスペインツアーでアルハンブラ宮殿を訪ねたとき、ガイドが、この部屋でワシントン・アーヴィング(1783-1859)が「アルハンブラ物語」を書いた、と教えてくれた。スペインに関する書籍・資料を検索すると「アルハンブラ物語」が必ず出てくるが、まだ読んでいなかった。帰国後、図書館から借りて読んだ。最近、本を読む時間が少なく、上下巻を読み切るのに一ヶ月半もかかってしまったが、アーヴィングの筆さばきは絶妙で・・訳者の力も大きい・・、アルハンブラ宮殿の魅力を描き出しているばかりでなく、堪能なスペイン語を駆使してアルハンブラ宮殿にまつわる伝承を集め、物語に整理し直していて、見学の不十分さを補ってくれた。アルハンブラ宮殿を訪ねる予定があれば、半日ほど時間を余分にとり、サラッとアルハンブラ宮殿を見学し、それから「アルハンブラ物語」を読み通し、こんどは本を手にじっくりとアルハンブラ宮殿を探訪すると、アーヴィングが見つけた宮殿の魅力を発見できると思う。
 内容を目次で紹介する。
上巻 1 旅
2 アルハンブラ宮殿
3 歴史的交渉 筆者、ボアブディルの王位を継ぐ
4 アルハンブラの住民たち
5 大使の間
6 イエズス会図書館
7 アルハンブラの築造者、アルハマール
8 アルハンブラ宮殿の完成者、ユース・アブール・ハジーグ
9 神秘の部屋
10 コマレスの塔からの眺め
11 ドロレスと放蕩児
12 バルコニー
13 煉瓦職人の冒険
14 ライオンの中庭
15 アベンセラーヘ家
16 ボアブディルゆかりの場所
17 グラナダの大祝祭
18 アルハンブラの民間伝承
19 風見のある館
20 アラブの占星術師の伝承
下巻 21 アルハンブラへの来訪者
22 遺品と家系
23 ヘネラリーフェ離宮
24 アフメッド・アル・カーミル王子の伝説
25 アルハンブラの丘をマテオと歩く
26 モーロ人の遺産の伝説
27 ラス・インファンタスの塔
28 三人の美しい王女の伝説
29 アルハンブラの薔薇の伝説
30 歴戦の老兵
31 片腕の総督と公証人
32 片腕の総督と兵士
33 アルハンブラの祝宴
34 二体の思慮深いニンフ像の伝説
35 アルカンタラ騎士団長の十字軍
36 スペインのロマンス
37 ドン・ムニョ・サンチョ・デ・イノホサの伝説
38 イスラム・アンダルスの詩人たち
39 マヌエルの遠征
40 魔法にかけられた兵士の伝説
41 グラナダに別れを告げる
 著者アーヴィングを調べた。父はスコットランド、母はイングランドの移民で、11人兄弟の末っ子としてニューヨークで生まれた。1804〜1806年にヨーロッパを旅し、帰国後、弁護士のかたわら文筆活動も始めるが、イギリスで貿易商をしていた兄を助けるため1815年にイギリスに向かう。兄が破産したため、そのままイギリスに滞在し?、文筆活動に専念する。スペイン語が堪能で、ドイツ語やオランダ語なども読み書きできたことや、法律家だったことから、アメリカの外交官メンバーとしてヨーロッパ各地を訪ねたらしい。この本には、モーロ人(スペイン語)=ムーア人(英語)の文化に強い興味を持っていたことが再三出てくるから、かなり早い時期にレコンキスタ時期のスペインに興味を持ち、それが動機でスペイン語を習得し、スペインに関する本、古書を読んでいたのではないだろうか。結果的に1829年にアメリカ公使館書記官に任命されて帰国するまでの43ヶ月もスペインに滞在している。
 1829年の春、たぶんラバに乗ってグラナダを訪ねた・・上巻1 旅・・。市の中心部に住んでいる総督に表敬訪問したところ、アルハンブラ宮殿に滞在するよう勧められ、宮殿に住むことになった・・上巻3 歴史的交渉 王位を継ぐ・・。まずはアルハンブラ宮殿の探索が始まる。
 宮殿には「アルハンブラの息子」が住んでいた・・上巻2 アルハンブラ宮殿・・。その一人マテオは伝承に詳しく、アーヴィングにどこに行くにもついてきて案内かたわらそのいわれや伝承をアーヴィングに話す。素晴らしい水先案内人、かつ歩く百科事典を得たアーヴィングはメモをとり、スケッチをし、脈絡をつけて整理し、考証し、物語としてまとめていった。
 この本は大きく分けて、一にアルハンブラ宮殿の魅力、二にグラナダの人々の考え方や行動、そして三にモーロ人にかかわる伝説がおさめられている。それぞれ読み切りになるようにまとめられているので、読みやすいし、目次から読みたいところ選んでを先に読んでもつじつまは合う。
 強いていえば、モーロ人の伝説がかなり集録されているが、文脈が類似していて、結末が予測できてしまう。スペイン語で伝承を聞き取り、考証を加えてまとめてくれたアーヴィングには申し訳ないが、あっまた同じような話だと思ったことが何度かあった。言い換えれば、それだけモーロ人の文化が根強いことの証しでもある。なにせイスラム教徒がイベリア半島に進出し始めたのが700年代、その後各地でレコンキスタ=国土回復が進み、最後のイスラム教徒の砦になったグラナダが陥落したのが1492年であるから、長いところでは700年間もイスラム教徒・モーロ人が支配者だった。ところが、イスラム教徒・モーロ人はイベリア半島の旧来の住民であるキリスト教徒との共存を基本にしたのである。しかも騎士道をわきまえて、敬うべきことは敬い、約束は果たし、騎士としての尊厳を尊重した。アーヴィングが早くからスペイン人+モーロ人に興味を持ったのは、そうしたイスラム教徒・モーロ人の生き方に惹かれたからではないだろうか。
 その後、スペインは太陽の沈まない国として栄え、やがて無敵艦隊が敗れて衰退が一気に進み、内戦が続き、と激動の歴史を歩んできた。表面的に見るとスペインを見誤るかも知れない。スペインの旅を考えている方は、現代のスペインにも通じるかつてのスペイン人+モーロ人の気質をこの本から読み取ることをおすすめしたい。グラナダを訪ねる予定の方はぜひこの本を持参して、アルハンブラ宮殿でひもとくことをおすすめしたい。(2015.12読)