b411 ハプスブルク家の人々 菊地良生 新人物文庫 2009
 イベリア半島は、711年から、侵攻してきたイスラム勢力の支配下に入る。一方、イベリア半島に群雄割拠していたキリスト教諸国は徐々にレコンキスタ国土回復を進めていく。やがて、カステーリャ王国のイサベルとアラゴン王国のフェルナンドが結婚し、それぞれがカステーリャ王女イサベル1世、アラゴン王フェルナンド2世となり、連合王国が成立する。1492年、最後のイスラム勢力グラナダを奪回し、レコンキスタが完結する。イサベル1世とフェルナンド2世の次女フアナは、ハプスブルク家のフィリップと結婚、カールが生まれる。ほどなくフアナはカステーリャ女王となり、カールが共同統治者に就く。そしてカールが、スペイン王カルロス1世=ハプスブルク領を統治するカール5世となる。前後して、南アメリカ、中央アメリカ、東南アジアを植民地とし、太陽の沈まぬ国として繁栄をみるが、おごれる者久しからず、国力を失い、ハプスブルク家が断絶し、フランスブルボン朝に王位を明け渡すことになる。
 ということで、スペインにおいてはカルロス1世=カール5世からハプスブルク家が始まるが、さかのぼると、現スイスのハプスブルク伯ルドルフが1273年、ドイツ王=神聖ローマ帝国君主に選ばれたのが発端になる。続くハプスブルク家の領主は政略結婚によって領地を広げ、「ハプスブルク家の人々」の表紙に「ヨーロッパ史に燦然と輝く華麗なる王家」と書かれるほどの勢力を誇った。
 およそ700年に及ぶハプスブルク王家であるから、本流で輝く人もいれば、亜流で光の当たらない人もいる。度重なる血族結婚で病弱、障害を発症したり、陰謀によって幽閉、暗殺されることも少なくないらしい。
 著者菊池氏は1948年生まれで、ドイツ・オーストリア文化史を専門とし、ハプスブルク家や神聖ローマ帝国に関する著書も多い。この本では、ハプスブルク家の黄金時代を築いた人々ではなく、黄金時代からこぼれてしまった水銀時代の人々を取り上げている。著者によればエピゴーネン(=模倣者・追随者)の人々のエピソードである。
 取り上げられた人々とエピソードを目次に沿って列挙する。
ルドルフ4世@−偽書の迷走
ルドルフ4世A−ハプスブルク家の下唇
フリードリヒ3世−生き延びた昼行灯
マクシミリアン2世−宗教紛争に引き裂かれた快活なプリンス
フリードリヒ5世−ハプスブルク家にくわれた獅子
フランツ2世(1世)−神聖ローマ帝国の消えた日
フランツ・カール大公−皇帝になれなかった男
マクシミリアン大公@−ハプスブルク家に乾杯 
マクシミリアン大公A-ハプスブルク家の厄介叔父
マクシミリアン大公B−皇后シャルロッテの手紙
マクシミリアン大公C−マクシミリアンとグリルパルツァー
マクシミリアン大公D−ウィーン紀行/シェーンブルン動物園
ヨハン大公−海に消えたハプスブルク家の反逆児
皇太子ルドルフ@−国家転覆の小函
皇太子ルドルフA−1884年ウィーン事件
マチルダ大公女−プリンセス焼死
ハプスブルク家の女たち
ハプスブルク家とその周辺を彩る10人の英雄/フリードリッヒ1世−赤髭王、マクシミリアン1世−中世最後の騎士、ゼルトナー−名もなき兵士たち、ヴァレンシュタイン−王位を狙った男、アウグスト1世−強健侯、フリードリッヒ2世−大王、カール大公−アスペルンの勝者、モルトケ−偉大な沈黙者、ビスマルク−戦争を操る平和主義者
ハプスブルク家とその周辺を巡る謎の重大事件/ファウスト伝説、モーツァルト毒殺疑惑、ヨーロッパの孤児カスパール・ハウザー、ルートヴィッヒ2世の変死、ルドルフ皇太子暗殺疑惑、ヨハン・オルト生存伝説、サラエボ事件の謎、ヒンデンブルク号墜落事件、ルドルフ・ヘスの謎、ヒトラーの死
 それぞれのエピソードは短いし、著者は資料を基にしながら軽やかなエッセー調で書き上げているので読みやすい。ただし、多少なりともヨーロッパ史とハプスブルク家の流れと功績が分からないと、登場人物とエピソードがどんな意味合いなのか理解できず、字面を追うだけになってしまうかも知れない。ヨーロッパ略史とハプスブルク家の関わりの年表、ハプスブルク領のイメージ図などが挿入されているとより理解が深まったと思う。
 ハプスブルク家はいくら語っても語り尽くせないほど歴史に大きな役割を果たし、本流で輝く人も傍流で隠れている人も大勢いいるから、ハプスブルク家に興味があるのであれば、この本のほかに何冊か読むことをおすすめする。(2016.2読)