b412 まぼろしの王都 エミーリ・ロサーレス 河出書房新社 2009
 図書館のスペイン文学コーナーでこの本を見つけた。まぼろしの王都というミステリーじみたタイトルが気になった。
 目次を開けると、1 見えないまち
2 ナポリ 「見えないまちの回想記」より
3 湾の灯り
4 ヴェネツィア 「見えないまちの回想記」より
5 彼は彼女を愛していたのに
6 マドリード 「見えないまちの回想記」より
7 昔の道から
8 サンクトペテルブルク 「見えないまちの回想記」より
9 アリアドナのことを忘れないで
10 サンクトペテルブルク 「見えないまちの回想記」より
11 想像の牢獄
12 マドリード 「見えないまちの回想記」より
13 謎の終わり・・・・それともはじまり
14 知らない道をとおって
15 エピローグ  で、ナポリ、ヴェネツィア、マドリード、サンクトペテルブルクと歴史的+魅力的な町が並んでいて、興味をそそった。
 パラパラ読むと文の流れもいい。さっそく借りて読み出し、訳者の名前を見て驚かされた。つい先日読み終えた「風の影」の訳者と同じなのである。道理で文の流れがいいはずだ。ボリュームは332ページと読み応えがあったが、物語に引き込まれた。現代と18世紀の二重構造が・・風の影も二重構造になっていた、スペインで流行っているのだろうか?・・物語の展開をドラマティック+ミステリアスにしている。
 現代の主人公は、スペイン・カタルーニャのエブロ川河口のサンカルラス・ダ・ラ・ラピタで育ったエミーリ・ロセルである。ロセルは子どものころ、サンカルラス・ダ・ラ・ラピタの丘の斜面に埋もれていた見えないまちを遊び場にしていた。やがて大学を終え、友人ソフィアの手引きで、いまはバルセロナの画廊を経営している。そのロセルに「見えないまちの回想記」が届く。誰が送ってきたかが鍵になる。
 回想記の主人公は、18世紀、イタリア・アレッツォで生まれ、ローマで建築技術を習得し、のちのスペイン王カルロス3世=ナポリ王カルロ7世(1716-1788)の新都構想を担当するアンドレ・ロセッリである。
 物語は、現代のロセルがロセッリの回想記の見えないまちを解き明かし、ジャンバッティスタ・ティエポロの絵を探し当てる展開である。
 物語中にも時代背景や登場人物の紹介があるが、訳者は親切にも巻末に「見えないまちの回想記に登場する人物」「小説中に引用される人物」を注記している。言い換えれば、18世紀のスペイン、ナポリの歴史、新都サンクトペテルブルクの成り立ち、ティエポロなどのルネサンスの絵画の知識があると物語の流れを理解しやすい。もっとも、私はティエポロを知らなかったから、物語中に出てくるティエポロの絵の特徴はあいまいのまま読んでしまった・・インターネットで絵を見ておくといい・・。
 見えないまちのきっかけとなるカルロス3世はスペイン・ボルボン朝のフェリペ5世の子として生まれ、マドリードの王宮で育った。少し前、スペインは、スペイン継承戦争(1701-1713)でシチリア、ナポリを失ってしまった。のちに、ポーランド継承戦争(1733-1735)がおき、カルロス3世がシチリア、ナポリを奪い返し、ナポリ王カルロ7世になる。カルロ7世は、ナポリ生まれの建築家ヴァンヴィテッリにカゼルタ宮殿の建設を命じる。ローマで建築を学んだロセッリはヴァンヴィテッリのもとで修業する。このとき、ヴァンヴィテッリの娘チェチーリアを見かける。ヴァンヴィテッリ没後は弟子のフランチェスコ・サバティーニがカゼルタ宮殿の建築を引き継ぎ、ロセッリもサバティーニのもとで働く。
 フェリペ5世のあとを異母兄フェルナンド6世が継いだが、フェルナンド6世が没したため、カルロ7世がスペイン王カルロス3世となり、マドリードの王宮に移り住むことになる。しかし、カゼルタ宮殿の想いが忘れられず、スペインに新都をつくろうと、サバティーニをマドリードに呼びよせる。ロセッリも同行し、サバティーニの推薦もあり、カルロス3世からも認められ、新都の構想に着手する。ヴァンヴィテッリの娘チェチーリアは、年が離れていたがサバティーニに嫁いでくることになる。
 カルロス3世は、新都の宮殿にはヴェネツィア生まれでルネサンス後期の巨匠ジョヴァンニ・ティエポロの絵画が不可欠と考え、ティエポロを招へいするためロセッリをナポリに派遣する。ロセッリはティエポロの絵の躍動感、優美さに心酔し、新都にふさわしと感じていたので説得に成功する。やがて、2人は厚い信頼で結ばれる。
 カルロス3世は、ロシアのピョートル大帝が新都サンクトペテルブルク=ピョートルの都を建設したことを念頭に、スペインの新都をサンカルロス=カルロスの都と名づけ、ロセッリにサンクトペテルブルクの調査を命じる。このころ、ロセッリとチェチーリアはサバティーニに隠れて愛を育んでいた。サンクトペテルブルク行きはサバティーニがチェチーリアとロセッリを引き離すためだったかも知れない。ロセッリとチェチーリアの愛の行く末は??、これも物語の見せ場になっている。
 ロセッリがサンクトペテルブルクから戻ったのに、カルロス3世から呼び出しがない。情勢が変化し始めたようだ。それでも候補地を探し、インフラに着手する。それが現代のロセルが子どものころ遊び場にしていたサンカルラスの見えないまちである。
 ロセルといっしょに見えないまちで遊んだ幼なじみのジョナス・ソレルはソフィアと結婚するが、麻薬に手を出していて、それが露見し刑務所で自殺する。ソフィアはソレルの伝言をロセルに渡す。伝言は「アリアドナ・・」であった。アリアドナはソレルの妹で、ロセルといい仲だったが、ロセルの起こしたバイク事故で半身不随となり、やがて疎遠になっていた。ロセルは思い切ってアリアドナに会いに行く。そしてロセルはアリアドナと回想記の謎解きに挑む。
 18世紀のロセッリによる見えないまちを現代のロセルが解き明かしていく展開だが、18世紀も現代も結末では同じ信念を分かち合う人と共に生きようとする場面で締めくくっている。王都はまぼろしになったが生きる喜びを確信しているロセッリ、回想記の謎解きを通してアリアドナと分かち合う喜びを確信したロセル、著者のメッセージは「いまを生きる喜び」のようだ。(2016.3読)