book430 ゲルニカに死す 佐伯泰英 文藝春秋 1996 
 「ゲルニカ」といえば、パブロ・ピカソ(1881-1973)による縦349cm×横777cmのゲルニカ空爆の悲惨を描いた絵を連想する。
 1937年5月からパリ万国博覧会が予定されていて、ピカソはスペイン共和国政府の依頼でスペイン館の壁画を描くためパリにいた。そのころスペインではフランコ率いる反乱軍が台頭していた。1937年4月、フランコを支援するドイツ空軍とイタリア軍の爆撃機がスペイン・バスク州ゲルニカに無差別爆撃を繰り返し、大勢が犠牲になり、町は壊滅的な被害を受けた。ゲルニカの無差別爆撃の知らせを聞いたピカソは、ゲルニカ爆撃をテーマにして、巨大なキャンパスにモノクロームで牛の頭、子どもを抱えて泣き叫ぶ母親、いななく馬、天を仰ぎ救いを求める男、苦しみ叫ぶ人々をわずか1ヶ月で描きあげた。スペインはフランコが独裁を進めていたので、「ゲルニカ」はパリ万博閉幕後アメリカで展示会が開かれ、その後、ニューヨーク近代美術館に保管された。フランコ没後の1981年、「ゲルニカ」のスペイン返還が決定され、バスク州などが受け入れを希望したが、マドリッドのプラド美術館に運び込まれた。1992年、マドリッドのソフィア王妃芸術センター開館し「ゲルニカ」はソフィア王妃芸術センターに移された。これは史実である。
 ・・1992年のスペインツアーではプラド美術館見学しか予定されておらず「ゲルニカ」を見ることができなかったが、2015年のスペインツアーではソフィア王妃芸術センターも訪ね、壮大な「ゲルニカ」をじっくり鑑賞した・・。
 この本のタイトルのゲルニカはまさにピカソの「ゲルニカ」を指している。先に目次を記す。
第1章 空襲
第2章 帰郷
第3章 失踪
第4章 古邑
第5章 火傷
第6章 連鎖
第7章 過去
第8章 孤児
第9章 空白
第10章 正体
第11章 潜像
終章 検証
 第1章・空襲とは1937年4月の無差別爆撃を意味する。爆撃の1週間ほど前、画家を目指す日本人菊池信介が画材道具を持ってゲルニカ駅に降り立った。もちろんここからはフィクションである。信介は見習い修道女のミレイアと出会い、ミレイアを描く。それが表紙絵である。1週間後、ドイツ空軍とイタリア軍の爆撃機による波状攻撃が始まる。ミレイアと一緒にいた信介は攻撃を逃れるために最短のモンテフェルテ伯爵邸の防空壕に逃げ込む。第1章はここで終わるが、その後の展開で、信介は防空壕にいた白い三角帽子の男たちにより草刈り鎌で喉を切られて殺され、ミレイアはひどい暴行を受ける。白い三角帽子の男たちはなぜ信介を殺し、ミレイアに暴行を加えたのか。あとで、史実にフィクションを加味しながら、ゲルニカ攻撃が明らかにされる。
 第2章・帰郷は話が現代に飛ぶ。倒産したテレビ企画事務所の土岐健次が、大学時代の恩師で退職してスペインに渡った美術評論家の宮岡利三の訪問を受ける。宮岡はスペイン文化大臣エンリケ・ラスカノと懇意で、宮岡によればエンリケは「ゲルニカ」を広島、長崎に貸し出してもいいと考えているそうだ。実現すれば世界的な耳目を集めることになる。土岐はもとの親会社の生井に相談したところ乗り気になり、具体的な調整のため生井の部下で土岐の後輩である金森がスペインに出かけた。ところが金森はラスカノ大臣と会ったあと、ゲルニカに向かったらしく、ゲルニカの墓地で喉を切られて殺されているのが発見された。
 なぜ金森は殺されたのか?、謎を残して話は1937年4月のパリに場面が移り、ピカソが登場する。ピカソがゲルニカの空襲を知ったところで第2章が終わる。
 第3章・失踪は、金森の遺体送還に立ち会った土岐が金森がラスカノ大臣に会うときの通訳を担当した音楽研究生の椿しのぶと出会うところから始まる。二人で宮岡の家を訪ねるが行方知れずだった。ラスカノ大臣に話を聞くが「ゲルニカ」貸し出しの件は知らないという。またも狐につままれてしまうが、話はピカソに移る。画題のイメージがわき出したところで第3章が終わる。
 第4章以降で、金森の死の真相を探ろうと土岐としのぶはゲルニカに向かい、事件を担当したゲスレヤ刑事に話を聞いたり、アラサマグニ修道院長と親交を深めたりする。しのぶはアラサマグニがミレイアではないかと直感する。
 土岐としのぶの周りで殺人が起こり、さらに一見ゲルニカと縁の無さそうな遠く離れたところでもで、次々と殺人事件が起きる。やがて宮岡が現れ、次第に真相が明らかになっていく。あとは読んでのお楽しみ。
 話が前後するが、傷心のミレイアをパリの修道院に送ったときに付き添ったホセは、その足でピカソを訪ねていた。ホセは、信介のスケッチブックと、白い三角帽子のグループがゲルニカの爆撃のさなかに殺戮を働いていた話をピカソに大金で売りつける。この本では、ピカソの「ゲルニカ」はホセの話に基づいて描かれた設定になっている。
 奇想天外な展開もあるが、ゲルニカにおける悲惨な無差別爆撃と数々の悲劇が起きたことを思い起こさせてくれた。読みながら何度もインターネットで「ゲルニカ」を参照し、戦争は悲惨しか残さないと改めて確信した。(2016.12読)