book435 暗殺者グレイマン マーク・グリーニー 早川書房 2012
 著者グリーニー(1967-)はアメリカの小説家で、2009年出版のデビュー作「暗殺者グレイマン」がベストセラーになった。続くグレイマンシリーズもたいへんな人気だそうだ。原題The Gray Manは人目につかない男を意味するが、日本ではタイトルに暗殺者を冠しているように、主人公ジェントリーはもとCIA特殊活動部に属していて、いまは表向きロンドンで民間警備会社を経営するフィッツロイから暗殺の仕事を引き受けている。
 書き出しの舞台がイラク西部の荒れ地で、ジェントリーは・・あとで分かるが、フィッツロイの依頼でナイジェリア大統領の弟であるエネルギー大臣の・・暗殺を実行し脱出しようとしていたが、アルカイダと戦っているアメリカ陸軍の大型ヘリコプターが墜落する場面に遭遇してしまう。アメリカ兵を救出すれば脱出が難しくなるが、同胞がアルカイダの拷問を受け斬首されてしまうのに我慢がならず、高性能のライフルを連射して生き残ったアメリカ兵を助け出す。書き出しから切羽詰まった展開で、息をつかせない。ダイナミックな展開が人気の一つであろう。もっともこの時点ではイラク戦争が舞台かと思ってしまったが・・。
 著者は書き出しのなかで、さりげなく主人公ジェントリーの腕のすごさと、自分が窮地におちいる可能性があっても同胞を救出しようとする人間味を紹介している。人間味のあるジェントリーの設定も人気の一つになる。
 ナイジェリアには石油と天然ガスが豊富で、多国籍企業であるローラングループが液化天然ガスを輸送するパイプラインの技術を保有していた。ローラングループはナイジェリア大統領と契約する直前で弟が暗殺されたため、ローラングループに、暗殺者であるジェントリーを始末し証拠に首を送ってきたら契約すると脅してきた。この契約の担当であるロイドは、フィッツロイの警備会社に乗り込んできて、ジェントリーを引き渡すよう申し入れる。ジェントリーを暗殺者に育てたフィッツロイはジェントリーを信頼していて、ロイドの無謀な要求を断る。契約破綻を避けたいロイドはなんとロンドンで不動産業を営むフィッツロイの息子フィリップ、嫁、双子の娘クレアとケイトを誘拐し、ノルマンディの堅固な城館に監禁してしまう。家族かジェントリーか、苦渋の選択をしたフィッツロイは、イラク西部からヘリコプターでジェントリーを救済するはずの部下にジェントリー抹殺を指示する。怪しげな挙動を察知したジェントリーは救済チームを倒しヘリコプターから脱出するが、足を痛めてしまう。
 作戦の失敗を聞いたロイドは、ローラングループの保安危機管理担当のリーゲルにジェントリー抹殺を任せる。善悪、明暗の分かりやすい対比が物語を明快にしていて、これもベストセラーの秘訣のようだ。
 リーゲルはドイツ連邦国防軍出身で、保安危機管理には非合法手段による問題解決、秘密情報収集、企業スパイ、ときには殺しも含まれていた。ジェントリー抹殺を任されたリーゲルは、ボツワナ、インドネシア、リビア、ベネズエラ、南アフリカ、サウジアラビア、アルバニア、スリランカ、カザフスタン、ボリビア、リベリア、韓国のそれぞれトップレベルの秘密工作員12チームに大金を用意してジェントリー抹殺を依頼する。
 フィッツロイが裏切り、ロイド+リーゲルが密かに抹殺を企てていることを知らないジェントリーは、トルコに逃げ延び、グルジアを通過し、プラハに向かう。リーゲルは各地に監視員を配置していて、ジェントリーを発見する。プラハに最も近かったアルバニアチームがジェントリーに近づく。カフェで怪しげな挙動に気づいたジェントリーは先手を打ってアルバニアチームを倒したあと、フィッツロイに連絡を入れる。フィッツロイは自分もロイドに監禁されて脅されていることはいわず、家族がノルマンディーに監禁されていて、48時間以内にジェントリーが現れないと家族が殺されると告げる。
 ジェントリーは、48時間以内に双子の姉妹を助け出そうと決意し、偽造パスポートを作るためブタペストの詐欺師に会いに行く。ところが詐欺師が裏切り、ジェントリーがいることをフィッツロイに教える。これを聞いたロイドはリーゲルに伝え、リーゲルはインドネシアチームを急行させるが、間一髪でジェントリーは難を逃れる。またも傷を負いながら、ジェントリーはフィッツロイも知っているスイスの隠れ家に向かう。フィッツロイはリーゲルに隠れ家を教え、リーゲルの指示でリビアチームが隠れ家を襲うが、ジェントリーは何とかリビアチームを倒し、フィッツロイが裏切っていることを確信する。
 新たな暗殺チームが襲うたびに傷を負いながら敵を打ち負かし、満身創痍でノルマンディーの隠れ家にたどり着く。何重もの迎撃態勢を敷いた城館から双子姉妹をどのように助け出すか?。深手を負っているジェントリーに策はあるか?。ということで、最後の最後まで超人的なジェントリーの活躍ぶりが展開する。
 金が絡んだ裏社会はこんなにもすさまじいとうことが微細に描かれているが、勧善懲悪の主張ではなさそうだ。傷を負いながらも次々と敵を倒し、最後に囚われていた双子を救い出す活劇が、アメリカ人好みなのかも知れない。(2017.2読)