book447 甲賀忍法帖 山田風太郎 講談社文庫 1998
 先だって滋賀を旅した。滋賀といえば甲賀流の本拠がある。子どものころ、霧隠才蔵を筆頭とする忍者ものをずいぶん読んだ。甲賀・伊賀の対決は日常を超えた異常な力を発揮していて、興奮させられた。そのころ読んだ本はどちらかというと伊賀びいきで、反甲賀、反徳川だった記憶がある。徳川安泰を支えた甲賀の働きも評価しなければならない。忍術、忍法といえば山田風太郎氏(1922-2001)が知られる。忍法という呼び方も山田氏だったはず、ということで「甲賀忍法帖」を読んだ。
 p18〜に家康(1543-1616)の思いが述べられている。かつて、織田信長は家康の長子・信康が武田と内通していると疑いをかけた。やむなく家康は2代服部半蔵・・1代目は室町時代の伊賀出身忍者、2代目〜が徳川に仕える、12代目で明治維新、半蔵門は半蔵の屋敷があったことにちなむらしい・・を使わせ、信康を自刃させた。家康の次子が秀康、第三子が秀忠だが、家康は秀忠を後継者にした。そのため秀康は狂気したらしい。もし、信康が生きていればと、家康は悔やんだ。秀忠には長子・竹千代、次子・国千代がいる。やがて跡目をどちらにするか竹千代派と国千代派の抗争が表立ってきた・・史実は竹千代が3代将軍に就いている・・。家康は自分の次子、三子の諍いを経験している。竹千代、国千代どちらに後を継がせても騒動が起きそうだ。
 山田氏はこの史実に甲賀・伊賀の忍法の戦いをからませたのである。本では、1代目の服部半蔵が甲賀・伊賀の闘争を掌握し、2代目が引き継いでいたが、p30〜家康は服部半蔵に甲賀組10人衆と伊賀組10人衆の闘争禁制を解かさせ、甲賀組が勝てば国千代を、伊賀組が勝てば竹千代を3代将軍にすることにした。読者は史実から結末を安易に理解してしまうかも知れないが、山田氏はロミオとジュリエットを登場させるなど、見事な筆裁きで最後まで読者を緊張させながら、物語を進めていく。
 戦う10人衆は、甲賀組筆頭・甲賀弾正以下、甲賀弦之助、地虫十兵衛、風待将監、霞刑部、鵜殿丈助、如月左衛門、室賀豹馬、陽炎、お胡夷、伊賀組筆頭・お弦、朧、夜叉丸、小豆蝋斎、薬師寺天膳、雨夜陣五郎、筑摩小四郎、簑念鬼、蛍火、朱絹だが、名前を見ただけでは得意の忍法は想像できない。そもそも山田氏の構想する忍法は常軌ではまったく想像できない。読者は山田氏の編み出す忍法を半ばあり得ないと思いながらも、半ば次はどんな技が演じられるのか期待しながら読み進む。いつの間にか、山田流忍法に眩まされているのである。
 目次を下敷きに物語の展開を紹介する。
大秘事・・・ここで家康の苦悩や時代背景、伊賀・甲賀の戦いなどのいわれが述べられる。服部半蔵の禁制が解けたことから、直ちに筆頭同士の壮絶な戦いが始まる。参集したそうそうたる武士たちの目にもとまらぬうちに、甲賀弾正とお弦は相打ちになり、命を落とす。
甲賀ロミオと伊賀ジュリエット・・・甲賀弦之助と朧は恋仲で、結婚間近の設定である。二人が結婚すれば伊賀・甲賀の積年の戦いも和睦となる。しかし、和睦を良しとしない者も少なくない。とりわけ、伊賀は甲賀弦之助の配下になるのが許せないと感じている者が多い。にもかかわらず、二人は純真に思い合っている。禁を解かれて伊賀・甲賀の戦いが始まっていたが、甲賀・伊賀の里はまだ知らない。
破虫変・・・10人衆の名を記した巻き物の争奪から戦いが始まる。手足のない達磨のような地虫十兵衛が口に飲み込んでいた槍で薬師寺天膳を貫き、天膳は屍となった、はずが生き返ってきて、十兵衛は倒されてしまう。風待将監は蜘蛛の糸を口から噴き出し小豆蝋斎、簑念鬼、筑摩小四郎を仕留めようとしたとき、爬虫昆虫を自由に操る蛍火に倒されてしまう。
水遁・・・甲賀弦之助は伊賀の里に招かれ朧と幸せを語っていた。供の鵜殿丈助は、ナメクジのように身体が溶けていたが水中で元に戻った雨夜陣五郎に倒されてしまう。
泥の仮死面・・・縄投げの術を持った夜叉丸は、土塀に同化した霞刑部に倒される。如月左衛門は死んだ夜叉丸の面型を使って、自分の顔を夜叉丸の顔に変え、声色も変えて夜叉丸になりすます。
人肌地獄・・・このように伊賀・甲賀の10人衆が奇怪な技を繰り広げ死闘していく。
忍法果たし状
猫眼呪縛
血に染む霞
魅殺の陽炎
忍者不死鳥・・・竹千代の乳母である阿福=のちの春日局の一行が登場する。阿福は密かに伊賀組の応援に回る。伊賀組を継ぐ朧は、愛する甲賀弦之助を倒さなければならない。葛藤する。
破幻刻々
最後の勝敗・・・甲賀弦之助と対峙した朧はどうするか?。あとは読んでのお楽しみに。
 史実を踏まえながら甲賀・伊賀の壮絶な殺し合いを展開させた山田氏の忍法帳は、奇想天外+ドラマティックで大いに楽しめた。大勢が殺されたが、浮き世離れしているから気にせず読み通せたのかも知れない。弦之助と朧をロミオとジュリエットに重ね、最後まで相愛を貫く展開も殺伐とした物語を和ませている。(2017.8)