book448 夏子の冒険 三島由紀夫 角川文庫 1960
 北海道を舞台にした本を探していくつか見つけ、図書館でパラパラめくり、この本を選んだ。三島由紀夫(1925-1970)が26才のころ、1951年の出版だから、10年一昔の言い方でいえば大昔のことになるが、私が始めて北海道に渡ったのが1964年だから時代背景にさほど違和感を覚えなかった。
 私の時代では、女性の生き方、結婚について昔ながらの考え方が少なくなかったが、徐々に女性の自立や古い因習にとらわれない新しい結婚観も認められつつあった。三島氏は、夏子にその先駆けを象徴させたようだ。また、夏子も恋人になる井田毅も純朴に表現されている。三島氏45才の壮絶な自決をニュースで知ったとき、自衛隊決起せよの気迫に驚かされたがが、夏子の冒険を描いたころは意外と三島氏自身も純朴だったように感じる。
 目次で物語の展開が想像できる。
第1章 情熱家はどこにいるの?/第1章では夏子の生き方が解説される。夏子は、p15あの中のどの男のあとについて行ってもすばらしい新しい世界へ行ける道はふさがれている・・と思い、p16誰のあとについて行っても愛のために命を懸けたり、死の危険を冒したりすることはない・・と考え、函館のトラピスト修道院に入る決意をする。一度言ったらあとに引かない夏子を知っている母、伯母、祖母が同行し、函館に向かうことになる。ところが、上野駅で寝台車に乗り込むとき、猟銃を背負った青年が通りがかった。夏子は青年の目の輝きに「あれだ」と叫ぶ。
第2章 これぞ情熱の証/夏子は青函連絡船で井田を探しだす。夏子は井田の目を見て、p30・・海をじっと眺めているその目の輝きだけは決してざらにある者ではない・・と確信する。
第3章 美しい浮世の一日/夏子たちは湯の川温泉に泊まるが、夏子は宿を抜け出し、井田の旅館を訪ねる。函館山に登る途中、p38・・この人は何も言わないでも通じる人・・と思う。
第4章 函館山の頂にて
第5章 恋に落ちぬこそ不思議/夏子の問いに、井田はかつてアイヌの部落で秋子と知り合ったことを話す。続きは6章へ。
第6章 麦藁帽子/井田は秋子が好きになった。結婚しようと考えた矢先、4本指のどう猛な熊に襲われ、命を落とす。
第7章 やさしい片腕/井田はさっそく仇討ちに出かけたが、見つけられなかった。その後せっせと働き、長期休暇を取って仇討ちに出かけるところだと、話す。それを聞いた夏子は仇討ちに同行すると決意する。
第8章 寝耳にお湯/母、伯母、祖母が温泉に入っているあいだに夏子は書き置きを残して、井田のもとに向かう。以下28章までが井田と夏子の熊狩りの話が時に挫折しそうになり、時に一線を越えそうになり、時にユーモアを交え、展開していく。アイヌの人たちの暮らしがていねいに描写されている。
第9章 たのもしからぬ情熱家
第10章 狩の旅第1日
第11章 御褒美は事成るのちに
第12章 閑日月
第13章 思わざる神の裁き
第14章 友情の見せどころ
第15章 第二の狩
第16章 帰りなんいざ
第17章 親切の種類
第18章 襲われて
第19章 会見記
第20章 不二子証人となる
第21章 戦闘準備
第22章 狩猟家気質
第23章 苦難の恋人
第24章 蘭越古潭の夜
第25章 登場人物一堂に会す/アイヌの部落で母、伯母、祖母は井田と初対面する。
第26章 詫びるのも奇妙な成行/母、伯母、祖母は井田に好感を抱く。
第27章 闇にうごめく物影/4本指の熊退治作戦が展開する。
第28章 身の毛のよだつ来訪者/熊はなんと母、伯母、祖母が泊まっている部屋に侵入してくる。
第29章 生きのかぎり忘れぬ一夜/井田は夏子とともに屋根に上っていて、熊が部屋から出てきたとき、見事ミッドランド銃を命中させる。
第30章 エピロオグ/熊を仕留め、仇討ちを成就した井田と夏子は、p258・・二人の恋がもっとも純粋に高まった・・青年の顔は神話時代の英雄の王子のようにみえ、夏子の顔は献身的な媛のそれであった・・二人の心は・・完全に合体していた・・。しかし、帰りの連絡船で井田が平凡な家庭の夢を語ったとき、夏子はp266・・煙草の箱に入った銀紙のような安っぽい輝きに変わっていることに気づき、井田のもとを離れてしまう。船室に戻った夏子は、母、伯母祖母に向かって、修道院に入ると宣言する。
 顧みて、すっかり若いころの冒険心を失った自分に気づかされた。夏子の期待に応えたくても、目の輝きを失わずに生きるのはなかなか至難・・。(2017.8)