book452 悲愁の剣 佐伯泰英 角川春樹事務所 2001
 長崎を舞台にした本を探して見つけた。実際の舞台は江戸・浅草界わいだが、長崎・出島の南蛮絵師・通吏とおり辰次郎が長崎代官の李次すえつぐ家の没落を解明しようとする展開であり、当時の長崎の海外貿易の利権が解説されるから、長崎を舞台にした本に分類されたようだ。
 物語は、第1章 浅草溜め
第2章 南蛮絵師
第3章 暗闘
第4章 黒い絵
第5章 思慕の人
第6章 浅草瑠理堂
終章 炎上 と展開する。
 ときは享保4年1719年・・8代将軍徳川吉宗の時代・・のころ、浅草寺近くの山谷堀で、27才の辰次郎が非人頭の車善七を助けたことから話が始まる。善七は命の恩人である辰次郎を、どぶを挟んで花の吉原と隣り合う非人小屋に案内する。善七たち非人は町奉行の配下にあり、処刑された罪人の始末、牢内の清掃、汚物処理などを任されていた。・・非人は士農工商の枠外であり、差別されていたが、反面、非人同士の結束は強いようだ・・。
 辰次郎は李次家の跡継ぎである茂嘉を、島流しにあった隠岐の島から密かに連れ出していて、李次家取りつぶしの真実を明らかにし、李次家再興を願い出ようと江戸に出てきたところだった。茂嘉は家族が惨殺されたショックで口がきけなくなっていた。辰次郎と茂嘉は、善七の口利きで浅草寺北の銀杏長屋に住むことになった。長屋には植木職人富三が目の見えない娘おしのと住んでいて、おしのと茂嘉はすぐに仲良くなり、笑顔も出るようになった。
 そのころ、長崎は海外貿易ができる唯一の港で、李次家は南蛮貿易で巨万の富を得、長崎奉行を代行するほどの権勢を誇っていた。出島を監理する町年寄を出島乙名と呼ぶそうで、この本では平塚四郎平が登場するが、すでに何者かに殺されている。辰次郎と李次家の長男茂之、四郎平の娘瑠璃は幼なじみであり、瑠璃は辰次郎が好きで結婚の約束をしていた。
 江戸から大村備前守清治が長崎奉行として着任する。大村は南蛮貿易を厳しく制限し始めた・・裏には、幕府が南蛮貿易を手中に収め莫大な利益を手にしようという魂胆があるらしい・・。幕府から要人・・あとで老中久世大和守唯周とわかる・・が長崎に来たおり、大村とともに李次家が接待をしたが、瑠璃も宴席の花となった。久世は瑠璃を側室にしたいと伝えたが、李次家は茂之と瑠璃の結婚を理由にこの申し出を断った。
 長崎奉行たちによる南蛮貿易の制限に、茂之は活路を見いだそうと辰次郎に安南の長崎交易所に手を貸すよう要望する。瑠璃との結婚を夢見ていた辰次郎は、長崎のため茂之の願いを受け入れ、瑠璃と一夜をともにしたあと、阿蘭陀船で密航する。
 間もなく長崎奉行が阿蘭陀船を抜け荷の罪で拿捕する。この知らせが安南の長崎交易所に届き、辰次郎はほとぼりが冷めるまで天竺などを放浪する。もともと剣の腕は確かだったが、異国で戦い方を身につけ、マカオではポルトガル人ジュゼッペ・カスティリオーネから油絵、遠近画法、フレスコ画などの技法を修得する。天竺に戻った辰次郎は抜け荷の罪で李次家の財産が没収され、一家が隠岐に流罪になったのを聞き、密かに帰国、茂之・瑠璃の息子・茂嘉を連れて江戸に向かい、冒頭の非人頭・善七と出会う。
 銀杏長屋に住むことになった辰次郎は、収入を得るためにおしのをモデルにした南蛮絵を描き、絵師の看板を掲げた。ほどなく吉原の売れっ子の花魁、高尾太夫から花魁道中を南蛮画で描くよう依頼が来る。辰次郎は高さ1間、幅1間半の屏風絵として見事な高尾太夫の花魁道中を仕上げるが、何かが足りない。・・高尾太夫が背負わされた運命の重さに耐える美しさと悲しみの交錯を認めた辰次郎は、見事な花魁道中に黒いつむじ風を書き加える。高尾太夫は本性を描いてくれたと喜び、黒い花魁道中を外から見えるように飾った。これがたいへんな評判になる。
 話が前後するが、辰次郎は李次家没落の真実を明らかにしようと、元長崎目付河原や元長崎奉行大村に会いに行く。その間、何度か襲われ、相手を倒すも、銃で撃たれ深手も負う。傷を癒やしながら高尾太夫の絵を描き上げてしばらく後、老中久世から呼ばれ、面をかぶった側室との淫らな絵を描けと指示される。断ったところ、銀杏長屋に久世の配下が押し込み、茂嘉を誘拐する。やむを得ず、淫らな絵を描き上げる。なんと、側室は惨殺されたはずの瑠璃で、辰次郎を襲った刺客も殺されたはずの瑠璃の父平塚四郎平だったことが露見する。さらに、茂嘉が辰次郎の子だったことも分かる。
 話がまた前後する。善七は死罪になった囚人、吉原で死んだ花魁、非人の霊を慰める六角形の供養堂を建てる許可が下りたので、辰次郎に天井画を依頼する。辰次郎は6間四方の天井にフレスコ画で天女を描き上げる。天女の顔は瑠璃に似ていた。背景はラピスラズリを用いた青い空で、善七は浅草瑠理堂と名付けた。検分した奉行は天女楽園図に切支丹画の嫌疑をかける。そこに善七の偽手紙で天井画を見に来た久世と側室・瑠璃が登場する。辰次郎は茂嘉を連れて立ち会った。
 辰次郎、瑠璃、茂嘉はどんな結末になるか?。話の展開に気になるところがあるが、長崎における海外貿易の利権にからむ陰謀、浅草界わいや吉原の様子を非人をからめてよく描き出している。(2017.10)