book506 おやつ泥棒 アンドレア・カミッレーリ ハルキ文庫 2000
 シチリアツアーの予習でアンドレア・カミッレーリ(1925-2019)の「モンタルバーノ警部 悲しきバイオリン」(book503参照」)を読んだ。
 シチリア・アグリジェント在住の日本人ガイドに聞いたら、モンタルバーノ警部シリーズはお茶の間の人気テレビドラマだそうで、著者カミッレーリの突然の訃報を嘆いていた。
 シャーロック・ホームズのような理詰めで犯行を解き明かすタイプではないが、食には目がなく、話し方はがさつだが親しまれる性格であり、勘が鋭く気になることがあれば時間を気にせず行動を起こし、根気よく犯罪を明らかにしていく性格がシチリア人に好まれたようだ。
 「悲しきバイオリン」はモンタルバーノ警部シリーズ第4作だが先に邦訳された。シチリアツアー後、あとで邦訳出版された第2作の「おやつ泥棒」を読んだ。
 犯行の核心は国際的で、大掛かりなのだが、著者はあえておやつ泥棒Il ladro di merendineといったタイトルをつけている。お茶の間に見あう馴染みやすさを狙ったのではないだろうか。本の中でも、おやつ泥棒にいつまでもとらわれず犯人探し専念しろという批判も書いている。読者にもそう思わせながら、実はおやつ泥棒が捜査の手がかりになるし、モンタルバーノの婚約者リヴィアの人生に大きくかかわりそうな設定になっている。ドタバタのように見せかけたどんでん返しもシチリア人好みなのであろう。
 
 モンタルバーノは食にうるさい。書き出しの1行目に早くもアンチョビーを1キロ半も食べている。続いて署長から土曜にイカ墨スパゲッティを誘われて大喜びし、捜査が一段落したその日の午後にはビンナガマグロ甘酢味とメルルーサのアンチョビソースに神の思し召しのような調理、と形容している。その後も物語のあいまに料理が再三登場する。極め付きは、不眠不休で事件を解明したあと骨休みに5日間雲隠れし、タニーノのレストランで哲学学者と同席しながら料理を楽しむためおしゃべりをせず、蟹のパスタには最高のバレリーナの優雅さが楽しめ、サフランのソースを詰めたスズキに息が止まるほど驚くなど、食を楽しんでいる。著者を始めシチリア人は食事に至福を感じるようだ。
 
 冒頭で2つの事件が発生する。一つは、マザーラの漁船が国際水域で漁をしていたところチュニジアの哨戒艇から機関銃掃射を受け、乗組員のチュニジア人が撃たれ、ヴィガータの港に着いたときには死んでいた事件である。
 モンタルバーノ警部がヴィガータ分署に着く前に、部下で友人のアウジェッロ警部補が捜査に出ていた。のちに、この事件はモンタルバーノの元同僚で気のあうマザーラ署のヴァレンテ副所長と協同して事件解明に当たることになる。
 もう一つは、7階建てアパートのエレベータ内で5階に住むラペコーラが胸を料理包丁で刺され、殺された事件である。発見者は7階に住むガードマンのコセンティーノで、現場をそのまま保全してくれていたが、遺留品などは見つからない。ラペコーラ夫人は妹の見舞いで朝早くバスで出かけていたので、モンタルバーノは先に各階の住民に話を聞くが手がかりはなかった。
 ラペコーラ夫人の帰宅を待って、室内の捜査と夫人からの聞き取りを始める。ラペコーラは輸出入業を営んでいて、月・水・金に事務所に出かけていることと、カリーマというチュニジア女性の愛人がいたことが分かる。モンタルバーノはラペコーラの書斎で強烈な匂いに気づく。
 モンタルバーノはラペコーラの事務所を捜査し、周辺の聞き取りを進め、カリーマが美人であること、強烈な匂いの香水を使っていること、灰色のBMWを乗り回す甥っ子がときどき事務所に来ていたことが分かる。
 さらに、事務所の真裏に住んでいる車いすのクレメンティーナ夫人から重要な証言を得ることができる・・クレメンティーナ夫人は4作目の「悲しきバイオリンで」でモンタルバーノの信頼できる協力者として登場しているから、モンタルバーノ警部シリーズは連関しながら進化しているようだ。そうしたこともテレビドラマの人気につながっているのであろう。
 
 カリーマの家が見つかる。町外れのぼろ屋で、1階にアラブ語を話す老婆が住み、2階がカリーマの部屋だった。モンタルバーノは、カリーマの部屋から同じ匂いの香水を見つけ、カリーマがラペコーラの事務所、ラペコーラの家に出入りしていたことを確信する。
 部屋に残された写真には機関銃を持った兄が写っていた。
 老婆の話からカリーマはフランソワという名の子どもと住んでいたこと、ときどき灰色の車に乗った男が訪ねてきていたこと、身の危険を感じてカリーマとフランソワが飛び出していったことなどが分かる。
 モンタルバーノが老婆と片言のフランス語で話す場面もある。チュニジアはフランス領だったから老婆もフランス語が分かるようだ。老婆はモンタルバーノを信頼し、カリーマから預かった5億リラの通帳を見せる。
 話を飛ばして、カリーマはラペコーラと月・水・金に相手をし、フィノッキアーノとは火曜、マンドリーノとは土曜、パドルフォとは木曜に相手をしていて、年間に4,420万リラ、4年間で1億7,680万リラ稼いでいた。カリーマの通帳は5億リラだから、3億2,380万リラはどうしたのか、モンタルバーノは壁にぶつかる。
 話を少し戻し、子どもが食べ物を取られる事件が起きる。モンタルバーノは、犯人はフランソワと目星をつけ、部下を総動員してフランソワを見つける。モンタルバーノを訪ねていた恋人のリヴィアはフランソワの面倒を見ているうち仲良くなり、養子の話へと進む。
 フランソワの話から、船で射殺されたチュニジア人がフランソワの叔父であることが分かる。
 カリーマ、フランソワ、叔父、甥が結びつき、モンタルバーノはマザーラ署のヴァレンテ副署長と連携し、・・悲しい結果が明らかになるが・・事件を解明する。
 
 一方、モンタルバーノはラペコーラ殺害の動機はカリーマと推論し、バスのトリックから犯人を割り出す。
 細かなところは読んでのお楽しみに。
 モンタルバーノは鋭い勘でふたつの事件を解明するほど有能そうだが、リヴィアとの仲はなかなか進展しない。加えて養子の話も浮上し、頭を抱える。その一方、食には目がない。部下たちにはぞんざいである。そうした人物描写がシチリア人に好まれるのであろう。
 残念ながら邦訳は2作目「おやつ泥棒」と4作目「悲しきバイオリン」だけである。テレビドラマの日本での放映とほかの作品の邦訳を期待したい。(2020.1)