book507 江戸の町 上下 内藤昌・穂積和夫 草思社 1982
 1980年代ごろ、まちづくりや巨大建造物を子ども向けに分かりやすく解説した図解本が流行した。子育て中だったから、さっそく10数冊購入した。その一つ、「日本人はどのように建造物をつくってきたか」シリーズは小学6年以上が対象だった。まだ低学年だった子どもには難しかったようで、私が読んだあと、本棚に並んだままになった。
 近年の城ブームで江戸城がよく話題にあがる。家康や江戸城下もテレビなどで取り上げられる。「家康、江戸を建てる」(book482)も興味深く読んだ。思い出して、ほこりをかぶった「江戸の町 上下」を開き、江戸のまちづくりがとても分かりやすく解説されているのに気づいた。建築史・都市史を専門とする内藤昌(1932-2012)氏の力量であろう。穂積和夫(1930-)氏のイラストも想像力を補ってくれる。
 上下巻の表表紙裏、裏表紙裏に、第1次建設1602年慶長7年ごろ、第2次建設1608年慶長13年ごろ、第3次建設1632年寛永9年ごろ、第4次建設1644年正保元年ごろ、1632年寛永9年、1670年寛文10年、1849年嘉永2年〜1865年慶応元年の江戸図が掲載されている。この図を見るだけでも江戸の「の」の字型の発展、城下の拡大し、河川や水利の拡充の様子が分かる。図の説得力である。
 本文はB4サイズ257×364より一回り大きいサイズで、見開きごとに解説がまとめてあり、解説にあわせた大判のイラストが描かれている。解説を読む前にイラストが目に入るので、理解が早い。
 
 上巻はじめに から始まり、江戸の原風景 で、もともとの武蔵野台地は5つの小台地、沼、入り江などで構成されていた、太田道灌の江戸城 で、室町時代、関東管領上杉定正の重臣太田道灌が最初の江戸城を築くが、まだ地形には手をつけていない、と指摘する。
 小田原の北条氏を滅ぼした豊臣秀吉により、徳川家康は駿河・遠江・三河・甲斐・信濃と北条氏の関八州を交換させられ、江戸入りするのが徳川家康の江戸入り 、続いて都市計画の原理・土木工事の開始・町割りの基準 で、家康は四神相応の原理に基づき城下を構想し、土木工事に着手し、武家地、寺社地、町人地の町割りを進める。
 道三堀のにぎわい・江戸開府・「の」の字型大拡張計画・江戸湊の整備 と江戸の発展の伴い、四神相応の原理から「の」字型の拡張へと移行する。
 江戸城の構築は、伊豆の採石場・木曽山林の小谷狩り・材木の輸送・江戸町中の運搬・江戸城の石垣積み・環立式天守の設計・大天守の作事 に描かれ、大阪城をしのぐ環立式天守が解説される。
 大坂の陣・徳川家康の死 のあと、2代将軍秀忠、3代将軍家光は神田山の切り通し・江戸城総構えと見付け門・江戸城完工・江戸城本丸御殿・江戸城天守 を次々と完成させる。総構え図、本丸御殿図、天守は内藤+穂積の傑作である。
 城下には城下の大名屋敷・武家屋敷 が整い、一里塚と伝馬・江戸湊・魚河岸・上水道・町屋の建設・職人町・江戸の町並み・商人町・木戸・自身番屋・高札場 と町並みも発展する。
 人々の暮らしが落ち着くと、寺社のにぎわい−浅草寺・上野寛永寺・山王社・神田明神と天下祭り 、さらに銭湯と遊郭・芝居 が盛んになり、かぶき者 が現れ、天下太平の世になるが、1657年の明暦の大火 で城下が火の海になり、天守炎上 する。
 巻末に専門知識の解説が付記され、上巻が終わる。家康が江戸に入った1590年から1657年の170年ほどが上巻になる。
 
 下巻は1657年から江戸開城の1868年の210年ほどが描かれている。
 明暦の大火後の復興の様子が火事と喧嘩は江戸の華 に語られ、幕府は巨大都市の実測 を進め、防火対策を念頭に江戸城の改造 に乗り出し、火除け地として吹上の庭を確保する。城下の火除け地確保のため武家地・寺社地の改造 で屋敷替えを大胆に行い、町人地の改造 でも広小路と呼ばれる火除け地を採り入れ、結果として江戸は郊外へと市域の拡大 が進む。
 隅田川には木造で長さ174m余、幅7.3mの巨大な両国橋 を掛け、江戸は大江戸八百八町 の巨大な都市へと発展する。
 天下泰平になった元禄時代 商人が台頭し、江戸歌舞伎 が人気となり、松尾芭蕉が芭蕉庵 を住処に活躍する。5代将軍徳川綱吉は生類憐令を定めるが、湯島聖堂と学問所 を興し、天文台 を設けている。8代将軍吉宗は享保の改革 で財政を立て直し、大岡越前で知られる町奉行の定め、小石川養生所 を設置、飛鳥山などに桜を植える都市緑化運動 を推奨する。
 城下では、町火消し が制度化され、耐火建築の普及 が進む。 改革後の町並み で町人の階層化が始まり、店子の住む裏長屋の発生 に庶民の暮らしが描かれる。元禄以降、定住した町民に江戸っ子意識が芽生え、歌舞伎、浮世絵などの江戸っ子文化が開花していく様子を描いたのが江戸っ子の成立 である。
 ふくれあがった江戸を支えるため都市の生理−上下水道 が整備された。飢饉が続き、浅間山噴火で疲弊した人々を救うため老中松平定信は寛政の人返し となる改革を進め、学問所の寺子屋 に力を入れる。
 文化・文政期に江戸っ子文化は「いき」の文化 として最盛期を迎え、両国の川開き 、大相撲と大道芸 、芝居見物 が広まり、
料理茶屋・そば屋 などの江戸前料理が定着する。新吉原と岡場所 も賑わい、北斎、広重らの活躍で美人画から漫画へ と発展し、フランス印象派にも影響を与える。
 以下、平賀源内、杉田玄白らの活躍を取り上げた蘭学事始 、庶民信仰である流行神 、男女混浴だった浮世風呂と浮世床 、大江戸の交通難 、江戸の境界である市域の固定 、品川、内藤新宿、板橋、千住に代表される江戸四宿の発達 、超過密社会 、都市悪の発生 が描かれる。
 1853年の黒船来航 に続き、安政の大地震 が発生し、日米修好通商条約に伴う市中騒乱 、そして1867年の江戸城明け渡し で江戸時代が幕を閉じ、下巻が終わる。
 
 この本を購入したのが30代だが、その後の経験や読書、東京散歩の蓄積が理解力を高めているから、おおよそのことは既知である。しかし、江戸の出来事を時間軸に乗せながら網羅的に整理されると、家康に始まりその後の将軍や老中たち、なにより江戸に住み、江戸をつくり上げてきた江戸っ子の営々たる努力のすさまじさを改めて感じる。専門知識をかみ砕いて分かりやすく語る内藤昌氏の解説、図の説得力を巧に生かした穂積和夫氏のイラストも素晴らしい。小学校6年以上なら、江戸の町入門書として概略を読み取れればいいと思う。むしろ、江戸の知識が断片的で、偏重的な大人が江戸の町を正確に知る本としてお勧めしたい。(2020.1)