book508 QED鬼の城伝説 高田崇史 講談社文庫 2008
 備中松山城はしばしばテレビでも取り上げられている。備中松山城の攻防も描かれている「戦国の勇者17」(book477)もだいぶ前に読んだ。岡山城と備中松山城の旅を計画し、webで岡山県の名城を調べ、鬼ノ城キノジョウも日本百名城に選ばれているのを知った。吉備津彦神社、吉備津神社も近い。行程を練る参考の本を探し、鬼ノ城、吉備津彦神社、吉備津神社が登場する「QED鬼の城伝説」を見つけた。
 
 高田崇史(1958-)氏の本は初めてであるが、QEDシリーズは21巻も出版されている。人気作家のようだ。高田氏は薬学部卒で薬剤師の免許を持っている。「鬼の城伝説」で最初に登場する棚橋奈々は薬学部卒の薬局に勤める薬剤師、事件を解き明かす桑原崇=通称タタルは奈々と同じ薬学部の先輩で薬局に勤める薬剤師の設定であり、本のなかでも薬学の知識が披露されている。
 ただし、主題は薬学、薬剤ではない。高田氏は古文、古代史に詳しく、子どものころに身につけてしまい当たり前と思い込んでいた言い伝え、伝承、伝説について、古文、古代史に隠された解釈をひもとき、新たな説を提示することを目指しているようだ。
 タイトルのQ.E.D.はラテン語 Quod erat demonstrandumクォド・エラト・デーモンストランドゥムの略で、数学などの証明が終わったあと「これが示したいことであった」などの意味で書き加えられるそうだが、高田氏は、新たな説を論証したあと、この本ではP437にQ.E.D.=証明終わり、として使っている。
 
 タイトルの鬼は鬼ノ城を居城とし、この地域を支配していた温羅ウラのことである。温羅を滅ぼすのが大和朝廷・孝霊天皇皇子の吉備津彦命で、温羅の首は吉備津神社の地中深く埋められたとされ、吉備津彦命が桃太郎のモデルといわれている。この本の終盤で、桑原崇=タタルによって桃太郎伝説の新たな解釈が論証され、Q.E.D.=証明終わりとなる展開である。この本の主題は桃太郎伝説の新たな解釈といっていい。
 吉備津神社に埋められた温羅の首の怨念で釜が鳴ると伝えられ、吉備津神社では現在も「鳴釜神事」によって願いが叶うか占う神事が行われている・・本文でも奈々が体験する場面がある。
 この本では事件の舞台になる鬼野辺家にも釜が伝えられている設定で、釜が鳴ってしばらくして先々代の源造が不審死、同じく先代の康一郎も事故死した。そして、現当主健爾が首を切り落とされ、殺される。健爾の惨殺が事件の発端になる。
 
 高田氏の物語では、場面ごとに主役が入れ替わる。ときには同じ場面でも主役より脇役がだいじな役割を担うこともあれば、ちょい役の主役も登場する。そのためか連続して殺人が起きるのだが息詰まるスリリングさ、ダイナミックな盛り上がり、事件解明の達成感は感じにくい。高田氏が古文、古代史を引用し、伝承、伝説の新たな解釈に力点を置こうとしたためのようだ。
 
プロローグ 東京の薬局に勤める棚橋奈々の仕事が紹介され、薬局長外嶋が薬用植物の知識とともに、DNA、記憶についての知見を披露する・・DNA、記憶についての考えは伏線であり、終盤の事件解明の手がかりになる。
ANTICIPATION 岡山市観光課の妙見明日香に話が変わり、備中一の宮の吉備津神社、備前一宮の吉備津彦神社や、温羅と孝霊天皇皇子・吉備津彦命、後鳥羽上皇の「真金吹く 吉備の山風 うちとけて 細谷川も 岩そそぐなり」が簡単に紹介される。いずれも主題にかかわるキーワードになる。
 明日香の婚約者が鬼野辺健爾で、健爾の母笙子の誕生会に兄巧実と招かれた明日香は健爾が土蔵で首を切られて殺されているのを見つける。土蔵は閂がかかっていて、密室だった。
 岡山県警忍田警部に話が移る。忍田は健爾の母笙子、弟圭祐、妹風見子、使用人久蔵、明日香、兄巧実に聞き取りをする。誰もアリバイに確証がない。土蔵周辺には足跡が見つからない。裏木戸の先の廃寺の鐘楼、六地蔵あたりにも手がかりはない。
 健爾は好青年で、恨みを買うような人ではない。謎めいたまま話が飛ぶ。
 
TRANSFORMATION のぞみに乗って岡山に向かう奈々、妹沙織、奈々と同級で社会学科卒、ジャーナリストの松崎良平に話が変わる。明日香の高校の同級生桃田優子、猫村吉子から健爾殺害の事件が小松崎宛てに投書され、桑原崇=タタルが反応して奈々、沙織、小松崎と岡山に行くことになったが、タタルは急用で遅れることになった。
 のぞみの中で、沙織から温羅、鬼ノ城、吉備津彦命や岡山出身の犬養毅などのうんちくが語られる・・犬はこの先キーワードになる。
CALCULATION 圭祐と風見子の会話に話が移り、久蔵の母八田トキ、造り酒屋の丸部が話題になる・・あとでこれも伏線と分かる。圭祐は釜鳴りの秘密を知っていると風見子に話す。
 話は岡山に着いた奈々、沙織、小松崎と出迎えの桃田、猫田に変わり、吉備津彦神社、吉備津神社に関するていねいな紹介が語られる。奈々は吉備津神社の鳴釜神事で願いを占う。
 明日香と巧実に話が飛ぶ。巧実が密室の謎に気づいたらしい。
 奈々たちに話が戻り、鯉喰神社、楽楽ササ森彦命、猿田彦命、鬼門の丑寅、裏鬼門の戍亥、矢喰宮などが語られる・・これらはタタルによる解明のキーワードである。
 遠童勇気に話が変わり、勇気は六地蔵の頭の血を見つける。
 奈々、沙織に話が飛んで、二人の鬼ノ城登りが語られ、朝鮮式山城の仮説も披露される。そこに携帯で、巧実が死体で見つかったと連絡が入る。
  
GENERALIZATION 遠童勇気の見つけた地蔵の頭の血の急報で駆けつけた忍田は、鐘楼の地下道で殺されている巧実を見つける。その地下道は鬼野辺家の土蔵に通じていた。
 忍田は巧実の捜査で八田トキに話を聞きに行く。そこに造り酒屋の丸部隆三が顔を出す、・・これで事件の関係者がすべて登場する。
 奈々は、鬼ノ城あたりが「和名抄」にかつて「賀夜郡」と呼ばれていて、朝鮮半島の「伽耶」に通じると思いつく。
 桑原崇=タタルがようやく登場し、備前一宮の祭神が素戔嗚尊、美作一宮の祭神が鏡作神と語り始め、古事記、日本書紀に隠された朝廷の策謀について蘊蓄を傾ける。高田氏の本領発揮といったところだが、古文、古代史に疎いと理解が追いつかない。要は、吉備津彦命による温羅成敗、その残党である吉備の反乱軍を吉備津彦命率いる朝廷軍が制圧した歴史が隠されているそうだ。
 小松崎が圭祐の自殺を報せる。
UNQUESTIONED 圭祐は土蔵で死んでいた。現場に駆けつけたタタルは鐘楼と土蔵をつなぐ地下道の仕掛けを見破る。
 全員の顔がそろったところでタタルは古文、古代史を引用しながら桃太郎伝説の新たな解釈を披露したうえで、事件の真相を明らかにする。
エピローグ
 
 阿頼耶識アラヤシキに刷り込まれた無意識が殺人の動機になっているといった筋立てだが、高田氏の論点は、P437・・QED証明終わりとあるように、古文、古代史に隠された朝廷の策謀を明らかにするのが狙いのようだ。高田論を参考に鬼ノ城、吉備津神社、吉備津彦神社を歩き、古代をイメージしたい。(2020.2)