book510 十津川警部「吉備 古代の呪い」 西村京太郎 中央文庫 2011
 岡山の鬼ノ城、吉備津彦神社、吉備津神社などを訪ねる旅を計画し、予習でまず鬼ノ城をタイトルにした高田崇史著「QED鬼ノ城伝説」(book508)を読んだ。
 続いて吉備をタイトルにした「十津川警部 吉備 古代の呪い」を読んだ。
 著者の西村京太郎(1930-)氏はトラベルミステリー作家として知られる。十津川警部シリーズはテレビドラマでも放映されるから名前は知っていたが、テレビドラマは見たことがないし、西村氏の本も初めてである。十津川警部シリーズは1988年ごろから出版されているから西村氏50代、本書の初版は2009年だから西村氏70代後半の作になる。十津川警部はどんな推理を組み立てるのか、「吉備」とともに興味を引く。
 
 読み始めて、作中作の構成をとっているのに気づく。作中作では、主軸となる物語のなかに、独立した別の物語を挿入できる。両者の主題がどのように関係づけられるかも読者の楽しみになる。ベテラン西村氏の挿入した物語は、古代を舞台にした新たな解釈のフィクションである。トラベルミステリーにヒストリーミステリーを挿入する壮大な展開から、年を感じさせない創作力を感じた。
 
 東京四谷のホテルで青酸中毒による死体が発見され、十津川警部が捜査にあたる。十津川の殺人事件解明が主軸の物語である。
 被害者は岡山県総社市で喫茶店を開いている吉野文彦で、アマチュアの郷土史研究家である。妹多惠子の聞き取りで、吉野は日本古代史研究会代表・佐伯賢生から赤坂ホテルで開かれる第12回アマチュア古代研究会に招待され、自分の古代吉備の研究が評価されたと喜んで東京に出かけ、その夜に殺されたらしいことが分かる。招待状には、大和朝廷と吉備国の関係の研究に感心したとのメモ書きもあった。
 十津川が佐伯賢生に連絡すると、佐伯は吉野に会ったこともないし、研究会の予定もないという。偽の佐伯賢生がいるらしい。
 数日後、多惠子から十津川に、吉野が古代の研究を小説仕立てにし、地元の吉備日報に連載した「吉備 古代の呪い」が送られてきた。この「吉備 古代の呪い」が作中作となる物語である。
 
第1章大王の時代 発端の殺人事件に続き、「吉備 古代の呪い」の前半=大王の時代が語られる。西村氏はこの作中作にかなり思いを込めたようで、吉野に、5世紀の大和朝廷に匹敵する出雲族、吉備族、九州の隼人族から話を始め、岡山の古墳が現存する事実から大和族と吉備族が合体して大和朝廷が出来上がった、と推論させている。
 「吉備 古代の呪い」の主人公は吉備国の武人の家に生まれ、倭の大王雄略の護衛隊長を務めるワタルである・・雄略天皇は古事記、日本書紀に登場する・・。雄略大王宛てに百済から援軍要請が届いていた・・これも史実である。
 雄略大王は吉備国の田狭朝臣に百済行きを命じる。これは右大臣蘇我氏の陰謀で、田狭朝臣が出征後、美人の妻である稚媛は大王の后にさせられてしまう・・蘇我氏も史実であるが古事記では大和朝廷が吉備の田狭朝臣の反乱を討伐したと記されている・・ワタル、田狭朝臣の朝鮮出征、稚媛は創作になる。
 
第2章吉備・桃太郎伝説 新羅に猛攻され、大勢の百済人が日本に逃れてきた。その一人温羅が、吉備国に鬼の王国をつくり大和朝廷に反旗を翻した。大和朝廷軍が鬼の王国に攻め込むが、優れた鉄剣の前に大敗する。大和朝廷軍に同行したワタルは、温羅が田狭朝臣であることを知る。
 話は変わって、十津川は部下の亀井と岡山に向かい、「吉備 古代の呪い」の舞台である鬼ノ城、吉備津神社、吉備津彦神社、温羅や桃太郎伝説ゆかりの地を回る。トラベルミステリー西村氏の本領発揮である。
第3章権謀の時代 「吉備 古代の呪い」に戻る。古事記、日本書紀に疎くても、西村氏の語り口で古代史を舞台にしたヒストリーミステリーを楽しむことができる。ワタル、温羅=田狭朝臣、稚媛のその後は読んでのお楽しみに。
 
第4章吉備マンスリー、第5章出版
 十津川は、亀井、女性刑事北条早苗、岡山県警の沢田との捜査で、吉野が正会員として吉備古代史研究会に所属していたが、同会が発行している吉備マンスリー編集長前田俊夫と意見が合わず、同会が発行している雑誌吉備マンスリーに「吉備 古代の呪い」は載らなかったことを知る。
 前田は、吉野に「この小説は前田俊夫の**を参考にした」と要求したらしい。そのため吉野は前田と離れ、地元の発行部数が少ない吉備日報に連載したようだ。
 十津川たちは、妹多惠子から、偽の佐伯賢生が総社市の喫茶店に訪ねてきた直後、吉野が500万円の預金を下ろしたことを聞く。
 十津川たちは、元政治家で吉備古代史研究会会長の五十嵐保に会い、日本古代史研究会の参与も務めていて、佐伯賢生が後輩であることを知る。五十嵐は政界復帰をもくろんでいて、話が飛んで大手出版社から五十嵐保、吉野文彦共著で「吉備 古代の呪い」が出版された。
 十津川は偽佐伯賢生、前田俊夫、五十嵐保があやしいとにらむが決め手がない。
 
第6章二人の佐伯賢生、第7章現代の殺人
 北条早苗らは、日本古代史研究会の元会員で佐伯賢生と親しかった佐藤晃の聞き取りで、偽佐伯賢生が北川茂樹であることが分かる。
 佐伯賢生の妻綾子がクモ膜下出血で倒れ、記憶を失う。・・殺人や偽佐伯とは関係ないが、最後のトリック証しのだいじな伏線・・。
 1週間後、佐伯賢生が青酸カリ自殺する。壁に貼られた佐伯の遺書に、ベストセラーの「継体天皇の謎」は弟佐伯明正の論文の盗作、と記されていた。・・遺書もトリック証しの鍵になる・・。
 弟の佐伯明正が遺体を確認し、司法解剖後、明正の妻の美由紀が遺体を引き取る。
 北川茂樹の遺体が発見される。不審な点はない。事故死のようだ。
 しかし十津川は釈然としない。そして、鋭い勘が働き、事件が解明される。
 
 主軸となる殺人事件の舞台はトラベルミステリー作家らしく、名所を舞台にしながら十津川の推理で事件が解明されていくといった展開である。意外な結末は、たぶん西村らしいのであろうが、意外すぎて無理を感じないでもない。政界復帰をもくろむ五十嵐のずるさを言及しながら、追求しないのも物足りなさを感じた。
 力点は作中作で織り込まれた、古代吉備を舞台にした新たな解釈の創作なのであろう。西村氏が思いを込めた作中作「吉備 古代の呪い」の舞台めぐりを楽しみにしたい。(2020.2)