2006「埼玉の木の家・設計コンペ」 埼玉県産木材利用推進
 
埼玉の木の家・設計コンペの狙い
 日本が木の国であったことには誰も異論がなかろう。つい最近まで、東京を始めとした都会でも木造住宅が一般であったし、いまでも地方には豊かな自然環境を背景とした木造の民家が地域性を形づくっている。
 あまりにも自然環境が豊かすぎると、樹木を始めとした自然環境は「自然」に維持されているように勘違いしてしまう。しかし、人が住めない原生林のように自然がそのまま維持されているところと違い、人里に近い山々は人が手を入れることで二次林としての自然環境が維持されてきた。
 日本書紀巻第一にも、素戔嗚尊が日本に優れた木がないことを残念がり、髭を投げて杉、胸毛を投げて桧、隠れ毛を投げて槙、眉毛を投げて楠とし、子ども 3 人に植林させた、とあり、日本の山が人手によって植林されてきたことをうかがわせる。
 埼玉にあっては、本多静六博士の造園、植林を忘れることができない。大宮の氷川公園、東京の日比谷公園を始め、各地で人々の憩いの場として親しまれている数多くの公園は氏の力によるものである。人が緑とかかわることで豊かな自然環境がつくりだされてきた、といっても過言ではない。
 しかし、いつの間にか、木のことが忘れられてきた。木の見えない生活があたりまえになってきた。一方で、木は「自然」に育つものといった誤解も人と木のかかわりを弱めている。埼玉から木が失われるといったい何が起きるか。まず土砂崩れが起きよう。降った雨は地表面を流れ落ちてしまい、豊かな清流を涵養することもできない。直接は目に見えないが、光合成でつくられる清涼な空気も消失し、二酸化炭素の急増で地球温暖化に拍車がかかる。木から発散される薬効成分も、木から得られるいやし効果も得られなくなる。身近にあったぬくもりのある木製品が消えてしまう。なにより、豊かな自然環境を背景にした住まいの原風景を失うことになる。
 言い換えれば、山々に木を植え、その木を積極的に活用することが、土砂災害を防ぎ、水源を涵養し、清涼な空気を供給し、地球温暖化を抑え、人々の心身をいやし、生活にぬくもりを与え、そして豊かな自然環境に囲まれた原風景を心に刻むことができるのである。
 埼玉県農林部では埼玉の木と人とのかかわりを積極的に推進しようと、県産木材利用推進室を中心に、2004 年度から埼玉県木づかい夢住宅デザイン事業をスタートさせた。この木づかい夢住宅デザイン事業は、実行委員会を構成する団体等の会費と県補助金を事業経費としており、賞金相当額は少ない。しかし、趣旨に賛同してくれた実行委員会の熱意で、2004 年度の「埼玉の木を使った家づくりの夢」に続き、2005 年度は市街地に建つ住宅を想定した「埼玉の木の家・設計コンペ」を実施(2005年度コンペでは学生の部 15 点、一般の部 10 点の力作が集まった。詳しくは、埼玉の木の家・設計コンペ 2005 作品集を参照されたい)、今年度は「JR 八高線沿線地域の里山など美しい田園景観に配慮し、県産木材を使った魅力ある田園住宅」へと継続された。
 設計テーマの背景は 2004 年度から一貫して「埼玉県内の森林で育った木を積極的に使うことは、県内の森林の適切な整備を促し、森林がもつ豊かで清らかな水の供給や洪水・土砂災害の防止などの公益的機能をより高め、木造建築をつくり続けることで、建築に携わる大工、職人などの伝統の匠の技を継承させることができる(応募要領)」であるが、今年度は JR 八高線沿線地域の田園住宅を想定しており、求めているものは「地域の木材をいかし、地域の里山など美しい景観に配慮した魅力ある田園住宅のデザインやアイデア」であり、同時に、「埼玉県の今後の田園住宅のモデル」となることが審査の評価基準になる。
埼玉の木の家・設計コンペ審査経過
 今年度は広報、ホームページに加えて、建築系の雑誌にコンペ募集を紹介したこともあり、計 81 点の応募が全国から寄せられた。内訳は、学生の部 53 点、一般の部 28 点、都道府県別では、埼玉県 37 点、東京都 16 点、大阪府 6 点、石川県 5 点、千葉県 4 点、京都府 3 点、群馬県 2 点、神奈川・栃木・福島・岡山・広島・高知・佐賀・北海道各 1 点である。
 審査は、公平を期すため応募者を匿名にしたうえで、まず、実行委員会による予備審査を行った。実行委員会メンバー 22 名それぞれが、学生の部から優れた作品 20 点以内を推薦、一般の部からは10点以内を推薦し、意見交換のうえ、学生の部から上位得点の 19 作品、一般の部から上位得点の 11 作品を審査委員会に推薦した。
 審査委員会は実行委員会から推薦された 9 名で構成され、12 月に、知事公館で、公開審査を開催した。こうしたコンペは、単に応募案を審査員が評価・選考するのではなく、応募者や木材利用あるいは木の家設計コンペに関心の高い一般参加者が審査員と席を同じくし、作品として表現されたアイデア、考え方について意見を交換し、今回のコンペでは「県産木材をどのようにいかしているか、県産木材の利用拡大をどのように考えたか、あるいは田園景観をどのようにとらえてデザインに反映させたか、田園地域でのライフスタイルをどのようにイメージしたか」などについて合意を形づくっていくことに意義がある。優秀作品の選考も、コンペの趣旨に対する作品のアイデア・考え方を議論している過程で自ずと決まってくる。審査会公開のあり方は今後の課題にすることにして、審査員が自由に議論できる場を十分配慮しながら、上に記した評価基準に照らし、審査をすすめた。
 始めに、予備審査結果を参考にしながら、選外となった作品について全員で再確認を行い、得点はやや低いがアイデア・考え方に特徴がある作品を審査の俎上に載せることにした。次に、予備審査で選考された作品、および追加選考された作品(予備審査通過作品、学生の部24作品、一般の部15作品)について 1点ずつ意見交換を行ったうえで、審査員それぞれが学生の部、一般の部ともに 5 点以内の推薦を行った。その結果、学生の部から上位得点の 7点、一般の部から6点が選考された。(1次審査通過作品)
 1次審査通過作品について、再度 1 点ずつ意見交換を行った。この段階にくると、作品の優劣は微妙である。繰り返し、作品のアイデア・考え方について意見交換したうえで、学生の部・一般の部から優秀作品 3 点を絞り込んだ。
 最後に学生の部・一般の部各 3 点について、改めて意見を交換し、投票のうえ、最優秀作品の選考を行った結果、学生の部では「命を吹き込む木の住まい」、一般の部では「お気に入りのハナレをもつ田園住宅」が最優秀賞となった。
 優秀賞は、学生の部では「日のあたる場所から」「オオキナ木ノユカ」、一般の部では「森への街道にある土間空間を持つ住宅」「ちょっとだけ自然に恩返しのできる家」が選ばれた。
 学生の部、一般の部ともに、最優秀作品、優秀作品はいずれも「地域の木材をいかした、地域の里山など美しい景観に配慮した魅力ある田園住宅であり、埼玉県の今後の田園住宅のモデルとなること」を作品化していて、優劣をつけがたく審査は白熱した。最優秀賞に選ばれたわずかな差は、強いて言えば、建築を志す学生や木造住宅に興味を持つ一般の方への分かりやすさであろう。通常の設計コンペであれば、課題の内容を的確に捉えた作品の力量で判定することができるが、埼玉・木の家設計コンペは表題に「こんな家に住みたい」とあるように、設計の力量と同時に、広く県民の共感を呼び、木の家づくりが県民に普及していくことを目指している。その意味での作品の分かりやすさが最優秀賞になった。なお、最優秀作品は、学生の部・一般の部のそれぞれの予備選考で最高得点を得た作品であった。これも、設計の力量と同時に広く実行委員の共感を呼ぶ表現の重要性を示唆しよう。
 以下に最優秀、優秀作品 6 点の選評を紹介する。これを機にさらなる研鑽を期待したい。
学生の部:最優秀賞「命を吹き込む木の住まい」
 表現が絵画的であり、やや誇張しすぎだが、図面を通して感じる木の家に対する思い入れの強さが審査委員の心をとらえ、最優秀賞となった。イメージとしては八高線沿線の林が展開する田園の一角に、元もと育っていた木々と折り合うように部屋をはめ込んだ住まいといえる。これは課題の田園景観を見事にとらえている。おそらく、応募者の心象風景にこうした田園景観が息づいているのではないか。この田園景観のとらえ方は、プランの「木の座敷から→ 木の土間へ→ そして素足遊歩の間→さらに郷山の庭→田園の風景」へと空間が連続的に展開する気持ちよさに見事に結実している。プランの気持ちよさは、同時に、コンセプトでも指摘しているA風をとらえるやB光をとらえるにもつながり、自然と折り合って暮らす田園地域のライフスタイルの提案となっている。木材利用のアイデアも、新しい工夫ではないが、純朴であるだけに説得力がある。こうした思い入れを持ち続けるとともに、プランをもっと注意深く練りあげ、空間を洗練させるよう研鑽されることを期待したい。(選評:I)
一般の部:最優秀賞「お気に入りのハナレをもつ田園住宅」
 この作品のパースや連続立面、断面図に描かれている背景の山並みや庭の立木が田園の風景にたたずむ住宅の心地よさを視覚的に表していて、審査委員の高い評価を得た。とくに、連続立面に表された景観は、低い母家と高見のハナレのさまざまなバリュエーションで構成され、田園地域の家並みモデルを分かりやすく示している。母家は、1.2 m間隔の木造構造部材で間取りが計画されていて、住宅規模、ライフスタイルに合わせて空間を可変させることができ、これが家並みのバリュエーションを裏付けている。また、リビングやデッキを東西方向に吹き放すことで、庭〜室内〜生垣〜田園のように風景にとけ込んだ住まい方を提案している。この考え方は、母家からの景観を損なわないようにハナレを高くしたことに通じる。一方、高見のハナレからは普段と異なった景観が楽しめ、趣味など、非日常の生活に没頭できる仕掛けになっている。人生のゆとりを楽しむライフスタイルの提案である。しかし、30 代後半の夫婦二人の暮らしとしては現実味に欠ける。家族像の提案に踏み込んで欲しかった。(選評:I)
学生の部:優秀賞「日のあたる場所から」
 「コンパクトな生活」をテーマにすると、小さなスペースをつくりがちだが、敷地全体を使ってこのテーマに応えようとしている。家の中心から周囲に部屋を伸ばし、様々な場をつくる。それらが、陽光の降り注ぐ家の中心を介して一続きになっている。しかも放射状に延びるデッキを介して里山との繋がりを演出。焦点になる風景もそれぞれの場所で異なる。作者は、テーマに応じたスペースのあり方を「小ささ」よりも「一体感」から導いている。現実の生活は雑多にならざるを得ないが、周囲に広がる里山の風景と一体化して暮せる感覚を得られれば、心地よい身軽さを得られる。小さな舟や別荘で覚える自然との近しさや一体感のようなものを里山の住宅の日常に取り込むには?そんな感性に対する答えとして、機能分化した部屋を集めた一般住宅とは対比的で、しかも単純な一室空間とも違う、多様に広がるワンルームが提示されたように読み取れる。里山に暮す魅力を示すことで、新たなライフスタイルの提示に結びつく案として評価された。(選評:A)
学生の部:優秀賞「オオキナ木ノユカ」
 田園の緑の中に木のボックスがふわりと浮かぶ。そんな軽やかで現代的なイメージの提案こそがこの作品のミソだと思う。9つの高さや質感の異なる床が水平に重なりながら広がっており、その真中にコアと周辺の柱で持ち上げられた箱が浮かぶ。これまでの「木造住宅」、「田園住宅」といったタームから連想される民家風、しみじみ感、和み系、土着的といった固定化されたイメージを払拭する新鮮さがあった。今回のコンペでは、多くの人に馴染みのある懐かしい雰囲気を上手に演出した作品群と、そんな安心感を裏切ろうとする試みに意欲的な作品群がそれぞれかなりの数を占めた。「オオキナ木ノユカ」は後者の代表なのだが、この方向性の提案がもっと高く評価されるには、プレゼンテーションに圧倒的な喚起力があるか、木造構法として合理性があるか、とにかくイメージだけで終わらない強さが必要だと思う。現代的な感性にも合う、これからへ向けての木造住宅のパワフルな提案を待ちたい。(選評:R)
一般の部:優秀賞「森への街道にある土間空間を持つ住宅」
 プレゼンテーションの密度・美しさ、きめの細かいプラニング、造形力、一見して優れた実力を持ったデザイナーの作品であることが伝わってくる。資源の循環性や森との共生、地域とのコミュニケーションといった提案も含めて過不足なくまとまっており、数多い応募作品の中でも最も洗練された作品であったといってよい。ややアクロバティックな架構も樹木の枝の広がりを連想させ、森の住宅として嫌みではない。すぐにでも建ちそうな完成度の高さが、しかし、同時に、かえってこの作品を「最優秀賞」から遠ざけたのかもしれない。一作品としての完成度の高さ・完結性は、アイディアの展開力・発展力を見えにくくする場合もある。これが異なる状況で建てられるものであったらどのような展開を見せてくれるのか、未知なる可能性への想像力が働く前に満足させられてしまうのだ。目の前にある現実が色褪せてしまうような喚起力のある提案を次回は期待したい。(選評:R)
一般の部:優秀賞「ちょっとだけ自然に恩返しできる家」
 タイトル「ちょっとだけ自然に恩返しできる家」は、100年間使えるようにと、真壁造を採用していることによる。伝統的な真壁造は、柱材などが壁に隠されていないため、木が呼吸でき、メンテナンスをしやすいことから、一般に長寿命とされている。しかし、この作品の特徴は、軒の深い大屋根だろう。これも日本の伝統的な家屋のスタイルと共通する。低く深い軒は、半外部となる縁側を介して水平方向への空間のひろがりを強調して内外を緊密に結びつける。同時に、夏の日差しを遮る効果もある。そして、かつて、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが用いたプレーリースタイルのように大地を這うような形態は、周囲の田園風景に溶け込む。ちなみにライトもこうしたスタイルを、日本の伝統的な家屋に学んだとされる。さらに、大地の延長のように登れる屋根は、楽しい遊び場を提供して風景に馴染むうえ、メンテナンスにも好都合だろう。伝統的な木造家屋の良さと現代的なアイデアを融合させた点が高く評価された。(選評:A)