ベトナム・カンボジァの旅

(1996.1.23〜1.28)

1月23日 前泊にしてもいいくらいの時刻に白河出発というスケジュールだったので、きつかった。なんと午前3時30分だった。羽田空港には07:00着。この時間帯でも結構大勢の人がいた。手続きをして08:30発JL113便で関西空港へは09:45着。関西空港は初めてだったのでキョロキョロ眺めた。各種の手続きをしてVN941便(ベトナム航空)11:20発のフライトでホーチミンへ。アオザイスタイルのスチュワーデス。ピンクに白のロングパンツが美しかった。やはり民俗に合った衣裳なんだなァと思う。機内食もおいしかった。およそ6時間、現地時刻で15:10にタンソンニャット空港着、ホテルへ。およそ20分程で到着。今日のお宿はキムド インターナショナルホテル。中級くらいかな。このホテルに連泊する。通りを走るバイクの多いこと。ホンダのスーパーカブがほとんどだった。大人は2人まで、10歳以下の子どもは何人乗せてもOKだそうだ。大人が3人以上乗ると即罰金だそうだ。アオザイをひらひらさせてバイクに乗っている女の子が多かった。高校生は白のアオザイなんだそうだ。夕食は市内のレストランで、ベトナム民俗舞踊を鑑賞しながらベトナム料理をいただく。あいしかった。レストランをでてからバスにのるまでの物乞いにはうんざり。枯葉作戦の影響をもろに受けた子どももいた。非情なようだが、見て見ぬふりがこの子たちのためなのだそうだが・・・。

キムド ホテル前で

アオザイ姿のガイドさん

民族舞踊を鑑賞しながら夕食をいただく

1月24日 06:00ちょっと過ぎに起床。7時前に食事に行く。果物など豊富で、満足できる食事だった。部屋についての感想。洗面所の鏡の取り付け位置がめっぽう高くて、身長の低い私どもは苦笑するしかなかった。どの民族を基準にしているのかなァ。部屋の冷房はバッチリきいていたため感じなかったが、外の空気のあついこと、真夏というところだった。ガイドの説明によると、今月が一番涼しくて、平均気温が26度Cということだった。09:00出発、歴史博物館を最初に見学する。入館料は1万ドン(約100円)ベトナム語と英語のパンフレットを渡されても何もわからず、自分の目で見て自分の頭にいれるのみ。これは年寄りにとってはすぐわすれることになるんでーす。(ビデオにはバッチリ撮ってきたけど・・)次にベンタイン市場をひとまわりしてくれた。人とにおいがすごかった。

ミイラも展示してある

ベンタイン市場の物と人の多さに圧倒される

次にホーチミン市では歴史のある寺というティエンハウ寺の見学。渦巻き線香がたくさんつるしてあった。1つ1ドル、1か月ともっているということで、願い事を書き名前を書いて火をつけてもらった。後でガイドブックをよんだら航海の安全をまもってくれる神、安産の神が祭ってあるらしく大笑いした。1か月つるしてもらえるからいいか?昼食はベトナム料理。気温約30度、天井のプロペラファンがまわっているが効果なし、暑い。ライスペーパーに包んで食べるものもあったなぁ。しかし、味はみんなよかった。午後はホーチミンの西にあるクチトンネルへ。1時間30分程かかる。到着して入場するとベトナム戦争時のようすをビデオを10分程みせられ、クチトンネルの概況の説明をしてくれる。入口から入ると落とし穴などのわながあちこちにあり、軍服姿の案内人が説明してくれる。
クチはベトナム戦争時に、アメリカ軍を翻弄したベトコン(南ベトナム解放戦線)の作戦本部が置かれていたところであり、1948年から約20年かかって完成したそうだ。絵図での説明によると、総延長約250km、司令室、診療所、台所などがあり、ところどころ狭くなっていたり、迷路と同じ。仮にアメリカ兵がこのトンネルを見つけたとしても狭くて先へ進めないし、迷うだろう。それを見越して掘ったらしい。サイゴン川にもぬけられるとか。中はくねくねとまがっており、登ったり下ったりでおまけに真っ暗。おとし穴もあるとのこと。人数が多かったので後ろの方にいた私はライトがないので、大声で呼ぶのと手探りで進んだ。それでなくても内部は暑いのに、一層汗だくだった。それに、ほとんどの所がかがんで進まないとならないので、解放戦線の人たちは細い体だとしても苛酷だったと推察できる。観光客用として入れるのはおよそ50m位。料金は65000ドンだったから650円位だと思う。

渦巻き状の線香

クチトンネル入口(20cm*37cm)

クチトンネルの入口の一つ

これは少し広いところだがやはり狭い

戦車の残がいもある

クチからホーチミンまで戻る。約1時間30分。夕食は市内レストランで中国料理をいただく。バンドの演奏は、「上を向いて歩こう」「荒城の月」「北国の春」など、日本人の観光客が多いためか日本の曲が多かった。ご飯はポロポロだったがその他のものはおいしかった。満足してバスに乗ろうとしたら、相変わらず物乞いの大人、子どもがまわりに群がる。貧しいから仕方がないのかと思うが、欧米人の観光客には群がらないのをみると、日本人は気の毒なので、このくらいならやってもいいかと考えてくれたりすることに原因があるようだ。やはりくれたりしてはいけないのだと思う。キムドホテル泊。

1月25日 06:30起床、07:00スーツケースを出す、朝食をいただく。おかゆ、塩茹でのたまごでいただく。スープ、マンゴー、スイカ、パイン、豊富にありおいしかった。出発は08:30午前中はホーチミン市内観光である。最初に統一会堂(旧大統領官邸)の見学。これは1866年にフランス官僚のためににに造られたそうで、現在のものは1962年に爆撃を受けた後に建て直されたものだそうだ。1975年4月30日、解放軍の戦車が乗り入れたことで、ベトナム戦争の終結を迎えた旧南ベトナムの大統領官邸だそうだ。地下には司令室やら通信機器などがあり、屋上にはヘリポートもある。

クチトンネルの説明を聞く

地下にある司令室で

屋上にあるヘリポート

次に永厳寺の見学。1964年に創建された南ベトナム最大の寺だそうである。ここの境内にある「平和の鐘」は日本の寺から寄贈されたものとのこと。鐘には「日本の 佛子こぞりて 捧げたる 平和の鐘は ベトナムに鳴る」との銘文あり。このあと、うるし工房にもたちよる。

その後まっすぐ空港へ。ホーチミン発13:45のVJ122便でカンボジアのプノンペンに向かう。およそ45分ほどで到着する。やっぱり暑い。ホテルについて、15:00過ぎになったがここで昼食。ご飯はうまかった。空腹だったからか?わからんけど。今日から2泊するシェラトン カンボジア ホテル。この国では観光客は1泊以上しなければならないそうだが、はっきりしたことはわからない。

17:00に集合して市内観光に出発する。王宮とシルバーパゴダを遠くから見る。でている人の多いこと。暑いから涼をもとめてなのか別の用事かわからないけど・・・。この川はトンレサップ川と思うけど、メコン川との合流地点だからわからないが、ともかく聞くと見るでは大違い、猛烈なにおいに夕涼みどころではなく早々に引き上げました。午後7時にホテルを出発、市内レストランでタイ料理をいただく。昼食が遅かったのであまり食欲なし。ケーキはやたらと甘い。ホテルに戻ってバスタブにお湯と思ったが水になってしまいだめだった。時間をずらしてもだめなのでやめてご就寝とした。暑い国では水のシャワーだけでいいのかもネ。

トンレサップ川のほとりに集まるたくさんの人たち

1月26日 航空機の便数関係でモーニングコール04:30、朝食05:00、出発05:30これは、ちときつかった。昨夜の風呂なしがひびいたかも。プノンペン06:45発、シェムリアップ行きのVJ320便にのる。空港までのバスからみえたものはこんなもの。道路沿いに店をだしている人が多いこと、無灯火の自転車に乗っている人(中国だと当たり前だけど)、長いほうきで道を掃いている人、山のような荷物を運んでいる人、外にベッドを出してねている人などさまざまだった。08:00着。さっそく仏教美術の最高傑作をのこすアンコールトムの見学。途中の道路でバスが止められ機銃を持った元兵士のような人たちが数人いて、ガイドがお金を渡して通してもらったようだったが、外国からの観光客のバスをねらって止め、せびるらしい。困ったもんだが警察も見て見ぬふりなのかも知れない。
ところで、このアンコールトムは、12〜13世紀初頭にジャヤヴァルマン7世によって建てられたもので城塞都市と言われる。トムとは大きいという意味だそうで、幅113mの堀と高さが8m、1辺3kmの城壁に囲まれている仏教寺院である。ここの中心にはバイヨン(仏教寺院)があり、四面に巨大な観世音菩薩の顔が彫られた四面仏顔塔がある。レリーフもすばらしい。昼食はカンボジア料理。

昼食後はアンコールワットの見学。アンコールワットは、12世紀前半にスーリヤヴァルマン2世によって30年ほどの歳月をかけ建造されたもので、クメール建築の傑作といわれるそうです。アンコールとは王都、ワットとは寺院の意味だそうだ。ということは王の墓なのか?私にはわからない。自然損傷や内戦によって破壊されたり盗まれたりしての傷みは大きかった。ポルポト政権が倒れてから修復、保全作業が始まっている。大きさは東西1.5km、南北1.3km、まわりは幅190mの環濠になっている。日本の城のお濠の大規模なものというところかな。最上段の第3回廊への階段はものすごく急傾斜である。登りはいいが、下りのほうがこわい。また、十字回廊の中央から10mほど南の所に墨で書かれた日本語がある。これは1632年(寛永九年)に森本右近太夫という人物が、加藤清正に仕えた父の供養のためにここを訪れた時に書いた落書きだそうで、仏像4体を奉納した旨が書かれているそうだが、あちこちわかる程度。360年も前にここまで来た日本人がいたことに驚きを感じた。すごい!!

15:15アンコールワットを出発、バスは一路シェムリアップ空港へ。16:50発VJ331便でプノンペンへ。約40分。ブノンペン市内にはいまだに屋根に穴のあいたままの家があったり、ゲリラ戦が続いているとか・・。夕食は中華料理だった。昨日と同じホテル泊。

1月27日 モーニングコール06:30、荷物出し07:00、朝食07:30から、出発08:30午前中はプノンペン市内観光である。まず王宮とシルバーパゴダの見学。カメラ類の持ち込みは有料とのことで1台のみ持ったが、屋外のみ撮った。次に国立博物館の見学。カメラの持ち込み禁止であった。館内の展示は4世紀〜15世紀ころの美術品が多数、時代順に展示されている。見学終了後空港へ。12:15のVJ121便でホーチミンへ。12:55着。すぐに日本橋レストランで日本料理の昼食。久しぶりに「たたみ」だった。日本と比較しても仕方ない。覚えてないくらいのおいしさ。午後は戦争博物館の見学。敷地内には戦車やギロチン台、飛行機などが展示されており、中に入ると被害した一般人の生々しい写真がびっしり貼られている。目をそむけたくなるものばかりだった。枯れ葉剤による奇形の胎児の写真や被害などがあり戦争の恐ろしさをみる人に与える。中の一部に売店のようなのがあり、楽器の演奏のデモンストレーションがあった。何か買ってくださいということのようだったが、それほどしつこくなかった。次はショッピング。みなさまがた、結構買い求めていたようです。                                                     

夕食は中国料理だった。今日の便で日本へ帰るので、夕食後はまっすぐ空港へ向かう。深夜23:35発のVN940便で日本へ帰るという予定。ところが、この便が2時間遅れるとのこと。結局28日の01:30発ということだ。真夜中に待ち時間があるのは本当にたいくつだったなあ。



1月28日 テイクオフは01:30、一路関西空港へ。到着したのは09:00だった。遅れがなければ08:30発の国内線で羽田へとなる予定だったがその便は出発した後だったので、座席などの関係からか、13:35発まで待つしかないとのこと。一つがくるうとみんなくるってくるんだなあ。申し訳ないということか2,000円の食券が渡された。出た所は航空会社なのか旅行社なのかは不明だけど、こういう配慮があるのがこのツァーのいいところだ。関西空港の設備のいい所でフライト時刻まで待つ羽田に到着したのは15:00。貸切バスで15:40に羽田を出発、白河へ。自宅到着は20:00だった。でも無事に帰宅できて感謝、感謝。