

アウランガバードのホテルタージ・レジデンシーの各室のベランダには、このようなブランコが設備されている。プール、テニスコートなどもある。

(2002.01.23〜02.02)
1月22日 空港から遠い地域に住んでいる関係上、前泊した方が楽ということで、前日に成田近くのホテルまで行く。当地区14:45出発。成田ビューホテル着は18:30。今夜はゆっくり休む。今回の旅は、パキスタンとインドの対立関係でゴタゴタしている時なので、ちと不安でもあったが、インド人の係りの方が旅行説明会の時に、そんなに心配しなくとも大丈夫とか言っていたのを信用しての決行ではあった。

1月24日 前日の疲れもあるだろうとの配慮から、本日は、ゆっくりと活動開始のスケジュールだ。モーニングコールが08:00だったが、07:00起床し、08:00には朝食にでかけた。やっぱりトシかなーと思ったら同じグループの人が先客としていたので安心する。ゆっくり食べて部屋に戻る。出発は10:00なので本当にゆっくりと疲れをとることができた。いよいよ観光開始。最初はクトゥブ・ミナール・コンプレックスで高い塔クトゥブ・ミナールに驚く。1199年に戦勝を記念して建立されたという。高さ73m、基部の直径は14.4m、最上部の直径2.7mの5階建てである。現在は安全上から立ち入り禁止である。ここにあるクワット・ウル・イスラム・モスクは、インドで最初に造られたモスクだそうだ。また、モスクの内庭の中央に立っている鉄柱は、高さ7m、重さ約6トンあるそうで、純度が高いため(98%)風雨にさらされているのに腐食がみられないそうだ。

身長差が面白くて一枚
レイをかけていただいて




しまりすがあちこちにいた
約8割がヒンズー教徒と言われるインドでは、牛が神聖なものとされ、どこでも自由に牛が歩いている。
ラクシュミー・ナラヤン寺院も見学、撮影禁止だったのでどんなだったかさっぱり記憶してない。フマユーン廟は、ムガル朝第2代皇帝フマユーンの霊廟で、王妃でありアクバル帝の母親であったハージ・ベグムが亡き皇帝のために建てたもの。タージ・マハルの原型となった建築物。また、マハトマ・ガンジーをはじめインドの歴史に残る偉人が眠る公園墓地ラージ・ガートも見学した。


ラクシュミー・ナラヤン寺院
フマユーン廟
インド門は東西に向いて建つ高さ42mの白い門で、第一次世界大戦で戦死した兵士約85000人を弔うために建設されたものだそうだ。物売りが多かったように記憶しているが、猿を使った商売もあった。博物館でピカソ展をやっていたので、50Rs(ルピー)の入場料を出して鑑賞した。1Rsは約3円。大変すばらしかった。夕食はイタリヤ料理。


ラージ・ガート
インド門
1月25日 6::30起床、7:00朝食、荷物だし。出発は8:30の予定。今日はアーグラーまで移動となる。およそ200km。寝不足を補うのには最適。ガイドさんの説明は夢の中。失礼してました。町の中は、牛、人、自転車、自動車、バイク等々ごたまぜで歩いたり走ったりしていた。11:00休憩、その後また走る。州に入るたびに税金を支払っていたようだが、名目は不明。14:00ホテル着。おそい昼食の後、15:00まで休む。その後アーグラー城の見学となる。アークラ城塞は、ムガール朝のアクバル帝とそれ以降の統治者によって造られたといわれる。高さ約20m、長さ2.4kmの赤砂岩でできた城壁は見事だ。また、ここからタージ・マハルを見ることができた。今夜のお宿はタージ ビュー ホテル泊。






1月26日 コールは7:00、朝食は8:00、出発は9:00。午前中はタージ・マハルの見学だ。タージ・マハルは、ムガール朝のシャー・ジャハーン帝が1631年に他界してしまった最愛の妻のムムターズ・マハルのために築いた霊廟で、世界各地から最高の資材を取り寄せてつくったといわれる。さらに、トルコや欧州から優秀な技術者を呼び寄せて設計や指導にあたらせたという。最終的には、完成するまでに22年の歳月と2万人ほどの労力を費やしたという。撮影ポイントはここがいいなどと親切なふりして金銭を請求するなどというやからが多くいたように思う。
南側にあるアマール・シン門
ジャハンギール宮殿
アマール・シン門から100m程登るとある内門
遠くタージ・マハルが望める
白大理石造りのカール・マハルはきれいだ

西門
タージ・マハル
午後は移動となる。アグラからジャイプールへおよそ230km。途中の景色はよかった。なの花畑があったり、孔雀がいたり、らくだがいたりしたから・・・。また、アクバル大帝の幻の都ファテープール・シクリ(勝利の都)を見学した。これはムガール朝第3代皇帝アクバルが聖人の予言で男の子が3人授かるだろうといわれた。翌年男子が誕生。これにひどく感銘。シクリ村に都を建設することにしたのだという。しかし、水の便が悪く、やむなくラホールに遷都し、都跡は放置されてしまったという。(1571〜1585)ホテル到着は遅くなり、夕食は20:15になった。今夜のお泊りはジャイプールのジャイ マハル パレス ホテル。客室の設備はまあまあよかったと思う。ここには連泊。


ファテープール・シクリ(勝利の都)
1月27日 コール7:00、朝食7:30、出発8:30。街の中で牛がゴミ箱の中をあさっているのを目撃する。この牛が問題になっているそうだが、あまり感じのいいものではないねェ。今日はジャイプール市内とアンベール観光。まず、風の宮殿の見学。1799年に建造されたものだそうで、レンガ色の外観が印象的だった。ハーレムに住む女性たちが外界を見るためののぞき穴がある建物だが、吹き込んでくる風の温度を下げるエア・クーラーの働きもしていたそうである。次にアンベール城の見学。村を見下ろす小高い山の上に要塞と宮殿がある。村からの坂道を象のタクシーで登る。4人のりだ。料金はいくらだったか不明だが、片道400Rsくらいだったかも・・・。到着してからチップをくれとしつこくねばられたっけ・・・。帰りは乗り合いジープでおりた。





鏡の間の天井、壁には鏡をちりばめてありすばらしい
風の宮殿
象のタクシー
アンベール城
庭園
昼食はまはらじゃの別荘サモードハーベリーで。広々としているところだった。昼食後はシティ・パレス天文台を見学する。マハラジャメジャイ・シン2世が築いた大規模な天文観測所。星座ごとのたてものがあったり、今でも正確に作動しているとか。あとはホテルへ。昨夜とおなじホテル。


1月28日 コール04:30、朝食05:00、出発05:45空港へ。フライトは、07:20で空路ウダイプール行きの便だ。順調に進めばこうなる予定だったが、外国ではハプニングはつきもの、霧のため遅れることになった。暗いうちに出発してきたのに・・・。トホホホ・・・というのはこういうことかも。それもどんどん遅れが延びてテイクオフはなんと
12:00。空港での手荷物検査は厳重だった。なにか爆発物騒ぎがあったらしくて、カメラの電池まで全部ノーだという。添乗員からの指示があって昨夜のうちに電池は抜いてスーツケースにつめかえておいたので問題なかったが、成田ではライターもだめだったな。AIの便だけがうるさかったようだ。12:30、途中ジョドプールに着陸、係員が機内の座席を三席ほど床から取り外した。何をするのかと思ったら具合の悪い人がタンカごと運ばれてきた。その準備だった。床にベルトで固定したりでたいへんだなと思った。13:15離陸、ウダイプールへ向かう。結局5時間近く遅れたため、今日のウダイプールでの見学は中止とした。今日のお泊りは、憧れの湖上の宮殿ホテル「レイク・パレス」、本当に湖上に浮かぶ最高に優雅なホテルだ。レイク・パレス行きのボート乗り場から5分で到着する。5,6人の生演奏で迎えられる。夕食にはちと早いため荷物を部屋に置いてから例のボートで向かい側のシティ・パレスを見学してホテルに戻る。




シティ・パレスの見学
レイク・パレス・ホテルの全景と夜景


1月30日 08:30ホテル発。アジャンタの石窟の見学だ。およそ100km強位あるとか。このアジャンタの石窟寺院はデカン高原を蛇行して流れるワーグラー川沿いの断崖につくられた大石窟群。千数百年間、忘れられた存在だったそうだが、1819年に密林で虎狩りをしていた英国軍人によって偶然発見されたのだという。私たち素人の考えからすると、そんなことあるのかねェと思うけど、やっぱりあるんだねェ。馬蹄形の谷間に600mにわたってつくられている。(ここへ着く前に、近くの丘陵のビューポイントから全貌を見渡すことができた。)東側から純に番号がつけられていて、約30くらいあるとか。8〜10窟、12、13窟が最も古いものだそうだ。仏像が出てくる前の小乗仏教期のころのもので仏像はない。紀元前2世紀〜紀元後1世紀ころのものは本尊仏はなかったという。9,10,19,26,29窟には仏塔があり、その他の石窟には僧侶の居室があった。裸足での見学。内部のカメラポイントを観光客に教えて金を請求するやからがいたのにはあきれた。26窟には長さ約7mの涅槃像がある。5〜7世紀ころからのものは装飾された壁画が出現し礼拝の対象として仏像も安置されるようになったらしい。



第19窟の装飾はすばらしい
昼食後は帰り足で、途中ではショッピングを楽しみながらホテルへ戻る。今日はかなり石段や坂道の上り下りが多く、シニアには少々きつかったとの声が多く聞かれた。同じホテル泊。
1月31日 コール07:00、朝食08:00、出発09:00、朝の日程は楽だった。今日はエローラ石窟寺院群の見学だ。はだしにならなくともよいとのこと。ここは、仏教、ヒンズー教、ジャイナ教の信徒が、数百年の歳月をかけて彫り上げた史上最大規模の石窟群だそうだ。アウランガバードの北西約30kmくらいのところにあって、岩山をくりぬいてつくられている。遺跡は南北2kmくらいあり、34の石窟が南から順に番号がつけられている。1〜12窟は仏教窟で、5〜7世紀につくられたもの、13〜29窟はヒンズー窟で、6〜9世紀につくられたもの、30〜34窟はジャイナ窟で、9〜10世紀につくられたものだそうだ。私どもには申し訳ないがよくわかりませんでした。





現地の子ども達も見学
観光終了後、アウランガバードへ向け出発。17:30発のIC888便でムンバイ経由でデリーへ。到着は20:55の予定だったが21:00着。スーツケースなど受け取ってホテルへ。今回の旅の初日に泊まったホテルのタージ・パレス・ホテルで同じルームだった。
2月1日 07:30起床、08:00朝食と荷物を廊下へ出す、09:30出発。出発までホテルの売店をのぞく。今日の予定はなくフリータイムだ。結局のところショッピングになったんだけど・・・。女性軍は喜んだんじゃないかなァ。夕方17:40デリー発AI306便で、バンコク経由で成田へ。機中泊である。毎度のことながら、機内ではうとうと程度の睡眠だ。
2月2日 08:00成田空港着。入国手続き後09:00。バスで出発、途中で昼食をとり13:30無事白河着、解散。感謝!感謝!今回の旅もよかった。