
(その1)
(1999.05.07〜05.15)
--世界文化遺産紀行--
5月7日 何か惹かれるものがあるのかも知れないが、中国への旅は今度が9度目になるのに自分ながら驚いた。 親類や、おい、めいに、「また中国に行くの」と言われたので、旅券をチェックしてみたらそうなるわけでした。いいのやら、わるいのやらわからないけど・・・。成田空港18:35発NW11便で一路北京へ。北京空港到着は現地の時間で9時30分、入国手続き後、専用バスでホテルへ。今回のホテルは、京広新世界飯店。
5月8日 今回の旅は、中国の世界文化遺産を見ようという目的なんですが、やはり、こちらの都合通りにはならないようで、何度かみたところも観光するわけで、やむを得ないのでしょう。まずはじめに、清朝皇帝が夏の半年を過ごした離宮「避暑山荘」のある承徳へ向かう。北京市内も訪れる度に新しいビルが建設されていて様変わりが激しいように思われる。国交回復して間もなくの頃に訪れた時は、近代的なビルなどほとんどなかった。中国の人々だってこの変化にとまどいしているのじゃないんだろうか。今日の移動距離は240km、このくらいの距離の移動は中国では日常茶飯事、ドライバーもガイドも驚きもしない。途中でガイドの話で月給の話題になり、北京あたりでは約1万円くらい、西安など地方では5千円から7千円くらいとのこと。(現在では違うと思いますが)
また、現在中国の人たちが欲しがっているものは、車と家とコンピュータですなどといっていたが、あっというまに日本に追いつき追い越して行くのじゃないかと思った。
途中、金山嶺長城を訪れる。やはり八達嶺と同じように延々と続いていましたが、幅はちょっと狭いように感じたが、場所によるのかも・・・。相変わらずしつこい土産物売りと中国人観光客がたくさんいた。昼食は途中のホテル内のレストランでいただく。
まもなく、普寧寺に到着、見学する。今回の旅では女の子がハンディビデオカメラをもってついて歩き、撮っていた。機種は不明だったがこんな具合にかわっていくのだろうなあと思われる。編集技術はまだまだだが・・・。普寧寺は1755年に着工し4年かかって完成したもの。世界最大の木彫観音像があり、大仏寺ともいわれる。(修理中で足場がくんであった)建物は南側半分が中国式寺院、北側半分がチベット寺院になっている。寺院の名前も何カ国語かになっていた。ここから通称棒鎚山といわれる名前の通りの棒が立っている山が見える。高さ38.29mあるとか。


続いて避暑山荘を見学。面積は564万平方km、城壁の総延長は焼く10km、頤和園の2倍、故宮の8倍で、中国に現存する皇宮では最大だという。1994年には世界文化遺産に登録され、多くの人が訪れるという。ここは避暑地として清の康煕帝が1703年に着工の詔を発し、1792年乾隆帝の時代に90年の歳月をかけやっと完成したもの。
今日は承徳泊。雲山飯店(賓館)で設備とサービスは承徳一といわれている。
5月9日 今日はホテルを出発すると、昨日きた240kmを、北京までもどるルートである。勿論北京空港へもどるわけである。北京空港に到着すると、今度は国内便で敦煌へむけ飛び立つ。結構忙しい旅ではあるがそういう日程だったようです。20:10敦煌着、ホテルは敦煌賓館貴賓楼で要人が宿泊することが多いそうだ。
楽器の生演奏で歓迎される。
金山嶺長城
避暑山荘
5月10日 はじめに仏教芸術の宝庫といわれる莫高窟の見学。ここは市内の南東約25kmのところにあり、鳴沙山の東の断崖に開削された大規模な石窟である。366年に楽そんという僧によって造営が始められたといわれている。漢民族やチベット民族などの支配をうけたが、どの時代にも造営は続けられたという。今までそれほど破壊されずに残っているのは、敦煌が乾燥した土地であること、仏教勢力下にあったことなどからという。しかし、1900年代初頭には、日本を含めた列強諸国によって敦煌の文書や絵画、壁画や彫像の一部などが海外に持ち出されたりしている。ここの石窟は、すべて撮影禁止だったが、一般窟と特別窟の45窟、57窟、樹下説法図、158窟、涅槃釈迦仏どを見学でき、説明をうけることができた。
この後、映画のロケ跡、敦煌古城を見学した。とても雰囲気がでていたように思った。砂漠の真ん中によくもつくったものだと感心する。

楽器演奏で歓迎


避暑山荘

敦煌古城

莫高窟正面
砂漠は日中は暑いということもあって、夕方から月牙泉、鳴沙山を訪れる。その前に夜光杯を作っている工場を見学した。あんなに薄く削っていく技術に、ついついみとれてしまう。鳴沙山を目の前にして、らくだ乗り場かららくだに乗って月牙泉ちかくまで観光する。のりかたが悪いのか尻が痛くなった。写真を撮るのも難しいほどゆれる。鳴沙山を走り降りてみたが砂は鳴らなかった。条件があるらしい。
月牙泉は、三日月形の泉で東西200m、幅50m、深さは平均5mくらい、水が枯れたことがないという。




乗らくだ券?
足跡が面白いので・・
夕食後は敦煌賓館でのショウを鑑賞する。民族歌舞とのこと。毎度のことながら、どうしてこうも美しいのか不思議だ。浦島太郎の龍宮城の話が思い出される。
浦島太郎の心境は、こんなだったのかな・・・と。
それはさておき、この人たちは学生だとかいう話をきいたことがあるが、学費稼ぎのためというのもはずれていないかも。
5月11日 じゅうたん工場にまわってから空港へ。そして敦煌発11:40のXO9215便にて西安に向かう。15:10着、大雁塔、城門などを見学、兵馬俑坑博物館のしホテルへ。ホテルはANAグランドキャッスルホテル西安。夕食はホテルで洋食のフルコースディナー。何を食べたものやらまるで覚えていない。
5月12日 今日はまず楊貴妃の墓から見学。唐の第7代皇帝玄宗の愛妃楊貴妃の墓。悲劇のヒロインとして有名。以前は土の塚だったが、この土が美容効果があるとされて、多くの人に持ち去られ、土は瞬くまに減ってしまったため、現在はセメントで固められている。次に茂陵を見学。約2100年前に国税の3分の一をつぎこんで造営した5代皇帝、武帝の陵墓である。山のふもとにある方が古い時代のものだそうだ。続いて茂陵博物館へ。前漢時代の9人の皇帝の陵墓が東西50kmにわたって一直線に並んでいるという。とても全部など見られない。そのうちで一番大きいのが茂陵で、高さ46.5m、東西39.5m、南北35.5m、基底部の四辺は240mもあるという。茂陵の脇にあるのが霍去病墓(かくきょへいぼ)で、霍去病の早死にしたのを惜しんで、武帝が自分の王陵のすぐそばに墓をつくらせた。これが現在の茂陵博物館になっている。博物館の庭にある匈奴をふみつける馬の石刻は有名である。
午後は13:20西安発XO9507便で済南へ。済南着15:10、着後、専用バスにて70km先の泰安へ。今夜は泰安泊。泰山華僑大廈で四つ星ホテル。


楊貴妃墓
月牙泉へらくだに乗って行く