エジプト

(1997.2.12〜2.19)

エジプトは行ってみたいところの一つだったので、団長さんが企画したので参加しますかとの誘いがかかるや、いの一番に参加申し込みをしました。それでなくても物忘れが目立ってきていることで、あまりさだかでない記憶をたどりながら綴ってみます。

2月12日 16時発のエジプト航空MS865便で成田を出発。マニラ、バンコク経由の便だった。マニラで数人の客が降りたため、少し機内はゆとりができた。給油その他いろいろあるのでしょうが、マニラ発は22時だった。機内食がでる。食べられないので大部分はそのまま返却。バンコクには23時着。乗り継ぎのため、ここでまた1時間待つ。ここの時刻で24時(日本時間だったら午前2時)バンコク発。カイロには少し遅れて13日早朝午前5時40分到着。所要時間20時間20分、眠いような眠くないような変な感じ。入国審査の後、バスでホテルへ。ホテルに着いたのは朝の7時15分だった。メナハウスオベロイ&カジノ。

2月13日 このホテルはちょっと外へ出るとピラミッドをみることができる場所にあり、いい場所にあると思った。8時30分朝食、その後少し休憩して9時30分出発。
ここでエジプトについての印象を。面積は日本の3倍ねイスラム教徒が主、らくだに乗って街の中を歩く人、信号無視の車が目立つこと、眼だけだしている女の人たち、民族衣装を着た男の人たち。ホテルの部屋には、蚊取り線香が用意されていた。蚊がいるらしい。今日はモハメッド・アリ・モスクとピラミッド、スフィンクスの見学。最初にモハメッド・アリ・モスクの見学。なかなか立派な建物だ。ボールペンをくれという人があちこちにいた。80mの高さのドームがめだつモスクだった。次に一番期待していたピラミッドの見学。近づくにつれその大きさに圧倒される。三つのピラミッドが見えると更に威圧感を感じる。この地域の中に入場するのに料金をとられる。(支払うというのが正しいのかも)。その中のクフ王のピラミッドの内部玄室の見学も別料金だが見学できる。このピラミッドは三つの中で一番大きく、一辺230mの四角形(現在は220mしかないそうですが)、高さ146m(現在はてっぺんがくずれて137m)、角度51度50分の正四角すいである。平均重量1個2.5トンと推定される石を、最少に見積もっても、230万個積み上げてあるという。現在は203段あり、昔はこの石の上を化粧石で覆われていたが、風化などでなくなりむきだしになっている。ピラミッドの真ん中にある王の玄室はさもない石棺があるだけだが、正面入口下の盗掘口から玄室までの途中がすばらしく、なんとなくわくわくしながら進んだ記憶がある。大回廊や狭い上昇通路は、それでなくても暑いのにますます暑くなってきて、玄室につく頃は汗だく、そして花崗岩でつくられた蓋もない石棺をみると拍子ぬけの感じがした。またスフィンクスに長いしっぽがあるのを初めて見た。教科書などではほとんど見てないので・・・。

2月14日 今日は殺人的スケジュールだ。起床3時30分、朝食4時00分、4時45分発のバスで空港へ。約50分で空港着。カイロ発6時30分でアブシンベルへ向かう。一日一往復しかないらしく、早くても仕方ないらしい。約2時間で到着する。コックピットの写真を撮らせてもらえた。アブシンベル宮殿を見学する。神殿正面入口の左右に2体ずつ、高さ20mのラムセスU世の座像が並んでいる。足元には小さく王家の家族、王子、王女、母のティ王妃、妻のネフェルタリー王妃の像がある。
内部は大列柱室で、オシリス神の姿をした高さ10mのラムセスU世の立像が8体並んでいる。この室の両側のレリーフはすばらしい。(戦闘場面を描いたもの)一番奥の至聖所には、ブタハ神、アメン・ラー神、ラー・ハラクティ神、ラムセスU世の座像が並んでいる。こういう説明を聞いても本当のところよくわからん。不謹慎だといわれたとしても・・・・。また左から何番目かがラムセスU世だとかいわれたけど、忘れてしまった。ガイドさんに申し訳ない。外へ出ると、およそ120mほど離れたところに王妃ネフェルタリのためにラムセスU世が建造したというネフェルタリとハトホルの神殿があり、ここは岩窟神殿である。正面にラムセスU世の立像4体とネフェルタリの像2体の計6体が左右対称に立っていて、足元には彼らの子どもの小像が刻まれている。内部の列柱室にはハトホル女神のレリーフの彫られた柱があり、王妃の彩色されたレリーフがある。ちらりとだったがアスワンハイダムも見学(写真はダメ)した。また、未完成のオベリスクのある石切り場をみましたが、切り出して運ぶ時のようすを考えると大変だったろうなあと思う。夕方にないる川をファルカ(帆かけ舟)で遊覧したが、現地のガイド役の船頭?の即興の歌がとても愉快だった。今日は、ナイル川の中州にあるアスワン・オベロイホテル泊。

2月15日 08:45アスワン発のMS134便でルクソールへ。約30分ほどで到着。ルクソール観光では、カルナックの神殿、ルクソール神殿を見学する。カルナックの大神殿は一辺約500mの日干しレンガの周壁に囲まれ、中には、アメン大神殿、オシリス神殿などの諸神に捧げられた神殿群をふくめ南北1.5kmに及ぶ広大な神域をもっている。歩くとその大きさに圧倒される。そして歴代の王により、神殿やオベリスクが寄進され、建設が進められたのだという。ツタンカーメン王の戴冠式もここで行われたという説もあるという。幅102m、奥行き53mの敷地に、最高の高さ23m、太さ直径2m円周6.28mの柱が134本立ち並ぶ大列柱室がある。レリーフが施され彩色が若干残る巨大な柱の前では小人になったように感じる

昼食は名物というはと料理。ナイル川ぞいのレストランで、楽器の演奏やら客の呼び込みやらの騒々しいとこだった。はとさまは、言っちゃあ悪いけど食べるところなどなくて骨ばかりに感じた。歯の丈夫な方々にはよいのだろうが、わたしどもには不向きだった。
夕方から夜にかけて、カルナック神殿において「音と光のショウ」をみた。数年前からは火、土曜日の第一回目だけ日本語版のナレーションがあるようになったそうで、旅行社はそれを考えて今日の日程に組んだらしい。第一部は8場、第二部は8幕で構成されていて、観客は入口から光に導かれて、第一部は神殿の中を歩く。誘導する係員がいて次々と場所の移動のタイミングを知らせてくれる。第一中庭では神殿の主アモン神の栄光を語り、大列柱室では美しさと政治的、宗教的な機能について語る。オベリスク横では、王家の歴史の長さが語られる。ここで第一部が終わりでしばらく歩いて椅子席の会場へ。ここから第二部で椅子に腰掛けたままで、テーベの繁栄やカルナック神殿の増築の模様などの語りがあり、アモン神讃歌で終了となる。全部でおよそ1時間くらい。お蔭様で、神秘の世界に引き込まれた感じであった。3人くらいの日本人のナレーターらしかったが、なかなか実感がこもっていてよかった。料金は一人US25ドルだった。

2月16日 午前中ルクソール観光。王家の谷へ向かう途中、畑の中にポツンと立つ一対の砂岩の巨像がある。小さいように見えるが、結構大きく、高さ18mもあって近くに立つと圧倒される。これはメムノンの巨像といわれるものでアメンホテプV世の像だろうといわれている。
また少し進むと、クルナ村のそばを通る。ここの村は盗掘の村ともいわれるそうで、ここにある貴族の墓の上に家を建て、そこに埋葬されているものを黙っていただく人たちが住んでいるのだそうで、ひらたく言うと墓泥棒になるのでしょうが、各家の地下には、古代の遺品がたくさんあるのかも・・・・・。

ハトシェプスト女王葬祭殿: トトメスT世の娘で、トトメスU世の妻となったハトシェプスト女王は、夫の死後即位した側室の子どもで幼いトトメスV世の後見役から、やがて自分が王となり、威厳を保つため男装をし、つけ髭までしたという。壁画にはいろいろ交易のようすなど描かれていたそうだが、女王の死後、トトメスV世により名前や立像などはすべて削り取られてしまったそうです。私たちがみたこの地で、観光客に向けて銃撃事件が起こったので、運がよかったとしかいいようがなかった。そういえば、建物のかげに身をかくすようにしている人たちを数人みかけてはいましたが・・・。
王家の谷では、例のツタンカーメン王の墓を見学、1922年にイギリス人のハワード・カーターにより発見され、ほとんど盗掘されていない唯一の墓だそうです。黄金のマスクは日本で公開した時にみましたが、王家の谷の規模を目の前にすると、まだまだ多くの遺品があると思ったのは私だけではなかったようです。その他にもいくつか見学しましたが、名前がよくわからないため記憶にないのが残念。副葬品があったところとか、石棺があったところなどカメラ持込料を支払って写真をとったらしく何枚か残ってはいる。

ルクソール14:00発MS138便でカイロへ。着後ホテルへ向かい、今日の予定はすべて終了してゆっくりする。ホテルはカイロ・マリオット・ホテルでゲジラ島の中央部にあり2泊する予定。新館の12階の部屋で最高の眺望。今日の夕食はホテル内のゲジラグリルで。料理は食べきれないほど多かったとは妻の弁。11時30分ころ就寝。

2月17日 はじめにメンフィスの観光。昔は歴史的に重要な場所であり、重要な役割をはたして栄えたそうですが、現在はおもかげもない。遺跡入口を入った右手の建物の中に巨大な石灰岩で作られたラムセスU世の横たわった像がある。どこかが欠けていたように記憶しているがさだかでない。2階から全体像をみることができる。敷地内にはアラバスター製のスフィンクスがあり、ギザについで2番目に大きいものだそうで、80トンの重さがあり、1912年に付近で発見されたものだという。次にサッカーラ観光。葬祭殿の列柱はすぐ近くで見られたが撮影禁止であったことで何も残ってない。遠くに見える階段ピラミッドも撮影禁止だった。午後はエジプト考古学博物館見学。ここも撮影には大枚を払わねばならないので自分の目でじっくりと鑑賞した。けど記憶はおぼろげ。でも古代のエジプトの秘宝がわんさとあったことに驚いたことは事実である。夕食はディナークルーズ。生演奏とベリーダンスのショウを見ながらだったが、5mくらいの至近距離でガンガン大音量でやられるため、年寄り向きではなかった。マカレナダンスなどお客さんを参加させてのものや若者にとってはいい時間だったと思う。残念ながら私どものグループでは??だった。でも面白かったことは事実でーす。

2月18日 7時起床、7時45分荷物を部屋の廊下側に出す。ホテル内は日本人もかなり多く見受けるが、世界各国の人々が廊下を歩いているのも多い。8時30分出発、空港に向かう。今日でエジプトとお別れになる。エジプト航空MS864便11時15分カイロ発帰国の途につく。でもまっすぐに日本に向かうわけでなく、バンコク、マニラ経由なので(給油のため)待ち時間が多かったのは行きの時と同じ。バンコクでは買い物をする時間があって、女性軍は喜んでいたようだ。すべてをまぜて所要時間は18時間40分なので、きついことには違いなく腰が痛くなったのが本当のところ。機内泊。

2月19日 12時55分成田着。待ち時間も含めて出発からかかった時間は18時間40分、やっぱりきつい。腰が痛くなったのは本当のところだけど、やせがまん。あまりよくないらしいけど・・・。荷物を受け取り入国審査、税関審査をすませて全員無事帰国を喜び解散、自宅へ向かう。今回も無事に帰国できたことに感謝、感謝。