ラオス周遊とハノイの旅

(2004.2.15〜2.21)

2月15日 今回の旅は鶏インフルエンザの問題で大揺れに揺れている地域のど真ん中に出かけることになってしまった。計画ができ日程なども決定していたが、だんだん汚染地域になっていき、ついに、どちらの行き先も真っ只中になってしまい、旅行社の説明会にでても、旅行当日までにキャンセルが6人も出てしまったのは、やむを得なかったと思う。にもかかわらず、私どもはでかけることにしたが、よかったのやら悪かったのやら・・・。
成田19:00発のTG773便はバンコクに向かって飛び立った。所要時間は6時間59分で、バンコクには現地時刻で23時59分に到着。スーツケースは預けたまま、トランジットルーム内のホテルに泊まる。冷房のコントロールが効かず、OFFにもならなかった。シャワーは湯温があがらず途中でやめる。ものすごく寒くて寝具類も薄手で一枚しかない。カバーを二つ折りにして頭からすっぽりかぶっても、寒くてほとんど眠れなかった。いい経験ではあったけど・・・・・。

2月16日 バンコク8時15分発のTG690便で、今度はラオスのビエンチャンヘ。およそ1時間10分ほどでビエンチャン着。機内でデンファレの花のサービスあり、帽子に飾る。後日に観光することになっているため、簡単にビエンチャン市内観光をする。タート・ルアンを見学する。タート・ルアンの起源は、3世紀頃、インドから使者の一行が、ブッダの胸骨を納めるために建立したのが始まりといわれていますが、さだかではありません。高さが45m、外壁の一辺が約85mの正方形の塔は、蓮の花をモチーフとした三層のつくりとなっている。第一層は一般の人々、第二層は高層、第三層は王のみが立ち入ることが可能だったという。現在は四辺の中央にある階段から入れるということだが私たちは入らなかった。

ビエンチャンのワッタイ国際空港で、13時20分発QV818便に乗るわけだが、なんと遅延になった。1便しかないとかのことで、機材がないらしく、これは日常茶飯事のことらしい。結局のところこのプロペラ機の出発は17時00分だった。所要時間は約40分でルアンパバーン国際空港着。グランド・ルアンパバーンホテルに18:30着。

夕食は別棟の屋根があるだけのところで、メコン川をみながら食事ができるわけだが、ちょっと涼しすぎて半そででは寒く感じた。洋食。
部屋はシャワーのみで湯温は自由に調節できて快調だった。ふつうホテルだったらそんなことに神経を使わないのに発展途上国だからしかたがないのだと納得するしかないのだろう。

2月17日 モーニングコール6:30、朝食7:30よりということで、少し早めに起きてメコン川の岸辺を散歩する。アカシヤの白い花が枝いっぱいに咲き、ハイビスカスの赤、小鳥の声など新鮮な気分になる。坂道があったりしていい運動になり、バイキングの朝食がおいしく食べられた。
8時50分より約1時間のメコン川クルーズ。4,50人乗り位の小舟。これを職業としている舟がたくさん見られた。貧しい生活をしているのだろうなぁと思うと、何か気の毒になってしまう。パクウー洞窟で下船し見学する。ここの内部には、人々が奉納した大小5000体もの仏像が静かにたたずんでいます。木製のもの、金属製のもの、時代、様式など色々な仏像がありました。次にバーン・サンハイ村を見学。川のりで作った特産品カイペーンが砂浜にずらりと干してあった。また、この村では伝統的な焼酎ラオラーオがつくられている。強い度数だった。織物などの手工芸品がたくさん売られている。

サンハイ村

ラオラーオの試飲可

カイペーン

夕方5時40分、ルアンパバーン空港からビエンチャンのワッタイ空港へ空の旅。着後ホテルへ。ラオプラザホテル泊。ここを基点に明日はビエンチャン市内観光だし、二泊するので荷物の移動はないので楽だ。又、ゆっくり入浴することができてよかった。

2月18日 朝食はバイキング、体重が増えていたので、どこかで食事を減らすかと思っただけで、普通どおりに食べてしまう。食えることは良いことだと自分を納得させて・・・。まず凱旋門の見学。上までおよそ200段を登る。途中の売店で買い物をする。ここは戦没者記念塔で、パリの凱旋門を模して建てられたことから、記念塔(アヌサワリー)でなく凱旋門を意味する門(パトゥー)・サイ(勝利)と呼んでいるそうです。塔のテラスからは、ビエンチャンの街からメコン川などが見渡せる。
昼食は日本食だった。刺身、味噌汁、日本茶がでた。たしか名前は「キッチン東京」とかだったように記憶しているが定かでない。午後はブッダ・パークの見学。巨大な寝釈迦仏をはじめ無数の仏像、ヒンズーの神々まで集められている公園。様々な仏像があって案外楽しかった。次に友好橋へ行く。ラオスのビエンチャンとタイのノンカイを結ぶ長さ1174m、全幅12.70m、1994年4月開通した。中央部まで行って見ると、タイ側には橋の中央に線路が敷設されているが、ラオス側に入ると敷設されてなく、堤防のところにレールが積み重ねられてあった。貧しいのでできないのだとはガイドの話。
ワット・シーサケットはビエンチャンで唯一昔のまま残っているそうです。現在は博物館になっていて、本堂の内部や周囲の回廊にたくさんの仏像が並んでいます。ワット・ホー・パケオは王朝の守護寺院だったそうですが、現在は博物館になっていて、国内から集められた仏像などの美術品が展示されています。
今日の観光は早めに切り上げてホテルでゆっくりと休みをとることになった。ホテル到着は15時40分、部屋で荷物の整理をしたり、入浴したりする。夕食は中華料理、でも午後8時には全員終了して部屋にひきあげた。
明朝はモーニングコールが午前4時30分、朝食5時、出発6時、だいぶきついなーー。 

レールは国境まで

国境の表示らしい

友好的な国境だ

※ ラオスの通貨単位:kip(キップ)で1000キップが約16円位※ ベトナムの通貨単位:ドンで1000ドンが約8円 

2月19日 6時にホテルを出発、ビエンチャンの空港へ向かう。便数の少ないのでこんなに早く出発するしかないそうだけど・・・。空港に着いてみると、7:30発のフライトが9:30発に変更になったらしい。きいてみると、ひんぱんにこういうことはあるらしい。時間はあるしおみやげ屋さんは開いてないし、こんな時は困るもんだ。真っ赤な太陽がのぼり明るくなってくると、感じがかわってきて待つのが楽になった。
9:30出発、ハノイには11:30着。およそ50分ほどで市内レストラン到着、昼食となる。ベトナム料理だった。午後から観光となったが、車窓から見える景色は田植え真っ盛りという時だった。このへんは二期作とのこと。はじめにホーチミン廟の見学予定だったが、飛行機が2時間遅れたことで、午前中だけの見学時間となっているここは見学できなかった。残念。一柱寺見学から開始。11世紀に建立された仏教寺院で、蓮の花を模して建てられたといわれており、本堂が一本の柱で支えられていて一柱寺の名がある。次に文廟(孔子廟)の見学。名前の通り孔子を祀る目的でつくられたという。1076年ベトナム初の大学が開校したところ。入口から境内に入ると左右に大きな石碑が並んでいて、1484年から約300年間にわって行われていた科挙登用試験の合格者の名前が刻まれている。続いて歴史博物館見学、1階の先史時代からスタートし、順を追って現代まで展示されている。石器、青銅器をはじめ、陶磁器や工芸品、貴重な資料などが豊富である。夕方から水上人形劇場でタンロン水上人形劇を鑑賞した。もともとは近隣の農民が祭りの際、池ゃ湖で上演していたものだそうて、1000年前かという歴史があるそうだ。

上演時間は約1時間ほど。人形の使い手(10人ほど)は水面まで下がっている幕の後ろで、水に漬かりながら竹と糸で操っているそうで、国立人形劇団に所属する人たちだという。終了して帰るときに、劇中音楽のテープをくれたので、料金は1等席で4万ドンくらいだったらしい。不思議な魅力とユーモアがある。ヒルトン・ハノイ・オペラ泊。

2月20日 6:00モーニングコール、6:30スーツケースを部屋の廊下に出してすぐに朝食、バイキング形式だった。7:15出発する。今日はハロン湾クルーズ。ホテルから船乗り場までは、およそ3時間半ほどかかる。観光船は、ハイチャイ側からでる。ここに並んでいる観光船の数は、はんぱじゃない。ひしめきあっていると言った方がいいくらい。出発する時には船の両側を隣の船にこすりながらバックするので、ひやひやものだった。クルーズの時間は約3時間。世界遺産に登録されているだけあって、海面から突き出る奇岩は、海の桂林といってもいいくらいだ。岩の数は何千とか言われているそうだ。ハロンというのは「龍が降りる地」という意味だそうで、空から舞い降りた龍が吐き出した宝の玉が奇岩に変化したという伝説があるともいう。たしかに神秘的でもある。船内で昼食(海鮮料理)、あまりおいしいとは言えないものだったが、私だけだったかも・・・。

クルーズ終了後、ハノイのノイバイ国際空港へ。そしてハノイ20:35発TG685便でバンコクへ飛び、TG642便に乗り換え23:40発で成田へ。機中泊。

2月21日 早朝7:30無事成田着。いろんな騒ぎがあったけど、何事もなく全員無事に日本に到着できたことに喜びを感じたのは私だけではなく全員だった。鶏インフルエンザの真っ只中に行ったのだから・・・。入国手続き終了後、貸切バスで帰宅した。今度の旅も無事に行ってこられた事に感謝、感謝。