わたし達の趣味

在職中から下手の横好きということばの通り、誰かがやっているのを見るとすぐに飛びつくという生活をしてきたため、いわゆるぶっかじりという形のものばかりだと思う。人生こんなものかと今更反省したところで仕方がないのだが、ものにならなかったのが多い中で、現在でも続いているのがある。寝食を忘れてもやっていられるもののようで、この年齢になっても、始めると夢中になってしまい、時間の経過を忘れたりすることが多い。これでも本人は楽しんでいるので、いいのかも・・・。

<アマチュア無線>

これに興味を持ったのはかなり昔のことである。昭和42年ころ書店で買った雑誌(多分CQ ham radioだったと思うが・・)に、トリオ株式会社で通信型受信機9R−59Dのキットの販売の記事が載っていて、そのキットを取り寄せ組み立てたことがあった。実体配線図つきということで、私にも容易に組み立てられた。(ハンダづけなどは好きだったので、簡単だった)
問題だったのは、全工程が終わってからの全配線、C・Rの取り付け、ケミコンの極性とかダイオードの極性の点検と調整だった。テストオシレーターなどないのでたいへんだった。
調整後に7メガ帯で自宅の近くの人がどこかの局と楽しそうに交信しているのを受信して、これをやってみたいと思ったわけです。書類など取り寄せて勉強をはじめ、翌43年に免許を取得(電話級)し開局、聞こえてきた局とは夢中でコンタクトをとり、QSLカードを交換しあった。早朝5時ころから出勤するまでと、夕方から夜中まで、ほとんど毎日、よく続いたもんだと思う。カードはおよそ2000枚程度しかないが、聞こえてくるのは若い人が多く、孫の話では長く続く筈はない。従ってカードを集める気にもなれない。ところが、日本アマチュア無線連盟(JARL)より、2004年5月に30年以上無線に従事していたということで表彰状が届き、もう少し頑張るようかななんて思ったりする。(やっぱりおめでたい人間だナー)現在第二級アマチュア無線技士。

<カメラ・ビデオ>

カメラは昭和30年に就職したことを記念して、タロンというカメラを購入したのが最初である。(現存する会社かどうか不明)それまでは触ったこともなかった。そのため、アルバムを見ると露出不足で暗い所で撮った写真が多い。その後は妻に愚痴を言われるほどの台数があり、そこに8ミリカメラを2台、8ミリビデオカメラ、デジタルカメラ、デジタルビデオカメラが数台あるところまできているので、何を言われても仕方がなさそう。その上に、ビデオ編集装置一式を安物だけど揃えてしまったから何をかいわんやである。でも、旅や行事を撮影してきたものを編集する時は、喜びと楽しさが十分味わえる。

<書道>

退職してから、わたし達夫婦で書道の勉強を始めることにしました。小さい頃には、筆を持ったことはあったが、その後はご無沙汰でしたので、この際やってみるかということである書道の会に入会ししたのでした。月ごとに届く冊子の成績を見て、喜んだりがっかりしたりして、子どもたちの気持ちを味わっています。
現在のところ夫婦ともに同じ段位であり、お互いに競い合うのがいいのかも知れない。

<水墨画>

小学生のころから描画は好きで、各種の展覧会に出品して特選などの賞をもらっていたというだけあってセンスがいいし、うまい。そこへ平成12年から水墨画の教室で勉強をはじめたので、その進歩ぶりはすばらしく、夫のわたしは足元にも及ばない。現在も教室に通い勉強中。脱帽するのみだワ。

<華道>

これは始まりがいつなのか定かでないほど、はるか昔のことらしい。女性のたしなみなんていうより、植物そのものに対する関心が高く、名前をよく知っている。家の中がきれいになるし、心がやすらぐのは事実です。幸せでーす。華道家元池坊教授の資格を持つ。

<詩舞>

現在はやめてしまったが、数年前まではかなり熱を入れていた時期があった。三越劇場での発表など各地での発表や練習にとられる時間もかなりのものだったけど・・・・。資格は一応奥伝。詩吟は現在も進行中で師範の資格。まさにマルチの奥様、いやマルチおばたりあんかな??。

<太極拳>

これが現在の生きがいにもなっているものです。そもそも関心を持ち始めたのは、1984年に、初めて海外旅行に行った所が中国で、当時はあちこちの公園で、早朝から太極拳が行われていました。それが最初の出会いだったようです。その2年後に、再度中国へ旅行にでかけましたが、最初の海外旅行と視点が変わってきて、太極拳の行われているところがあると、そばへ近寄り、まねをしてからだを動かしていたようでした。帰国してからは、図書を購入したり講座や教室が開かれているところがあると遠くであっても通って勉強しておりました。現在は師範の階位を持ち、各地に教室を開いて指導している。

日本健康太極拳福島県支部白河同好会に属する各教室

☆ 白河同好会「ニィハォ会」

☆ 白河太極拳クラブ

☆ 白河太極拳クラブ「悠悠会」

☆ 白河同好会「皐月会」

☆ 棚倉太極拳クラブ

☆ 大子太極拳愛好会

☆ 矢吹太極拳クラブ

☆ 薫太極拳

☆ 白河同好会「みさか会」

  教  室  名  白河太極拳クラブ
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
  教  室  長  元田 精治郎
   TEL 0248-22-6251
  活 動 場 所  白河市中央公民館
  活 動 日 時  毎週水曜日 10:00〜12:00
  会  員  数  49名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
  教  室  名  白河同好会「ニィハォ会」
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
  教  室  長  須釜 千代
   TEL 0248-22-1811
  活 動 場 所  白河市第二体育館
  活 動 日 時  毎週木曜日 10:00〜12:00
  会  員  数  21名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
  教  室  名  白河太極拳クラブ「悠悠会」
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
  教  室  長  吉村 幸代
   TEL 0248-27-6070
  活 動 場 所  白河市中央公民館
  活 動 日 時  毎週木曜日 13:30〜15:30
  会  員  数  23名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
  教  室  名  白河同好会「皐月会」
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
  教  室  長  八巻 とも
   TEL 0248-25-0761
  活 動 場 所  県南白河生協2F
  活 動 日 時  毎週火曜日 19:00〜20:30
  会  員  数  15名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
  教  室  名  棚倉太極拳クラブ
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
  教  室  長  萩原 みさを
   TEL 0247-33-3275
  活 動 場 所  棚倉町中央公民館
  活 動 日 時  毎週金曜日 10:00〜12:00
  会  員  数  22名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
  教  室  名  大子太極拳愛好会
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
  教  室  長  鈴木 登
   TEL 02957-2-3677
  活 動 場 所  大子町中央公民館
  活 動 日 時  毎週月曜日 17:30〜19:00
  会  員  数  19名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
  教  室  名  矢吹太極拳クラブ
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
   教  室  長  郡司 悦子
   TEL 0248-44-2785
  活 動 場 所  矢吹町福祉会館
  活 動 日 時  毎週土曜日 10:00〜12:00
  会  員  数  7名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
  教  室  名  薫太極拳
  指  導  者  鈴木 さつき師範(しらかわ同好会長)
  教  室  長  国分 ヒサ
   TEL 024-933-2191
  活 動 場 所  郡山市薫公民館
  活 動 日 時  第1,2,3火曜日 10:00〜12:00
  会  員  数  8名
 連絡先・事務局  教室長に同じ
   教  室  名  白河同好会「みさか会」
  指  導  者  渋谷 匡子準師範
  教  室  長  氏家 一代
   TEL 0248-28-3647
  活 動 場 所  みさかコミュニティセンター
  活 動 日 時  毎週火曜日 10:00〜12:00
  会  員  数  14名
 連絡先・事務局  教室長に同じ

☆ 保原「きさらぎ会」

  教  室  名  保原「きさらぎ会」
  指  導  者  八巻 とも
  教  室  長  岡崎 京子
   TEL 024-575-1663
  活 動 場 所  保原町生協2F
  活 動 日 時  第2,4土曜日 13:30〜15:30
  会  員  数  12名
 連絡先・事務局  教室長に同じ

<その他 過去形になったもの>

若い時から物好きと言われていただけあって、今ふりかえってみると、いろいろとやっていたようです。そのいくつかを思い出しただけでも、ばかみたいだったなーと思うほど。先ずは16mm映写機操作免許というのを講習を受けて頂いた。この頃はテレビなどは高級品で手がでないため、映画会というのが各地で頻繁に実施されていたものでした。少し役に立つことをしてみようかと思ったからで、一寸は役立てたと思う。ナトコの時代ではありませんので簡単にとれたという印象が残っています。次にボイラー技士の免許と危険物取扱免許の取得に挑戦。但し勉強は全然といってよい程やれなかった。図書を買って読んでみたものの、ことば、単語がきいたことがないものばかりでさっぱり判らなかった。おかげさまで、ボイラーの方はみごとに不合格、危険物の方は乙種第4類が合格だった。
危険物取扱の免許は、年をとったらガソリンスタンドでも経営してみるかなどという大それた考えからだったけど、やっぱりその方面には進まず、ただ免許のみが残っている。一緒に受験した人で、ガソリンスタンドを経営して、現在も好調のようですので、うらやましい限りです。
また、陸上競技の第2種公認審判員の資格も講習を受けていただいた。早朝からだったり、暑い日、寒い日、雨天の日など老人にはかなりきつくなってきたので、リタイヤすることにしたけど・・・。若い人にがんばっていただいた方がいいと勝手に考えて・・・。どう考えても物好きな人間なのだろうなぁ・・・。