白河市は、「歴史のまち白河」とのかけ声があるように、確かに古い歴史のあるまちだと思います。しかし、古いことがらを調べようとすると、誠に寂しい限りで、どこかにはあるのだろうとは思いますが、私にとっては無いと言ったほうがいいように感じる。従って、目につくもの、聞いたことなどをもとに、その場所などにでかけたりして、少しでもいいから調べてみたいと思いました。勿論、気ままに進めるので、続くことやら、どうなることやらわかりません。一つでも二つでもいいだろうと考えれば気が楽であるから・・・。
1、南湖公園
南湖公園は、南湖県立自然公園が正式名称です。白河市の中心市街地から南方およそ3kmの所に位置する。面積は約35haだそうです。1924年12月に国の史跡名勝の指定をうけた。そもそもこの南湖公園は白河藩主・松平定信(楽翁)が、老中退官後の1801年〜1804年(享和年間)に造った庭園で、民衆に開放され、近代の公園の先駆として意義あるものという。(こんな主旨だったことに逆行するみたいに有料の部分ができたのは残念だと思うのは、私だけかも知れないので・・・)もともとは沼沢地だったところをせきとめたもので、池下の荒れた湿地は干拓し、池の水を灌漑して新田を造ったそうです。現在、池下の地名が残っており水田がたくさんあったが、だんだん宅地化してきている。
また、1922年には楽翁を祭神とする南湖神社が造営され、境内に茶室・羅月庵がある。白河藩家老三輪待月が別邸につくった茶室だそうで、楽翁が命名したものを移したものといわれる。また、白河郡役所の一部を移転し保存をかねて小博物館風のものが境内の前にある。
南湖の名の由来は、はっきりしないが、城の南にあることと、李白の詩の一節の「南湖秋水夜無煙」にちなんでつけられたといわれる。造られた当初は、四民の遊楽の地とするとともに、藩士の水泳や操舟などの練成の場として使われたり、農業灌漑用水として用いられたりしたという。


南湖神社
羅月庵

南湖神社宝物館



南湖神社社務所前にあるすばらしい楽翁桜(咲き始めと葉桜)
2、南湖十七景碑
・常盤清水 萬代をかけてむすはん深みとり 常盤の清水たえぬ流れに
牧野備中守 忠精朝臣
・眞萩が浦 かけひたす波も錦によせかゆる 眞萩か浦の花さかり哉
芝山大納言 持豊卿
・鏡の山 湖のここもかかみの山なれや 心うつさぬ人しなければ
白河城主松平越中守 定信公
・共楽亭 山水の高きひききも隔なく 共にたのしきまとゐすらしも
白河城主松平越中守 定信公
・錦の岡 ささ波のなみに浮める花紅葉 にしきの岡の春秋の色
加納遠江守 久周朝臣
・関の湖 影うつる山もみとりの波はれて 見わたしひろき関のみつうみ
近衛左大臣 基前公
・月見浦 たくひあらし出しほの影も秋にすむ 月見か浦のなみのみるめは
烏丸中納言 資薫卿
・下根の嶋 せきのうみや下根の嶋の秋くれて 月影さゆるあしのむら立
大久保加賀守 忠真朝臣
・月待山 うちむかふ月まつ山のきり晴て さきたつひかりそらにくもらぬ
廣橋前大納言 伊光卿
・千世の堤 雨風にゆるかぬ千世の堤こそ くにを守りのすかたなりけれ
堀田 正敦朝臣
・八声村 明ぬよの夢や覚ると庭つ鳥 八声のむらに行てねましを
土井山城守 嘯月
・小鹿山 をしかやま月にはなれもつまこひの うらみやふかき関のみつうみ
阿部備中守 正精朝臣
・千代松原 立ならふみとりのいろのさかえつつ すゑ限りなき千代の松原
三條前内大臣 實起
・有明崎 白川の関の山風ふくるよの 月影てらす有明かさき
廣橋大納言 胤定卿
・松風の里 世のちりをよそにはらへる松風に この里人や千代おくるらん
小笠原佐渡守 長堯朝臣
・松虫の原 旅ころもゆききかさねていく秋か 愛みん千代を松虫のはら
佐竹右京大夫 義知朝臣
・みかけの島 神のます御影の島の松か根に とはにそよする浪の白遊
有馬佐兵衛佐 譽純朝臣
この十七景の碑には詩歌が刻まれているが、これは楽翁公が諸国の名士文人に寄稿させて歌碑としたといわれるが、桑名への移封の時期と重なってたいへんだったらしい。
猶香園に置かれていたものを阿部氏がこの南湖に移したらしい。たいへんだったのだと思われるが、そうでないのかもしれない。


西側入口にある石碑
木村守江知事の銘がある
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