動物達にマウスを乗せてください

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 だから何?と思うような生活出来事

ふぅ…なんだかな そして溜息 2013/12/14

更新がせずでごめんなさい。
前々回に書いたガンを患って弱っている伯父さんが
14日の朝に亡くなった。
 
私が知ったのは翌日の昼だった。
その時、妻の実家にいて妻と伯父さんの病状を話していて
「弱ってはいるが意識はしっかりしてるから
 年内は大丈夫かな・・・だよなぁ・・・」と
話している最中に父から電話が。
あまり電話をかけてこない父であり
着信を見たときに嫌な予感がしたが、それが的中だった。
 
16日がお通夜で17日がお葬式だった。
16日、いったん会社に出向き
午後退社をして実家に帰った。
家族で伯父さんの家に行く。
伯父さんは眠るように安らかな表情でした…。
そんな表情見たら涙が出てしまうもの…。
いろいろと子供のときに可愛がってもらい
その時の思い出が浮かんでくる。
 
従兄弟達の子供達は低学年程度であり
まだ死別の重大さと悲しさを感じてないのか
子供同士でじゃれあっている。
 
― 子供達はいつか事の重大さに気づいて涙するかな ―
だけど、今の明るさがその場を和ませてる様で
子供だからできる技かな。
そして伯父さんもたくさんの孫達に囲まれて送られて
嬉しがっているだろうね。
 
従兄弟と私の兄弟が揃うのは何年ぶりだろう。
こんなときじゃないと、もうなかなか全員が揃わない。
ちょっと昔の話をした。
その夜、従兄弟の長男が私の家に来て
お酒を飲みながらkurokawaの皆と昔話に盛り上がりました。
 
翌日の葬儀。
その日は温かく、良い日和でした。
最後の最後のお別れとなる火葬のときに
子供達も泣き始めた。
幼いながらに
やっぱり「もう会えない辛さと悲しさ」を感じているんだな。
 
伯父さん、天国で新しい時を楽しんでね。
そして私達も見守ってください、お願いします。^−^
 
 
23日に息子に会いに行く。
息子はすくすく育っていて
こちらは元気そうで何よりだ。
それが今はとても嬉しい。
死別した伯父さんを見てからに新しい生命がとても貴重に思える。
息子の顔立ちが私よりになっているように見えてきた。
生まれたての時は9割妻似と感じていたが
そうではないのかな。
子供の顔はいろいろと変わるものと分かった。
一週間ごとに会うと顔立ちが違う。
そして眉の跡が濃くなってきた。
眉毛自体は生えてない(厳密には生えているのだろうけど)けど
ここに眉が生えますよと言うような色濃い跡が強く見えてきた。
それによって、男の子らしさが増して来ました。
 
年明けに妻達が神奈川に帰ってきます。
生活が忙しくなるけど、待ち遠しい。
家族三人で川の字なって寝たりするのが、今のしたいこと。
 
あと、これが今年最後の更新です。
一年間、お付き合いありがとうございました。
今年は私にとって楽しく、切なくも充実した年でした。
これは私だけ技量でなったことじゃなく
私の周りの沢山の方達のおかげでなったと感じております。
本当に感謝しており
私も皆さんの何かに応えられるように努めいきます。
 
それでは皆さん、良いお年を!
風邪引かないように健康には気をつけてね。
 
Kurokawa 2013

初めての一夜 2013/12/8

まず6日に大学の友人と忘年会をしました。
こちらのメンバーとは久々の再会でした。
皆さん、変わらずの様な変わってない様な…
夜9時半からの中野での集合でした。
中野での飲みと言うのが初めてでしたね。
友人の一人がお芝居をしている方で
その日は中野でお芝居が行われていたのです。
 
また食事も久々にしゃぶしゃぶ食べ放題。
まるで大学当時を思い出させる雰囲気でした。
そんな中、昔を思い出しつつ今のことなので笑って
楽しい時でした。
鍋の湯を沸かすのがIHコンロなんですが
みんなIHに不慣れで
ちょっと鍋の位置を動かすと鍋の湯の湧き具合が違うわけで
微妙に戸惑う。
「やっぱりレンジと同じで磁気によるものだよね?」
「俺ら、工学部なのにIHの事について確信持てないって(笑)…^−^;」
 
 
7日土曜日、妻の実家に行き
妻と子供の様子を見に行きました。
今一番可愛い時で会いたくてしょうがないわけで
― やっと一週間たったなぁ ―
一週間ぶりに会うと
子供の見た目がやっぱり違う。
明らかにふっくらして、確実に大きく成長している。
「ほっぺがふっくらしてきてるね。^−^」
「3000グラムを超えてきてるからね。」
昼間はぐっすりと寝ていて大人しく
お乳の時間になればきちんと泣き始めるぐらいだった。
で、夜帰ろうかなと思っていたが
「日曜日の予定はないし、また来る」と言うと
「ならば泊まっていきなよ」
で、初めての息子との一夜を過ごすことになった。
夜はどんな感じなんだろう?
昼間寝ているのだから、夜が活動的なんだろうと思っていたが
案の定そうだった。
1時ごろかな、泣き始め授乳のアシストをするが
それが終っても寝ようとしない
手足をバタバタと動かしている^−^
今まで手足をバタバタして
意思表示することなんて見たことなかった。
何かと泣いたりとか声をあげての
意思表示ぐらいだったのだけど。
― えー、産まれて3週で
  意思表示で手足をバタつかせるんだ! ―
成長の早さに全くの驚きだった。
― それに誰にこうやれとか教わったわけじゃないのにね
  これは本能の一種なんだろうか…謎だ ―
なんだかんだであやしていると眠そうになってきたので
寝かせるが…まだバタバタしている。
私も眠く、半分眠りながら縫いぐるみを子供の前で振って
適当にあやす。
いつの間にか二人して寝てしまったが…
また数時間後に泣き出した。
今度は妻が
「寝てて」と言ってくれて、それに甘えるが
寝ぼけながら
― いやいや、亭主が何もしてないのはマズイだろ! ―
眠たい目をこすって子供をあやす。
 
夜が明けて
午前10時ごろに沐浴をさせる。
そこで子供のお腹を見ると結構膨らんでいて張っているようだった。
「随分、膨れてるな…」
「そろそろウンチしだすから、大丈夫だよ」
しかし、なかなかウンチせずで
夫婦二人してちょっと心配になる
お尻を刺激させてみたが、その刺激にわんさか泣き出して
涙だして泣く姿にいたたまれなく
すぐに抱きかかえた。
ウンチの催促させるのは止めて、暫く様子見ることにした。
夜になってもウンチしなくて
不安のまま帰ることになりました。
その翌朝、妻から「ウンチしたよ」とメールが来て一安心だった。

お見舞い 2013/11/30

先週の土曜日に実家の群馬に帰りました。
帰った理由として
母方の伯父さんが癌で結構弱っているらしく
そしてその伯父さんから赤ちゃん用具をいろいろもらっているので
早めにお礼をしておいた方がいいと思って
急きょ、実家に戻った。
 
最後に会ったのは7月の地元の夏祭りの時
その時には確かにガン治療によって痩せてはいたが
血色もよく笑顔だったし元気だった。
 
で、今回お見舞いに行くと
更に痩せていて、頬は痩せこけて
腕も足も骨と皮と言っていいぐらいに細くなってしまっていた。
声も弱々しいものでしたが
初見はその様子を見ていて気の毒さを感じていた。
 
だけど、意識はしっかりしているので
話も出来てるし、ガンの痛みがあり、動けないでいるけど
気持ちは元気であるんだなぁと感じて
少し私の気持ちも晴れてきた。
 
先日、母がお見舞いに行ったときには
結構弱っていて
帰り際の握手がいつもより強い感じだったので
― これが最後の握手のつもりなのかしら・・・ ―と
不安を抱いたようだった。
それを思って、私に
「お見舞いを早めにした方が・・・」と提案してきたもので
それを言われる前からも
― 子供産まれたから伯父さんのところに
  報告とお見舞いをしないとなぁ ―と思っていた。
 
伯父さん家には3人の息子娘達がいて
すでに結婚し子供もいてと、独立している。
 
私も親となって思うことは
― もし私が死ぬ時には
  子供達がきちんと独立していれば気分は楽かな ―
― 子供が未熟の内はまだ死ぬわけにいかないな ―
と言うこと。
 
私自信、時々胸の痛みなどの体のあちこちに異変を感じているもので
あと20年きちんと生きていられるだろうかと・・・
今は微かに不安になっているものです。

出産から1週間が経ち 2013/11/28

三味線、仕事と対応に追われて更新せずでした。
 
11月17日に妻の出産が無事に済み、男の子が無事に産まれた。
予定日より9日早かった。
 
前日の朝、妻から「出産のおしるしが来てる」とメールが届き
妻の様子を見に妻の実家へ行った。
様子としては落ち着いていたので
― 出産はまだ今日じゃないし、まだ先だな ―と思い
7時ぐらいにマンションへ帰った。
その後、夜12時ぐらいにメールが妻から届き
「陣痛が定期的に来ているので、10回来たら病院へ電話します」
しばらくして連絡があり
「入院になるか見てもらわないと分からないが
 とりあえず見てもらうために病院へ行く」と言うので
あちらの両親が病院行く途中に私を拾い、病院へ行くと
入院となった。
それが17日の午前2時のこと。
 
入院部屋に入ると
妻の寝ているベッドの隣に心電図みたいな計測器が置いてあり
赤ちゃんの心拍数と妻のお腹の張りの状況を示す数値が
表示されていて、その機器から赤ちゃんの
心臓の鼓動音が鳴っていた。
とても素早い脈打ちで、まるで馬の駆け音のようなものだった。
初めて耳にした私は
― こんなに早くて大丈夫なのか? ―と不安になったが
常にそうなんだと妻に教わった。
 
 
助産師(?)医者(?)が
「3,4cmは開いているので、午前中には産まれるかも」と。
― それは気が楽だな ―と思っていたが
12時を過ぎても赤ちゃんがお腹の下へ降りてこず
妻も力足らずと疲労により赤ちゃんを
なかなか下へ移動させられない状況。
それでも頑張って痛みに耐えて力んで下へ移動させようとしていた。
 
午後1時に陣痛促進剤を打つことになった。
それを打てば2時間後には産まれるとのことだったが・・・
 
午後2時に私の両親が群馬から到着。
来るまでに「産まれました」と連絡あるかと思ったが
ないので、どうしたのだろう?と心配だったようだ。
 
午後3時になっても状況は変わらず。
 
午後4時ごろ
医者が妻のお腹にエコーを当て、あかちゃんの様子を見ると
赤ちゃんが通り道でちょっと引っかかっているようだった。
 
そこで仰向けになっている妻の体位を変えたりして
赤ちゃんの向いている向きを変えることになった。
「もしそれでもダメだったら帝王切開になるかも」
と医者から言われた。
― え!? あまりいい気分じゃないな ―と不安を感じる。
今の時代に帝王切開は普通なことだろうけど
やはりお腹を切ると言うのはイメージとしてよろしくない。
それに輸血で何か問題が起きないだろうか?と
いい方向には考えられないものだった。
 
しばらくして、赤ちゃんの向きを変えさせることが始まり
いろんな医者、助産師さんが部屋に入って慌ただしくなった。
その時は私は部屋の外に追いやられるので
何がどうやったのかは分からない。
 
そして4時半ごろに助産師の一人が
「旦那さん、立ち合いと言うことで入ってください」と部屋に入ると
妻は足を開いていて、助産師さんたちも赤ちゃんを
取り出す態勢になっていて
もう出産に取り掛かっている状況となっていた。
― あれ? もう体位のことは済ませたのか?
   帝王切開とかはどうなった? ―
急展開にちょっと驚く。
 
助産師、医師から妻のいきむタイミングとか
呼吸の仕方などの指示が飛び、私も妻の頭を支えて
妻の手を強く握って励ますのであった。
もう一人男性の医師(?)が妻のお腹を強く押す。
「せーの!」で妻がいきみ、男性医師がお腹を押し
助産師が妻の様子を見て「目を開けて!お腹を見て!」と指示する。
下腹部でスタンバッている助産師が羊水の幕を破き
更に別の医者(?)が痛み止めか何かの注射を下腹部にした。
もう一度いきみ、お腹を押されると
鳴き声を上げる赤ちゃんを助産師が取り出したのだった。
 
それが午後4時58分のことだった。
 
産まれたての赤ちゃんは濡れてて少し紫色なのもので
それを見た時にちょっと血の気の引くような感覚がありながらも
― 私の子供だぁ ―
喜びを感じジーンときて、少し目がうるんだ。
 
妻には「よく頑張ったね」と感謝しました。
妊娠時にエコー写真を見て、9割妻似だなと感じたが
実際会ってみても私の予想は間違ってなく
妻似だった。
立ち会った医者や助産師も赤ちゃんを見るたびに
「お母さん似だね」と言うのであった。
私の心境は複雑よ。
^w^

産休 2013/10/29

先週半ばから妻が産休に入った。
お腹も大きくなってきていて
連日、赤ちゃんがお腹の中で動くと
ちょっと辛そうな表情を見せる。
― 動くことはよいことだけど・・・ ―
妻の状態を心配してしまう。
とにかく良く動くようだ。
しかも日に日に動きの力の加わり様が大きくなっているんだよね。
内側から外側へ押す力が。
さらに瞬発なドクンッとした動きだったり。
一体、お腹の中で何してるんだろうと不思議でならない。
 
お腹は大きさは大きいほうではないと思う。
街中ですらっとした妊婦さんをよく見るが
その人たちのお腹はかなり大きい割りに
苦しそうでもないし、スタスタと歩いているが
妻は大きくない割りには歩くのがとても辛そうだ。
もともと体力がない分、そうなんだろう。
私はそのすらっとした人達のように
妻もお腹が大きくなると思っていたが
人それぞれであって妻は大きくならない方のようだ。
 
先週末に妻を連れてイケアに行きました。
今までタンスが部屋になくて
洋服は畳んでは床においてある籠にしまったり
ハンガーにかけておいたりで
スッキリしない感じだった。
これから床を這う赤ちゃんが居るとなると
床に物置くのは良くないだろうからね。
妻はもう歩くのが大変なので
イケアで車椅子を借りて動き回りましたが
買った後になって気づいた。
― このタンス、1人で組み立てられるのか?
  そして目的の場所に運べるのか? ―
組み立て始めのが夜となり
カンコンカンコンとカナヅチの音をさせると近所迷惑だろうから
途中で止めて、来週末に持ち越しとしました。
 
私の体調だけど
風邪は先週よりは良くなっているが、あと一息で治りそうだ。
だけど、風邪ではないけど
体がだるく、頭痛が時々してくる。
なんか・・・良い様に行かないね。
夜更かししないようにしたり、健康に気を遣っているんだけどね。

まだ一人暮らし 2013/10/9

先週の月曜の夜、ゲームをし終えた後に肩がとても痛いと感じた。
― ゲームのやりすぎで肩こったかな ―
しかし、これは違っていたようだ。
翌朝、大型台風がやってくた、雨は朝方には落ち着いていたが
風は強く交通機関が麻痺し、会社に着くまでに疲労気味。
夕方、なんとなく喉が痛い。
― これ風邪になるかも・・・ ―
家に帰った後にすぐに薬を飲むが
翌朝水曜日、喉の痛みは激しさを増し風邪が表面化してきた。
 
そんなことで会社でも家でも大人しくしていた。
土曜日、他界した友人のお線香をあげに行く約束なっていた。
その日はちょっと寒い。
体調は大分良くなっているから外出もお酒も大丈夫だろうと思ったが
やはり帰りの夜にはちょっとダウン。
日曜日、雨。
家に閉じこもり、少し厚着で三味線の練習をしつつ、大人しく過ごす。
喉の奥がチリチリとキメの超細かい紙やすりにでも
擦られてるいる感じがしている。
 
月曜日
喉のチリチリはまだありつつも
なんとなく日曜よりは良い感じと思う。

火曜日になって朝起きると喉はイガイガして
前日より悪化している。
鼻も粘り気のある鼻水が奥で溜まってしまう状況。
なんかぶり返したのかも・・・。

まだ一人暮らし 2013/10/9

先週末、妻が仕事が一段落をしたので帰ってきたが
4階まで階段を登るのが酷だということで
再び実家暮らしとなりました。
4階建てのマンション(アパート?)でエレベーターないんだよね。
 
なので、一人暮らしはまだ続きます。
私は精神的、肉体的に疲労しているし
鬱気味な気分です。
多分、これは秋のせいなんだろう。
今までにも秋になると物悲しくなったり
生きることへの意味を問いたくなったりするから。
その癖が無意識に今年も湧いているのだろう。
 
ま、死ぬことはないし
秋が過ぎれば気分も切り替わるだろう。

一人暮らし 2013/10/1

先週から一人暮らししてます。
妻の出産が近いから自宅療養じゃない。
実は妻の仕事が産休入る前に大きな山場を向かえ
それにより帰ってくると疲労困憊になるから
自宅で体制を万全にしたいんだって。
なので、妻は実家に帰り
私は今久々の一人暮らしをしてます。
来週には帰ってくるようですけど
 
特に気楽だなとか感じることもなく。
ここ最近、仕事がちょっと忙しく
家帰ると夜遅くなって夕飯も適当なわけで
私、疲れ気味です。

両親学級 2013/9/21

先週末に妻が通う産婦人科の病院にて
両親学級に参加してきました。
両親学級と言うのはこれから赤ちゃんを授かる夫婦に対して
妊婦さんへのケアとか
陣痛始まったらどうするかとか
赤ちゃんのお風呂の入れ方などを教えるイベントですね。
 
五組の夫婦が参加してまして
1ヶ月後には産まれますという方もいたり、いろいろ。
私が体験してきたのは
赤ちゃんがお腹にいるとしたら、どの位の重さになっているか
と言うを知ってもらうために
腹部に7キロの重しがある上着を着て動いてみたりとか
赤ちゃんのお風呂の入れ方などをでした。
 
7キロの重しがある上着ですが
さほど苦労はなかったけど・・・ただ、この時だけであって
これが毎日あると大変なのかなと考えました。
まして女性だと力がないでしょうからね、余計に大変かな。
お腹が大きくなる重くなるのが分かっているなら
体力をつければいいかなと思ったが
そもそも妊娠してるときに体力つけるほどの
トレーニングなんか出来る訳ないか。
そうなると・・・普段の体力のまま体が重くなっていき
辛いだろうね。
 
赤ちゃんのお風呂は人形さんで体験したのですが
生まれて間もなくは首が据わってないから
ちょっと赤ちゃんの扱いが恐いよね・・・。
指導者さんは「大丈夫だよ」と軽く言ってましたが・・・。
顔や体の洗い方とかも習ったのですが
実際は動きますから体験以上に四苦八苦することでしょうね。
そして産まれた時は3キロぐらいだから
お風呂入れさせるのは楽(?)な方だろうけど・・・
少ししたら体重も増えるだろうし・・・
入浴中にオシッコとかしちゃったり・・・大変だろうな。
ただ・・・嫌気とか不安はないんだよね。
 
もう男の子、女の子どちらが産まれるのかは分っていて
それで名前を考えているのだけど
その名前を画数判断の本で調べると
候補にしてるものがあまり良くない運勢で書いてある。
ただ、この本の著者の言うことを信じていいのか?
と言う疑問もある。
例えば
こっちの本には良いことが書いてあり
あっちの本には悪いことが書いてあったとしたら
どうだろう・・・何が正解なのだろうか?となる。
そして誰だか知らない方の言ってることを
信じ切っていいのかと考える。
しかし、やっぱりどこか頼りたくなる・・・。
今はいろいろと名前を検討中です。

妻のお腹 2013/9/10

妻の妊娠も8カ月に入り
お腹の子は1000gを超え、メロン一個分の重さとなった。
あと2カ月後には3000g近くになり
スイカ一個分の重さとなって
私たちの世界にやってくる。
 
あることがきっかけで「誕生」と言う言葉を使うのに迷いがある。
誕生日と言うと、生まれた日となるが・・・
 
もう2カ月前から
妻から「赤ちゃんが動いている^−^」と
お腹の子の状態を話していた。
で、お腹に手を当ててしばらく待っていると
中からトンと心臓が優しくドクンと鼓動するような
まるで水の中の気泡が上がっていき
水面でボワっとゆるりと弾けるような衝撃があった。
そして最近はその衝撃も強くなっていてる。
驚いたのは、先日、妻のお腹に手を当てて話をしていると
私の声に反応したのか、たまたまなのか手を当てたところに
お腹の内側から軽く押し当てて続け、更に強く押してくる力があった。
これには驚いたよ。
明らかにお腹の子の意思と意識の存在を感じたよ。
 
そして思ったのが、これって既に誕生してるってことなんじゃない?
その子はただお腹にいるだけで、もう明らかに意識を持っていて
立派な生命体なんだと実感した。
 
私は誕生という言葉は
命がこの世に出来あがった(適切な単語が浮かばないが)ことを
言うんじゃないだろうかと思っていてね。
だから、既にお腹の子は誕生していてる状態なんじゃなかな。
だけど、誕生と言うのはお腹から出てくることを言うのだろうね。
では今お腹にいる時は誕生したと言わずして・・・なんて言うのかしら?
既にもうこの世界にいるのに。

夏休みと新婚旅行 2013/9/1

9月1日から一週間、夏休みを取りました。
今回は新婚旅行(?)で長野の諏訪湖のほうへ行ってきました。
新婚旅行なのに、国内でしかも長野って
スケールが小さいね。^−^;
これは妻のお腹も大分大きくなり
もう妊娠8ヶ月になっていて
遠出は出来ないし、あちこち歩くことも大変だから
近辺の長野の諏訪湖に行き
そこでのんびりと体を休め、果物狩りをすることにしました。
 
あちこち歩き回れないから
あらかじめ、どこへ観光しようとか考えず
最初に観光案内所へ行き、そこで観光場所を1,2個探ることにしました。
まず上諏訪駅前にある観光案内所に行き
係りの方からいくつか観光場所を案内されましたが
妻の妊娠を話すと
「ならば、諏訪大社に底のない柄杓を供えて
 安産祈願するのがありますよ」と教えてくれたので
諏訪大社へ行くことにしました。
諏訪大社は四つに分かれていて
・上社本宮(かみしゃ ほんみや)
・上社前宮(まえみや)
・下社春宮(しもしゃ はるみや)
・下社秋宮(あきみや)
となっている。
まずは前宮に行きました。
天候はその日は雨が降る予定らしいが晴れていた。
次に前宮から3キロぐらい離れた本宮へ行きました。
そこへ着くと先ほど晴れていた天候が曇りかけてきた
結構天気が変わりやすい状況でした。
こちらは改修工事が行われていて、全くお堂が見られませんでした。
遠くから見るとお堂があるように見えたのですが
近づくとそれが大きな一枚の写真であることに気づき驚きました。
境内を歩き、お参りを済ませて帰ると
雨が強く降り出した。
そしてお宿へ向かうことにしました。
移動中に雨は止み、諏訪湖沿いにある宿に到着。
少し休んだ後に諏訪湖周りを散歩し
間欠泉の噴水ショーがあると言うので
噴出すまで待っているのですが
日差しがとても強くて耳が痛かったな。
その噴水も「あぁ・・・」とリアクションも中途半端なものでして
その半端さに笑ってしまうものでした。
ショーの後に巨峰味のソフトクリームを食べて
長野の特産物らしき味を楽しむ。
宿へ戻って。お風呂に入り
しばし休んでいるとご飯になりました。
今振り返ると・・・ちょっとした疑問が
長野の特産というと、ソバ、信州味噌、わさび、野沢菜
だと思うのだけど
ソバも味噌を使った何かもなかったなぁ。
とても美味しいものだったけど・・・特産色がなかったような。
それとも、その地域ではソバとか味噌とは縁がないだろうか。
その夜、諏訪湖で花火が上がるので見行きました。
15分間の600発の花火ショーが行われ
とても良かったです。
お腹の子はもしかしら花火の振動にちょっと驚いちゃったかな。
 
二日目に塩尻へ行き
そこでぶどう狩りをしました。
天候は朝から強い雨が降っています。
雨の中ぶどう狩りって出来るのだろうかと心配しつつ
塩尻駅へ向かい観光案内所へ相談。
やっているところがあり、そこへ行くと
私達がその日の最初のお客さんでした。
450円で葡萄(ナイアガラと言う種類)を時間無制限で食べ放題
だけど、食べ残したらその分が買い取りなるので
一房食べ終えてから次のへと行きます。
私達しか居ないので葡萄畑を貸しきり状態です。
ちょっと気持ちいい。^−^
30分ぐらいしてると15名ほどの若い方たちがやってきました。
二人で五房たべましたが、それでお腹一杯です。
最後にお土産の葡萄を買って長野を出て
私の実家群馬へ向かい、実家で一晩過ごしました。
 
三日目は各自それぞれの用を済ませ。
その夜神奈川へ帰宅。

8月の前橋音楽祭 2013/8/24

またまた先週は更新せずで、すみません。
 
8月24日に前橋で例年の通りに音楽祭へ参加。
この音楽祭はいろんな方がそれぞれ楽器を習っていて
その成果を発表する会です。
もう皆さん、去年より上達していて・・・
私なんかさ、もういつものごとく間違えて
途中で止まっちゃって、やり直したよ。
周りの上達振りと比較すると私の上達してない様が
とても悲しいわ。
 
周りは上手くなってるよって言うんだが・・・
励ましな気がして。
それに演奏中に邪念と言うか
余計なこと考えちゃんだよね
会場があまりにもシーンと静か過ぎて
― 面白みを感じない演奏かな? ―とか
周りがしらけているのかなと思ってみたりしてると
楽譜が頭の中で消えて・・・ほら演奏をドジる。
 
なんだかなぁ
^−^;

暑すぎ 2013/8/10

先週末も今日も暑すぎ。
そんな中の日曜日、妻のお友達が我が家を訪ねてくれた。
鳥の甘酢煮、かき菜の煮浸し、そうめんを作りました。
 
彼女はもう出産経験もあり
私達は彼女に出産に関することや
産後のことをあれこれ聞いたりしました。
 
私は土曜辺りから体調にちょっと違和感を感じていて
なんだかだるい様な気分で
途中でその場を離れて、眠ることにしました。
夢の中は現実の場面と少し似ていて
変な錯覚を感じるのでした。
 
その日は唄の稽古もあったのですが
気分が優れずあまりにも行く気持けそうもなく
お休みをしました。
 
出産もあと3ヶ月後とだんだんと迫りつつあって
夫婦の話も出産、育児、仕事について
話し合うことが増えてきました。
 
私にとって今年は何かとイベントが尽きないなと
うれしい悲鳴を上げてしまう年だなと思うのでした。

8月の演奏会 2013/8/4

津軽三味線 正貴会のメンバーの一部で構成されたユニット「和響」の
演奏会が8月4日、蕨で行われました。
チケットは完売して、大盛況に終りました。
 
出始めは、北村姉妹の姉、北村真央さんがの太鼓演奏であり
それに続けて、三下がりの「剣ばやし」「弥三郎節」の合奏となりました。
「弥三郎節」は今までないほどに手が細かい演奏でして
リハ中はとても上手く弾けずで、とても苦労しましたが
だんだんと手がなれて、弾けるようになりましたが
本番ではちょっと私はトチリましたが
しれーと知らんふりの表情で過ごし、ばれてないみたい。
 
そして、いろんな曲の合奏をし
その後は私は抜けて、より上級者たちのソロ掛け合い演奏が
弾き較べを互いに仕向けうるようなバトル演奏でして
そこには笑いなどのパフォーマンスもあって
お客さんも演奏者も一つになって楽しんでいました。
 
さらに、尺八、お琴の演奏などいろいろと行われました。
 
先生は来年もやろうと考えているようです。
その時には私もソロ演奏できるようになるといいなぁと思っております。
やっぱり、皆さんが弾いてる中
袖幕で見てるのは何か置いてけぼりな状況で寂しいな。
 
またお客さんを楽しませることに技法ついて
少し学びました。
ただ演奏するだけじゃなく、お客さんと会話していく
コミュニケーションが大事だよね。
「さだまさし」みたいにね。
先生もいろいろと話をしてました。
 
今回は私の両親と妻と義父さんを招待してまして
みんな満足だったようです。
終った後は私抜きで食事をしまして
(私は打ち上げに行っていたので)
妻が後日言うには
「母が三味線を長く続けているのに感心して喜んでいた」とのことで
そう感じてくれて、うれしい限りです。

思ってもいなかったこと 2013/7/28

28日、8月の演奏会に向けたお稽古がありました。
その帰りのこと。
私はいつものように三味線を運びながら電車に乗った。
座席は満席であり、多少混んではいた。
座席の前に立ち、三味線ケースも立てていた。
どこかの駅で前の人が降りたので空いた席に私が座り
ケースを足に挟むようにして立てておいた。
ここ最近は妻の妊娠の影響で座るときに
私の目の前の女性が妊婦なのかを更に気にする。
見た目では
― この人、妊婦かな? ―と思うような体系の方も居るが
一度、妊婦だと思って声かけたら違ったと言う失敗もあるので
バッグに妊娠バッジがあるかを見て判断している。
どうやら私の前の女性は違うようだ。
私はどこを見ることもないので目をつぶりだした。
早くも現実の音を耳にしながらも夢の音が混じりだしていた。
そんな中に「しゃみせん?」と音がした。
外の声とすぐに認識できず、ワンテンポ後に
― ん?何か声が聞こえなかったか? ―と目を開けると
「しゃみせん」と頭上から声が・・・
視線を上げると前に20代前半の様な女性が私に向けて
「これ三味線ですか?ですよね?」と、にこやかにケースを指して言った。
あまりの突然の質問と言うか、思ってもいない出来事と少しの寝ぼけで
「あ、あ、ああ・・・」と、しまりのない対応となってしまった。
「三味線って結構重いですよね。」と話してくる。続けて
「すみません、突然こんな話しかけちゃって」
「そうですね重いですよね。」
「どこ流ですか?」
「北村流です。」
「?・・・・?」
独立して3年ぐらいの流派、まだ広がっていないかな?
「小山流の方が独立して出来た会ですが・・・津軽三味線です。」
「あ、津軽なんですね^−^。 私は津軽ではないのです^−^」
長唄とかそちらの方なようです。
更に二言ぐらい話しただろうか
その人は大学のサークルで三味線を習い、2年目ぐらいなんだそうで。
きっと三味線が楽しくて、ついケースを見たときに同士を見つけた嬉さで
声をかけたのだろうな・・・。
最後に「重たい三味線、気をつけて帰ってくださいね。」と励まされた。
「ええ、ありがとうございます。」と応えたが
もっと会話すればよかったなと今は後悔。
他の流派と交流もてるチャンスだったなと
自分の三味線の知識とかもっと広まったのではないだろうかと思うばかり。
電車は急行待ちとなり、私はそれに乗るため電車を降りる。
彼女に何も挨拶できずだった。
ちょっとした挨拶程度の会話をしただけで
帰り際に「それでは、失礼します。」と言うのはちょっと馴れ馴れしいかなと
気が引けて何も言わず去った。
 
万が一、また会うことがあったら
挨拶はしてみようかな・・・
そして他の流派の三味線(津軽じゃない三味線)を
教えてもらえると助かる。
 
あ、決して下心じゃないよ!
^w^

何気に疲労 2013/7/21

ここ最近まで仕事でちょっと忙しかった。
ここ数ヶ月を振り返ると
式の準備、NHKの三味線演奏、仕事
8月の演奏リハ、地元の祭、オンラインゲームなど
プライベートが充実してて嬉しいものだけど
疲労が溜まってきてるのか体が重く
振り返るとあまり休んでないような気がしてきた。
そんな中、車検の時期となり先日地元に戻り車を車検に出した。
神奈川の車工場に出せばいいのだろうけど
どこに出していいか迷うし
なんだったら地元の近所付き合いのあるところがいいかと思って。
その方がちょっとはサービスしてくれるだろうから。
土曜に車を実家に置いて、日曜は電車で会社へ。
その日は三味線の稽古日であり
もし仕事が早く終われば稽古に遅れながらも参加できるかもと考え
三味線も持って約2時間半の通勤をした。
三味線ってケースも含めると結構重くてね・・・。
 
月曜日、いつも通りに会社に向かい仕事をする。
その日は落ち着いていて、のんびり業務をしていたのだけど
午前中から突然眠気がやってき、意識が飛んでしまう。
― 軽く仮眠して 午後に臨もう ―
軽く仮眠を取るつもりだったが、深い眠りとなってしまったようだ。
― いかんいかん 午後から仕切りなおそう ―
昼食を済ませ
業務を再開するが・・・意識が現実の延長上にある夢へ
気づかぬうちに突入している。
― 寝てる ―と、軽いまどろみ中で気づき目を開ける。
これが何度も繰り返されて
― とても疲れてるんだな、せめてゲームは休んでおこうか ―
と思いつつも、その日の夜にやってしまう。
これじゃ疲れも取れないよね。
 
火曜日、車検が完了したので車を取りに実家へ帰る。
天気は曇り、予報では雨が降ると言っていたが
私が向かうところでは、そんなに強い雨は降らず
「天気予報外れてるなぁ」と、ぼやいたが
電車は大雨により遅延していて、どこかで強く降っていたようだ。
 
「先日、ニュースでウナギ高騰により
 うなぎに代わるうな重の特集やっていて
 太田が出てたよ。」と母に言うと
「ナスでしょ。」
「知ってるの?」
「この前のお祭のときに出店されてたんだよ。
 買ってみようかと思ったけど、結構並んでいたから買わず。」
何かと言うと
ウナギが高いので、“なんちゃって”うな重が各地域で作られていて
地元太田では
とり重の上に見た目が蒲焼に似た焼きナスが
乗っているものが出来たのです。
 
水曜日、朝、母がお弁当を作ってくれた。
前日、妻が作ってくれたお弁当の空き箱を洗うために出すと
「お弁当要るの?」と聞かれた。
母が作るお弁当も久々で、いつまで食べられるだろうかと思った。
一緒に暮らしていたら、食べる機会も増えるだろうけど・・・
母も歳だからね・・・
まだまだ元気で居て欲しいが
いつの日かは母のお弁当はもう食べられないことになるだろうと
母のお弁当を見て、そんなことを思ってしまった。

夏祭り 2013/7/13

13日、14日に地元、太田市の夏祭りが行われました。
今年は兄夫婦の方は仕事で忙しく
去年のようにお友達で集まることはなく
大人しく過ごしました。
 
お祭を楽しむ目的よりも
今回は私の両親達に妻の妊娠状況をお知らせすることや
お祝いを貰った方に挨拶出来ればいいかなと思って
地元へ帰った。
 
初日の13日は午前中はちょっと用事があり
出発は1時ごろとなりましたが
3連休の初日だからなのか道がとても混んでいて
着いたのが6時ぐらいとなって、少し疲れた。
 
夜は母と義姉さんと一緒にご飯を食べて
世間話をして過ごしました。
母、義姉、妻とkurokawa家に嫁いだ者たちの集まりが
なんとなく不思議な感覚に見えました。
そして、叔父さんとその息子、娘の家族がお祭に行くついでに
私の家へ寄っていった。
叔父さんはここ数年前にガンを患い
私の結婚式には急遽行けなくなってしまった状態でしたが
今回会って見て、痩せてはいたけど
笑顔もあって血色もいいので
その様子をみてとても安心しました。
そして、従兄弟家族も来まして
まず従兄弟が3人なので3家族
それぞれ3〜6歳ぐらいの子供が2人いて
とても大家族状態であり、おちびさん達がとても元気いっぱいで
にぎやかでした。
なんか、こう言うにぎやかな家族の風景が久しぶりだなと感じ
ちょっといいものだなぁと微笑ましく感じました。
 
翌日、お祭は2時から始まり
母も妻も私もクーラーのある部屋で涼みながらマッタリしてました。
私は時々三味線の練習をしてましたが
妙に疲労感を感じて、所々で休んでました。
家の前でパレードの音がし始めたので
「お祭が始まったぞ!」
急いで表へ出ると・・・私の家の前にオープンカーが止まっていて
そこにミス太田が乗り込んでいるところでした
私はその可愛い娘を見つめ
彼女も私に気づき
お互いに会釈。
なんかうれしいね。
・・・こう言うので喜んじゃうのっておじさん化してきてるのかな。
 
パレードも行ってしまい、再び家に戻り休む。
暫くして、太鼓の音がしてきた。
お神輿がやってきたのだ。
表へ出ると、町内の係りで外へ出てた父が戻ってきて
お神輿にお水をかけるようと言う。
 
大人神輿に混じって子供神輿もやってきて
子供神輿にもお水をかけてあげる。
なんとなく子供と戯れてる状態でした。
 
後はまた再び家で休み。
出店の焼きそばやカキ氷、から揚げを買って
母が炊いた赤飯で夕飯を過ごしました。
 
7時に家を出て帰宅。

NHKホール 2013/6/23

更新し忘れてごめんなさい。
前回更新するはずだった分も書いてあります。
 
6月23日に民謡大会2013がNHKホールで行われた。
そして、そのオープニングにて
ある会の合奏が行われまして
今回そのヘルプで参加してきました。
実はこれは1月頃に話が来ており
約半年間練習をし続けました。
 
前日の22日にNHKホールで放送のリハを行い
そこでも演奏のリハを行いましたが
ここ最近、練習の手馴れなのか緊張が解けたのか
上手く引けなくなっていて
さらに蛇足な手を覚えてしまっていて
記憶と手の修正に手こずっていました。
案の定、22日のリハでは8割ぐらいの演奏であり
ちょっと当日上手く出来るかの不安があった。
 
そして23日の本番
朝から再度放送リハが行われ
さらに合奏の練習も何度も行われましたが
それでも本番までは時間が大いにありました。
周りはどこか行ったりとマッタリとしてましたが
私はひたすら練習してました。
会主の方からも指導をしてもらったのですが
「まだ2,3ミスがあるぞ、しっかり練習してくるように」と
注意なのか・・・本番頑張れの励ましなのか・・・。
 
本番、ステージは幕が下ろしてあり
幕の後ろでスタンバイします。
緊張はするものの、後悔無いほどに練習をしたので
― やることはやったんだ、よし!何でも来い!
  お父さんやってやるぜ! ―
と、妻のお腹にいる子を思い出しつつ
自分に勢いをつけるのでした。
 
で、結果はミスすることなく完奏できました。
夢中になると無意識に唇を噛み
さらにはちょっと舌を出してしまう癖があり
多分今回もやっているでしょうね。
8月か9月に放送されるようです。
そこでどう映っているのか見るのが楽しみです。

妻が風邪を 2013/6/15

先々週末の結婚式の時に私が軽く風邪をひいていたが
先週末には妻が風邪をひいてしまった。
身ごもっている分、不安が大きい。
熱は無い様で喉と鼻がやられている。
私と同じ状況だった。
認めたくはないが、私の風邪が移ったのでは?と思ってしまう。
妻は「それはないと思うよ」と言うが
果たしてどうかな・・・。
ま、妊婦なのに満員電車にマスクしないところのも
彼女の落ち度はあると思うけど。
 
週末は安静にしてもらい
家事はすべて私が行いました。
こう言うのは独身時代の普段からやっていたから
やることに難も抵抗もない。
 
日曜には大分良くなり
結婚のお祝いのお礼を買いに近くのデパートへ出かけ
ついでに食材の買い物をしてと外へ出かけました。
でも、帰りにはちょっと辛そうなので
「もう少し休んでほしいから会社休んだら?」と提案するが
休める状況じゃないとか言うのだった。
― 止めたって行くんだろうな・・・ ―
だから、月曜の朝までに治ってもらうようにしました。
 
夜、妻の様子を伺いつつ傍で横になっていたが
私が眠りについてしまい起き上がず
気が付けば朝となり
妻が朝の支度をしていた。
 
妻の看病をしつつ
ご飯の支度や三味線の練習をしている時に妻から
「ねぇ、お腹の中で音がするんよ」と
赤ちゃんがお腹の中を叩いているのか
ぶつかっているようだった。
5ヶ月目に入っているんだが
赤ちゃんが自分の存在を表示するような状態になっていることに
何か驚きと生命の凄さに感心させられるものでした。

結婚式と披露宴 2013/6/12

6月8日、私たちの結婚式と食事会(披露宴)が行われました。
天候も晴れ、怪我なくこの日を迎えられて一安心。
詳しく言うと怪我はないけど
私は夏風邪を引いてしまい
鼻がぐずついている状態でした。
熱はなかったからまだ良い方だったけど。
 
妻の家族は会場となる浅草ビューホテルに前日入りして
私は当日三味線を持って向かいました。
 
ホテルへ行く途中にミスタードーナツに寄りました。
浅草の街並みを眺めつつ
曇り空、青い車が通りドーナツをかじり、コーヒーをすする
ふと、デジャブにかられた
― 前にもこんなことがあったような・・・ ―
そんなことを思ったら、とある想像をしてみた。
デジャブは科学的には人間の記憶の勘違いから来ていると
証明されているが、もしこれが輪廻転生だったら
つまり私は何度か人生を繰り返し
kurokawa家に生まれ、そして妻と結婚して、死んで
地球もなくなり、再び再生して
kurokawa家が再び出来て、私がまた生まれ、妻と結婚している
― そうだったら、はたして今回は何度目の結婚なんだろう? ―
そんなことを想像してしまいました。
でも、200回でも300回でも嬉しいものだな。
 
ホテルに着き、しばらくすると両親、親族もやってきて
11時ごろに身支度に入った。
 
式は神社式、上野にある湯島天満宮で行いました。
二礼二拍一礼、杯の儀式、誓いの言葉、指輪交換を行いました。
この誓いの言葉を読み上げるのですが
これが緊張してちょっと噛んじゃった。
^−^;
でも、無事に終わり。
 
ホテルへ戻る。
洋装に着替え、司会者の方と進行の確認をし
あと私は余興の三味線を軽く練習。
その間、母は親族の対応に追われていたようです。
 
そして披露宴開始です。
扉の前に立ち、ドアの向こうで
登場の合図の声がかかり拍手が聞こえ
扉が開く、私たちは会場に入り、一礼をする。
その後、高砂へ行き座る。
 
まずはウェルカムスピーチ。
これがまた緊張したわ。
この日まで言うことをあれこれ考えてはまとまらずだったなぁ。
なんとかまとめたものを言うつもりだったが
やっぱりどこか言葉足らずとなってしまった。
そこで妻の妊娠をサプライズとして言ったのだが
私の予想では「おお!」なんて声がかかるかと期待したのだが
そんなのはなく・・・緊張のあまり周りの声が聞こえなかったかも
ちょっと肩すかし。
 
その後、友人の乾杯の挨拶と音頭。
すぐにケーキカットとケーキバイトとなりました。
実はケーキバイトをする時に
「ケーキバイトって何バイトよ!」とギャグを言おうかと思っていたが
分る人は少ないだろうと思いなおし、言うの止めました。
お互いにケーキを食べさせるわけですが
私は生クリームが嫌いなので、妻は少量のケーキを私に食べさせ
私は妻の妊娠を気にかけ一口ぐらいのケーキを食べさせました。
これが妻の友人には
「なんて優しい夫婦だ」と見えてしまい、感激されてました。
^−^;
 
しばし、食事を楽しみ
1時間後に三味線演奏となりました。
今回、師匠とその娘さんも招待して
演奏をお願いしてありました。
師匠と娘さんたちは演奏のための衣装を用意されていて
そこまでされたことに感謝です。
最初の一曲目は私も加わり 「津軽じょんがら節」を演奏。
ミスなく終わりました。
いやー、緊張が一気にほどけたよ。
そして続けて師匠と娘さんの演奏となり
これがとても良くてね、会場のみなさんが感激してました。
この余興を企画して良かったとつくづく思った。
親族、友人はもちろん会場の掛りの方も
聞けて良かったのではないだろうか。
 
最後は妻が両親に宛てた手紙を読み
「最後、何を言ったらいいか・・・まとまらないのよ・・・」と
開始直前まで言っていて
本番に開いた手紙は途中で終わっていた。
読み上げるうちに感極まって
涙声の妻、最後は何を言うだろうか、言えるだろうか?と
心配したが
「お父さんとお母さんの子供に生まれて良かったです」
と言い終えて、私もジーンとしてしまったよ。
 
フィナーレに私の父からの挨拶が行われ
少しお酒も入っているが
楽しく、きちんとした挨拶をして良い感じとなり
最後の最後に私の挨拶となり
マイクを持つ手はやっぱり震え
「今日、私たちがこうしていられるのは
 皆さんのお力添えがあってのことで
 決して私たちだけで出来た事じゃありません。
 人は一人では生きていけません。
 そしてそこに必要なのは
 優しさや思いやりと言った心ある繋がり
 “和”だと思います。
 和を大事にして笑いの絶えない家族になるように
 私たちは全力を尽くします。
 ただ・・・力不足な時もあるでしょうから
 その時はまたお力をください。
 今後ともよろしくお願いいたします。」
的なこと言ったかな・・・。
 
それで無事に楽しく終わりました。
 
これからもよろしくお願いいたします。

とうとう今週末 2013/6/4

今週末に結婚式と食事会(披露宴)を迎えます。
とうとうですね。
2月後半から式場選びを始めて
もうちょっと先の話と思っていたが
なんだかあっという間だったな。
今は最初と最後の挨拶を何言おうか考え中です。
いろいろと思うことはあるけど
どこかまとまらず・・・。
それに三味線演奏を先生とするのですが
これも無地に演奏しきれるか不安が
じわじわと湧いてきている。
 
気楽に行こうと考えてみた。
そうじゃないと当日笑顔になれないような気がするから。
 
 
妻の妊娠の状況。
今15週目を迎えました。
本日検診に行き、お腹にエコーを当ててみたところ
大きく順調に育っているそうです。
妻が言うには手足をバタバタと動かしていたそうです。
私自身、気持ちが宙に浮いたような
くすぐったいような感覚に覆われていてる。
そして、産まれてからの子供と遊ぶ想像で少し笑ってしまったり
無事に産まれてくるようにと願いつつ
少し不安をもっていたりしている。
 
こっちは結構心配とかしているんだが
妻は意外にあっけらかんとしている様子で
もうちょっと慎重になりなさいよって思いたくなるが
本人が大丈夫そうなら大丈夫なのかね・・・。

大分固まってきた 2013/5/28

25日に食事会(結婚披露宴)の会場である浅草へ行き
食事会の進行の打ち合わせをしてきました。
司会者さんと話をしたわけですが
司会さんは女性です。
彼女と会って最初に感じたのは
― さすが司会業を専門としているだけあって、いい声だ ―
濁りのない、滑らかでしっとりとした声質だった。
そんでもって、私達を紹介するために
私達の経歴や趣味ごとなどを聞き
短絡的に答えてしまった私だったが
すぐに見事にいい感じの紹介文を作成して
何もかもが関心させられるのだった。
 
今回の打ち合わせで私達の紹介するときに
写真を写し出すことにしました。
そんでもって、週明けてからは写真の選定とスキャニング開始。
これがちょっと手間だった。
写真が古いから色あせちゃっているから
少しPCで色補正をしたのですが、これが思ったように出来ない。
またその写真のデータを使ってDVD動画を作らなくてはならないのだ。
会場の設備の関係上、純粋にPCでスライドショーとはいかないのです。
なのでスライドショーの動画を作らなくてはなりません。
映像に掛かる仕事をしている身として
ちょっとはかっこいいものにしたいなと思う反面
― そんな大げさなイベントじゃないし、本来は食事会なんだし
  それに意外にシンプルな方が受けやすいし
  簡単でいいんでないかな? ― と甘えと言うのか
面倒臭さを正当化しているような状態でもある。
 
妻のウェディングドレスも確定し
会場の花も決まり
9割半ぐらい決まりました。
後は日を待つのみかな・・・。

特に変わりなく 2013/5/21

17日、妻が妊娠の定期健診へ行って来た。
お腹の子は問題なく育っているようで
6センチまで大きくなっているんだそうだ。
まだ13(?)週目であり、まだ安定期には入っていなく
油断は出来ない状況です。
 
18日に披露宴会場がある浅草へ行き
披露宴の詳細をいくつか話してきました。
そして、その日は三社祭でした。
三社祭は話にはよく聞いていたが
実際見るのは初めてだった。
浅草寺の周りでたくさんのお神輿が集まり
そして担ぎ手やら観衆やらが集まりに集まって
凄い人だかりになのね。
そして、浅草寺周りの道路でも
お神輿を担ぎ練り歩くのね。
担ぎ手ははっぴ、ふんどし姿。
粋かなと若干思うが、やっぱり足のすね毛や
また辺りの毛はきちんと剃って欲しいものだなと思った。
 
余談だけど、江戸時代などの昔の男性は
すね毛、またの毛をきちんと剃っていたんですってね。
ふんどし姿を人の目にさらしてしまうために
下の毛はきちんと剃っていて
それが粋だったようだよ。
 
気持ちに余裕があれば、じっくり見て帰るのだけど
妻の様態もあるし、私もその日は三味線をやりたかったので
さっさと帰りました。

二人合奏 2013/5/11

11日に文化民謡協会のイベントが行われ
そこで私は初の二人合奏に臨みました。
二人合奏でも、各自ソロパートがありまして
大勢の前でソロを弾くのは初めてです。
だけど、緊張はあまりなかったのですよね。
それは曲目によるかもしれない。
演奏したのは今度の6月に他の会のヘルプで
演奏する曲目の一部であり。
大分練習していて若干手馴れ始めていたのです。
手を間違ってしまったときにはどうすべきかの
シミュレーションも出来ていたし
それに掛け声を出して、緊張をほぐす手段も考えていたし。
 
実は二人で練習するのは当日が初めてであって
演奏開始2時間ぐらい前にリハーサルしました。
相手は音楽に詳しい方なので
私は彼に頼り、彼が私の演奏に合わせてくれるので
私は結構楽でした。
 
そして本番。
のっけから私ミスして、合奏がちょっと崩れました。
ごめんなさい ^−^;
しかし、慌てずに私のパートへ突入し
掛け声で気分を変えて演奏をする。
少し間違えたが、気づかれない程度にごまかして
彼にバトンタッチ。
そして彼のパートが終り、合奏に戻ります。
そこでいい感じになり、終り。
終わりよければ全て良しだよ!
 
先生は「初めてにしては良い方だよ」と言ってくれました。
ありがとうございます ^−^
 
その他、じょんがら節の合奏もありまして
こちらは普段どおりにできました。
一箇所だけつまずいたけど、それは気づかれてないだろう。
そして唄の出番もありまして
「鯵ヶ沢甚句」を唄いましたが・・・
これが大きなミスをしました。
二番を歌っている最中に一番の歌詞が
つい口から出てしまった。
間違えたからやり直しってわけに行かないから
そのまま続行で一番を唄いましたが
歌詞の内容としてはめちゃくちゃだ
私は内心
― やっちゃったなぁ・・・ ―と失態を悔やみつつ
めちゃくちゃな歌詞に少し笑いがでそうな状態。
それを観客は察したのか
「間違えたな」と分かり少しザワザワな感じが聞こえたような。
ま、無理やり唄い終えたけどね・・・。
 
今までの私にはなかった程の大きなボリュームのイベントであり
少し疲れました。
でも、いい経験だったね。

ゴールデンウィーク 2013/5/4

更新が遅くなってすみません。
 
ゴールデンウィーク期間はカレンダー通りでした。
最近は私用、仕事がちょこちょこと慌しかった。
私用では三味線の練習。
近々にちょっと大きい演奏があるので、その練習。
それに関して気が張るもので・・・その辺でちょっと疲れがある。
仕事はある案件が上手くいかず、その運の悪さを呪い、気分がめいる。
そんなこんなで、ゴールデンウィーク後半は疲労気味。
4日に披露宴の衣装合わせに披露宴会場へ妻と行って来ました。
今回は父のモーニングの衣装合わせもあったので
両親が群馬から来てくれました。
 
妊娠10週目を迎えた妻は行く途中に気分がダウン。
電車の席は途中から運良く座れたから
会場まで行くことが出来た。
「お腹に赤ちゃんがいます」ストラップを雑誌の付録で1つ持っていたが
今回のお出かけのバッグには付いてなく、付いていたら
電車で席を譲ってくれる可能性が高くなるのに
近々入手しなければと危惧していた。
が、あのストラップは駅でもらえるんだね。
道中にそれを知らせるポスターを見つけ
早速、駅員から貰いました。
 
母へ電話をするともう現地についていてちょっとした観光をしていて
場所を聞くとちょっと有名なかりんとう屋さんにいた。
実はそのかりんとう屋のかりんとうを
引き出物にしようと考え以前妻と行ったが
時間も遅くもう閉まっていて、食することが出来なかった。
しかもそのお店はちょっと奥地にあって
簡単に人の目に付くところにはない。
そこに居るのを聞いて驚き
― なんでそんなところに! ―
しかも
― なんたる偶然、やっぱり引き出物にしろってことかな? ―
 
衣装も決まり、次に披露宴のことについて話し合い。
親戚がお昼前から集まるにあたり
お昼はどうするのかとか式、披露宴の進行以外に
気にする点がいろいろとある。
他、写真撮影の方や花担当の方と話したりしました。
写真撮影は最初の集合写真と夫婦だけの写真以外は
断りました。
別に後から写真を見ることもないし、それをどうするとかはないし
大金払ってまでの撮影ではないかなと思う。
私の一眼レフで写真撮りたい方は撮ってもいいし。
 
結構話し合いは長くなり
妻はまた疲れ始め、母は妻の体を気遣い
果物や飲み物を買ってきたりと
なんだか式の話合いは私だけがしてるみたいで
なんか・・・係りの方にちょっと申し訳なかった。
仕方ないんだけど・・・^−^;
 
夜、皆でご飯を食べました。
母の日のプレゼントの変わりにご馳走と言うことにして
後は解散。

ホームページを改良 2013/4/20

ホームページを改良しました。
以前にスマートフォンに対応した形にしようかなと
小さく書き込みました。
 
今まだとテキスト欄(フレーム内の部分)を
スクロールさせようとするとホームページ自体が
動いてしまったりと間違った操作になってしまう。
そこでHPのサイズを縛るのを止めました。
従来のHPと新しくしたHPの画像比較。
hp-hikaku
 
さらにメニューのパペットアイコンも若干改良しました。
こちらは従来だとキャラクタの周りに白いギザギザが
あったのですが、それをなくしました。
header-hikaku
今までgifデータを使っていまして
それが災いしていました。
前から
― この白いの、gifデータのせいなんだろうなぁ ―
と推測していたがHPの容量拡大したことによって
ホームページが重くなるのを防ぐ等のことから
gifデータにしてきました。
世の中、PCの性能も良くなったり転送速度もあがり
大容量のデータが行きかっていて
私のHPも少しぐらい大きくしても大丈夫かなと考え
gifデータからpngデータにしました。
 
大した改良ではないけど、これでいい感じなるか
ちょっと様子見です。
 
 
話は変わり、妻の様子。
妊娠8週目に突入。気分は優れない様子が続いている。
家に帰ると疲労困憊ですぐに眠りに付く状態が何日も続いている。
だけど、つわりはまだ来てないようで
吐き気については何も言ってこないんだよね。
産婦人科にも最初の妊娠確認の検査以来行ってないから
大丈夫なのか不安だ。大丈夫なんだろうか?
安定期入るまで、あと1,2ヶ月。
安定期に入れば、今よりは元気さを取り戻すだろうから
それまでは妻には耐えてもらい
私もサポートに頑張ろう。
女性は妊娠しても元気でいられるものだと思っていたが
そうでないことにちょっと驚きだった。
そう言えば知人友人から妊娠初期の経験談って聞いたことなかったな。

結婚20周年と1周年目 2013/4/17

先日、私が映像専門学校の学生だった頃
お世話になったある協会の方と食事をしました。
その方から
私の結婚お祝いとその方の結婚20周年お祝いを
一緒にしましょうと1月頃に提案があり
4月13日にお互いのお祝い会を行いました。
 
会うのは実に数年ぶりでして
その方の顔を見たときに
結構会わずに数年が経ったんだなぁと感じさせられました。
奥さんも5,6年前に一度会っているのですが
奥さんは変わらずだったかな。
とは言え、お二方、年の割には若く見える。
 
その方がお店などをセッティングされまして
今回は新宿の西口にある小洒落たレストランへ行きました。
コース料理を頼みまして、ワインも出てきました。
 
数年前にその方と時々飲んだりしましたが
その時はいつも居酒屋だったので
今回のレストランに招待された時には
ちょっと軽い驚きがありました。
会うまで内心
― 居酒屋ってこともあるかも ^−^ ― と少し期待した。
どうもここ数年ある方との交流で
コース料理で食事と会話を楽しむのも良いものだと感じたようで
今回のお店もそのある方から教えてもらってお店だそうです。
料理はとてもおいしかったです。
メインのお肉、お魚がいい味付けだったなぁ。
そして最後にデザートが出ますが
フルーツのグラタンがまた良かった。
量としては多くはないけど
お酒を飲みながら
私たち夫婦の馴初めや趣味ごとの話をし
少しずつ料理を食べていると
最後の方にはお腹が満たされていて
いい感じで終わる。
洒落た大人の時間の過ごし方の様でした。

6週間過ぎて 2013/4/10

4月6日、妻が妊娠しているのが確定した。
 
3月末から妻が体調不良を訴えていて
胃がムカムカして
通勤時に電車内で立ちっぱなしだと貧血の様な感覚になり
さらに生理が来ないと言うのであった。
これは妊娠ではないかと二人とも思い
医者に見てらうように言ったが、検査薬を買ってきたのだった。
その検査をすると陽性反応を示し、妊娠している可能性が濃くなった。
それが4日のこと。
 
早く医者に見てもらうように提案したが
翌日の夕方
仕事の都合上、診察時間に間に合わず行けなかったと
連絡があり落胆する。
― 赤ちゃんが居るかもしれない状態で何を優先にしてるんだ! ―と
その仕事優先してる気持ちに苛立ちを感じていた。
私は本人が好きで仕事優先にしているのではないのは分かっていて
職場がギリギリ人材でやっているようで休み難いらしい。
だからと言って、体無理していいのか?と言うことだ。
会社なんてものはさ、誰かがカバーし合えばいいし
それが出来てないと言うのは会社自身の問題じゃない?
それが明るみに出て問題起きた方が返っていいんじゃない?と思う。
雨降って地固まるって言葉のようにさ。
勝手な言い分なのも私自身思っているが
事がことだけにあって、自分勝手なことを思ってしまう。
 
6日は妻の友人の結婚式があって医者に行けそうもなく
日曜日にやっている診療所を探したが
「私の知ってるところがいい!」と主張するので
ならば会社の仲間に体調のことを伝えて
一旦医者に行くように強く言った。
が、職場を一旦抜けるのをえらく躊躇っている。
私はその態度にまた苛立つのでした。
優先基準間違ってない?と言いたいものだった。
何が何でも行くことを約束したが
予定を変更させて6日の午前に診療所に行き
結婚式を遅れて行った。
早く見てもらうに越したことはないのだけど
なんか仕事優先の気配が強く見えて・・・気持ちよくない。
 
6日の夕方に検査結果の報告メールがあって
6週を経過したところだった。
暫くして妻から電話があった。
検査薬の時もそうなのだが
突然の赤ちゃんで、なんだろうか・・・うれしいのだけど
目に見えない分、なにか強い喜びの実感がないのが本音。
いつ出来ても不思議じゃなかったから、驚きも薄いもので
子作り頑張ったこともせず、自然の成り行きに任せていたから
ドラマみたいに手をあげて「ヤッター」みたいな喜びは出来ず
「お、おお・・・」と軽い驚きの後に
徐々に喜びの表情になっていく私でした。
妻に「おめでとう」と言うものの
なんか私自身のことでもあるから「おめでとう」って言うのが
何か違和感があった。
普段、自分自身に「おめでとう」って言わないよね。
その日、妻は結婚式後に礼服を片付けに実家に帰っていて
夜になると天候は春の嵐となり
こちらに帰れず実家泊まりとなったし
あちらの母に妊娠を報告したのだった。
私も母に妊娠を伝えた。
 
7日に春の嵐は雨は止むものの風は弱まらず朝は帰れず
午後になって弱まり3時ごろ帰ってきた。
そして、お腹の中の写真を見せてもらった。
モノクロ写真で真ん中に白い空白があり
その中にちょっとした黒い影。
それが赤ちゃんの姿。
写真の隅にいろんな数値が書いてあり
赤ちゃんは5.7mmと表示されていた。
妻が言うには赤ちゃんは心臓の鼓動のように
元気良く動いていたそうだ。
検診した医師も「元気良く動いてますね」と言ったようた。
妻はそんな赤ちゃんの様子を見て「男の子かしらね^−^」と言う。
そう言う勘って当たると思うのだが・・・。
男の子でも女の子であってもどちらでも良く
願うのは健康に生まれてくれることだ。
 
子供は欲しいと二人して結婚前から言っていて
授かるのも自然に任せることだったが
早くも授かれてとても嬉しい。
これから妻の対応、そして無事生まれたなら
子供の世話と大変だけど、その先に私達が求める
喜びがあると思うとワクワクしてくるし
父親としてしっかりせねばならないなと緊張感と不安もある。

招待状 2013/4/3

結婚式の招待状が出来上がり3月28日に式場から届いた。
招待状と言うのもいろいろとバージョンがあり
洋風、和風にするのか
そのなかでも華やかにするのか
落ち着いた感じにするのかなどある。
 
私たちのは控えめな感じにしました。
オフホワイトの封筒に
毛筆で書かれた宛名。
中身は両家の父の挨拶文と私たちの挨拶文が
和紙っぽいような繊維が見えるような白い紙に
書かれた手紙と出席の返信ハガキ。
宛名書きは業者にお願いしてありまして
きれいな字で書かれていました。
過去に友人からもらった招待状には
彼の奥さんが気持ちを込めて招待と言うことで
自らが書いた招待状もありました。
(ちょっと大き目の猛アピールしてるような字体でした。
 初め、この字を見た時に
 「これ業者が書いたには・・・
  ちょっと大胆な文字だな・・・」と思ってしまったが
 後に奥さんの字であることを知って、納得した。)
で、私たちは達筆ではないから・・・。
 
4月2日が大安であり
招待状は大安か友引の日に
郵便局の窓口へ投函するのが望ましいとのこと。
それを支持されるまで、気にしたことなかったよ。
そこまで気にする必要あるかな?と思ったが
細やかなことろが日本らしいのかなとも考えてみた。
 
あと2か月後に式が行われるのかぁ
のんびりはやってられないな。
あっという間にその日が来ちゃうね。

花見 生活状況 2013/3/26

24日は夫婦別行動を取っていましたが
夜8時半ごろに合流し
家でくつろいでいた。
ここ最近気温は温かく桜が咲き早くも満開の時期を迎えていた。
― 今年は花見してないなぁ ―
既に妻はいろんなところで花見をしてるのだが
二人で花見はしてなく
したいなと思った私は妻に
「ちょっと夜桜を探しに散歩しないか」と提案。
9時ごろ家を出て、どことなく歩き出す。
身近で桜が咲いているところは知らずだが
歩くと電灯に照らされて白く咲き満ちる桜の木々が見えた。
そこへ行って見るとブランコとベンチだけがある公園だった。
二人して「こんなところがあったとはねぇ」と新発見に喜び
ブランコに乗りながら花見をしました。
その後ベンチに座り、持ってきたお菓子とお茶を食べて
白い夜桜を堪能しました。
 
 
話は変わり二人暮らし(結婚生活)が始まり約3ヶ月が経った。
とても楽しく暮らしています。
友人らの結婚祝いなどでいろいろと生活家電がそろい
快適な生活になっています。
先日、タブレットを買いました。
妻が料理サイトを見るのに私のPCを使っていたのですが
それだと私がPC使えなくなるので
ネットを手がるに見えるようにと言うことで買いました。
結構便利です。
 
 
26日、夫婦揃って代休を取りました。
予定としてはウェディングドレス試着会に参加だったのですが
大変混雑していると言うので
別日にすることにしました。
で、予定がなくなったのでどうするか・・・。
妻は職場にちょっとだけ用があると言うので
付いて行き、職場近くに桜の名所があるので
お昼にパンを買い、桜の下でパンを食べました。
それからしばし歩き、妻側の結婚祝いのお返しを買い求めました。
また、お米を収納する箱がまだなかったので
それを買いにホームセンターへ行ったりと
あちらこちらと歩き回り、結構疲れた。

帰省 2013/3/16

結婚してから初の実家へ帰ることになった。
住まいは実家からかなり離れてしまったために
簡単に帰ることが出来ず、一昔のように
度々帰ることはなくなった。
 
今回は母も寂しがっているだろうし
結婚式の詳細を話すためにも
妻と一緒に帰ることにしました。
 
土曜の昼頃に出発し夕方遅くに着いた。
道中、車の中で何かを話すと
そのネタとなっているものが車窓から
見えてくるという偶然なことが三度あり
その三度目には
「なんか怖い。言った事が目の前に実現するなんて」と
お互いに少し恐怖を感じた。
気分切り替えて
「ならば夕飯も希望を言っておこうか」と
笑って「焼肉、お寿司」を言ったら
実際に夕飯はホットプレートでの焼肉であり
後から父が帰ってきて、その手に「お寿司」があった。
なんと・・・恐ろしい。
でも楽しい。
幸せすぎて、なんだかこの世界に居なく
どこか操作されたヴァーチャルの世界にいるのではないかと
SFチックなことを思ってしまった。
 
翌日
お彼岸なので両親とお墓参りをして
後に映画館へ行き
「ひまわりと子犬の七日間」を見てきました。
保健所に収容された母犬とその子供達と保健所の役人との
心の交流を描いた作品です。
犬(動物)の命や世話をすること、つまり動物の命を預かる責任
などいろいろと考えさせられるものでした。
また可愛らしい犬達に癒される映画でもありました。
kurokawa家には昔、柴犬がいまして
柴犬は大好きだしとても思い入れがあります。
だから、見ていると泣けてきちゃうんだよね。
かつて飼っていた犬に置き換えちゃってさ。
 
話、展開としてはありがちな物語でしょうけど
私は好きだったな。
 
 
最近の書き込みが私自身が読んでも面白みがないなぁと思う。
そもそも、このページのタイトルが
「だから何?と思うような生活出来事」であり
面白おかしくとか盛り上げることを考えていない
開き直りの境地での書き込みだから
面白くなくても別に問題はないのだが・・・。
書いている本人が楽しさをもてない。
どこか棒読みならぬ棒書きな文章だし・・・
出てくる単語も同じだし、文章力と言うのか
単語力と言うのか・・・文章に深みがない。
 
 
写真の整理をしました。
私が撮る写真には日付はつけません。
記録写真とすれば日付があった方がいいが
記録写真として撮っていないから、つけていないのだ。
で、写真を見て
当時何があったかは記憶しているのだけど
これがいつだったか・・・と思い出そうとすると
曖昧となっている。
「あ、これは・・・確か・・・2年前だったかな?」
などと言葉を漏らしてしまい
なんか気持ち悪いし、すっきりとしない。
そこで写真に日付を書いた付箋を貼ることにした。
過去をさかのぼるのは、意外に容易じゃない。
もう思い出せないものもあるわけで
デジカメの写真だったら
データがPCに入っているから
撮影日(データ作成日)を見ればわかるので
何とかなるのだけど、フィルムとなると・・・
手元にネガはないし、ネガを見ても撮影日は分からないし
撮影日に辿り着き難くなっている。
 
そこで記憶を辿り寄せる方法として
このホームページを参照している。
改めてみると我ながら
― なんだかくだらないこと書いているんだなぁ ―
― あぁ、この出来事はもう6年前なのかぁ ―
と、恥ずかしさや懐かしさを持ってしまう。
そんな心持の中、過去の写真の整理中です。
 
 
大分、暖かくなってきて春真っ只中を感じさせる。
桜も咲き始め、3月中旬から咲くなんて早すぎるし
これから進学入学する子供たちとって
4月には葉桜となって気の毒だな。
桜が咲き始めて ― 1年がもう経つんだなぁ ―と
一年の流れの速さを感じ、去年の状況と比較して
妻の大きな成長ぶりを感じられて、うれしい。
一年前は妻は職場が変わり
業務になれず結構長い期間気分が沈んでいたが
今は大分気持ちに余裕が出てきてようで
仕事に対して明るい表情を見せるようになった。
私の方はどうかと言うと・・・なーんにも成長もないなぁ。

指輪 2013/3/3

まず、先週は更新せずですみません。
更新忘れてました。
ここ1,2ヶ月の更新停止の癖が付いてしまっていて・・・。
 
3月3日
結婚式の準備にあたり出来ることはやってしまおうと提案され
結婚指輪を選びに行ってきました。
まず婚約指輪はせずに過ごしてきまして
私も妻も指輪をつける生活をしてないので
指輪には結構無頓着です。
先日、挙式をするホテルで指輪のパンフレットをもらい
そこから支店を調べて
町田にある「I-Primo(アイプリモ)」と言うお店に行きました。
指輪って言うのは結構種類があるんだね。
しかも普通にリングになっているんじゃなくて
少しひねってあったりとか、ダイヤの装飾の仕方が違うとか
年間どんだけのデザインをするんだろうか・・・。
しかも各指輪に名前がつけてあって
ネプチューンだとかサターンだとか・・・
それぞれに名前付けるもの大変だなと思うばかりで
面倒な仕事なんだろうな・・・とサンプルの指輪見つつ
自分に合う指輪を探さずにそんなことを考えてました。
結局、いろいろ見た揚句に最初から決めていた
シンプルなのにしました。
 
私の指輪はどうでもいいのだが
店員の対応がなんか独特で印象に残った。
対応マニュアルがあるのだろうか・・・と思うものだった。
例えば
第一印象である指輪に注目する。
で、店員さんがいろんなのを提示してきて試していくが
やっぱり最初のが良いなと思うことを伝えると
「一途なんですね^−^」と感心そうな雰囲気で言ってくる。
あまり言われないフレーズだなと思う。
過去に家電量販店、レストランなどでいろいろと
何にしようか悩みやっぱり最初に買おうとした何かを
選んでも店員から「一途ですなぁ〜」と言われたことない。
何か指輪専門店の独特の対応があるのだろうなぁ。
 
購入を決めて自宅に帰った後に妻から
「ねぇ、指輪っていつから着ける?」と聞かれた。
私は式での指輪交換で初めて使うものと考えていたから
「式後からじゃないの?」と答えたが
次の日改めて考えると
― 結婚指輪なんだし・・・もう結婚してるんだから
  指輪が出来た直後に着けていてもいいし・・・
  着けるのが正解なんじゃないか? ―と思ってみた。
妻にその考えを伝えると
「式後でいいんじゃない?」と返答するので
そうすることにしました。
 
 
3月10日
東京の東久留米で、あるイベントにて三味線を演奏してきました。
三味線の会:正貴会に演奏の依頼があり
先生からそのイベントに参加しませんか?と提案がありました。
参加したメンバーを見ると若手(10代後半〜30代)がメインの9名で
その年頃の人たちの構成を考えての
御誘いだったのだろうと思う。
 
今回は15分間の演奏であり
・仙北荷方節、秋田荷方節
・上を向いて歩こう
・津軽じょんから節
を演奏しました。
 
私の悪い癖は演奏を間違えると
顔に出てしまうことと手が止まってしまうことです。
こうなるとお客さんは
「あ、間違えたな」と気付いてしまい
興ざめしてしまいますね。
だから、顔に出さないことと手が止まらないこと
つまりは間違っても素知らぬふりと何かしら手を動かしていることを
念頭に入れて練習に臨みました。
そもそも間違わないように練習すべきなんだけどね。
もちろんそのつもりで練習したよ。
 
で、演奏3日前に1回目のリハをしました。
7割ぐらいはいい感じに出来ました。
残り3割のミスをなんとか修正しないとなと思って
週末まじめに練習しました。
 
そして当日の演奏2時間前にリハをすると・・・
緊張のせいか、最初から間違えて戸惑う始末。
リハ終わってから、頭抱えて
― やばい・・・上手くいかない・・・ ―
しかも、いつもは出来ていたパートをド忘れし
その2時間でド忘れパートを思い出そうとしつつ
静かに練習をしつづけました。
― 上手くいくだろうか・・・ ―
ため息が出るばかり。
 
「上を向いて歩こう」は楽しい曲だから
演者が楽しそうにしてないと
お客さんに曲の楽しさが伝わらないから
表情は楽しくと指示されました。
でも、顔が緊張と不安でこわばっていました。
先生から
― kurokawa君、楽しそうに ^−^ ―
にこやかに言われました。 
 
そして演奏30分前に再度曲合わせを行いました。
先ほどのリハよりは上手く出来てる。
 
いざ本番
暗がりの中、青いライトに照らされています。
幕が上がり、先生が先に静かに演奏しだし
徐々に音を上げていき、ライトも明るくなります。
先生の掛け声で合奏が始まります。
出だしは順調です。
「仙北荷方節」は良い感じ出来ました。
続けて「秋田荷方節」です。
この曲の後半は演奏のスピードがとても速くなります。
それについて行けるか・・・
そしてつまづかないか・・・心配。
やっぱり、ちょっとつまづいた。
だけど、顔には出さず(だと思う)
手もどこか適当なところを抑えて、バチ振ってごまかしました。
^−^;
「上を向いて歩こう」も上手くいきました。
表情も柔らかく楽しそうに体でリズムをとるように揺らして
演奏しました。
最後に「津軽じょんから節」は今ある力を
これでもかと思うほどに三味線にぶつけ
気持ちよく演奏できました。
 
終わりよければ全て良しのように
自分自身納得できるものとなりました。
 
 
最近、考えることがここのホームページのレイアウトを
変更しようかと思っている。
レイアウトと言うよりサイズ変更ですね。
スマホで見るにはちょっと見づらいサイズと感じたから。
ちょっと検討中です。

式場 2013/2/17

1月26日に記入した婚姻届
2月11日に提出してきました。
 
9時半ごろに青葉区の区役所へ提出。
その日は建国記念日の祝日なので役所はやっていませんが
受け取りは可能であり、受け取り場所にはご年配の方が独りいて
提出すると一旦記入事項の漏れがないかを確認された。
 
確認してもらうと
ある部分に印鑑が押されていなことを指摘された。
しかし、記入例の書類には印を押す指示は書いてなかったわけで・・・
で、その役員の方に
「印鑑ありますか?」と言われて
持ってこなかったので「ない」と言うと
「役所に来るときは印鑑を持ってないとダメ!」と軽く注意を受けました。
しかし、その欄は絶対に印がないとダメという個所ではないので
結局はOKでした。
 
そのやり取りで厳しい役員だなと思ったが
やり取りをしているうちに対応が明るくなり
「何か自分を証明するものある?」と聞かれ
「免許書でもよろしいですか?」
「パーフェクト!」と気さくな回答し
免許書の写真と私の顔を見比べて
ミリオネアのみのもんたみたいにしばらく間をためて
「正解!(笑)」
なんだかんだでちょっと印象ある提出となりました。
 
提出の後に結婚式場選びのために
都内にある会場へ見学と相談会を受けてきました。
しかし・・・パンフレットとちょっと違っていて
― ここは私が思っているところと違うな ― と感じ
式場選びを仕切りなおすことにしました。
 
その後、今日は結婚記念日と言うことで
用賀にある「菊川」でうなぎを食べてきました。
とてもおいしかった。
お店の雰囲気、接客、値段も良く満足。
 
私たちの最初のデートの食事もうなぎだった。
夏の終わりに元気づけにうなぎを食べに行こうと誘ったのだったなぁ
それに浅草でどこのお店がおいしいかと結構調べたもので
第一候補のお店はもう閉店していて、次の候補へと歩いたが
そこも閉まっていて・・・うなぎを求めて結構歩き
結局は普通な評価のお店となってしまったぁ。
懐かしい。
 
家に帰り、再び式場選びを検討。 
式場選びは結構大変。
大げさなことはしない予定であるが
親戚を招待するにあたり親戚のアクセスしやすさや
お店の雰囲気、式を行う時期、予算を考えたりと
いろいろと悩ましいものがある。
親戚もだいぶ年を取り膝が悪いとかあるからね。
 
そんなことを考えて17日に浅草にある会場を見てきました。
良い式になるといいなと思う。
 
そして17日、浅草のホテルに行きました。
その日は三味線のお稽古もあるので
お三味線を持っての参加となりました。
結婚式の相談にのってくれた女性はとても明るく
担当者がこの方で良かったと思える人でした。
会場見学や試食を行い、徐々に私の考え方が変わっていきました。
最初は大掛かりな披露宴は止めて
食事会をメインとするために
せめてお店の雰囲気、最高級の料理を重要視したいと思っていたが
ホテルだったら季節、天候は関係ないし
食事も美味しかったからこれで問題ないと感じ
屋内に入って食事となれば店の雰囲気の庭が
どうだっていいのではないだろうかと考え出した。
それに今私達に対応している係員の方だったら
上手くいきそうな気がすると根拠のない確信を持つのでした。
また見積もりの価格も納得できるものであり
― このホテルで式、食事会をするのでいいのではないかな ―
妻も同じように感じていて
二人の気持ちはほぼ決まっていました。
「後日連絡します」と言ってその日は帰りましたが
後日「今後ともよろしくおねがいします」と連絡してきました。
 
さてと、これから準備とやらでちょっと忙しくなるかな・・・。

今までのこと

今回は年が明けてからのことを書きます。
元旦は彼女と別行動であり各々の実家でお正月を過ごしました。
私はいつも通りに実家でお正月の御節の準備をしたり
お墓の掃除をし、夜には家族そろってご飯を食べて過ごしました。
夜は紅白を見つつ兄の家でパソコン関係の調査を。
MOS検定用の教材でエクセルのデータがあるのだが
それが本来エクセル2007で動くはずが
ある時から何故かエクセル2003で動くようになってしまった。
それによりソフトが正常に動かなくなってしまったので
私がそれを修正できるか調査することになった。
それよりも1つのPCに違うバージョンのエクセルがある事態も
どうかと思っていたが・・・。
それでどうやったら復旧するかを調査していたわけで
紅白も終りかけた時にやっとこ復旧できました。
私も「ん?なんで復旧したんだ?」と納得できない手法でしたが。
 
そんなこんなで待ち構えることもなく年が明け
兄夫婦とそのお友達とで地元では有名な寺院へ行き初詣。
元旦は少し遅めの9時以降に起き
家族が再びそろって年明けを祝うのでした。
その他はお正月は何もせず家でマッタリとすごしました。
 
3日に神奈川へ戻り
彼女と一緒に過ごしました。
 
6日に三味線の新年会がありまして
名取以上の階級の方は三味線持ってきて演奏をするのですが
実際持ってくるメンバーは大体が若手だ。
私は年ではもう若手とは言えないが
まだ若手の部類に属していて、それで三味線を持ってきて
伴奏、演奏をしました。
だが・・・出来ばえといえば・・・それは全くのダメダメでした。
予期もしてなかった曲を演奏することになり
思い出すにも・・・演奏開始時刻が迫りに焦り、思い出せず。
合奏なので私が引けなくても問題はないが
引けてないところを見られてしまうのは嫌だな。
毎回練習のときに習ったものは一通りやっておくべきだな
いつなんどきに引くことがあるかもしれないしと
練習のスタイルを考えさせられました。
 
14日関東は大雪。
彼女と一緒に家で過ごしていた。
家の片付けは大半が済んだが、まだ生活に足りないものがある。
家で何もすることもないから
ちょっと生活必需品を買いに出かけてみることにしました。
雪の中・・・。
思った以上に風が強い・・・。
ホームセンターやスーパーに行き
店中が温かいので入ってすぐに暖を取ってしまう。
お店までの道中は坂道が多く
坂を上りきれない車や置き去りにされた車をを多数目撃しました。
何もこんな雪の日に車を出さなくてもいいじゃないか?
と思ってしまうのだが
それぞれ車を出す理由があるのだろう・・・。
歩いていると転んで立ち上がれないおじさんを発見。
起き上がろうにも足がツルッと滑り立てない様だ。
片手にはビニール傘を持ち起き上がれない。
手を差し伸べて立たせると・・・
その男性が酔っ払っていることに気づいた。
彼女が「酔ってるみたい・・・」と一言。
何もこんな雪の日に立てなくなるほど飲まなくてもいいのに・・・と思った。
 
26日
両家の両親を新居へ招待し
新居のお披露目と婚姻届の証人欄に記入をお願いした。
私の両親はあまり電車に乗らない。
何かと移動は車だ。
今回、会食も予定していてお酒を飲むだろうから
電車で来てもらうことにしました。
どこでどれに乗り換えるかとかいろいろと調べて大変だったようだ。
部屋を見てもらい、両家の親同士話を少ししたら婚姻届を記入。
婚姻届を今回初めて目にし、書いてみると
これはどうかくのだ?と思う点がちらほら。
一番気になったのは本籍だった。
本籍の欄には何を書くべきなのだろうか?
現住所を書くのだろうか?賃貸の住所だとしたら
数年後には住まいが変わっているかもしれないから賃貸である
住所って言うのは何かおかしい。
では、私の実家であろうか?
何を書いたらいいのか調べてもらったら
役所が言うには「日本の住所ある土地だったらどこでもいい」
ただし、戸籍証本を取りに行くに当たって
本籍を登録した地の役所に行かなくてはならない。
それを考えるとお互いのどちらかの実家にした方がいいだろうと思う。
ここは家長である私の実家を書かせてもらいました。
しかし、引越しを何度もしてる方はどこを書くのだろうかと疑問。
会食は「梅の花」と言う湯葉がメインの食事どころで済ませ
終わった後に私は両親を浅草まで送りました。
婚姻届は後日出すことにしました。
私は食べた後に出してもいいかなと思ったし、早く出したいって焦ったが
慌てずに提出しようと言うことにして
約2週間後になった。
私の父が提出まで見届けるのに興味はなかったようで
今日はいいんじゃない?と言ったことがちょっと関わっている。
母は出しに行くなら行くよと言ってくれたが・・・。
 
2月2日
久々に二人して余裕ある時間が出来た。
今まで生活必需品を揃えるだとかでじっくり遊ぶ状況ではなかった。
2日に時間ができ、「どこか行こうか?」と提案。
桜新町にある「長谷川町子美術館」へ行き、桜新町をぶらり旅しました。
美術館は本当にちょっとの時間で見終わるし
サザエさんの住まいや家計図など作者の歴史を知ることが出来ます。
帰りに「ゼクシィ」を買おうと思って本屋に行くと・・・
そのゼクシィがあまりにも厚く重いことを初めて知った。
出かけ先で買うのは止めて、住まいの最寄り駅の本屋で買いました。
部屋のお披露目、婚姻届の署名も済み
今度は結婚式に取り組みだし、まずはゼクシィで調査。
だが・・・私達が求めているものは
身内だけの小さなウェディング会食であり
その雑誌では教会式や神前式と披露宴のことばかりで
私達が求めるものはない。
重たい雑誌を持ち帰るのに一苦労したのに・・・
その苦労に応えてない雑誌を見て、ちょっと疲労感がどっと出た。

再開 2013/2/13

昨年末に閉鎖を予定していたのですが
メールとURLを安価で残せることが分かり
暫く存続することにしました。
そしてそれと平行して新しいプロバイダーでも
HPを開設することにしました。
 
今後ともよろしくお願いします。
しかし、今のURLを削除してしまうのはやっぱり惜しい。
実は新しいところでURLに「yumekikyou」をつけようとしたことろ
既にその名前は使われているとかで
使うことが出来ないのであった。
となると・・・現状「yumekikyou」を使えているのは
ある意味すごいことだと思うし、それを手放したら
使いたくても、もう使えないって事にもなるだろう・・・。
このままこのURLを存続させていくかどうか悩んでいるのですよね・・・。
新しいプロバイダーのHPを記載します。
後にアクセスお願いします。
 
新しいHP場所  
次回は年末から2月までの出来事を記します。

過去の生活出来事

■ 2017年−2018年

■ 2015年−2016年

■ 2014年

■ 2013年

■ 2012年

■ 2010〜2011年まで

■ 2007〜2009年まで

■ 設立時〜2006年まで

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