考えてみませんか?

戦国時代や世界大戦の世紀には、人を殺す武道は必要だったはずです。
21世紀は、戦争ができない時代です。
もし 戦争が起きれば核兵器により、地球は一瞬にして消滅します。
武力や経済力でなく、人道主義の対話こそ人類が生き延びる唯一の道です。
この時 人を倒す・人を殺すことを主体とした武道が、果たして必要なのでしょうか。
合気とは人を倒すのではなく、人を導く武道です。
人を殺すのではなく、人を助ける武道です。
剣豪 宮本武蔵も ある時より殺人剣から活人剣を求めて晩年の境地を会得しています。
我々もここから 何かを学ぶべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

武道の真髄と合気道

 植芝盛平翁
翁云く
 合気道は天地自然と融合し、その法則に従って行う
 「和の武道」である。
○また云く
 合気とは敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ、
 人類を一家たらしめる道である。
 即ち 合気の極意はおのれを、宇宙の動きと調和させ
 おのれを、宇宙そのものと一致させることにある。
 人間は「心」と「肉体」それを結ぶ「気」の三つが完全に一致して
 しかも宇宙万有の活動と調和しなければいけない。
○さらに云く
 武道を修行する者に大切なことは、宇宙の心象を腹中に
 納めることである。
 世界の動きをみて、それから何かを悟り、書物を見て自分に技として
 受け容れる。
 すべての事を無駄に、見過ごさないようにしなければいけない。
 山川草木、ひとつとして師とならないものはない。

 修行者は この事を日常の鍛錬を通じて悟るべきである。
 剣聖 宮本武蔵
○五輪書の水の巻に云く
 兵法は水のあり方を理想として、その境地を目指す。
 水は入れ物の形に応じて、丸くもなれば、四角にもなる。
 武士は文武二道といひて、ふたつの道をたしなむこと これ道なり。
 兵法の道において、心の持ちようは、常の心に変わることなかれ。
 一をもって万を知ることが兵法の利である。
○鍛練とは
 千日の稽古を鍛として、万日の稽古を練とする。
○空を道として、道を空とみる。
○心、常に道を離れず。 

彼の境地は遥かなり。
 波騒(なみざい)は世の常である。
 波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚(ざこ)は歌い雑魚は踊る。
 けれど 誰が知ろう、百尺下の水の心を、水の深さを
    {政界のあさましき雑魚どもに与うと夢仙人は思うなり}