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所在地:八尾市教興寺弁天山
最寄駅:近鉄信貴線「信貴山口」下車、南へ約700M、
左手に鳥居が見える道を東へ、急な坂を上る約300M |
この2つの神社は境界線もはっきりしない程、隣接してある。神社には「岩戸」、「天照大神」など日本神話の創世記に関連した名前が付けられているが、この辺りは巨岩が多く見られ、これらにまつわるイメージから名付けられたもの思われる。
「高御座神社」は、正式には「天照大神高御座神社」といい、「延喜式」神名帳に「式内社春日戸神」とある。伊勢国宇治山田原から約1500年前(雄略天皇23年)に当地に遷座したと伝り、祭神は天照大神、高皇産霊神を祀る。
「岩戸神社」は全国各地にあり、岩戸=天照大神のイメージが強いが、天照大神は上記高御座神社の祭神であり、この神社の祭神は市杵島姫大神である。今より約1100年前、空海が高御座神社参詣中、大神の御託宣により創建されたと伝わる。歴史的には高御座神社より400年程後に創建されており、以来共存している。
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[参考資料]『現地解説碑』 八尾教育委員会 |
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高御座神社正面の鳥居には「文政元年(1818年)
戊寅1月吉日」とあり、江戸後期のもの。
当日は多くの信者(女性ばかり)が修行を行っていた。 |
高御座神社社殿。
谷間に露出した巨岩を神の磐座(高御座?)としている。 |
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参道に建っている岩戸神社の鳥居。
鳥居の前には「式内 天照大神社」の石碑が建っている。 |
岩戸神社に上る階段の手前に「日本最初 岩谷弁財天
岩戸神社」の石碑が建っている。
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岩戸神社の社殿には「弁財天」の旗がはためく。
この神社は江戸時代から岩屋(岩谷)弁財天として名高く、ご神体は木彫りの極彩色の弁財天像で、明治初年の神仏分離後は、教興寺に安置されている。 |