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神社めぐり
神社めぐり 柴籬神社
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柴籬神社 所在地:松原市上田7丁目
最寄駅:近鉄南大阪線「河内松原」下車、南へ約600M
柴籬神社(しばがきじんじゃ)は反正天皇(多遅比瑞歯別命:タジヒノミズハワケノミコト)を祭神とし、第24代仁賢天皇(在位:488~99年)の勅命により創建されたと伝わる。
 「古事記」や「日本書紀」には5世紀前半、反正天皇が丹比柴籬宮(たじひしばがきのみや)で即位したと記され、この丹比柴籬宮が現在の柴籬神社のあたりにあったと伝承されている。
 864年(貞観6年)清和天皇より、宝弊を給わる。1351年(観応2年)には足利直義が祈願参詣し、戦国時代の河内国守護畠山氏は当社を保護し、信仰も篤かった。
慶長年中(1596~1615年)に兵火により焼失。その後寛永年中(1624~44年)に観念寺2代目住職覚夢により再建され、現在に至っている。

[参考資料] 『第18代反正天皇都跡 柴籬宮』 柴籬神社パンフレット
         『日本歴史地名体系』(大阪府の地名編) 平凡社
旧観念寺山門 反正天皇柴籬宮跡石碑
南門はかって境内にあった神宮寺の広場山観念寺の山門。観念寺は神仏分離令により1872年(明治5年)に廃寺。脇には「反正天皇柴籬宮跡」の石碑が建つ〔1944年(昭和19年)大阪府の建立〕
柴籬神社拝殿
正殿には反正天皇を祀る。相殿には菅原道真、依羅宿禰を祀る。
柴籬神社拝殿
境内末社・歯神社 井原西鶴句碑
境内末社の歯神社。
反正天皇は別名は多遅比瑞歯別命と呼ばれるように「歯」の神さんとしても信仰されている。
神社の前には「歯磨き面」が建てられており、面の歯を指先でなぞれば霊験あらたかとか。
井原西鶴が数度にわたり当社に参拝しており、『柴籬宮 むくけうへてゆふ 柴垣の都哉』の句を読んでいる。
句碑の傍には句に詠まれている「むくげ」の花が植えられている。
句碑は今年(2005年)建てられたばかりで真新しい。
ご朱印
柴籬神社朱印
[2005年6月30日参拝]

神社-065/TTL-409

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