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神社めぐり
神社めぐり 信達神社
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所在地:泉南市金熊寺
最寄駅:JR阪和線「和泉砂川」下車、さわやかバス「山方面回り」で「金熊寺」下車
信達神社は金熊寺の北隣りに鎮座。社伝によると、昔泉南樽井の海岸に神武天皇の神像が出現、奇瑞を表わしたので里人たちは樽井の 地に祀ったが、更に神意を得たため現在の地に社殿を建て遷座したと伝わる。
 古くは金熊寺大権現宮と称し、金熊寺の鎮守社であった。これは682年(天武天皇10年)、役小角が金峯・熊野の両神を勧請し本殿に合祀したもので、当時の信達荘13ヶ村の産土神でもあった。
 天正年間(1572~92年)織田信長豊臣秀吉の根来攻めの兵火に遭い、社殿が焼失したが、
1647年(正保4年)にこの地の豪族で金熊寺権現宮の神主であった矢野和泉守家次により再建され、1687年(貞享4年)岸和田藩から新田6反歩の寄進を受けている。
 『泉南市史』によると、1826年(文政9年)当社祭礼をめぐり、金熊寺観音院と神主矢野佐倉大夫との間で争論があったが、これは当時岸和田藩内で社家・神官の間に寺院から独立しょうとする機運があったが、これがその事件を生んだと考えられている。
 明治初年の神仏分離で当社は金熊寺から独立、信達神社となり現在に至っている。

[参考資料] 『信達神社(元金熊寺大権現宮)由緒』碑 境内に建立
         『日本歴史地名体系』(大阪府の地名編) 平凡社
信達神社鳥居 信達神社の鳥居。
神社は金熊寺に隣接して在る。
参道から拝殿を望む。
その奥に赤く見える建物が本殿。
「金熊寺の梅林と信達神社」は大阪みどりの百選に選ばれている。
信達神社拝殿
信達神社本殿 信達神社本殿。
神倭磐毘古命(神武天皇)、金山彦命、伊邪那美命を祀る。
五間社流造(桁行5間梁行2間)で江戸初期の1647年(正保4年)の建立。
境内末社疫神社 天然記念物ナギの木
境内末社の「疫神社」。祭神は久那戸之大神。
「延喜式」臨時祭に「畿内堺十処疫神祭」が見られるが、江戸中期に編纂された「泉州誌」には紀伊国と和泉国の境の疫神祭は当地で行われたとし、その疫神社は当社としている。
御神樹の「ナギの木」。
樹高19.5m、幹の周り2.5mで府下最大の巨樹。
2003年(平成15年)大阪府の天然記念物に指定された。

[2007年4月10日参拝]

神社-084/TTL-550

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