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神社めぐり
神社めぐり 長岡天満宮
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道真の足跡へ
長岡天満宮 所在地:長岡京市天神2丁目
最寄駅:阪急京都線「長岡天神」下車、西へ約500M
当長岡天満宮の鎮座地長岡は、菅原道真在原業平らと共に、しばしば遊んで詩歌管弦を楽しんだゆかりの地で、901年(昌泰4年)道真が太宰府へ左遷された時、この地に立ち寄り「我が魂長くこの地にとどまるべし」と名残を惜しんだと伝わり、別名「見返り天神」とも呼ばれている。
その縁故により、道真に随行していた近臣の中小路宗則西小路祐仲東小路祐房らが、道真が大宰府亡くなった後、道真自作の木像を拝領し、帰洛後この地に祠を建て祀ったのが当神社の創立である。
 応仁の乱(1467~77年)で兵火により社殿は焼失したが、1498年(明応7年)に再建されている。
皇室との縁も深く、1623年(元和9年)この地一帯が八条宮智仁親王の領地となっている。
社地は元は10万余坪も領していたが、明治維新の変革に際し政府に返納したため、小さくなったとのことだが、それでもは現在も2万余坪を有している。
 尚、いずれのガイドブックか失念したが、当社内に道真が名残を惜しんだ腰掛石が残されていると記載されていたと記憶していたので、社務所でその所在を確認したが、『それはガイドブックの誤りで、戦国時代の頃まではあったとの話も伝わっているが、現在では存在しない。』とのことであった。

[参考資料] 『長岡天満宮略縁起』 長岡天満宮パンフレット
長岡天満宮大通りに面した鳥居   長岡天満宮参道奥の鳥居   長岡天満宮本殿前の鳥居
境内に建てられている鳥居。左端は大通りに面して建てられており、この神社の中では一番新しく、大きい。中央のは参道の奥、碑の庭に面したところにある。右端は本殿の前の鳥居。これ以外にも数多くの鳥居が見られる。
拝殿は1998年(平成10年)に既存の素木の拝殿を朱塗りにし、増改築しているので、真新しい感がする。。
奥の本殿は1941年(昭和16年)に京都平安神宮の社殿を拝領移築した。
長岡天満宮本殿
八条ケ池 長岡天満宮境内の東に八条ケ池が広がっている。この池は、1638年(寛永15年)八条宮の命により、灌漑用溜め池として造られた。
隣接する長岡公園の梅の木 隣接する長岡公園の梅の木
神社に隣接している長岡公園の梅の花が咲き始めていた。
ご朱印
長岡天満宮朱印
[2005年2月14日参拝]

神社-058/TTL-343

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