大阪再発見の表紙に戻る
霊場参拝
河内西国33所観音霊場 河内三十三所観音霊場
別格寺
ロゴをクリックすれば
一覧表に戻ります
瑞竜山 観音寺 所在地:枚方市村野本町
最寄駅:京阪交野線「村野」下車、駅前の道を線路に沿って約150m、左手の道に入り約100m、村野会館の前を更に100m
光明寺は元は通称寺屋敷にあったが、元禄年間(1688〜1703年)火災に遭い、薬師地と称する現在地に移転し、この地にあった薬師堂と合併したという。当山の正式名が医王山薬師院光明寺というのはこのためである。
 薬師堂は古くよりこの地にあり、、その昔光明皇后の安産祈願のために建てられたと伝わり、薬師地という呼び名もそこから来ていると思われる。
 元の宗派は不明であるが、第1中興開山得蓮社然誉上人のときに浄土宗となり、第2中興真蓮社性誉上人のときに本堂が再建され、現在に至っている。
 本尊の阿弥陀如来像は高さ1尺9寸(約63cm)恵心僧都の作と伝わる。脇壇の聖観音像は高さ3尺5寸(約1m16cm)の1木彫り、元は村野観音寺の本尊で、観音寺が廃寺になった際に光明寺に移された。
 1801年(享和元年)に刊行された『河内名所図会』にはこの観音寺の記載があり、「村野にあり、天野山を号す。本尊正観音、定朝作。長三尺」とある。
 また、境内にある薬師堂の本尊は運慶作と伝わり、光明寺に安置されている仏像の作者はいずれも著名人の作であり、真偽の程は定かでないが、このような伝承が残るのは仏像に対する敬虔な信仰心の現われと思われる。

[参考資料] 『枚方市史(昭和26年版)』
光明寺参道 光明寺山門
光明寺参道。お寺は小高い丘の上にある。 光明寺山門。
光明寺本堂光明寺本堂。
現在の本堂は今から約150年目の江戸時代末期に建てられた。
光明寺薬師堂。
薬師堂本尊は7寸(約23cm)の小木彫座像で、運慶作と伝わる。
光明寺薬師堂
光明寺鐘楼 光明寺十三重塔
光明寺鐘楼。
境内に建てられている13重塔。
元は古い13重塔が在ったが、檀家の協力で新しいものが建てられた。
ご朱印
河内三十三所観音霊場
光明寺朱印
[2008年10月30日参拝]

寺院-252/TTL-669

1つ前に戻る このページの上に戻る 表紙に戻る

Copyrightc2014.Yoshi Planning.All rights reserved. 写真及び文章の無断使用は禁止します。