愛情表現のしかた



朝靄に包まれた帝都の上空を旋回して、ジェレミアの機体がゆっくりと下降を始めた。
予め着艦の連絡は済ませてあるので、離着陸用の誘導灯が白い霧の中に点灯している。
それを目指しながら、操縦席のジェレミアは、陰鬱な気持ちで重い溜息を吐いた。





早朝の宮殿の奥の回廊に、慌しい足音が響く。
ノックもなしに思い切りよく部屋の扉が開けられて、ベッドの中のルルーシュは不機嫌だった。
そのがさつな来訪者が現れる以前から、ルルーシュの機嫌は悪かったのだ。
がさつな来訪者は、皇帝になったルルーシュが、自らラウンズに任命した枢木スザクだった。
スザクは調度の整った無駄に広い居間を素通りして、奥の寝室へと足を運ぶ。
厚い遮光生地のカーテンを閉め切った薄暗い寝室は、静まり返っていて、部屋を真っ直ぐに突っ切ってルルーシュのベッドに向かうスザクの足音だけが低く聞こえていた。

「ルルーシュ?」

傍に寄り、声を掛けても、ルルーシュはぴくりとも動かない。

「いつまでそうやってイジケているつもりなんだ?」

スザクは呆れたような溜息を吐いて、ルルーシュを覆う上掛けを乱暴に剥ぎ取った。

「な、なにをする。返せ!寒いではないか!!」

それをスザクの手から奪い返して、ルルーシュは身体を丸めて背中を向ける。
まるで子供が拗ねた時のような行動に苦笑を浮かべながら、スザクはベッドの端に腰を下ろして、ルルーシュを見下ろした。

「・・・ジェレミア卿が戻ったらしいよ?」
「知らん!」
「意地を張らないで、ちゃんと説明したら?」
「説明なら昨日した。・・・それをろくに聞きもしないで、勝手に誤解して飛び出していったんだから仕方ないだろう!大体、お前が・・・」
「僕も悪かったとは思っているよ・・・。本当に冗談のつもりだったんだ」
「ふざけるにしても、やっていいことと悪いことがある!ジェレミアに冗談が通じないことはお前だってわかっているだろう!?」
「・・・う、う〜ん・・・確かにわかってはいたけど、まさかあそこまで頭が固いとは思わなかった・・・」
「と、とにかく、お前にも責任があるんだからな!」
「わかっているよ・・・。でも、僕が直接言っても角が立つだろう?だからC.C.に頼んでジェレミア卿の誤解を解いてもらおうと思ってさぁ・・・」
「な、なんだと!?」

スザクの口から出たC.C.の名前に、慌ててルルーシュは身体を起こした。


丁度その頃。
私室に辿り着いたジェレミアは、自分の部屋の中で勝手に寛いでいるC.C.と遭遇していた。
長椅子にだらしなく寝そべっているC.C.は眠そうな目を一瞬だけジェレミアに向けて、面倒くさそうに身体を起こした。

「人の部屋でなにをしている?」
「非番の翌日に朝帰りとは・・・お前もなかなかやるではないか?」
「お前には関係がない!とっとと出て行け」

ジェレミアは思いっきり不機嫌だった。
そもそもジェレミアはC.C.とそれほど親しいというわけではない。
ルルーシュを介して接する程度の間柄だ。
そのC.C.が、ジェレミアの部屋に一人で来ることなど、あるはずがなかった。
だとしたら、理由は一つしか思い当たらない。

「折角この私が痴話喧嘩の仲裁に来てやったのに、随分な態度だな・・・。居丈高な態度では人に嫌われるぞ」
「・・・お前、痴話喧嘩の意味を知って使っているのか?」
「馬鹿にするな。親しい男女の喧嘩のことだろう?お前がルルーシュと痴話喧嘩の最中だと専らの噂だ」
「わ、私は別に・・・ルルーシュ様と喧嘩など・・・」

後ろめたそうに視線をそむけながら、ジェレミアは口ごもる。
それを横目に見ながら、C.C.は面白そうにクスクスと笑っていた。
「馬鹿正直な奴だ」とかと、思われていることは間違いない。

「ルルーシュの浮気の現場に遭遇して、ヤキモチを妬いた挙句に朝帰りとは・・・当てつけのつもりか?」
「だ、だから・・・私はそんなつもりは・・・」
「襟に口紅・・・」

言われて、ジェレミアは咄嗟に指された襟を手で隠す。

「香水の匂い・・・」

青ざめた顔で、服についた匂いを確認しているジェレミアを、C.C.は疑わしそうな目で見つめていた。

「・・・やはり心当たりがあるのではないか」
「ち、違う!!」

そう言ったところで、ジェレミアの行動は、昨夜女性と一緒だったことを裏付けている。

「ルルーシュの前に顔を出すなら、シャワーを浴びて、服を着替えた方がいいぞ」
「う・・・煩い!そんなことは、お前に言われなくてもわかっている!」
「そう言えば・・・さっき、スザクがルルーシュの部屋に入って行くのを見かけたが・・・」

C.C.の言葉に、ジェレミアは愕然とした表情を浮かべた。

「く、枢木がルルーシュ様のお部屋に入っていっても・・・べ、別に・・・か、構わないではないか・・・。わ、私には、関係ない」

平静を装ったつもりだったが、声にも顔にも焦りの色がありありと見て取れる。
それを見ながら、C.C.は意味深な笑みをジェレミアに向けた。

「お前・・・ルルーシュが好きなんじゃなかったのか?」
「し、臣下として、主君を慕うのは当然だ」
「それだけ・・・か?」
「と、当然だ」
「では、なぜお前はルルーシュを拒まないんだ?臣下としてと言うのなら、身体まで差し出すことはないのではないか?」
「そ、それは・・・ルルーシュ様のご命令は絶対だから・・・」
「なんだ・・・それではただのセフレではないか」
「・・・セフレ?」
「セックス・フレンド!」
「うぅッ・・・」
「ただのセックス・フレンドならルルーシュが誰と夜を過ごそうが、ヤキモチを妬く必要などないと言うことか・・・」

C.C.は一人で納得して、項垂れているジェレミアに背中を向ける。
「痴話喧嘩の仲裁」と言いながらも、C.C.はそれをするつもりがまったくないようだった。
逆に、話を拗れさせているようにも感じられる。
ジェレミアの間の抜けた顔に見飽きたのか、背中を向けたC.C.は部屋を出て行こうとした。
それをジェレミアが押し留める。

「ま、待ってくれ」
「・・・なんだ?」
「ルルーシュ様は・・・わ、私を、どう想われているのだろう?」
「知るか!そんなことは本人に直接聞け」

藁にも縋る想いのジェレミアを一蹴して、C.C.はジェレミアを相手にしない。
しかし、頼るものが他にいないジェレミアは必死の想いで、目の前の魔女に取り縋る。
いつまでも手を離さないジェレミアに、C.C.は呆れ顔で溜息を吐いた。
「臣下として」と言いながらも、ジェレミアがルルーシュにただならない好意を持っていることは、C.C.にもわかっている。
そしてルルーシュもジェレミアが嫌いではないことは、ジェレミアに対するルルーシュの接し方を見れば、一目瞭然だった。
それをジェレミアはわかっていない。
そんなジェレミアに、C.C.の悪戯心が擽られる。
ジェレミアを玩具にして遊ぶルルーシュの気持ちが、少しわかるような気がした。

「相手がスザクでは、到底お前に勝ち目はないな・・・」

わざと意地の悪いことを、冷たい声で言ってみる。
ジェレミアは奈落の底にでも落とされたかのように、青ざめた顔で震えていた。
前日に目撃してしまった衝撃的な場面が、ジェレミアの脳裏に甦ったのだ。



昨日、久々の非番だったジェレミアは、外出の許可を得る為に朝早くにルルーシュの部屋を訪ねたのだが、そこにはなぜかスザクがいた。
一緒にいただけなら何も問題はなかったのだが、ルルーシュの寝室のベッドの中で一緒に眠っていたのが、ジェレミアの目に入ってしまった。
ルルーシュとスザクが古い親友なのは、ジェレミアも知っている。
だから、そういうこともあるだろうと、ジェレミアは敢えて、自分に言い聞かせたつもりだった。
しかし、寝室に入ってきたジェレミアの存在に気づいたスザクは、あろうことか、眠っているルルーシュの身体を抱き締めながら、耳元にくちびるを近づけて囁くようにジェレミアの来訪をルルーシュに告げた。

「ジェレミア・・・?」
「・・・そう。ジェレミア卿。起きられるかい?」
「ああ・・・少し待ってもらってくれ・・・」
「わかったよ」

思わぬ場面に遭遇して、呆然と硬直しているジェレミアの目の前で囁き合った二人の姿は、どう見てもただならぬ雰囲気だった。
そんなことは鈍いジェレミアにもすぐにわかった。
もそもそと、緩慢な動作で起き上がったルルーシュの肌蹴た胸元には、紅い鬱血の痕が見受けられた。
それが、ジェレミアがつけたものでないことは、明らかだった。
忙しいルルーシュに、ジェレミアはここしばらく相手にしてもらっていないのだ。
ジェレミアの代わりに、常にスザクがルルーシュの傍にいる。
それがどういうことなのかが、わからないほどジェレミアは馬鹿ではなかった。
ジェレミアは、自分がルルーシュにもう必要とされていないことに気がついて、その場から逃げ出したい気持ちに駆られたが、脚が震えて動けなかった。

「待たせて悪かったな・・・」

ベッドから降りたルルーシュは、棒立ちになったままのジェレミアに、いつもと変らない声を掛けた。
ジェレミアは黙ったまま、声を失くしている。

「こんな朝早くにどうしたのだ?なにか急な用でもあるのか?」
「あ・・・あ、あの・・・」
「なんだ?」

朝は不機嫌なことの多いルルーシュにしては珍しく、声が優しかった。
その声に、ジェレミアは泣きそうな顔をして、俯いてしまった。

「どうした?顔色が悪いようだが・・・?」
「・・・い、いえ・・・なんでも、ありません・・・」
「なんでもないようには見えないぞ?」
「ほ、本当になんでもないのです。どうか、お気に・・・なさらないでください」

「そうか」と言われて、俯いたジェレミアは上目遣いに視線だけでルルーシュを見た。
その首筋にも紅い鬱血痕が覗いている。
慌てて視線を床に戻して、ジェレミアは黙ってしまった。

「お前・・・やっぱり変だぞ?何か用があって来たんじゃないのか?」
「そ、それは・・・」

口篭りながら、ジェレミアはちらりとベッドの上のスザクを窺う。
上体を起こしたままのスザクは、クスクスと笑っていた。
それが余裕の笑みに見えて、ジェレミアに決定的な敗北感を与えてしまったのだ。
ジェレミアの視線が目の前のルルーシュを素通りして、ベッドの上のスザクに向けられていることに気づき、ルルーシュは表情を曇らせた。

「・・・スザクに聞かれては拙いことなのか?」

小声のルルーシュにジェレミアは首を振る。

「ではなんだ!?」

もどかしいジェレミアの態度に、苛立ちを感じ始めていたルルーシュは、思わず声を荒げた。
その声に反応して、ジェレミアの肩がビクリと震える。
ゆっくりと上げた顔が、今にも泣き出しそうに歪んでいるのが自分でもわかった。

「・・・ジェレミア?」

怪訝そうに名前を呼ばれて、ジェレミアはよろよろとよろめきながら、ルルーシュから逃げるように、二・三歩後ろに下がった。

「お・・・お邪魔を、いたしまして、・・・も、申し訳、ございません・・・でした・・・」
「ちょ、ちょっと待て!」

逃げるように立ち去ろうとするジェレミアを、ルルーシュが追いかける。
普段なら、絶対にルルーシュに追いつかれない自信のあるジェレミアだったが、気が動転している所為で、足取りが覚束ない。
部屋を出る前に、簡単にルルーシュに追いつかれて、引き止められるように腕を掴まれた。

「お、お前、なにを勘違いしているんだ?」
「勘違いもなにも・・・ルルーシュ様は、私のことなど・・・もう必要としては、いないのではないのですか・・・?無理にお引止めにならなくても、結構です」
「はぁ?・・・なにを言っているんだ!?」
「貴方には・・・枢木卿が・・・」
「スザク?・・・スザクがどうかしたのか?」

そう言って振り返ったルルーシュの目に、修羅場を目の前に傍観しているスザクがどのように映ったのか、ジェレミアには知る由もない。
ただ、何かに気づいたように、ルルーシュが急に慌てだしたのは確かだった。

「お、お前・・・スザクとの仲を、疑っているのか?」

ジェレミアは黙っていた。

「ご、誤解だ!ゆ、昨夜遅くまで話し込んでしまって・・・それで・・・そのまま・・・・・・。お、お前の考えているようなことは、一切ない!大体、スザクは友達だぞ?それ以上でもそれ以下でも・・・あるはずがないではないか」

ルルーシュの言い訳がましい言葉は、ショックに打ちのめされたジェレミアには殆ど聞こえていなかった。

「いい加減にしろジェレミア!嫉妬するにもほどがあるぞ!」
「私は嫉妬など・・・しておりません」
「嘘を言うな!お前絶対に俺を疑っているだろう!?」

逆切れをしたルルーシュの手を振り解いて、ジェレミアはルルーシュの部屋を後にした。
背後から「勝手にしろ」と、罵声に近いルルーシュの声が聞こえてきたが、飛び出すようにして逃げたジェレミアの後は追ってきてはくれなかった。



それを今思い出して、打ちひしがれた様子のジェレミアは、C.C.の前で項垂れていた。
そして更に、その後ジェレミアは、自己嫌悪に陥るような行動をしてしまったのだ。

「お前は馬鹿だな」

そう言ったC.C.のその言葉は、ルルーシュにもよく言われる。

「久しぶりに抱いた女は気持ちが良かったか?」
「・・・していない」
「隠さなくてもいい。ルルーシュには黙っておいてやる」

C.C.の言葉は「絶対に嘘だ」と、ジェレミアは確信していた。
「黙っておいてやる」と言いながら、この魔女は、ジェレミアの話を面白おかしく脚色して、あることないことないことないことをルルーシュに伝えて、状況を益益混乱させて愉しむに決まっている。
それくらい信用が置けないのだ。
ジェレミアは朝帰りはしたものの、C.C.が考えているようなことはしていない。
しかし、なにもなかったとは言え、朝帰りをしてしまったのは事実だ。
そのジェレミアを、ルルーシュがどう思っているのかは、C.C.の言葉からも容易に想像ができる。
ルルーシュの前に顔を出せるはずがなかった。
そんなジェレミアをじっと見つめているC.C.は、不思議そうな顔をしている。

「まさか、・・・本当になにもしていないのか?」
「当たり前だ」
「お前はどこまで馬鹿なのだ?それとも、そんなにルルーシュがいいのか?」

ジェレミアは素直にこくりと頷いた。

「ルルーシュのどこがそんなにいいのだ?相手はお前と同じ男だぞ?将来の発展性がないではないか」
「そんなものはどうでもいい。私にはルルーシュ様さえいればいいのだ・・・」

C.C.は、一瞬だけ呆れた顔をして、すぐその後に、愉しそうな笑みをジェレミアに向けた。

「お前にいいものをやろう」

そう言って、どこから取り出したのか、ジェレミアの前に差し出した右手には、リボンで封をされた拳ほどの大きさの紙の包みが載せられている。

「ルルーシュの心が欲しいのだろう?」
「なんだ・・・これは?」
「その昔、饗団がギアスの研究をする過程で偶然作り出した、人の心を手に入れる魔法の薬だ」

C.C.の言う「昔」とは一体どれくらい前のことなのだろう。

「使用期限は切れていないと思うが・・・欲しいか?」

問われて、ジェレミアはゴクリと生唾を飲み込んだ。
正直に言えば、今のジェレミアには喉から手が出るくらいに欲しい代物だ。

「残っているのはこれだけだが、私には必要がない。欲しいならお前にくれてやる」

そう言って、C.C.は、それを無造作にジェレミアの手に放り投げた。




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