愛情表現のしかた



白い紙包みのリボンを解くと、中には小粒のキャンディーのようなものが入っていた。
ハートの形をした、淡いピンク色のそれを一つ取り出して、ジェレミアは疑わしそうな視線をC.C.に向ける。

「・・・これは、お前のおやつではないのか?」
「馬鹿なことを言うな。私はそんな物騒なものを口にする趣味はない」

これが本当に、人の心を自在に手に入れる薬と言うのなら、確かに物騒な代物ではある。
しかし、その物騒さとは裏腹に、それの見た目はとてもファンシーだった。
ジェレミアが疑念を持つのも当然のことだろう。

「見るからにアヤシイ色形をしていたら、誰も口にしないだろう?」
「まぁ・・・そうだが・・・」
「相手にそれと悟られずに飲ませなければ意味がないではないか」
「じ、人体に悪影響はないのだろうな?その・・・副作用とか・・・」

それをルルーシュに使おうとしているのである。
体に害があってはならない。

「心配するな」
「ほ、本当に・・・大丈夫なんだろうな?」
「開発した当時、何度か人体実験をしたが、副作用の報告は受けていない」

さらりとそう言ったC.C.をジェレミアはまだ疑っている。

「そんなに心配なら使わなければいいではないか」
「そ・・・それは・・・」

困っているジェレミアを見ながら、C.C.は「やれやれ」と溜息を吐いて、紙の包みの中から、小粒のキャンディーのような薬を一粒摘んだ。





「大体、C.C.に、仲裁を頼むのが間違っている!あいつは話をややこしくする天才だ」
「そ、そうなのか?」

宮殿の回廊を歩きながら、ルルーシュと肩を並べたスザクの顔は引き攣っていた。

「お前はC.C.を知らなすぎだ。あいつの外見に騙されると痛い目を見ることになる」
「いや・・・別に・・・外見に騙されてるつもりはないけど・・・。喧嘩の仲立ちなら女性のほうが得意だと思ってさ・・・」
「あいつは、”魔女”と呼ばれているんだぞ?」

その呼び名が伊達ではないことを、ルルーシュは身を持って知っている。
今二人は、スザクがC.C.を送り込んだジェレミアの部屋に向かっていた。
なにがあってもすぐに呼び出せるように、スザクとジェレミアの部屋は、ルルーシュの私室からそうは離れてはいない。

「お前が馬鹿な悪戯をしなければ、こんなことにはならなかったのに・・・」
「だから、謝っているじゃないか」
「謝るくらいでは済まされない!人が寝ている間にキスマークを・・・し、しかもこんな人目につくような場所につける奴がいるか!?」

服の襟に見え隠れするルルーシュの首筋には、くっきりと紅い鬱血の痕が残っていた。

「いいじゃないか、それくらい。ジェレミア卿にだってつけられることがあるんだろ?」
「いいわけがないだろうが!!これの所為で話が抉れているんだぞ!それに、あいつはこんな目立つところには絶対に痕は残さない」
「あ、そうなんだ?知らなくてゴメンね・・・」
「お前、全然悪いと思っていないだろう?」
「そんなことはないよ」
「もしもジェレミアの誤解が解けなかったら、お前に責任を取ってもらうからな!」
「はいはい・・・」

愚痴愚痴と言い募るルルーシュに、スザクはうんざりしたような顔をしながら、適当に相槌を打った。
ルルーシュはムッとした顔をしている。
適当にあしらわれていることに気づいているようだった。
広い回廊を少し歩いて、二人は目的の場所であるジェレミアの部屋の前に辿り着く。
部屋の扉の前で、ルルーシュとスザクは顔を見合わせた。

「随分と静かだな・・・?」

ルルーシュは訝しそうに首を傾げた。
ジェレミアの部屋の前は、人の気配すら感じないほどに静まり返っている。

「本当にC.C.は、ここにいるのか?」
「た、多分・・・」

そう言って、スザクは恐る恐る部屋の扉を少しだけ開けた。
あまりの静けさに、ノックすることを忘れている。
僅かに開けた扉の隙間から中の様子を窺ったスザクは、信じられないものでも見たかのように、目を見開いていた。

「どうした?」
「だ・・・だめだルルーシュ!」
「なにが駄目なんだ?一体中では・・・」

開けられた扉の隙間から、部屋の中を覗こうとしたルルーシュの肩をスザクが掴んで、それを押し留めると、折角開けた扉を閉めてしまった。

「・・・見てはいけないものを見てしまった・・・」
「おい!なにがどうしたと言うんだ!?」
「キミには刺激が強すぎる・・・」
「だから、中ではなにが起きているのかと聞いているんだ!」

訳がわからないルルーシュは、部屋の前に立ち塞がったスザクを押し退けると、強引に扉を開けた。
さっきスザクが遠慮がちに隙間程度に開けたのとは訳が違う。
思いっきり、全開に近い状態まで開けてしまったのだ。
当然、部屋の中は、ほぼ丸見えである。
曝された部屋の中に、C.C.は確かにいた。
長椅子に腰掛けたジェレミアの膝の上に横座りになっているC.C.は、抱きつくようにしながら、ジェレミアの顔をうっとりと見上げていた。
それを見て、呆然と立ち尽くすルルーシュの横で、スザクは頭を抱え込んだ。
正に、修羅場の様相である。
突然やってきたルルーシュに気づき、膝の上にC.C.を乗せたジェレミアは、顔面蒼白になっていた。
その顔を見上げていたC.C.は不思議そうに首を傾げ、ジェレミアの視線の先を追って一瞬だけルルーシュの顔を見ると、面白くなさそうな顔をして、腕を回したジェレミアの身体にぎゅっと抱きついた。
しばらく呆然としていたルルーシュはそれを見て、一瞬引き攣った笑みを浮かべると、無言のまま、ツカツカと部屋の中へ入って行く。
横にいたスザクが、声を掛けるのを躊躇われるほど、ルルーシュは怒りのオーラを発している。
長椅子の上のジェレミアは、近づいてくるルルーシュから逃げる為に腰を浮かしかけた。
しかし、膝の上にC.C.が乗っている状態では、逃げ出すことは困難だ。
ジェレミアの前まで来て、仁王立ちになったルルーシュは無表情な顔で、抱き合った二人を見下ろしている。
怒りに震えながら、拳を握り締めたルルーシュの右手が高く上げられて、殴られる覚悟を決めたジェレミアは、きつく目を閉じた。
それを見て、膝の上のC.C.は敵意を剥き出しにした瞳で、ルルーシュを睨みつける。
そして、ルルーシュの拳が振り下ろされる前に、C.C.の強烈な平手がルルーシュめがけて炸裂した。
C.C.の平手は本当に強烈だった。
この女のどこにこんな力があるのかと思うほどの破壊力で、それをまともに受けたルルーシュは、体が一瞬宙を舞ったような感じさえしたほどだ。
床に倒れたルルーシュは、なにが起こったのか、理解できないでいる。
それを侮蔑するような瞳で見下ろして、「ふん」と鼻を鳴らしたC.C.は、コロリと表情を変えて、甘えるようにジェレミアの胸に顔を埋めた。

「ル、ルルーシュ様!」

床に倒れ伏したルルーシュを、ジェレミアは慌てて抱き起こそうとしたが、絡みつくC.C.が邪魔で思うように動けない。
C.C.を強引に引き離して、手を差し伸べたジェレミアの背中に、C.C.が身体を押し付けるようにしてべったりと張り付いた。
それを見たルルーシュは、不機嫌を露にしながら差し伸べられたジェレミアの手を乱暴に払うと、自力で立ち上がる。

「・・・お前が女好きなのは知っていたが、まさか・・・C.C.にまで手を出していたとは思わなかった」
「ち・・・ち、違います!!」

ルルーシュの声は、明らかにジェレミアを軽蔑していた。
その言葉をジェレミアは必死の面持ちで否定したが、背中にC.C.をくっつけたままでは説得力がない。

「なにが違うんだ!?」
「こ、これは・・・その・・・」

C.C.がジェレミアに懐いているのは、例の薬の所為だった。
しかし、まさか「薬の所為だ」とは、言えるはずもない。
ルルーシュたちが部屋を訪れる少し前に、疑うジェレミアにその効能を見せる為に、C.C.は自らその薬を服用してみせた。
ハート型のキャンディーのような粒を一つ摘んで、口の中に放り込んだC.C.は、それを飴玉をしゃぶるようにして口内で転がしていたかと思ったら、酸っぱいものでも食べたかのように、突然顔を顰めながら口を窄めた。
そのC.C.の胸の辺りからポロリと零れるように、掌サイズのハートがジェレミアの前に転がった。

「なんだ、これは?」

不思議そうな顔をしながら、床に転がったハートを拾おうとしたジェレミアよりも先に、C.C.がそれを拾い上げた。

「これは私の心だ」
「・・・心?」
「この薬を口にすると、その者の心が具現化して外に飛び出してくるのだ」

そう言ったC.C.の様子は普段となんの変わりもない。
ジェレミアはまだ疑わしそうな目をしていた。

「相手にこの薬を飲ませるだけではなんの意味もない」
「・・・では?」
「出てきた”心”をお前が持てばいい」
「・・・それだけ、か?」
「なんだ?まだ疑っているのか?」
「当たり前だ!そんなことで人の心が手にはいるなど、信じられん」
「試してみるか?」

そう言ってC.C.は、自分の掌にあるハートをジェレミアの前に差し出した。

「いいか、効果がわかったらすぐに返せよ!」
「・・・返せば効果はなくなるのか?」
「そうだ。薬の効き目は約六時間だが、途中でその持ち主に返せば効果は消える」

言われて、ジェレミアは差し出されたそれを受け取った。
受け取った途端に、C.C.はジェレミアに懐きだした。
予想以上の薬の効果に驚いて、ジェレミアがC.C.の心を持ったまま固まっていたところに、ルルーシュが突然姿を現したのである。
予想外のタイミングの悪さでやってきたルルーシュに、パニック状態に陥ったジェレミアは、C.C.に心を返すことを忘れていた。
ジェレミアの手には、まだC.C.の心が握られている。
それを思い出して、ジェレミアは背中に張り付いたC.C.にこっそりとそれを押し付けた。
形はどうであれ、返したことには違いない。
ジェレミアの背中で、はっと我に返ったC.C.は、目の前で自分を睨みつけているルルーシュに、怪訝そうな顔を向けた。

「・・・いつからそこにいたのだ?」
「いつから・・・だと?俺はさっきからここにいて、お前とジェレミアが仲良くしているのをずっと見ていたが・・・?」
「そ、そうか・・・」

心を奪われている間の記憶がC.C.には欠落しているらしい。
ジェレミアの背中から離れたC.C.は、状況を確認する為に、周りを見回した。
扉の傍ではスザクが顔を引き攣らせている。
怖い顔をしたルルーシュは、おもいっきり不機嫌そうだった。
その前では、ジェレミアが青い顔をしてがっくりと項垂れている。
「そう言うことか」と、一人で納得して、C.C.はクスクスと忍び笑いをした。

「な、なにが可笑しい!・・・俺をからかっているのか!?」
「そうだ」
「・・・なんだと!?」
「お前をからかって遊んでみただけだ」

状況を咄嗟に判断して、機転を利かせたC.C.の言葉に、ジェレミアは驚いて顔を上げた。

「そうだろう?ジェレミア」
「は・・・はい」

事を穏便に収める為には、C.C.と口裏を合わせるしかない。

「私とこいつがそんな関係になるはずがないではないか?冷静に考えれば馬鹿でもわかることだ。お前の欠点は頭に血が上ると冷静な判断力がなくなるところだ。気をつけたほうがいいぞ」

言われて、ルルーシュは悔しそうに歯噛みをした。
スザクはそれをオロオロとうろたえながら、遠巻きにして成り行きを見守っている。
ジェレミアはルルーシュに嘘を吐いた後ろめたさからか、俯いてしまっていた。
それを横目に見ながら、C.C.は溜息を吐く。
そして、テーブルの上に置きっぱなしにされた紙包みを手に取ると、それを広げてルルーシュの前に差し出した。

「そんなに怒るな。お詫びの印にキャンディーでもどうだ?」
「いらない」
「そんなことを言わずに・・・美味しいぞ?」

包みの中から一粒取り出して、さりげない仕草で、それをルルーシュの口許に持っていく。
その動作はあまりにもC.C.らしくて、ルルーシュに何の疑念も抱かせない。
だから、口許に運ばれたキャンディーを、ルルーシュは疑いもなく食べてしまった。

「・・・なんだ、普通のキャンディーと変らないではないか?」

そう言った後で、ルルーシュはさっきのC.C.と同じように、急に酸っぱい顔で表情を顰めた。
それを見て、ジェレミアは息を呑む。
ポロリと、ルルーシュの胸元から淡い色のハートが零れて、C.C.がジェレミアに目配せをした。
それを慌てて拾い上げたジェレミアの、ハートを掴んだ手が震えていた。



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