愛情表現のしかた




「ルルーシュ・・・様?なにを、なさっておいでなのですか・・・?」

間の抜けたジェレミアの問いかけに、ルルーシュは「見てわからないのか」と、憮然とした表情でジェレミアを睨みつけた。
しかしジェレミアは、見てもわからないからルルーシュに尋ねたのであって、睨みつけられようが怒鳴られようが、なぜこんな状況になっているのか、さっぱり訳がわからない。
棒立ちになったルルーシュを抱きしめながら、シュナイゼルはくちびるに笑みを湛えることを忘れて、真剣な表情でルルーシュを見つめている。
真面目な顔をしたシュナイゼルの手が、ルルーシュの肩や背中をしきりに撫で回していた。

「あ、あの・・・ご兄弟で、なんの遊びを・・・」
「ばッ、馬鹿!遊んでるわけではない!これを見ろ!」

言われてルルーシュの手元を見れば、シュガートングにつままれたハート型の物体がジェレミアの目にとまった。

「そ、それは・・・」
「そうだ」
「シュナイゼル殿下にあの薬を、お使いになったのですか?」
「・・・ああ」

そんな予定を聞かされていないジェレミアは困惑している。

「一体どうなさるおつもりなのですか!?」

そうジェレミアに問われても、ルルーシュはどう答えていいのかわからない。
シュナイゼルの口を塞ぐことばかりに気をとられていたルルーシュは、その後のことを何も考えていなかったのだ。
そうしている間にも、シュナイゼルの手がルルーシュの腰の辺りをさわさわと撫で回している。
背筋に悪寒が走り、ルルーシュの全身が鳥肌に覆われても、シュナイゼルの手は止まることをしない。

「・・・い、いい加減にせんか!鬱陶しいッ!!」

身体を撫で回す兄の手を振り払っても、シュナイゼルはめげもせずにルルーシュから離れようとはしなかった。
そして、またルルーシュの華奢な背中へと腕を回して、撫で回す。
まるでセクハラおやじのようなしつこさだ。

「ジェレミア、ボケッと見てないでこいつを何とかしろ!」
「・・・何とかと言われましても・・・」

シュナイゼルの”心”がルルーシュの手の中にある以上、ジェレミアにはどうすることもできない。
この薬の恐ろしさは、ジェレミアが一番よく知っている。

「・・・お前にやる」
「は?」
「だから、シュナイゼルの”心”をお前にやると言っているんだ!」
「い、いりません!そんな危険物」
「お前は俺がどうなってもいいと思っているのか?」
「そ、そのようなことは・・・ありませんが・・・」
「では、受け取れ!」
「い、嫌です!私だって自分が大事です!」

言いながら、ジェレミアはじりじりと扉の方へ後退する。
ジェレミアがこの場から逃げ出そうとしていることは一目瞭然だった。
それに気づかないルルーシュではない。
隣室へと続く扉の隙間から、恐る恐るこちらの様子を窺っているスザクを見つけて、シュナイゼルに抱きつかれたままのルルーシュは、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「スザク、ジェレミアを抑えつけろ」
「で、でも・・・」
「いいのか?俺に逆らったらお前にもこいつを持たせるぞ?」

そう言って、ルルーシュはシュガートングに抓まれたシュナイゼルの”心”を見せつけた。
その効果は絶大で、それまで躊躇っていたスザクはジェレミアの背後に迫ると、ガッシリとその身体を抑えつけた。

「く、枢木!なにをする!?」
「・・・すみませんジェレミア卿。僕も貴方以上に自分が可愛いんです・・・」
「スザク、絶対にジェレミアを逃がすなよ?」

言いながら、シュナイゼルの”心”を持ったルルーシュがジェレミアへと迫ってくる。

「ど、どうか・・・お、お止めください、ルルーシュ様ッ!」
「お前一人の犠牲で、この国の平和が守られるのだ。言わば、お前はこの国の英雄だ。立派な墓石を建ててやるから安心しろ」
「え、縁起でもない、冗談を言わないでください!」

後ろからスザクに抑えつけられて、暴れるジェレミアの上着のポケットに、シュナイゼルの”心”をするりと落とし込む。
これでもうシュナイゼルの”心”はジェレミアのものだ。
それまでルルーシュに取り憑いていたシュナイゼルが、ぱっとジェレミアに乗り換えた。かと思ったら、シュナイゼルの手が、ジェレミアの肩や背中や腰やらを、さわさわと撫で回しはじめた。

「・・・ルルーシュ、キミのお兄さんって、根っからのセクハラ体質らしいね・・・」
「言うな!あんなものは兄ではない。赤の他人だ!」
「ルルーシュ様・・・あの、これ気色悪いんですけど・・・なんとかしていただけないでしょうか?」
「なにを言っているんだジェレミア。シュナイゼルはお前の大好きな元皇族だぞ?」

辛辣な皮肉を言われて、ジェレミアは口を噤んだ。
ルルーシュは、未だに皇族に対しての忠誠心を捨てきれないジェレミアを快く思っていない。
ルルーシュの前では上手く立ち回って、それを悟られないようにしているジェレミアだったが、ルルーシュの目を誤魔化せるほどの技量は持ち合わせていなかった。
それをわかっていて、見て見ぬふりをしてきたルルーシュだが、内心ではおもしろくないのは確かである。

「・・・で、これからどうするんだい?」
「放っておいても、数時間もすれば薬の効果はなくなる」
「そ、そんな・・・私はそれまでこのままなのですか?」
「相手がシュナイゼルなのだから、文句はないだろう?それとも、皇女の方がよかったか?」

ルルーシュは冷たい視線で、シュナイゼルに抱きつかれたジェレミアを見ている。
その瞳には、明らかに、侮蔑の色が含まれていた。

「しかし、まぁ・・・できることならシュナイゼルをこのまま追い返してしまえれば一番いいのだが・・・」
「どうやって?」
「それが問題だ。・・・方法がまったくないわけではないが、それには人身御供が必要だしな・・・」
「・・・人身御供って・・・まさか!?」

ルルーシュとスザクの視線がほぼ同時にジェレミアの方に向けられた。

「このままジェレミアごとカンボジアに空輸するというのはどうだろうか?」

何の躊躇いもなく、さらりとそう言ったルルーシュの案に、ジェレミアの顔が凍りつく。

「な、なにを言っているんだキミは!?・・・そんなこと本気で考えているのか!?」
「半分は冗談だ」

と、言うことは、半分は本気と言うことだ。
珍しく、スザクがもの凄い形相でルルーシュを睨みつけている。

「だ、だから、これは一つの案としてだな・・・」
「いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるだろう!見てみなよ、可愛そうにジェレミア卿の魂が半分以上抜けかけている」

言われて、目を向ければ、放心状態でシュナイゼルのされるがままになっているジェレミアがそこにいた。
この状態から立ち直るに、はしばらく時間がかかりそうだ。

「・・・ジェレミア。こんなことくらいでいちいち魂を飛ばしていたら、幾つあっても足りないぞ?」

「聞いているのか?」と、言われても、ジェレミアは放心状態のままで、ルルーシュの声はその耳にまったく届いていないようだった。
ルルーシュは忌忌しそうに舌打ちをする。

「・・・まったく、役に立たん奴だ・・・」

ぼそりと呟いて、ルルーシュが次に目を向けたのは、スザクだった。
ルルーシュに次の標的にされていることに気づいたスザクは、顔を引き攣らせて、さっきのジェレミアと同じように、一歩、二歩と後ずさる。

「ぼ、僕になにをさせようと言うんだ・・・」
「なにもそんなに怯えることはないだろう?」
「シュナイゼル殿下の”心”なら、僕は絶対に受け取らない!」
「よいではないか・・・なにも減るものでもあるまいし、尻ぐらい好きなだけ触らせてやれ」
「だったら、自分が触らせてあげればいいじゃないか!」
「アホか!実の兄に尻を撫でられて、喜ぶ奴がどこにいる!・・・そ、それでは俺が変態のようではないか!!」

スザクやジェレミア同様、いや、それ以上に、ルルーシュは自分が可愛いのだ。
顔を真っ赤にして怒っているルルーシュは、必要以上にシュナイゼルを毛嫌いしている。
その大嫌いな兄に身体を触られることなど、屈辱以外のなにものでもない。
シュナイゼルに身体中を撫で回されて、放心状態のまま固まっているジェレミアを横目に見ながら、溜息を吐いたルルーシュはスザクに「耳を貸せ」と手招きする。
その耳元にくちびるを寄せて、なにかを囁きかけているルルーシュは、ちらちらとシュナイゼルの様子を気にしていた。
自分の企みを見抜かれるのではないかと、危惧してのことなのだが、”心”を奪われているシュナイゼルにはジェレミアしか見えていないようで、ルルーシュのことなど、まったく気にも留めていない。

「ほ、本当に、そんなことで大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫だ。やってくれるな?」
「いいけど・・・」

「本当に大丈夫なんだろうね?」と、不安そうに念を押すスザクに、ルルーシュは力強く頷いた。
その自信はどこからくるものなのか、ルルーシュの態度に一抹の不安を拭いきれないスザクだったが、一刻も早くシュナイゼルを追い返したいという想いはスザクもルルーシュと同じだ。
嫌々ながら、抜け殻となっているジェレミアのポケットから、シュナイゼルの”心”を取り出すと、スザクはそれを持ったまま部屋の外へと一気に走り出した。



それから約一時間後。
ルルーシュはさっきと同じ部屋で、自ら淹れた紅茶をすすりながら、優雅な一時を過ごしていた。
ジェレミアは放心状態からまだ立ち直っていない。
置物のように固まっているジェレミアの存在を無視して、ルルーシュは何もなかったかのように寛いでいる。
その目の前にはいつのまに用意したのか、小さな鳥かごが置かれていた。
換気の為に開けられた窓から、清々しい微風が吹き込んで、ルルーシュの髪を微かに揺らす。
それからしばらくして、部屋の前の廊下に慌しい足音が響いたと思ったら、入り口の扉が大きく開かれた。

「ルルーシュ!」

叫びながら、息を切らせてやってきたのは、一時間ほど前にこの部屋から走って出て行ったはずのスザクだった。
その背中には、シュナイゼルがぴったりとくっつき、スザクの腰の辺りを撫で回している。

「・・・なんだ、まだそんなものを憑けていたのか・・・?」
「す、好きで憑けているわけじゃない!ルルーシュ・・・キミは僕を騙したね!?」
「なにが、だ?」
「外を歩いている野良犬にシュナイゼル殿下の”心”を括り付けて来いと、僕に言ったじゃないか!」
「言ったが・・・それがなにか?」
「考えてみたら、皇宮に野良犬なんかいるはずがないだろう!?」
「・・・ああ、やっと気づいたか・・・」
「ルルーシュッ!!」

顔を真っ赤にして怒っているスザクは、殺気を含んだ瞳でルルーシュを睨みつけた。

「まぁ、そう怒るな・・・お前には時間稼ぎをしてもらっただけだ。ちゃんと策は用意してある」

恐ろしい形相でスザクに睨みつけられてもルルーシュは涼しい顔のままで、テーブルの上にハンカチを広げながら、ニヤリと不気味な笑みを浮かべている。

「スザク、それをここに置け」
「え?」
「シュナイゼルの”心”をここに置くのだ」
「どうする気だい?」

不審に思いながらも、一秒でも早くシュナイゼルから開放されたいスザクはルルーシュに言われたとおりに、手にしていたハート型の物体を広げたハンカチの上に置いた。
スザクに取り憑いたシュナイゼルは、二人の不穏な行動などまったく気にすることなく、相変わらずスザクの身体を触りまくっている。
ハンカチの上に置かれたシュナイゼルの”心”をくるくると包んだルルーシュは、次に鳥かごの中から鳩を取り出した。
そこまできて、ようやくルルーシュの考えを理解したスザクは、少しだけ落ち着きを取り戻している。
鳩の首にシュナイゼルの”心”を包んだハンカチを巻きつけて、開けられた窓からそれを放つと、シュナイゼルは脇目も振らずに鳩の飛び出して行った窓へと向かっていく。

「ル、ルルーシュ・・・止めなくていいのか?」
「構わないだろう?これくらいで死ぬような奴じゃない」

ルルーシュが言い終わらないうちに、窓辺に向かったシュナイゼルは、大空へと飛んでいってしまった鳩の後を追って、その身体を窓から宙に躍らせていた。

「あ・・・」

流石に顔を青くしたスザクだったが、ルルーシュはそれを気にも留めずに、相変わらずゆったりと寛いだまま紅茶を口に運んでいる。
スザクは落ち着かない様子で、シュナイゼルの飛び降りた窓辺へと行きかけたが、外を覗き見る勇気がないのか、再びルルーシュの前へと戻ってきて、おろおろと狼狽していた。

「ルルーシュ・・・」
「そんなに心配なら、下に行って確認してくればいいだろう?」
「・・・いや、それは・・・」

困惑するスザクの耳に、窓の外から人のざわめきが聞こえている。
突然上から人が落ちてくれば、騒ぎになるのは当然だ。
しかし、そのざわめきはすぐに消えて、まもなく飛行機のエンジン音が辺りに響き渡る。
それが、離宮の前庭に停められていた、シュナイゼルが乗ってきた専用機のものであることは間違いなかった。
だとしたら、無傷とまでは言わないまでも、ここから飛び降りたシュナイゼルが生きているということになる。
ルルーシュが言ったとおり、心配する必要などなにもなかったのだ。

「外が五月蝿くて、折角のティータイムが台無しだ・・・」
「・・・・・・・・・・キミって、本当に血も涙もないんだね・・・」

「失礼な奴だな」と言ったルルーシュは、なぜか上機嫌だった。



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