愛情表現のしかた




気がつけば、辺りは暗闇に包まれていた。
一体どれくらいの時間そうしていたのか、魂を亡くしたような抜け殻になっていたジェレミアは咄嗟に理解できなかった。
闇に覆われた広い部屋の中には、ルルーシュどころか、自分に取り憑いていたシュナイゼルも、スザクもいない。

「・・・ル、ルルーシュ様!」

頭の中に、意地の悪い笑みを浮かべた主君の顔が浮かんで、急に不安を感じたジェレミアは、状況もわからないままに暗い部屋を飛び出した。
それより少し前に、自室の一角で紙幣の束を目の前にしたルルーシュは顔の緩みを堪えきれずに、にんまりと笑みを浮かべながら、一枚一枚を確認するように、丹念に数えていた。
至福の時を満喫しているルルーシュは、置き去りにしたジェレミアのことなど、忘却の彼方に忘れ去っている。
そのジェレミアが突然部屋に乱入してきても、ルルーシュは金勘定に精を出し続けていた。

「ルルーシュ様!」
「・・・なんだ、お前か。悪いが取り込み中だから、用なら後にしてくれないか」

紙幣の山から顔を上げることもせずに、そう言ったルルーシュの顔をジェレミアがもの凄い形相で睨みつけている。

「その大金は、どうなされたのですか!?」
「言っておくが、これをお前にとやかく言われる筋合いはないぞ」

「正当な報酬だ」と、ルルーシュは面倒くさそうに答えた。
しかし、そう言われても、ジェレミアにはその大金の出所が理解できていない様子で、胡散臭そうな視線をルルーシュに向けている。
大人しく部屋を出て行ってくれる気配は微塵も感じられない。
ジェレミアに睨まれている状態では、流石のルルーシュも金勘定に集中できないのだろう、仕方なく、手にしていた札束を机の上に置いて、ジェレミアが抜け殻になっていた間の顛末を簡単に説明した。

「・・・シュナイゼル殿下が、鳩を追いかけて出て行かれたことまではわかりましたが、しかし、それとその大金がどう関係するのですか?」
「相変わらず鈍い奴だな・・・」

渋い顔をしたルルーシュの言葉に、ジェレミアは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「だから、さっき正当な報酬だと言っただろう?これはシュナイゼルに売りつけた、例の薬の代金だ」
「あ・・・」
「やっとわかったか・・・」
「し、しかし・・・いつ、シュナイゼル殿下に薬をお渡しになったのですか?」

その大金が薬の代価であることは理解できたが、ジェレミアの知る限りでは、ルルーシュがシュナイゼルに薬を渡したような素振りは見せていない。

「ちゃんと渡した。お前も見たはずだ」
「・・・は?」
「ちゃんとあいつの腹の中にくれてやったぞ」

それはつまり、シュナイゼルに飲ませた薬のことを言っているのだ。

「・・・・・・・・・ルルーシュ様、そ、それは・・・詐欺・・・なのでは・・・?」
「失礼なことを言うな。薬をやったことには違いない。それに・・・金を置いたまま勝手に帰ったのはあいつだ。だからこの金は俺のものというわけだ!」

滅茶苦茶な理論ではあるが、半分は正論だ。
それに、ジェレミアがどんなに意見したところで、ルルーシュがそれを素直に受け入れるとは到底思えない。
理詰めの理論を展開されてまんまと言い包められるか、あるいは逆切れされるか・・・どちらにしてもジェレミアの意見は封じ込められてしまうことは目に見えていた。
しかし、それでシュナイゼルは黙っているだろうか。
ジェレミアの不安は消えない。

「・・・シュナイゼルのことなら心配ない」

まるでジェレミアの深層心理を読んだかのように、ルルーシュは余裕を浮かべている。

「あいつはプライドが高いから、こんなはした金でガタガタ言ってくるようなことはない」
「はぁ・・・」

言われてみればそうなのかもしれないと、ジェレミアは思う。

「納得したならもういいだろう?そろそろ出て行ってくれないか。俺はこれからまだやらなければならないことがあるんだ」
「・・・なにを?」
「決まっている!金額が合っているかこれをすべて自分の手で数えるのだ!一枚でも足りなかったらシュナイゼルに請求書を送りつけてやらなければならないからな」

ルルーシュの言葉はジェレミアを充分に呆れさせた。
しかし、呆れている場合ではないと、ジェレミアは姿勢を正して、ルルーシュの前で片膝を着くと、窺うように主君の顔を見上げた。

「・・・なんだ?急に改まって、どうした?」
「ルルーシュ様に、お伺いしたいことがございます」
「・・・くだらないことではないだろうな?」
「・・・それは、ルルーシュ様がご判断ください」
「もし、聞いてみて、くだらなかったら、殴るからな」
「はい・・・」
「では、聞いてやる」

椅子に座ったまま、足を組み替えたルルーシュは、札束を積んだ机越しにジェレミアの顔を見下ろした。
いかにも、「どうせくだならいことだろう」と言いたそうな顔をして、椅子にふんぞり返っているルルーシュは、ジェレミアを部屋から早く追い出したくて、仕方なしに話を聞くつもりのようだった。
その、どうでもいいような態度のルルーシュの顔色を窺いながら、ジェレミアは恐る恐る口を開く。

「ルルーシュ様は、私のことを・・・どう、お考えなのですか?」
「どう・・・とは?」
「で、ですから・・・私を必要としてくださっているのでしょうか?」

ジェレミアとしては、ルルーシュに必要にされているから傍に置いてもらえているのだと思いたいのだが、これまでの経緯を思い返すと、ルルーシュに邪険にされているような気もしないではない。
シュナイゼルの一件にしてもそうだが、このところのルルーシュのジェレミアに対する嫌がらせは、限度を越えている。

「・・・殴っても、いいか?」
「は?」
「くだらないことを言ったら、殴ると言った筈だぞ?」
「ルルーシュ様にはくだらないことかもしれませんが、私にとっては重要なことです!ルルーシュ様は、私を不要とお考えなのですか!?」
「いらない・・・」
「・・・は?」
「いらないと言ったら、お前は再就職先でも探すのか?世界中どこに行っても戦争の真ッ最中だからお前のような有能な軍人の再就職先には事欠かないだろうからな・・・なんだったら、俺が適当なところを紹介してやってもいいぞ?」
「ルルーシュ様!・・・私はブリタニアの軍人です。他の国に組するなど考えたことはございません!!」
「そう言いきれるのか?以前お前はブリタニアに敵対する黒の騎士団にいたではないか」
「そ、それは・・・ルルーシュ様が・・・」

揚げ足を取らせたらルルーシュの右に出るものはいない。
口述でジェレミアがルルーシュに叶うわけなどあるはずがないのだ。
悔しそうに歯噛みして、ジェレミアはそれ以上言葉を続けることができずに、真剣な顔をしながらルルーシュを睨むようにじっと見つめる。
自分の不甲斐なさと、悔しさと、ルルーシュに対する不満やら怒りやら想いやらの感情が、ごちゃごちゃに交じり合って込み上げてきたジェレミアは、ルルーシュを睨みつけている瞳に薄っすらと涙を浮かべていた。

「じょ・・・冗談だ。なにもそんなにムキになることはないではないか・・・」

泣かれてしまっては分が悪いと思ったのか、ルルーシュはそれ以上ジェレミアを困らせるようなことは言わずに口を噤んだ。
そして、ジェレミアの目の前にそっと手を差し出す。

「ルルーシュ様?」

その掌の中には、見覚えのある小さなハート型のキャンデーが乗せられていた。
それは、どこからどう見ても、例の薬である。

「詫びの印に、キャンデーでもどうだ?」
「・・・い、いりませんッ!」
「なんだ・・・折角お前の為に用意したのに、いらないのか?」

そう言って、ニヤリと微笑んだルルーシュは、掌のキャンディーを自分の口の中に放り込んだ。

「あ・・・」

それを見て、慌てたジェレミアはルルーシュの前から逃げ出そうとしている。
口の中でキャンディーを転がしているルルーシュは、ニヤニヤと笑いながら狼狽するジェレミアをおもしろそうに眺めていた。

「まぁ、待て。そんなに慌てるな。大丈夫だ、噛みついたりしない」
「ル・・・ルルーシュさま?なんとも、ないのですか?」
「これは、似せて作ったただのキャンディーだからな」
「え?・・・な、何の為にそんなものを・・・」
「オークションに出すのに、5個に1個くらいなら偽物を出しても問題はないだろう?」

今回の成果に味をしめたルルーシュは、また同じぼろ儲けをしようと企んでいるのだ。
しかも、本物と偽って偽物を混入して。
これはもう立派な犯罪である。

「いけません!」
「告発されなければ問題はない」
「ダメと言ったらダメです!」

臣下として、主君の犯罪を未然に防ぐ義務がジェレミアにはある。引くわけにはいかない。

「お前がどうしてもダメと言うのなら、止めてやらないわけでもないが・・・その代わり」
「な・・・なんですか?」
「本物をお前が飲んでくれたら、出品は諦める。それでどうだ?」
「そ、それは・・・」

そこまで至って、ジェレミアはまんまとルルーシュに嵌められたことに気がついた。
しかし、気がついたところで、ジェレミアにはどうすることもできない。
ルルーシュの要求を受け入れるしかないのだ。

「わ、わかりました」
「そうか、では明日の朝、皆の前で飲んでもらおうか」
「ちょ・・・ちょっとお待ちください!どうして人前でそんな危険物を飲まなければならないのですか!?」
「決まっている」
「は?」
「・・・その方が、おもしろそうだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「嫌」と言っても、無駄なのだろうとジェレミアは思う。
諦めて渋々頷くと、ルルーシュは満足そうに口端を上げた。

「では、明日の朝を楽しみにしているから、今日はゆっくりと休むように!」
「はぁ、はい・・・」

気のない返事をして、退室しかけたジェレミアだったが、扉の前まで進んで何かを思い出したかのようにぴたりと足を止めた。
振り返れば、ルルーシュは部屋を出て行こうとしているジェレミアに見向きもせずに、紙幣を数え始めている。

「あ、あの・・・」

躊躇いながら声をかければ、ルルーシュは「まだいたのか」と、鬱陶しそうな顔をしながらジェレミアに目を向けた。

「ひょっとして、お気づきになっていたのですか?」
「なにをだ?」

言われて、ジェレミアは自分の右手をじっと見つめた。
手袋に隠れて見えないが、ジェレミアの右手にはルルーシュに噛みつかれた痕がまだ薄っすらと残っている。
薬を飲まされて、”心”を奪われていたルルーシュには、噛みついた自覚も記憶もないのだと思っていたジェレミアだったが、さっき偽物のキャンディーを口にしたルルーシュは、「噛みつかない」と確かにそう言った。
だとしたら、ジェレミアに噛みついた自覚があるのだろう。
ルルーシュに余計な心配をさせたくないと気遣って、噛まれたことを黙っていたジェレミアの努力は、意味がなかったことになる。
右手を見つめているジェレミアがなにを言いたいのか、気づいたルルーシュはクスクスと笑った。

「お前は馬鹿か?自分の性格と癖くらい知っていて当然だ」
「は?あの・・・それは?」
「俺は子供の頃から、噛み癖があるんだ・・・」
「・・・噛み癖、ですか・・・」

ジェレミアの場合、ルルーシュに「噛まれた」というよりは、「食い千切られそうになった」と言ったほうが正しい。
それほど、ルルーシュの顎は恐ろしい破壊力があった。
ルルーシュに嫌われているから指を食い千切られそうになったのだろうかと、ジェレミアは表情を曇らせた。
それを見て、ルルーシュはより一層笑みを深くする。

「安心しろ。嫌いな奴には噛みついたりはしない。可愛い奴ほど虐めたいと言う、子供の純粋な心理と同じ理屈だ」

そう言われても、ジェレミアは安心はできない。
これまでの悪行を鑑みても、札束に囲まれているルルーシュに純粋さが残っているのかは、かなり疑わしいところである。
扉の前で突っ立ったまま得心がいかない様子のジェレミアを、ルルーシュは笑いながら手招きした。
その意味がわからず、無防備に近づいたジェレミアの手をルルーシュに掴まれて引き寄せられると、くちびるが重なって、甘い味が口の中に広がった。
一瞬の出来事のように感じたジェレミアだったが、くちびるを離したときには、ルルーシュの口の中にあった小さくなったキャンディーが、ジェレミアの口の中に残されていた。

「美味いか?」

返事をすることも忘れて呆然としながら、顔を紅くしているジェレミアの反応に、ルルーシュは満足そうな表情を浮かべて無邪気に笑っている。

「楽しみは後に取っておこうと思ったのだが・・・どうする?」

ルルーシュの言う「楽しみ」がなにを指して言っているのか、わからないジェレミアではなかったが、艶のある瞳で見上げられては、それをキッパリと拒むことなどできるはずもない。
それを知っていて、わざとジェレミアに答えを求めるルルーシュは意地が悪いと、ジェレミアは思う。
しかし、誘われるのは嫌われていない証拠なのだから、喜ぶべきことなのかもしれないのだが、やはり素直に頷くには抵抗があった。

「あ、明日のこともありますし、き、今日は・・・」

葛藤の末、勇気と理性と自我をを総動員してそう言ったジェレミアに、ルルーシュは意外とあっさりと「そうか」と返すと、あとの興味の対象は目の前の札束に移行した。
ルルーシュの変わり身の素早さに恐れ入ったジェレミアだったが、一抹の寂しさを感じずにはいられない。
自分はそれだけの存在なのだと思いしらされたような気がして、肩を落としながらルルーシュの部屋を後にしたジェレミアは、そのまま真っ直ぐに自分の部屋の方へと足を向けた。
部屋の外の廊下には警護の兵士どころか、人影がまったく見当たらず、静まり返っている。
ルルーシュの部屋に来た時もそうだったのだが、ルルーシュが何か悪だくみをしているのではないのかと気が気ではなかったジェレミアはそれどころではなく、人気のないことをまったく気にも留めていなかった。
夜も遅い時間ではあったが、宿直の兵士はいるはずだ。
その姿が見当たらないということは、ルルーシュが人払いを命じているのだろう。
皇宮内にいる限り、絶対の安全が保障されているルルーシュにとっては、警護の兵士などいてもいなくても関係ない存在なのだ。
ルルーシュから見れば、ジェレミアもそれと大差ない存在なのかもしれない。
そう考えると、ジェレミアの気持ちはより一層沈み込んだ。
誰とも顔を合わせることなく自室に辿り着いたジェレミアは、広い部屋の静けさに孤独感を煽られる。
何もする気になれず、続きになっている寝室のベッドの上に体を投げ出すと、忘れていた疲労がどっと押し寄せた。
瞼が急激に重たくなって、思考があっという間に闇の中に引きずり込まれたジェレミアは、そのまま深い眠りに落ちてしまった。



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