愛情表現のしかた




目が覚めれば恐怖の朝がやってくる。
そんなことも忘れて、深い眠りを貪っているジェレミアは、部屋の中を動き回る怪しい気配にすら気づかずに、熟睡している。

「なんだ、随分とだらしがないんだな・・・」

眠っているジェレミアを確認するかのように、顔を覗き込んでいるのはルルーシュだった。
倒れこむようにして眠っているジェレミアに、独り言を呟いて、ルルーシュは気配を殺しながら部屋の中を物色する。
ジェレミアが目を覚まさないのをいいことに、クローゼットやチェストの中を念入りに漁っているルルーシュは、口許に薄い笑みを浮かべていた。
一通り物色を済ますと、何も知らずに眠りこけているジェレミアをベッドの上から蹴落として、まるで自分のベッドでもあるかのようにその中へ潜り込んだルルーシュは、床に転げ落ちたジェレミアを無視して眠りに就いた。
ベッドから落とされたジェレミアは、固い床の上でぼんやりと意識を取り戻して、無意識のうちにベッドの中に戻ろうとしている。
そこにルルーシュがいることにも少しの疑問を持たずに隣に潜り込むと、ぴったりと体を寄せて眠ってしまったジェレミアは幸せそうな顔をしていた。



翌朝。
目を覚ましたジェレミアは、自分の隣で眠っているルルーシュに気づき、しきりに首を傾げていた。
昨夜の記憶を辿っても、疲れてベッドの上に倒れ込んだ記憶は残っているが、ルルーシュを招き入れた記憶はない。
だとすれば、眠っている間に忍び込んだのだろうと、理解したジェレミアは急にうろたえ始めた。
青い顔をして狼狽しながら、ジェレミアは恐る恐る自分の着ている服とその中身を確認する。

「なにをしているんだ?」

いつの間に目を覚ましたのか、そのジェレミアの様子を、ルルーシュがおもしろそうに見つめていた。

「あ・・・ル、ルルーシュ様、お・・・おはようございます・・・」
「ああ、おはよう」

ゆっくりと体を起こしたルルーシュに、ジェレミアは慌ててベッドから飛び降りると、乱れた髪を直すことも忘れて恭しく臣下の礼を示した。
ルルーシュはそれを呆れたように眺めながら、溜息を吐く。

「相変わらず頭が固いな・・・」
「は?」
「他に誰もいないんだから、朝っぱらからそう畏まらなくてもよいではないか?」
「し、しかし・・・」

顔を上げればルルーシュが手招きをしている。
どうしていいのかわからずに、そのままの姿勢で畏まっていると、ルルーシュが少しおもしろくないような顔をし始めた。

「こっちへこいと言っているんだ」

少し強く言われて、ジェレミアは渋々立ち上がる。
それでもルルーシュの傍に近づくことを躊躇っているのは、臣下としての自分の立場を弁えているからということばかりではないようだ。
困ったようにルルーシュを見つめるジェレミアの瞳には、警戒の色が濃く含まれている。

「なにをそんなに怯えているんだ?」

ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら問いかけたルルーシュに、「知っているくせに」と、心の中で呟いたジェレミアは、諦めてルルーシュの待ち構えているベッドの隅に腰を下ろした。
そこはルルーシュの手がギリギリ届かない位置で、ジェレミアはジェレミアなりに考えた末の行動だったが、「手が届かなければ安全」と言う考えは浅はかな考えである。
手の届く位置まで移動してきたルルーシュにあっさりと捕まって、結局ジェレミアの浅知恵は無駄になった。

「おはようのキスくらい、してくれてもいいだろう?」

上目遣いでジェレミアを見上げるルルーシュは、わざとらしいくらいにしおらしい顔をしている。
それがルルーシュの罠だと、知らないジェレミアではない。
その仕草にうっかり騙されて、くちづけようものなら、ルルーシュはたちまち態度を豹変させて襲いかかってくるに違いなかった。
だから、またしてもジェレミアは浅知恵を働かせる。
待ちかねたように、ジェレミアの袖をつんつんと引いて、見上げているルルーシュの頬に、触れるだけの軽いキスを落とす。
すると途単に、ルルーシュの顔が不機嫌に変わった。

「馬鹿かお前は!ガキのキスじゃないんだぞ!?」
「どうか、これでお許しください・・・」
「ダメだ!お前がちゃんとしてくれるまでは許さない」

「してくれるまで」とルルーシュは言っているが、最終的に「される」のはジェレミアだ。
キスで済まないことはジェレミアが身をもって知っている。

「お願いです。どうか、今日はこれでご勘弁を・・・」

必死の面持ちで頭を下げるジェレミアに、ルルーシュは「ふん」と鼻を鳴らした。

「・・・もういい。時間も時間だから、さっさと顔を洗って支度をしろ」
「は、はい」

意外なほどにあっさりと諦めてくれたことに安堵して、時計を見れば、目を覚ましてから大分時間が経過している。
慌ててベッドから飛び降りたジェレミアは、逃げるように自分の寝室を後にして、シャワーを使うためにバスルームへと向かった。
残されたルルーシュは、ニヤリと笑みを浮かべている。
自分の部屋に戻る気がないのか、ベッドの上に寝転がると、今度はクスクスと声を出して笑い出した。
それから30分が経過しても1時間が過ぎても、ジェレミアは一向に戻ってこない。
ベッドの上のルルーシュは上機嫌で、何かを思い出してはニヤニヤと厭らしい笑みを口許に浮かべている。
ジェレミアが姿を消して1時間半が経過した頃、ようやくベッドから降りたルルーシュは、ジェレミアがいるはずのバスルームへと向かった。
バスルームの前まで来て、コツコツとドアをノックすれば、中から慌てるような気配が感じられる。

「ジェレミア?」

必死に込み上げてくる笑いを押し殺して声をかけると、「カチャリ」と鍵が開けられる小さな音が響いて、ドアが僅かな隙間を造った。
その隙間から、ジェレミアが困ったような顔を覗かせている。

「どうしたのだ?」

わざとらしく心配そうな声をかければ、ジェレミアはますます困惑した表情を浮かべて、僅かに開けたドアを閉めてしまった。
ジェレミアは本気で困っているのだ。
なぜなら、有るべきはずの着替えの中に、下着だけが用意されていない。
着替えの用意は、すべて侍女に任せてある。
だから、侍女が用意をし忘れたのだろうとジェレミアは思っているのだろうが、実は昨夜のうちにルルーシュがこっそりと隠してしまったのだ。
侍女に任せきりとは言え、なにかの時の為に予備の下着くらいは自分の部屋に用意してあるのだが、ルルーシュが部屋にいる以上、裸で出て行くわけにもいかない。

「ジェレミア?」
「も、申し訳ないのですが、しばらく部屋から出て行ってもらえませんか?」
「・・・なぜだ?」
「あ・・・あの、着替えを用意するのを忘れまして・・・」
「着替え?俺が持ってきてやろうか?」
「い、いえ!結構です!!・・・じ、自分でできますから、どうか・・・私に構わずに、ご自分の部屋にお戻りください」
「・・・嫌!」
「ど、どうか、そんな意地の悪いことを言わないでください」

ドア越しのジェレミアの声は、今にも泣き出しそうだった。

「俺が持ってきてやると言っているんだ。何が必要なんだ?」

自分で隠しておきながら、白々しいにもほどがある。

「はぁ・・・あの・・・ク、クローゼットの中に・・・」

言いかけて、「やっぱりいいです」と、ジェレミアは言い直した。
主君に下着を持ってきてもらうなど、臣下としてあってはならないことだと、思いなおしたのだろう。
しかしルルーシュは、

「クローゼットの中からなにを持ってくればいいんだ?」

ジェレミアの声を無視して、持ってくる気満々である。
仕方なく、ジェレミアは躊躇いながら「下着を・・・」と、聞こえるか聞こえないかわからないほどの小声で呟いた。
それから少しして、バスルームのドアが再びノックされた。
ジェレミアが恐る恐るドアを開けると、ルルーシュの手が中に差し込まれる。

「これでいいか?」
「あ、ありがとうございます」

ルルーシュの手にあった物を受け取ったジェレミアは、ルルーシュが戻ってくるまでの時間が短すぎることにも、まったく気にしていなかった。
が、しかし、何かがおかしいと気づいたのはそれからすぐのことである。

「ルルーシュ様!」

叫びながら、バスタオルを腰に巻きつけたままの格好でバスルームを飛び出してきたジェレミアはの形相は、鬼気迫るものがあった。

「な、なんですか・・・コレはッ!?」

怒鳴るような声で問われても、ルルーシュは怯みもしないで、平然とした顔をしている。

「お前に頼まれた下着だが?」
「こ、これは私のではありません!」
「お前に言われたとおり、クローゼットの中を探したのだが、見つからなかったから俺が急遽特別に用意したんだ」

ジェレミアが手にしている下着は、黒のビキニで、しかもT−バックになっている。
もちろんジェレミアはそんな下着は一枚も持っていないし、ルルーシュにしてもそういう趣味はない。
「急遽用意した」と言った割には、あまりにも手回しが良すぎるルルーシュに、ジェレミアはそこで初めて「嵌められた」ことに気がついた。
朝の遣り取りは、ジェレミアに悪だくみを気づかせない為の、ルルーシュの巧妙な策略だったのだ。
ジェレミアはルルーシュが用意した下着を放り投げると、そのままの格好で寝室のクローゼットやチェストの中を虱潰しに下着を探した。
しかし、予備の下着は昨夜のうちにルルーシュが全部隠してしまっている。見つかるはずがなかった。
放り投げた下着を拾い上げて、ニヤニヤしながらジェレミアの様子を窺っているルルーシュは、実に愉しそうだ。

「諦めてこれを使え」
「い、嫌です!どうして私がそんなものを履かなければならないのですか!?」
「・・・勝負下着」
「・・・は?」

聞きなれない言葉に、ジェレミアは首を捻る。
一体あんな下着を着けてなにを勝負するのだろうとでも言いたそうな顔だった。

「・・・なんだ?勝負下着も知らないのか?」
「なんですか・・・それは?」
「つまりだな、ココ一番と言う時に着ける下着のことだ」
「ここ一番・・・とは?」
「忘れたか?今日はお前に例の薬を飲んでもらうと言ったではないか」

すっかり忘れていたジェレミアは、ルルーシュの言葉に「はっ」となった。
しかし、それとこの下着がどう繋がるのかが、良くはわからない。
良くはわからないながらも、ルルーシュがなにやら良からぬ事を企んでいることだけは、ぼんやりと理解できた。

「ルルーシュ様・・・お願いです、それだけはお許しください」
「駄目だ!これだけは譲れない」
「そ、そんな・・・」
「大人しく言うことを聞かなければどうなるか、わかっているんだろうな?」

ルルーシュの悪だくみが二重三重になっていて、底が見えないことは誰よりもジェレミアが充分に承知している。
底が深くなればなるほど、悪質さが増すことも、理解していた。
これ以上の窮地に陥る前にさっさと妥協した方が、傷口を広げずに済むのだ。
だから、ジェレミアは本当に仕方なく、ルルーシュの差し出す下着を渋々受け取った。
困り果てながら受け取ったジェレミアを見ながら、ルルーシュはウキウキと弾む心を抑えきれずに、特上の笑みを浮かべている。



Go to Next→