愛情表現のしかた



―――あれをどうやって使おうか・・・?

「人の心を手に入れることができる」と言う、魔法の薬をジェレミアから没収したルルーシュは、その使い道を考えながら、気持ちを弾ませていた。
しかしそれを表面に出すほど、ルルーシュは馬鹿ではない。
頭の中で愉しいことを考えながらも、それを少しも面に現さないところが、ルルーシュの怖いところだ。

―――C.C.は無理だとしても、スザクになら飲ませることができそうだな・・・。それから・・・。

ルルーシュはちらりとジェレミアに目を遣る。

―――あまりおもしろい反応は期待できそうにないが、一応こいつにも飲ませてみるか・・・?

ルルーシュの身体の上に重なるようにして抱きつき、挑みかかっているジェレミアは、首筋やら胸に残されている痕を辿ることに専念している。
悪戯でスザクがつけた紅い鬱血痕にくちびるを寄せて、その上から強く吸い上げたりしているところを見ると、自分の痕で上書きしようとしているらしいことは間違いない。
ルルーシュに対して、強い独占欲を剥き出しにしているジェレミアの心を奪ってみたところで、遊び心を満たすだけの反応は期待できそうになかった。
しかし、ルルーシュの立場を慮って、人前では決して硬い態度を崩さないジェレミアが、その自制を薬によってなくした時に、どのような態度を示すのか、興味がないわけでもない。

―――人目を気にすることなく、擦り寄ってでもくるだろうか?

ならば、それをスザクに見せつけるのも悪くはないな・・・などと、ルルーシュは考えている。
何かにつけ、スザクがジェレミアを気にかけていることは、ルルーシュも知っていた。
気があるとは思えないが、自分のものにちょっかいを出されるのは、ルルーシュとしてはあまりおもしろくない。
今度の騒動にしてもそうだ。スザクがジェレミアをからかいさえしなければ、こんなことにはなっていなかったはずだ。
一体なにを考えているのか、ルルーシュにはスザクの気持ちがわからなかった。
ジェレミアの話を聞く限りでは、あの薬が、相手に抱いている感情を曝け出させる効果があるようだし、ジェレミアにスザクの心を持たせてみれば、少しは何かがわかるかもしれないと、ルルーシュは考えている。
スザクに懐かれて、困り果てているジェレミアの顔がルルーシュの脳裏に浮かんで、思わずにんまりと口端が緩んでしまう。

―――・・・まずはスザクだ。それからジェレミアに飲ませてやろう!

そんな物騒なことを主君が考えているとは知らないジェレミアは、ルルーシュの身体に夢中になっている。
ベッドの上で仰向けになっているルルーシュは、ジェレミアにあまり協力的ではない。
右腕の痙攣は治まってはいたが、身体のあちらこちらが痛くて、とても動く気にはなれなかった。
辛うじて動かせる左手にも、思うように力が入らないのだ。
だから、今日はジェレミアの好きにさせている。
いつもはルルーシュの顔色を窺って、なにをするのにもいちいち同意を求めるはずのジェレミアが、今日は自分勝手にことを進めていた。
ベッドに入る早々、伺いを立てることもなくルルーシュの服を剥ぎ取っておきながら、ジェレミアはまだ上着しか脱いでいない。
「抱かせてやる」とは言ったが、こんなに一方的に、行為を進められるとは思っていなかったルルーシュは、少し興醒めしている。
情事に集中できないのは、身体の痛みの所為だけではないのだ。
それを咎めることすら億劫で、ルルーシュはジェレミアにされるがままになりながら、頭の中ではまったく関係のないことを考え続けていた。
それでも目の前にジェレミアの顔が迫ると、ルルーシュの思考は現実へと引き戻される。
くちづけを求められていることはわかったが、ジェレミアの思い通りにさせたくなくて、顔を横に背けた。
普通ならそこで、ルルーシュの機嫌があまりよくないことに気づくのだろうが、ジェレミアはそれを気にも留めず、ルルーシュの頬にくちびるを押しつけて、そのまま強引にキスをしようとしている。
それを止めようと、力の入らない左手でジェレミアの胸を押し返して、ルルーシュは醒めた瞳でジェレミアを睨みつけた。

「ルルーシュ様・・・?」

押し留められて、自分に向けられているルルーシュの冷たい表情に、ジェレミアは首を傾げている。

「お前・・・俺をなんだと思っているんだ?」
「・・・は?・・・あの・・・なにが・・・で、しょうか?」

突然ルルーシュの機嫌が悪くなったと思い込んでいるジェレミアは、本当に何もわかっていない様子で、不安そうな表情を浮かべて、ルルーシュを見下ろしている。

「・・・なにか、ルルーシュ様のお気に障ることでも、いたしましたでしょうか?」

ジェレミアの胸に当てられたルルーシュの力のない手が、服を掴む。
それでもジェレミアはまだ気づかない。

「あ、あの・・・?」
「いつまで服を着ているんだ?」
「は?」
「服を脱がないつもりかと、言っているんだ」
「・・・いけませんか?」
「あ・・・当たり前だ!まさか、このままするつもりか?」
「はい。そのつもりですが?」

悪びれることなくそう言ったジェレミアに、ルルーシュは怒りを通り越して、眩暈を覚えた。

「ば、馬鹿か、お前は!?」
「馬鹿と、仰られましても・・・」

ルルーシュに常日頃から「馬鹿」と言われ続けているジェレミアは、それに慣れきっていて、なんとも感じなくなっているのか、平然としている。
それどころか、ルルーシュの耳元にくちびるを近づけて、

「今日はこのままで失礼させていただきます」

などと、とんでもないことを、甘い声で囁いたジェレミアは、ルルーシュの言葉に耳を貸すつもりはないようだ。
強気のジェレミアに、ルルーシュは僅かに焦りを感じたが、すぐに気を取り直して、「勝手にしろ」と、拗ねたようにそっぽを向いた。
ルルーシュが拗ねた態度を見せる度に、ジェレミアは損ねた機嫌を直すのに必死になる。
それをわかっていて、わざと拗ねた態度をして見せたのだが、ジェレミアはそれを綺麗サッパリ無視して、ルルーシュの身体を抱きすくめ、中断された情事を、勝手に再開し始めてしまった。
なにを言っても、なにをやっても、今のジェレミアには無駄のようだ。
抵抗することもままならない身体では、どうすることもできない。
結局、ルルーシュは諦めて、ジェレミアが満足するのを待つことにした。
身体中を撫でまわされて、舐められ、吸い上げられて、いたるところに紅い痕を散りばめられながら、ルルーシュはぼんやりと高い天井を眺めていた。
頭の中では、早く終わらせてくれればいいのにと、考えている。
ジェレミアの愛撫に快楽を感じていないわけではなかったが、主導権のない行為はルルーシュを退屈させていた。
それは身体を繋げられてからも変らず、ルルーシュはまったくやる気のない態度でジェレミアを受け入れながら、身体を揺さぶられ続けた。
殆ど反応を返さないルルーシュを、ジェレミアはどう思ったのか、時々窺うようにルルーシュの顔を覗いている。
それに気づきながらも、ルルーシュは一度もジェレミアに視線を向けようとはしなかった。

「・・・ルルーシュさま?」

しばらくして、堪り兼ねたようにジェレミアが動きを止めて、虚空を見つめているルルーシュに顔を近づけた。
視界に入ってきたジェレミアの顔に一瞥をくれて、ルルーシュは視線を外す。

「・・・お願いですから、もう少しやる気をお出しになっていただけないでしょうか・・・?」
「なにがだ?」
「で、ですから・・・その・・・」
「俺に、感じているフリでもしろと?」

視線を合わせないまま、冷たく言われて、ジェレミアの顔が凍りつく。
それを横目で見て、ルルーシュは嘲るように鼻で笑った。

「お前が望むのなら、いくらでも感じているフリをしてやるぞ?」
「そ、そのような・・・ことは・・・」
「だったら、余計なことは考えないで、さっさと終わらせろ」

ルルーシュに冷たく言い放たれ、その心無い言葉に衝撃を受けたジェレミアは、わなわなと震えている。
気力も身体も萎えきっていて、とてもこれ以上先へは進めそうになかった。
しばらく、震えながら呆然としていたジェレミアだったが、横を向いたままのルルーシュの顔をちらりと覗き見てから、繋がった身体をゆっくりと離した。

「・・・なんだ。もういいのか?」

馬鹿にしたようなルルーシュの声に、ひくりと顔を引き攣らせたジェレミアの右目に怒りが浮かぶ。
睨むようにルルーシュを見つめて、耐え切れなくなったジェレミアは、シーツの白い生地を握り締めた。

「・・・ルルーシュ様は、どこまで私を虚仮にすれば、気がお済になるのですか・・・。私が嫌いなら、嫌いと・・・はっきりと仰ってくださればよろしいではありませんか!?・・・それを・・・こんな・・・こんな、私の自尊心を踏み躙るようなことを・・・」
「お前にプライドなど、あったのか?」
「ルルーシュ様!」

ジェレミアの握り締めた拳が、怒りで震えている。
それに気づきながらも、ルルーシュは憎たらしいほど、余裕の笑みを浮かべていた。

「・・・ルルーシュ様は、そんなに私が・・・嫌い、なのですか?本当は・・・私よりも・・・く、枢木の方が、ルルーシュ様は・・・」
「ジェレミア・・・ちょっと耳を貸せ」
「・・・は?」
「いいから、耳を貸せと言っているんだ」

突然言われて、ジェレミアは訳がわからないながらも、ルルーシュの口に自分の耳を寄せた。
「すう」と大きく息を吸い込む音が聞こえて、ルルーシュの呼吸がぴたりと止まる。
そして、

「この馬鹿ッ!!」

と、溜め込んだ息と共に、ジェレミアの耳元で大声が吐き出されて、キーンと耳鳴りが響いた。
三半規管を麻痺させるような大音声に、くらくらとした眩暈を感じているジェレミアは、間の抜けた顔をしている。

「な、なにをなさるんですか!?」
「いつまでもうじうじとスザクのことに拘って・・・お前、俺を全然信用していないだろう?」
「そ、それは・・・しかし、現にルルーシュ様は私ではお感じにならないと・・・。」
「身体が痛いんだから仕方ないだろう」
「それに・・・」
「なんだ、まだあるのか?」
「あの薬・・・。枢木やC.C.にはお優しかったのに、ルルーシュ様は私にだけ優しくしてくださらなかったではありませんか!」
「・・・お前、俺に優しくされたかったのか?」

目に涙を溜めたジェレミアを、呆れたように見ながらそう言ったルルーシュの声に、ジェレミアは無言でこくりと頷いた。
それがあまりにも可愛らしくて、ルルーシュは自分でもどうしようもないくらいに、ゾクゾクと湧き上がる欲望を抑えきれない。
身体に感じる快楽も嫌いではないが、心に感じる愉悦の方が、ルルーシュは弱い。
身体がまともな状態なら、間違いなくジェレミアを押し倒してしまっているのだろうが、力の入らない左手だけでは、そう言うわけにもいかなかった。

「ジェレミア」
「・・・はい」
「優しくしてやってもいいが・・・その前に、さっきの続き・・・」
「・・・また私を陥れようと、企んでいるのですか?」
「違う違う。今度はちゃんと相手をしてやる。・・・その代わり、お前も真面目にやってくれよ?」

感じないのは身体の痛みの所為とは言ったが、本当は少し違った。
スザクの残した痕ばかりに気をとられすぎて、なかなか理性を崩さないジェレミアに、興味をそそられなかったからだ。
それに輪をかけるように、自分の言葉を少しも聞こうとしなかったジェレミアに、不興を感じていたルルーシュは、ついつい意地の悪いことを言ってしまったのだ。
多分ジェレミアはそれをわかっていない。
ルルーシュの言葉の意味を理解しかねているジェレミアの右手に、辛うじて動かすことのできる左手を添えて、ルルーシュはそれを導くように自分のくちびるに近づける。
くちづけようとして、その白い手袋に滲んだ紅い血の痕を見つけて、ルルーシュは動きを止めた。

「・・・これは、どうしたのだ?」
「そ、それは・・・い、犬に噛まれまして・・・」
「お前が、か?」
「は、はい。・・・その・・・、とても凶暴な犬でして・・・」

訝しそうにジェレミアを見上げるルルーシュに、目の前の凶暴な主に噛まれたとは、口が裂けても言えないジェレミアだった。

「随分と凶暴なメス犬に引っかかったんだな・・・」
「ち、違います!私はルルーシュ様がお考えになっているようなことは、致しておりません!」

まだ乾ききらない血の痕をじっと見つめて、ルルーシュは「まぁいい・・・」と、そっけなく返した。

「信じてください」
「わかった、わかった。信じてやるから、そうムキになるな」

言葉とは裏腹に、まるで信用していないような軽い物言いに、ジェレミアは焦りを感じている。

「ルルーシュ様・・・」
「・・・他に、噛まれたところはないのか?」
「あ、ありません!全然ありませんから、どうかご心配なく」

慌てているジェレミアを見ながら、ルルーシュはおもしろそうに笑っている。
嘘か本当か、その態度を見れば、すぐにわかるところがジェレミアらしい。
しかし、それ以上深く追求することはしないで、ルルーシュはジェレミアの血の滲んだて手を、手袋越しにぺろりと舐めた。
少し顔を歪ませているジェレミアに視線だけを向けて、「痛い?」と、短く声をかけたルルーシュは、愉しそうに笑っている。
我慢できないほどの痛みではなかったので、ジェレミアは軽く首を横に振った。
容貌に似つかわしくない、子供のような幼い仕草が、ルルーシュの欲を煽ることに、ジェレミアは気づいていない。
情欲の浮かんだ瞳で見つめられて、ジェレミアは体温が急激に上昇するのを感じながら、その瞳に誘われるようにくちびるを重ねた。
貪るような劣情的なくちづけではなかったが、くちびるが触れあっただけで、ジェレミアは理性を手放しかけている。
スザクの残した痕に気をとられすぎて、ルルーシュの顔すらまともに見れなかったさっきとは、明らかに違っていた。
それでも、ルルーシュに教えられた手順通りにことを進めるジェレミアは、もともとの性格が律儀なのだろう。

―――律儀と言うよりは・・・馬鹿なだけか・・・。

そんなことを考えて、抱きしめられたルルーシュは苦笑を滲ませる。
ルルーシュは馬鹿なジェレミアが好きだった。
繋がった身体を揺すられて、耳元に聞こえるジェレミアの息遣いが激しさを増すと、ルルーシュは瞼を閉じて、「ジェレミア」と、囁くように甘い声で呼びかけた。

「気持ちいい?」
「・・・はい・・・とても、気持ちいいです」
「お前は俺のどこが好きなんだ?」
「ルルーシュ様の・・・全てが・・・」
「・・・そうか?俺はてっきり身体が目当てなのだと、思っていたのだが・・・?」
「違います」
「なぁジェレミア?」
「なんで・・・しょうか?」
「明日も晴れると思うか?」
「・・・は?」
「明日の天気はどうなんだろうな?」
「・・・それは・・・天気予報をご覧になれば・・・よろしいのではないかと・・・?」
「そうだな・・・」
「あ、あの・・・ルルーシュ様?」
「なんだ?」
「少し黙っていただけますか?」
「なぜだ?」
「・・・集中できないんですけど・・・」
「折角、親切で話しかけてやっているのに・・・。お前、もうそろそろ限界だろう?放っておいたら勝手に出してしまいそうだ」
「よ、余計なお世話です!」

ルルーシュはクスクスと笑っている。



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