愛情表現のしかた



「私が、なにをしたというのですか!?」

恨めしそうな顔をしながら、ジェレミアは堪り兼ねたように声を荒げて、ルルーシュに詰め寄った。
しかしルルーシュはそれを無視して、視線も合わせてくれない。
つまらなさそうな顔をしながら、端末をいじっている。


あの後・・・と言うのは、スザクがジェレミアを抱え上げて執務室を出て行こうとした後のことなのだが・・・結局扉が開く寸前に、ルルーシュがジェレミアに助け舟を出した。

「お前はいつまでそんなものを後生大事にもっているのだ?嫌ならスザクに返せばいいだろう。それともなにか?お前はそれをスザクに返したくない理由でもあるのか?まぁ・・・返したくないものを無理に返せとは言わないが・・・」

棘のある言葉で言われて、ジェレミアは手にしていたスザクの”心”の存在を思い出した。
慌ててそれをスザクに返して、ジェレミアの自尊心と貞操は、間一髪のところで守られたのだ。
廊下に出たからといって、すぐにどうということもなかったのだろうが、スザクに横抱きに抱えられている情けない姿を誰かに見られるのは、ジェレミアの沽券に関わる問題だ。
だから、いくら棘のある言葉だったとしても、ルルーシュの声に助けられたことは間違いない。
”心”を取り戻したスザクに床に落とされて、ようやく開放されたジェレミアは素直にルルーシュに感謝したのだったが、すでにルルーシュは臍を曲げていた。いや、その前から、スザクで遊んでやろうという目論見を外されたルルーシュの機嫌は急降下だったのである。
怒りを向けるべき相手は、天然のスザクであるにも関わらず、なぜかルルーシュはジェレミアに怒りの矛先を向けた。
あれから一度も視線を合わせなければ、口も利いてくれない。
”心”を奪われている間の記憶がないスザクは訳がわからずに、首を傾げてしきりに不思議がっていたが、ルルーシュに「お前には関係がない」と言われてしまっては、口を挟むわけにもいかず、黙って様子を窺っていた。
実際は「関係ない」どころではないのだが、スザクはそれを知らなかったし、ルルーシュとジェレミアの喧嘩には余人が入り込む隙がないことを充分に理解している。
二人の喧嘩は、つまるところ「痴話喧嘩」というやつだ。
もっとも、喧嘩と言っても、ルルーシュが一方的にジェレミアを叱りつけることの方が断然多いのだから、喧嘩とはいえないのかもしれないが・・・。
それは今回もそうで、だからスザクは理由はわからないながらも、いつもの「痴話喧嘩」だと思い込んでいるようだった。


端末を操作していたルルーシュの手の動きがぴたりと止まって、じっと画面を注視している。

「こんなご時勢だというのに、意外と世の中には、暇と金を持て余している奴が多いんだな・・・」

そう呟いて、傍で控えていたジェレミアにようやく顔を向けたルルーシュは、口端を歪めて不気味な笑みを湛えていた。
「悪魔の微笑」
そんな表現が当てはまる、ルルーシュの笑顔はよくないことを企んでいる時の顔だ。
ジェレミアは顔を引き攣らせ、思わず逃げ出したい衝動に駆られたが、「ヘビに睨まれた蛙」のように、体が硬直して動くことができない。
腹の底でなにを考えているのか計り知れない時のルルーシュには、例えようのない凄みが感じられる。

「あ、あの・・・?」

恐る恐る、ジェレミアが声をかけると、ルルーシュはますます笑みを深くした。

「例の薬を”古代インカ帝国の神官が作った惚れ薬”と称して、一錠だけネットオークションに出したのだが・・・」
「・・・そ、そんな胡散臭い物を欲しがる人間がいるのですか?」
「面白半分で出品したのだが、今見たらとんでもない値段がついているんだ」

ジェレミアは、ようやくさっきルルーシュが口にした言葉の意味を理解した。

「どんな馬鹿が買うのか顔をみてやろうと思って、引渡しは直接品物を取りに来れることを前提にしたのだが、・・・まさか本当にこんなものを欲しがる奴がいるとは思わなかった。しかし・・・まぁ、なんだ。”惚れ薬”には違いがないのだから嘘を吐いているわけではないのだし、こんなものに勝手に高額な値段をつけているのだから騙される奴が悪いのだ。」
「・・・貴方と言う方は、どこまで悪徳商人なんですか!?」
「そう褒めるな」
「褒めてなどいません!」
「儲けた金額の一部をお前にも分けてやろう。元はと言えば、こんな得体の知れない薬を俺に飲ませたのはお前なのだからな」

さらりと嫌味を言われて、ジェレミアは返す言葉が見つからない。
その横ではルルーシュが真剣な表情を浮かべて、何かを考え込んでいる。

「ど、どうかしたのですか?」
「あと数十分で締め切りなのだが、どこで取引をしたらよいものやら・・・」
「空いている宮殿を使ってはいかがですか?」
「相手がどこの誰だかわからないのだぞ?帝都に招き入れるのは危険だ。それに、取引場所が宮殿ではビビッて逃げ出すことも考えられる」
「しかし、破格の金額を提示してきているのでしたら、それなりの人物かと・・・」

ルルーシュはしばらく考え込んだ後、「それもそうだな」と、心を決めたようだった。
悩みが解決したルルーシュは、日中の不機嫌はどこへやら、ジェレミアに肩を揉ませたりして上機嫌である。
ジェレミアも極力昼間の話題には触れないように心がけていた。
ルルーシュの頭の中は、どんな奴が取引に現れるのかと、そのことばかりに気を惹かれているようだった。

「こんなキャンディー一粒に、数千万の値段をつける馬鹿がいるとは・・・」

笑いながら、そう呟いたルルーシュの言葉に、ジェレミアはぎょっとした。
「破格」とは聞いていたが、まさかたった一錠の薬に八桁の金額が出てくるとは思っていなかったからだ。
ルルーシュでなくとも、それだけの金額を提示してきた相手の顔が見てみたくなるのは当然の興味だ。

「取引の段取りは俺がつけるから、お前には場所の確保と警備の布陣を頼みたいのだが、引き受けてくれるか?」
「は、はい。よろこんでお引き受けいたします!」
「では、頼んだぞ」

ルルーシュの言葉には、ジェレミアに対する信頼が窺える。
それを実感したジェレミアは、喜び勇んでルルーシュの部屋を飛び出して行った。
椅子にふんぞり返ってその後姿を見送ったルルーシュは、他の誰よりもジェレミアの扱いに長けていた。
どんな言葉をかけてやれば、ジェレミアが必要以上のやる気を出して、自分の為にそれこそ死にもの狂いで働くのかなど、手に取るようにわかる。

―――単純な奴だ・・・。

苦笑を滲ませながらも、そこがジェレミアのいいところなのだとルルーシュは思っている。
そして、そのジェレミアに依頼したことを任せておけば、完璧にそれをこなしてくれることも、ルルーシュは知っていた。
あとはどんな人物が現れるのかを、楽しみにして待つばかりである。





それから数日後、相手の素性を確認する間もなく、話はとんとん拍子に進められ、いよいよ取引当日を迎えた帝都は物々しい厳戒態勢が布かれた。
普段の二倍近い数の警備兵が忙しく行き交う様を、今回の取引のことを知らされていないスザクとC.C.は不思議そうな顔をしながら眺めている。
今日のことは余計な混乱を避ける為にも、ジェレミア以外には話していない。
取引場所に指定した宮殿は皇宮の中でも外れの方にあり、 部外者の立ち入りは禁じてある。
その一室で、寛ぎながら取引相手が現れるのを待ちわびているルルーシュだったが、指定した時刻を過ぎても一向にやってくる気配はなかった。
帝都内にそれらしい人物が姿を見せれば、ルルーシュの元に報告が入るようになっている。

「やはり、いきなり皇宮はマズかったのではないか?」
「は・・・はぁ・・・」

相手もまさか、あの胡散臭い薬の出品者が、ブリタニアの現役皇帝だとは思ってもいなかっただろう。
待ちくたびれたルルーシュは、傍に控えているジェレミアを相手に不貞腐れた顔を浮かべた。
もう少しだけ待って相手が現れなければ、ルルーシュは今回の取引を諦めるつもりでいる。
無理に売らなくても、薬の使い道は他にいくらでもあるからだ。
その目下の標的にされているとも知らずに、ジェレミアはルルーシュの傍を離れようとしない。
主君を守るのは臣下の務めとばかりに、ルルーシュの身辺警護に余念がなかった。
その緊張感を煽るように、部屋の外が急に騒がしくなったかと思ったら、ノックもなしにいきなり扉が大きく開けられた。

「大変だルルーシュ!」

そう叫びながら、部屋に飛び込んできたスザクの顔を見たルルーシュは、思いっきり嫌な顔をしている。

「今日はお前でもここに立ち入ることは禁じてあるはずだが?」
「それどころじゃない!」
「なにか・・・あったのか?」

滅多に取り乱すことのないスザクのただ事ではない様子に、ルルーシュは異変を感じて顔を歪めた。

―――よりによってこんな時に・・・。

そう言いたそうな顔だ。
「異変」そのものよりも、それによって自分の計画が妨げられることを危惧しているのだ。
世界情勢に多大な影響を与える大国の皇帝になった今でも、ルルーシュにとっては国の大事よりも自分の計画の方が余程重要らしい。

「どうしたのだ?」
「帝都の上空に怪しい機体が・・・」
「怪しい機体?敵か?」
「それはわからないんだけど・・・でも、シュナイゼル殿下の皇族専用機らしいんだ」
「シュナイゼルなら敵ではないか。とっとと叩き落して来い!」
「でも・・・」
「なんだ?なにか躊躇する理由でもあるのか?」
「護衛艦もつけずに、たった一機で乗り込んでくるなんてありえないだろう?」
「一機だろうが百機だろうがあいつと俺は今喧嘩の最中なんだぞ」
「喧嘩って・・・戦争の間違いだろう・・・」
「敵であることに違いないではないか!」
「もしかしたら、なにか別の目的があって来たんじゃないのか?」

そう言われて、ルルーシュとジェレミアは同時に顔を見合わせた。
今日、このとき、このタイミングで、敵地であるブリタニア本土にシュナイゼルが、護衛も伴わずに現れたと言うことは、すなわち、

「ルルーシュ様?ひょっとしたら、今日の取引相手と言うのは・・・」
「ああ、その可能性も否定できないな」
「では、如何いたしましょう?」
「・・・ちょっ、ちょっと待ってよ。取引って、一体何のことだい?」

真剣な顔で囁き合う二人に、今日のことを聞かされていないスザクは表情を硬直させている。
しかし、今はそれを説明している暇はない。
こうしている間にも、上空を旋回しているシュナイゼルの専用機と思しき機体は、徐々にその高度を下げつつあった。



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