愛情表現のしかた




「やぁルルーシュ。薬の出所はやはりお前だったのだね?」

つかみどころのない穏やかな笑みを浮かべながら、案内された宮殿の一室に入ってきたのは、紛れもなくシュナイゼルだった。
ブリタニアの帝都内の宮殿を取引場所に指定したにも関わらず、怯みもせずに姿を現したのも当然と言えるだろう。
しかし、半分だけとは言え、血の繋がっているこの兄とルルーシュは、今は敵対関係にある。
その敵陣の最中に護衛どころか、共の一人も連れずにやって来たシュナイゼルの無謀な行動にはなにか裏があるのではないかと、ルルーシュは疑心を抱いていた。
取引場所をこの場所に指定した時点で、頭のきれるシュナイゼルは、取引相手がルルーシュであることに気がついていたのかもしれない。
だからこそ、自分の素性がルルーシュに知られる前に取引を成立させようと、ことを急いだのだ。
シュナイゼルの思惑通りに、それは見事に成功し、ルルーシュもまさか敵対している兄を相手に商談しているとは夢にも思っていなかった。
今、この部屋にはルルーシュとシュナイゼルの二人だけしかいない。
さっきまでここにいたスザクとジェレミアを隣の部屋に控えさせて、異変があればすぐに飛び込んでくる算段になっている。
久しぶりの兄弟水入らずと言いたいところだが、この掴みどころのない兄が大っ嫌いなルルーシュの心境は穏やかではなかった。
できることなら、さっさと話をまとめて、早々に追い返したいとさえ思っている。

「ところで、ルルーシュ?」
「なんだ」
「その薬は本物なのだろうね?」
「当然だ!お前こそ、本気で取引をする気があるのか?」
「もちろんだとも。でなければわざわざ危険を冒してこんなところまで足を運ぶわけがない」

「その神経がわからない」とでも言いたそうな顔のルルーシュに、シュナイゼルはクスクスと笑っている。

「なにが可笑しい?」
「お前には物の価値というものがまったく理解できていないのだね?」
「・・・な、なんだと!?」
「考えてもみなさい。もしその薬が正真正銘の惚れ薬だとしたら、一体どれくらいの価値があるのかと言うことを・・・。私は億単位の金額を払っても安い買い物だと思っているのだよ」

そう言ったシュナイゼルの金銭感覚に、ルルーシュは呆れている。

「では、お伺いしたのだが、お前はたった一錠の薬をどのように使うつもりだ?」
「成分分析をして複製を試みても、恐らくできないのだろうね・・・?」
「それは俺もやってみたが無理だった」
「では・・・世界平和の為に、お前に飲んでもらうというのはどうだろう?」
「飲むわけないだろうがッ!」

飄飄と、本気とも冗談ともつかないことを言うシュナイゼルに、ルルーシュは今にも頭の血管が二・三本切れそうだった。
腕を組んで、思いっきり嫌そうな顔をしたルルーシュは顔を背けたまま、一度もシュナイゼルと視線を合わせていない。

「そんなに怒らなくてもいいだろう?久しぶりの水入らずだというのに、お前はどうしてそう私を嫌うのだね?」
「嫌いになるのに理由が要りますか?」
「私はお前に嫌われるようなことをした覚えはないのだが・・・?小さい頃から随分と可愛がってやっていたと思っているのだがね?なにしろこの私自らお前のオムツまで換えてやったほどなのだから」
「そ、それは・・・赤子の頃の話だろうが!頼んだ覚えはない!!」
「それだけではないだろう?覚えていないのかい?」

言われて、ルルーシュはギクリとした。

「お前が寝小便をして、マリアンヌ様にバレるのを助けてあげたこともあっただろう?あの時は私の部下を総動員して、大変だったねぇ・・・」

懐かしそうに話すシュナイゼルとは対照的に、ルルーシュの顔は蒼ざめていて、しきりに隣の部屋に続く扉の方を気にしていた。
隣の部屋では、スザクとジェレミアが耳をダンボにして、この部屋の会話を聞いていることだろう。

「ジェレミア卿、聞きましたか?シュナイゼル殿下はルルーシュの下の世話までなさっていたらしいですよ?」
「・・・く、枢木、頼むから”下の世話”と言う表現はやめてもらえないか。老人介護的な要素が感じられてルルーシュ様のイメージが損なわれてしまう・・・」
「でも、下の世話は下の世話ですよ」
「そ、そんなことよりも問題なのは、ルルーシュ様が寝小便をされたのがいつ頃の話なのか・・・気になって、これでは夜も眠れそうにない」
「まさか、本人に聞くわけにもいかないでしょうからね?」
「そんなことを私が聞いたら殺されてしまう!ここはひとつお前の口から・・・」
「僕だって嫌ですよ!」

壁に耳をつけて、囁きあっている二人の会話が、ルルーシュの耳に聞こえてくるようだった。
自分でも思い出したくもない子供の頃の恥ずかしい話を、平然と話すこの兄が、ルルーシュはやっぱり好きにはなれない。と言うより、ルルーシュの神経を逆撫でするような、シュナイゼルのこういう性格が嫌いなのだ。
敵意を剥き出しにしたルルーシュの瞳に睨まれても、シュナイゼルは平然としている。

「やっと私を見てくれたね」

見たくてシュナイゼルを見たわけではない。

「そんなことより、取引だ。買う気があるのかないのか、返事を聞かせてもらおう」

これ以上話が長引いて、シュナイゼルの口からまた子供の頃の話を持ち出されたのでは堪らないとばかりに、ルルーシュは強引に話を元に戻そうとした。
しかしシュナイゼルは、

「なにもそう急ぐことはないだろう?折角久しぶりに皇宮に来たのだから、二〜三日泊めてもらおうかな・・・」

暢気にそんなことを言い出したシュナイゼルのその肝の太さに、隣室に控えていたスザクとジェレミアさえもが驚いた。

「冗談じゃない!取引するつもりがないのならさっさと帰れ!!」

既に、隣の部屋のスザクとジェレミアの手には、瓶いっぱいの塩が用意されている。
これは予めルルーシュに言いつかっていたもので、いつでも飛び出して行って、撒き散らす用意は万端だ。

「取引しないとは言っていないだろう?」
「言っておくが、俺はそんな物騒なものは口にしないからな!俺に飲ませられない以上、この薬はお前にとって不要なもののはずだ」
「・・・と言うことは、やはりそれは本物なのだね?」

シュナイゼルの、慎重且つ疑り深い性格は、ルルーシュにも引けを取らない。

「流石は兄弟だ」

と言ったスザクの言葉を聞いたら、ルルーシュはなんと思うだろうか。
スザクの隣では、ジェレミアが深刻な表情を浮かべている。

「・・・どうか、したんですか?」
「今気がついたのだが、・・・もし、今回の取引が逆の立場で行われていたら・・・」
「逆の立場?それは、シュナイゼル殿下が出品者で、ルルーシュが落札者だったら・・・ってこと?」
「そうだ。そうした場合、ルルーシュ様はどうなされるだろう?」
「それは・・・」

ジェレミアの投げかけた疑問に、スザクは頭の中でルルーシュの取りそうな行動を予測する。
そして、辿り着いた結論は、

「多分・・・相手がシュナイゼル殿下とわかったら、ルルーシュは間違いなく、シュナイゼル殿下をおちょくりに行くだろうね・・・」
「そうなのだ・・・。だからそれはつまり・・・」
「今のシュナイゼル殿下と、同じってこと・・・ですよね?」

二人は顔を見合わせて、ごくりと生唾を飲み込んだ。
表面的には真逆の兄弟だが、その性格の根底は酷く似ている。
ジェレミアはそのことが言いたかったのだ。
そして、シュナイゼルは、皇宮への滞在を希望している。
それがどういうことなのか、わからない二人ではない。
ルルーシュ一人にさえ手を妬いているというのに、ルルーシュを更にパワーアップさせて腹の中を真っ黒に塗りつぶしたようなシュナイゼルの相手までさせられてしまうかもしれないのだ。

「と、とてもではないが、こちらの身がもたない!」
「なんとか帰ってもらう方法はないのですか?」
「いや、それは多分無理だろう。シュナイゼル殿下は一度言い出したら後には引かない方だ」
「・・・そ、それじゃぁまるでルルーシュじゃないですか!?」
「だから、さっきからそう言っているだろうが!!」

とんでもない現実に、スザクとジェレミアは本気で焦っている。
今すぐにでも飛び出して行って、シュナイゼルをグルグルの簀巻きにして、カンボジアに宅急便で送り返したい心境に駆られていた。
隣室の二人が、そんなことを考えているとは思いもしないシュナイゼルは、ルルーシュが如何に拒もうとも滞在するつもりで、寛ぎモードになっている。

―――これは本気でマズいな・・・。これ以上こいつにここに居座られては、なにを暴露されるか知れたものではない。

他人では知りえないような自分の弱みを、山ほど知っているシュナイゼルに、ルルーシュも気が気ではないらしい。
が、しかし、それまで剥き出しにしていた敵意を消して、ルルーシュは大きく息を吐いた。
シュナイゼルが一度言い出したことを、余程のことがない限り撤回しない性格なのは、ルルーシュも知っている。
諦めたようにがっくりと項垂れて、「・・・では、お茶でも一緒に如何ですか?」と、座っていた椅子から腰を上げた。
来客に備えての、茶器の用意は一応整っている。
サイドテーブルに用意されたそれを用いて、ルルーシュは自ら紅茶を淹れはじめた。

「砂糖は一つでいいのか?」

さっきまでとは打って変わって、穏やかな声でそう尋ねるルルーシュに、シュナイゼルは満足そうに微笑んでいる。
目の前に置かれたティーカップを手にして、口許に運びかけたシュナイゼルをじっと見つめるルルーシュは、「しめた」と思ったに違いない。
なぜなら、その紅茶には「惚れ薬」と称して高額な値段でシュナイゼルに売りつけようとしている、心を奪う薬が入っているからだ。
しかしシュナイゼルは、口許に運びかけたティーカップに口をつけようとはせずに、紅茶の香りを確認するように嗅いでいる。

「なかなか良い茶葉を使っているようだね・・・。この香りはスリランカの高地産紅茶だね?」

シュナイゼルの言うとおり、茶葉はスリランカのハイ・グローウンティーを使用している。
これは見栄っ張りのルルーシュが来客用に用意させたもので、スリランカ産の紅茶の中では最高級の品物だ。
その中でもわざと香りの強い茶葉を選んでシュナイゼルに出したのだが、内心では薬を入れたことが見抜かれてしまうのではないかと、口をつけるまでは、まったく油断ができない。
しばらく香りを愉しんだ後に、シュナイゼルは優雅な仕草で紅茶を口にした。

「・・・こ、これは?」

一口だけ口をつけ、シュナイゼルはじっとティーカップの中身を凝視している。

「ど、どうかしたのか?」
「この紅茶は、私の好きなヌワナ・エリヤだね・・・私はこの優雅な香りが好きなのだよ」
「あ・・・そ」

ルルーシュにとってはどうでもいいことである。
そんなことよりも、シュナイゼルが何も気づかずに、とっとと飲み干してくれることを、ルルーシュは切なる想いで期待しているのだ。
その期待を裏切って、シュナイゼルはゆっくりと時間をかけながら、紅茶を味わっている。
その間中、紅茶の薀蓄を聞かされ続けているルルーシュは、イライラと苛立つ気持ちを必死に押し殺して、シュナイゼルが一杯の紅茶を飲み終わるのをじっと待っていた。
そして、ついにその時がきた。
カップの中身がほぼ空になった瞬間に、シュナイゼルは笑みを浮かべた顔を僅かに顰めて胸の辺りをぐっと押さえたかと思ったら、目の前のテーブルの上に、ぽろりとハート型の物体が零れ落ちた。
それを待ち構えていたルルーシュが、手近にあったシュガートングで摘み上げた。
大嫌いなシュナイゼルの”心”を、素手で触れるのも嫌なのはわかるが、それをルルーシュが拾ったことに違いはない。
だからシュナイゼルは、ルルーシュに”心”を奪われたのだ。

「ジェ・・・ジェレミアッ!」

突然呼ばれて、慌てて飛び込んでいったジェレミアの目に映ったものは!?



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