王様と私



ルルーシュは、言わずと知れたジェレミアの主君である。
そのルルーシュが世界の頂点とも言える、神聖ブリタニア帝国の皇帝の座に就いたと知った時、ジェレミアは歓喜した。
しかし、皇帝即位を表明した時に、ジェレミアはルルーシュの傍にいたわけではない。
本国から遠く離れた、「エリア11」と呼ばれている、ブリタニアの占領国にいた。
黒の騎士団から、忽然と姿を消したルルーシュを、必死で探していたのだ。
「ゼロは死んだ」と、扇に聞かされても、それを信じることができず、ルルーシュの足取りを探っているうちに、ジェレミアは自分がいない間に起こった事態を知った。
シュナイゼルの計略により、正体を知られたルルーシュは、捕らえられる前になんとか逃げ出したらしい。
生きていることがわかって、安堵した矢先に、その知らせはメディアを通して、ジェレミアにもたらされた。
取るものも取らずに、遥か離れた本国にいるルルーシュの元に馳せ参じて、目通りを許されたジェレミアは、玉座に鎮座する主君の姿に、改めてルルーシュが皇帝になった実感を噛み締めた。
欲も得もなく、常に陰になってルルーシュに仕えてきたジェレミアは、ルルーシュが皇帝になるとわかっていて、傍にいたわけではない。
寧ろその逆だ。出世欲はルルーシュに仕えることになった時に、全て捨てた。
幼少の頃に放逐された皇子が、皇帝になるとは、誰も思っていなかっただろう。
それはジェレミアも同じだった。
今のジェレミアには、「棚から牡丹餅」の言葉がぴったりと当てはまる。
しかしそれは、他人の目から見た見解で、ジェレミア自身は、自分のことなどなにも考えていない。
ただもう、ルルーシュが皇帝に即位したことが、嬉しくて仕方がないのだ。
これで、薄倖の主君が幸せになれると、ジェレミアは信じて疑わない。
ルルーシュの幸福が、ジェレミアの幸福なのである。

回廊を歩くジェレミアの足取りは軽く、今にも踊りだしそうなくらいに弾んでいた。
普段の厳格な表情は微塵もなく、その顔は、胸の内からこみ上げてくる歓びに、無意識に緩んでいる。
ジェレミアが歩いてきた方とは逆の方向から、徐々にジェレミアに近づきつつある枢木スザクは、たった今任務を終えて戻ってきたばかりだった。
長い回廊の彼方からでも、幸福感を撒き散らしているジェレミアの様子は、はっきりとわかる。

「ジェレミア卿!」
「おお、枢木か。あ・・・、いやこれは失礼した。枢木卿・・・と、お呼びするべきかな?」

皇帝直属の騎士に任命されたスザクは、今やジェレミアよりも上の立場にある。
慌てて言い直したジェレミアの言葉には、嫌味は微塵も感じられなかった。
「いえそれは・・・」と、少し照れくさそうにしているスザクを、ジェレミアはニコニコと笑顔を浮かべながら見つめている。
それは、スザクの知っているジェレミアとは、まるで別人だった。

「それよりも、いつこちらへ?」
「つい先程だ。ルルーシュ様・・・いや、皇帝陛下に挨拶を済ませたばかりだ」
「そうですか」

ジェレミアがやってくるのを、首を長くして待っていたルルーシュは、さぞかし機嫌がいいことだろうと、スザクは玉座に座した親友のつまらなさそうな顔を思い浮かべる。
それにも増して、機嫌のいい目の前のジェレミアに、スザクは少し驚いていた。

「あの・・・ジェレミア卿?」
「なんだね?」
「貴方は僕を恨んではいないのですか?」
「なぜ私がキミを恨む必要があるというのだね?キミは陛下のご友人だと、先程陛下から窺ったばかりだ」
「それはそうですが。・・・その、貴方を差し置いて、陛下のラウンズに任命されたことを・・・」

スザクはてっきり恨まれていると思っていた。
しかしジェレミアは、「そんなことか」と一笑して、軽く受け流す。

「枢木卿は陛下のご友人でもあるのだし、それにルルーシュ様が皇帝陛下におなりになる為に尽力を尽くしてくれたと聞いた。キミがラウンズに抜擢されるのは当然だと思うのだが?」

ジェレミアの言葉にはまったく屈託がない。
嘗ては、ナンバーズ出のスザクを蔑み、見下していた男と同一人物だとは、到底思えないほどのギャップがあった。
「はぁ・・・」と、気の抜けた返事を返したスザクは、あまりにも別人のようなジェレミアの取り扱いに困り初めていた。
ジェレミアは、そんなスザクのことなどお構いなしに、相変わらず笑顔を絶やさない。

「・・・ジェレミア卿。申し訳ありませんが、僕これからルルーシュに報告があるのでこれで失礼させていただきます」
「ああ、気が利かずに、こんなところで引き止めて、すまないことをしたな」
「いえ・・・。それでは失礼します」

見慣れないものは心臓に悪い。
ジェレミアの笑顔など、その最たるものだ。
スザクはジェレミアに一礼して、回廊を先へと歩き出した。
少し歩いてから、ちょっとだけ気になって、後ろを振り返れば、回廊を遠ざかるジェレミアは、相変わらず幸福感を撒き散らしていた。





「私は、なんと、馬鹿だったのだろう・・・」

宮殿の一隅に居室を賜ったジェレミアは、そこで独り言を呟いていた。
昨日の喜びが嘘のように、今日は沈みきっている。
ルルーシュが皇帝になったのは事実は変らないが、ジェレミアは夢から覚めたように、現実を実感していた。
ジェレミアはまだ役職を与えられていない。
ルルーシュの率いる、新政権での立場も明確ではなく、これまでのように、ルルーシュの傍に従うことも許されていない。
C.C.や、ラウンズのスザクは当然のことながら、ロイドやセシル、それにその他大勢の人々が、常に皇帝であるルルーシュの周りを取り囲んでいる。
ジェレミアは近づくこともできずに、遠くからルルーシュを見守ることしかできなかった。
玉座に脚を組んで座る、見慣れたルルーシュの存在が、今は遠い。
「ジェレミア」と、気軽に声をかけてくれたルルーシュは、もうジェレミア一人の主君ではないのだ。
翌日も、翌々日も、ジェレミアにはなんの命も下されない。
与えられた居室で、ぼんやりと退屈な日々を送っている。
定年間際の窓際族のような扱いに、ジェレミアの胸の中に広がる喪失感は、日毎にその嵩を増した。





改革の狼煙を上げたルルーシュは忙しかった。
これまでのブリタニアの古い体制を一新させることは、様々な場所に軋轢を生じさせた。
貴族制を解体させたことで、諸侯の抵抗は激しさを増しつつある。
それに対してのルルーシュは冷徹だった。
時間も手間もかかる説得と言う手段は一切用いず、強大な武力を持ってして、それらを鎮圧させた。
攻撃的なルルーシュらしいやり方ではあるが、時間を惜しんでいる感も否めない。
実際、ルルーシュは急いでいた。
国内の内紛などには構っていられない。
忙しく動き回ることは嫌いではないルルーシュだったが、今は一刻でも早く、この忙しさから開放されたかったのだ。
玉座に座るルルーシュは、無表情な顔を作りながらも、内心では苛立っていた。
次から次へと齎される報告は、その殆どが計画の順調さを告げるものだったが、それでもルルーシュの不興は治まらない。
一通りの報告を聞き終えて、皇帝の執務室へと向かうルルーシュの後に、スザクとC.C.が続く。

「なにをそんなに苛立っているんだい?」
「別に」

怪訝そうな顔で尋ねるスザクに、ルルーシュは素っ気無い返事を返した。
その様子に、C.C.はクスクスと笑っている。
訳知り顔のC.C.に、スザクは首をかしげ、ルルーシュは忌忌しそうな舌打ちを洩らした。
執務室の机には、未処理の書類が何枚か残されていた。
それをスザクに預け、ルルーシュはなげやりに椅子に腰掛ける。
明らかに仕事をする気がないルルーシュを横目に見ながら、スザクは溜息を吐いて、渡された書類をぱらぱら捲って内容を簡単に確認した。
重要文書がないことを確認すると、それを持って皇帝の執務室を後にする。
それを見送って、C.C.は不機嫌なルルーシュの傍へと寄った。

「死にそうな顔をしていたぞ?」
「・・・なにがだ?」
「わかっているくせに・・・そうやって誤魔化しても無駄だ」
「スザクの前では余計なことは喋るな」
「体面を気にしているのか?それとも?」
「別に、ジェレミアの為じゃない」
「嘘が下手だな。・・・で、お前はあの男をどうするつもりなのだ?」
「それを今考えている・・・」
「切り捨てるなら、早い方がいい」
「そんなことは、お前に言われるまでもなく、わかっている・・・」

あまりの忙しさに、ジェレミアのことを考えているゆとりがなかったルルーシュは、その処遇を決め兼ねていた。
これから先のことを考えれば、ジェレミアをこれ以上巻き込みたくない気持ちが、ルルーシュの中にある。
しかし、ここでジェレミアを切り捨てて、万が一でも敵方に付かれてはその能力は厄介だ。
それ以前に、理由も話さずに放逐して、ジェレミアがそれを納得してくれるかどうかが問題だった。
C.C.が「死にそうな」と言った、ジェレミアの顔を思い浮かべる。
やはり簡単には納得はしないだろう、と、ルルーシュは苦笑を零した。
そして、ルルーシュも、そんなジェレミアを手放したくないのだ。
黒の騎士団に置き去りにしたジェレミアのことを、考えなかったことはない。
傍にいることが当たり前になりすぎて、手元にいない時は、不安で仕方がなかった。
だから、ジェレミアの顔を見たときは、素直に安心した。
自分が皇帝になったことを、純粋な気持ちで喜んでいるジェレミアには、今後のことは何も知らせていない。
これから先の自分達の計画を知れば、ジェレミアは悲しみと絶望の淵に立たされるだろう。
それをわかっているからこそ、ルルーシュは躊躇っている。
忙しくてそれどころではなかった、と言うのはルルーシュの言い訳だった。

「ルルーシュ・・・?」
「・・・ジェレミアを、呼んでくれ」
「どう、するつもりだ?」
「とりあえず・・・」
「とりあえず?」
「面倒なことは後回しだ」
「・・・いい加減だな」

少し呆れたようにそう言ったC.C.は、笑っている。

「ここにでいいのか?」
「いや。私室の方に待たせておくように、言ってくれ。くれぐれも言っておくが、スザクには・・・」
「隠してもすぐにバレると思うぞ?」
「なぜだ?」
「・・・お前達の関係は露骨過ぎる・・・」



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