王様と私



突然の呼び出しに、ジェレミアは困惑していた。
通された部屋は、数日前にジェレミアが、皇帝になったルルーシュと初めて対面した、ルルーシュの私室だった。
誰もいない、静かな部屋で、待たされている間のジェレミアは、生きた心地がしない。
一体なにを申し渡されるのかと、気が気ではなかった。
人の出入りの少ない、皇帝の私室に通されたと言うことは、あまり人には聞かれたくない話なのだろうと、推測できる。

―――・・・もしかしたら、私は不要・・・なのだろうか・・・?

そうジェレミアが思ったのには、理由がある。
年齢不詳のC.C.は例外だとしても、スザクをはじめ、ルルーシュの周りにいるのは、皆自分よりも年下だ。
ルルーシュの率いる新生・ブリタニア軍自体、若年層が多くを占めている。
その中では、ジェレミアは決して「若い」とは言えない。

―――ひょ・・・ひょっとしたら、定年!

皇帝が変ったことで、軍の規定も変り、これまでの定年年齢が、引き下げられたことも考えられる。
ルルーシュ自身が若いのだから、「30歳定年」と言うことも、ありえない話ではない。
だとしたら、ジェレミアはギリギリ崖っぷちの年齢だ。
定年間際の窓際族的な扱いも頷ける。
しかし、30代と言うのは、世間一般では働き盛りの年齢だ。
「いやいや、ちょっと待て」と、混乱する頭を冷静にして、ジェレミアは別の場合を想定した。

―――・・・し、新規雇用は二十歳未満とか・・・?

一度死んだことになっている今のジェレミアは、ブリタニアの軍籍外だ。
軍に戻るには新規扱いになることも考えられる。
30歳の大台に乗っての、軍への新規雇用は、やはり無理がありそうだ。
ジェレミアが考えるように、二十歳がボーダーラインだとしたら、年齢を10歳もサバを読むのは、流石にキツイ。

―――もうどうせ、身体も機械なのだから、いっそのこと整形でもして若返るか・・・。

しかしそれは外見上のことだけである。
中身は変らない。
ジェレミアが想定する、いずれの場合にしても、ルルーシュの傍にいられなくなるのは、確実だった。

「嗚呼ッ、私はどうしたらいいのだッ!?」
「・・・なにがだ?」

突然聞こえてきた声に、頭を抱えていたジェレミアは、驚いて振り返る。
いつからそこにいたのか、ジェレミアの後ろにはルルーシュが立っていた。
ルルーシュが部屋に入ってきたことも、気づかないくらいに、ジェレミアは勝手に描いた悪い妄想に、完全に嵌り込んでいたらしい。
狼狽しながら、慌てて体裁を取り繕おうとしているジェレミアを、ルルーシュは訝しそうな顔で見つめていた。
結局、どうしていいのかわからずに、その視線に居心地の悪さを感じながら、ジェレミアはルルーシュの前に跪き、いつものように頭を下げる。
その前を通り過ぎるルルーシュの動きを、窺うように上目遣いで探りながら、ジェレミアは落ち着かなかった。
ルルーシュが椅子に腰掛けたのを確認しても、ジェレミアはまだそこで、同じ姿勢のまま固まっている。
それを呆れたように見つめながら、ルルーシュは脚を高く組んで、肘掛に凭れながら頬杖をついた。

「・・・お前、また一人で回っていただろう?」

ズバリと言い当てられて、ジェレミアは返す言葉もない。
頭を下げたままのジェレミアの耳に、ルルーシュの溜息が聞こえてきた。

「相変わらずの、馬鹿っぷりだな・・・」
「も、申し訳・・・ございません・・・」
「お前が馬鹿なのは知っている。・・・別に謝る必要はない」
「・・・・・・・・・は、はい・・・」
「で、今日は、なにを考えて、ぐるぐると回っていたのだ?」
「そ・・・それは・・・」

ニヤニヤと笑みを浮かべている、ルルーシュの愉しそうな声に、ジェレミアは顔を赤くして、言葉を躊躇った。
まさか唐突に「定年ですか」とは、聞けるはずもない。

「あ、あの・・・それよりも、私に何か、用がおありだったのでは、ございませんか?」
「あ?ああ。大したことじゃないから後でいい。それよりも、お前がなにを考えていたのかが知りたい」

わざと話をはぐらかそうとしたジェレミアの目論みを、あっさりと流して、ルルーシュは好奇心を剥き出しにした瞳で、ジェレミアを見つめている。
返答に窮して、ジェレミアは困り果てた。

「どうした?俺に言えないことでも考えていたのか?」
「そ、そのようなことは・・・ありませんが・・・」
「では、聞かせてくれてもいいだろう?」
「・・・そ、それは・・・その・・・」

尚も言い渋るジェレミアはの額には、汗が滲んでいた。
それをルルーシュは、おもしろそうに観察している。
ルルーシュは、ジェレミアの考えていたことに興味がないわけではなかったが、結局ジェレミアを困らせて、愉しんでいるのだ。
しかしジェレミアには、上機嫌のルルーシュの顔を見るゆとりはない。
本当のことを言えば、ルルーシュに、また「馬鹿」と言われるに決まっている。
適当に当たり障りのない、なにか他のことを言わなければと、必死で考えているジェレミアの頭に、咄嗟に浮かんだのは、なぜかスザクの顔だった。

「あ、あの・・・陛下。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「・・・なぜ、枢木をラウンズに、なされたのですか?」
「・・・唐突だな。ひょっとして、お前・・・騎士になりたかったのか?」
「はぁ・・・い、いえ。そう言うわけでは・・・ありませんが・・・」

と言いつつも、本心を言えば、ルルーシュの騎士に自分がなりたかった気持ちは、確かにあった。
実際に、今のジェレミアには、その実力も権利もあることは確かだ。
しかし、ルルーシュの前で、そんなおこがましいことは言えない。

「それでは、逆にお前に聞くが、・・・俺がなぜ、お前をラウンズに任命しなかったのだと、思っているのだ?」
「それは・・・」
「なぜ俺が、お前ではなく、スザクをラウンズにしたと思う?」
「そ、それは、枢木が・・・わ、私なんかよりも、若いから・・・」

と、そこまで言って、ジェレミアは、うっかりと本音を洩らしたことに気づいて、「しまった」と青ざめた。
ジェレミアが本心を言わないことを、ルルーシュは最初から見通していて、わざとジェレミアの言葉を反問の形で返したのだ。
ルルーシュの誘導尋問に、引っかかってしまったことに、今更気づいても遅い。
青ざめたジェレミアの顔が、羞恥に赤く染まり、恥ずかしさのあまり、終にはその顔を深く俯けてしまった。
そして、「馬鹿」と言われる覚悟を決める。
しかし、ジェレミアの予想を裏切って、いつまで経ってもその言葉は聞こえなかった。
それどころか、ルルーシュは一言も話さない。
不審に思い、恐々と顔を上げて、ルルーシュを覗き見れば、頬杖をついたままのルルーシュは、驚いたような表情を浮かべて固まっていた。

「あ・・・の、へ、陛下・・・?」
「ジェレミア・・・?」
「は、はい」
「・・・お前・・・歳、いくつだ?」
「は・・・はぁ?・・・今年で30になりましたが・・・」
「さん、じゅう・・・」

ジェレミアの言葉を、反芻するように呟いて、ルルーシュは呆然としている。

「お前・・・そんなに年上だったのか?」
「ひょ・・・ひょっとして、ご存知なかったの、ですか・・・?」
「いや・・・俺よりも年上なのは知っていたが、実年齢は・・・知らなかった・・・」
「そ、それでは、私はクビではないのですか?」
「な、なにを言っているんだ?」
「いえ・・・30歳が定年で、新規雇用は二十歳未満で・・・その・・・」
「・・・なんだ、それは?お前、なにが言いたいんだ?」
「・・・わ、私は、てっきり解雇通告をされるものとばかり・・・」

ジェレミアがそう言った瞬間に、全てを理解したルルーシュは、突然声を上げて笑い出した。
大笑いをしているルルーシュを、しばらく呆然として見つめていたジェレミアに、「こっちにこい」と声をかけて、ルルーシュはまだ可笑しそうに笑っている。
ジェレミアは、ルルーシュの傍に寄ることを、躊躇っていた。

「俺の声が聞こえなかったのか?いつまでそこにいるつもりだ?」
「し、しかし・・・陛下・・・」
「そこでは遠いから傍に来いと言っているのだ」

ルルーシュに言われて、ジェレミアは躊躇いながらも、ようやく立ち上がった。
いつもよりルルーシュとの距離をとって、その前に膝をつく。
それを見たルルーシュは、笑うのを止めて、怪訝そうな表情を浮かべた。

「・・・なにをやっているのだ?」
「お傍へとの仰せでしたので・・・」
「お前は馬鹿か。そこじゃまだ遠いだろう?なにを遠慮しているのだ?」
「ルルーシュ様は皇帝陛下で在らせられますので、私ごときがこれ以上お傍に近づくのは不敬になります」
「今更まだそんなことを言っているのか?お前は俺のことを”マジェスティ”と呼んでいたではないか?」
「そ、それは・・・わ、私が勝手に、そうお呼びしていただけで・・・今は神聖ブリタニア帝国の皇帝陛下なのですから・・・以前とはお立場が違います」
「違わないだろ?立場など関係ない」
「しかし・・・」
「・・・だが、お前がそこまで言うのなら、仕方がない・・・。命令だ、もっと傍に寄れ」
「は、・・・はい・・・」

命令と言われては、ジェレミアはそれに逆らえない。
ルルーシュに言われたとおりに、傍に寄って、跪いて丁重に頭を下げた。
その髪を、ルルーシュの指が、優しく撫でる。
驚いて、身を強張らせたジェレミアは、それから逃げるように後ろに下がった。

「・・・ジェレミア?」
「お、お戯れは、・・・どうか、お止めください。・・・わ、私をからかって、遊んでおいでなの、ですか・・・?」

その声が震えていることに気づいて、ルルーシュは首をかしげた。
ジェレミアを泣かせるまでのことは、今日はしていないつもりだったからだ。

「どう・・・したんだ?お前、なんか変だぞ?」
「陛下の・・・お、お相手として、私は相応しくないと・・・お思いになっておいでのはずです」
「だから、今更なんでそうなるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・歳」

ぼそりと呟いたジェレミアの言葉に、ルルーシュは顔を歪めた。
そして、少し間をおいてから、「はぁッ!?」と、思いっきり呆れた声を上げた。

「お前・・・今まで散々俺とセックスしといて、今更、年齢差を気にしているのか?」
「・・・そ、それは・・・、陛下が、私の歳をご存知ではなかったので・・・」
「大体、その余所余所しい呼び方はなんなんだ?プライベートでお前に、そんな呼び方をされて、俺が喜ぶと思っているのか?」
「し、しかし・・・陛下は陛下です、から・・・」

真面目で、頭の柔軟性に乏しい、ジェレミアらしいと言えばそうなのだが、ルルーシュは本気で呆れている。

「・・・確かに、お前の歳は知らなかったし、少し驚いたのも事実だが、・・・それよりも、お前の思考回路の方が、俺には余程インパクトが強かったぞ」
「それは・・・、どういう・・・?」
「30歳で定年などと言う発想をするのは、馬鹿なお前くらいなもんだと言っているんだ!」

それを言われると、ジェレミアには返す言葉が見つからない。
項垂れているジェレミアを見下ろしがなら、ルルーシュがゆっくりと腰を上げた。
ジェレミアの前で仁王立ちになり、その襟元をぐいと掴み上げる。

「ル・・・ルルーシュ、さま!?」

襟元を強く引かれて、呆然と見上げたルルーシュの顔が、少し意地の悪い笑みを浮かべていた。

「どうした?陛下、とは呼ばないのか?」

見慣れたその表情に、ジェレミアはそれまで抑えていたものが溢れだすのを止められない。
膝立ちのまま、目の前のルルーシュの腰に腕を回して、縋るようにその身体を抱きしめた。
「ルルーシュ様」と、確認するようにもう一度名前を呼んでも、ルルーシュはそれ以上の皮肉は言わない。

「ジェレミア・・・」
「はい。ルルーシュ様」
「これまで通り、俺の傍にいてくれるか?」
「はい。ルルーシュ様のお傍に・・・私は、ずっとルルーシュ様のお傍に仕えさせていただきます」

それに対しての明確な返事を、ルルーシュはジェレミアに返さなかったけれども、代わりに、縋るジェレミアを優しく抱き返してくれた。
ジェレミアにとって、今はそれだけで充分だった。

「俺のために、お前にはまだまだ役に立ってもらうぞ?」
「はい。ルルーシュ様のお役に立てるのでしたら、私はどんなことでもいたします」
「・・・そうか?では・・・」

と、そう言いかけた、ルルーシュの次の言葉は予想がついた。
いつもなら逃げ腰になるジェレミアは、今日はルルーシュに抱きついたまま離れない。

「・・・今日は、嫌がらないんだな?」
「ルルーシュ様の・・・お、お役に立つと、言いましたから・・・」

顔を埋めているジェレミアの表情は、ルルーシュからはわからなかったが、その声の感じから恥らっている様子は窺える。

「ちゃんとお前の歳を考慮して、労わってやるから安心しろ」
「・・・は?」
「避妊具でも着けてしてみるか?」
「・・・あ、あの・・・それは・・・あまり意味がないのでは・・・」
「なんだ?お前はナマの方がいいのか?」
「・・・ル、ルルーシュ様・・・その露骨な言い方は、や、やめていただけますか・・・?」

ルルーシュはクスクスと、可笑しそうに笑っている。

「そう言えば、C.C.にも言われたぞ。俺とお前は露骨過ぎるとか・・・」
「そ、それは・・・一体・・・?」
「さぁな・・・?それがわからん・・・」

人前では関係を悟られない自信は、ルルーシュにもジェレミアにもある。
主君と、それに忠実な臣下の関係は、上辺だけのカモフラージュではないのだから当然だ。
しかし、それは自分達が思っているだけで、他人からはどう見えているのかまでは、わからない。

「俺は別に、誰に知られても構わないが・・・」
「そ、それは困ります!」
「・・・お前がそう言うだろうと思って、C.C.には口止めをしておいたから、安心しろ」

その言葉に、ジェレミアは安堵して、ルルーシュには絶対の自信が窺える。
自分達の世界に入り込んでいる、この二人は、意外にも、世間の視線に疎いようだった。



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