裏切りの罪と罰
「どうしたというのだ!?俺の命令を忘れていただと?そんな言い訳が通用すると思っているのか!?」
怒りを露にしたルルーシュに、ジェレミアは深く頭を下げて、返事をすることもなく黙ったままその怒りの言葉を聞いていた。
仁王立ちになっているルルーシュの前で、ジェレミアは一度も顔を上げようとはしない。
「顔を上げろ」と命じられても俯いたままで、一度もルルーシュと視線を合わせようとはしなかった。
「お前、何か疚しいことでもあるのか?」
「そ、そのようなことは、ございません・・・。この度の失態は全て私の責任ですので、どうぞルルーシュ様のお気の済むように処罰をお与えください」
「処罰だと?」
「はい」
「お前は処罰されることを望んでいるのか?」
「・・・はい。失態の責任は取らねばなりません」
ルルーシュは眉間に皺を寄せて、訝しげにジェレミアを見つめた。
命令をすっぽかすなどという大それたことは今までになかったことだが、これまでに何度かルルーシュの逆鱗に触れたことのあるジェレミアは、許しを乞うことはあっても罰を望むことは一度もなかった。
何かがおかしいと、ルルーシュはジェレミアのその態度に確かな違和感を感じた。
ルルーシュに呼び出されて部屋に入ってきたときから、ジェレミアは俯いたままだった。
だからその表情はよくわからなかったし、ルルーシュはそれを気にも留めていなかった。
しかし冷静になって考えてみると、俯いていると言うことは視線を合わせられない後ろめたさの現われであると考えられるし、叱られるのを覚悟してやってきたとも受け取れる。
だとしたらジェレミアの「忘れていた」と言う言い訳は明らかな嘘だ。
なにかの事情があって、ルルーシュに言われていた命令を意図的にすっぽかしたのではないかと考えても、筋が通らない話ではない。
だとしたら、主君の命令よりも大事なジェレミアの事情とは何なのだろう。
腕を組んで、俯いたままのジェレミアをじっと見つめる。
何も言葉を発しないルルーシュの視線を受けて、ジェレミアは身を縮めるように下げた頭を更に低くした。
怒りに駆られているルルーシュに、ジェレミアが萎縮するのは珍しいことではないが、今目の前にいるジェレミアは萎縮していると言うよりも、怯えきっている様子だった。
主君に畏れを抱かない臣下はいない。主に対する畏れを失くしたら、それを臣下とは呼ばないだろう。
しかし、「畏れ」と「怯え」は似ているようで、まったく違う。
今のジェレミアは、畏れているのではなく怯えているのだ。
「お前は俺に叱られるのがそんなに怖いのか?」
「・・・はい。ですが、私がルルーシュ様のお怒りに触れるようなことをしたのですから、それは仕方のないことです」
「では、なぜ俺が怒るとわかっていて、命令をすっぽかした?」
「わ、わざとではございません。・・・うっかりと忘れてしまっていたのです」
「嘘を吐くな!」
「・・・嘘では、ございません。本当に忘れていたのです」
「俺に嘘を吐いていないと言うのなら、お前はなぜ顔を上げようとしないのだ?」
「そ、それは・・・ルルーシュ様のご期待を裏切ってしまった私には、ルルーシュ様に合わせる顔がありません」
そう言ったジェレミアの本心を探るように、ルルーシュは身を縮めているジェレミアをじっと見つめた。
「お前、何を隠している?」
ルルーシュの言葉にジェレミアの肩が僅かに震えた。
それが動揺の表れであることは明白だった。
「私は何も隠してなどいません」と言ったジェレミアの声にも、明らかな狼狽の色が窺える。
ジェレミアに知られたくない秘密があるのなら、それを追求したところで素直に白状するとは思えなかった。
「もういい。お前の処分はとりあえず保留にしておく。しばらく謹慎していろ」
「・・・は、はい」
「下がっていいぞ」と、ルルーシュはジェレミアに背中を向けた。
ジェレミアがこそこそと逃げるように部屋を出て行く。
それと入れ違いになるように、ジェレミアが出て行った扉とは別の扉からC.C.が姿を現した。
ルルーシュはそれを気にすることなく椅子に腰掛けて、顎の辺りで手を組んで何かを考え込んでいる。
「なんだ、お前はそんなにあの男の隠し事が気になるのか?」
「盗み聞きとは趣味が良くないな・・・」
「別に。聞きたくて聞いていたわけではない。たまたま隣にいたらお前達の話が聞こえただけだ」
「そうか・・・」
「・・・それでお前はどうするのだ?」
「どうする、とは?」
「ジェレミアを処罰するつもりか?」
「命令をすっぽかしたのは事実だからな。甘やかすわけにはいかない」
「お前はおかしいと思わないのか?お前に従順なあの男が命令をすっぽかすなど、ありえない。お前もそう思うから悩んでいるのだろう?」
「しかし・・・本人が理由を話そうとしないんだから仕方ないだろう!?」
「私が力を、貸してやろうか?」
「言いたくない秘密を無理に詮索するつもりはない・・・」
「だが、知らなければ理解できないのも事実だろう?」
「それは・・・」と、ルルーシュは言葉につまった。
C.C.の言っていることは間違っていない。
考え込んでいた顔を上げると、いつの間にそこに来たのか、目の前にはC.C.が立っていた。
「この貸しはツケにしておいてやるから安心しろ」
そう言ってC.C.は、愉しげな魔女の笑みを浮かべていた。
自室に戻ってもジェレミアの憂鬱は晴れなかった。
処罰を求めたジェレミアにルルーシュは処分保留のままとりあえず謹慎を命じた。
何事に対しても即決することの多いルルーシュにしては珍しいことだ。
だから余計に不安だった。
ルルーシュの言葉に動揺を隠し切れなかったジェレミアは、何かを感づかれてしまったのではないのだろうかと、危惧している。
重い処罰を言い渡された方が余程気が楽だったろう。
「二度と顔を出すな」と言われてしまった方が諦めもつく。
秘密を知られて軽蔑されるよりも、ずっとマシだ。
ジェレミアは重い溜息を吐いて、さっきから頻繁に鳴っている携帯端末を恨めしげに睨みつけた。
発信者は恐らくジェレミアの立場を追い詰めている男だろう。
うっかりと出てしまえば、間違いなく呼び出されて、理不尽な要求を突きつけてくることは目に見えてわかっている。
謹慎処分を受けている身でありながら外を出歩くことは、またしても命令違反を犯すことになる。
ジェレミアはこれ以上主を蔑ろにするような行動はできなかった。
ディートハルトの怒りは覚悟している。
何を要求されても、ゼロの正体を明かすこと以外のことだったら甘んじて受けるつもりでいた。
丸一日を沈んだ気持ちで過ごして、深夜になってからジェレミアはようやく束の間の眠りに就いた。
しかしそれもジェレミアに安息を与えてくれることはない。
浅い眠りの中で、ジェレミアの中にあったこれまでの贖罪が次々と目の前に再現される生々しい悪夢に魘された。
夢の中のこととは言え、それは全て現実に起きたことだった。
今まで生きてきて、楽しいことや嬉しかったこともあったはずなのに、そんなものは一片もでてこない。
夢の中で再生されるのは思い出したくもないようなことばかりなのである。
これ以上の悪い夢はなかった。
「ジェレミア!?」
呼ばれて身体を揺すられる感覚を感じて、ジェレミアの意識がその悪夢から現実へと呼び戻される。
はっきりと覚醒した意識で瞼を開ければ、目の前にはルルーシュがいた。
心配そうに顔を覗き込み、汗で濡れた額に張りついたジェレミアの前髪をルルーシュの指が優しく掻き上げる。
こっちが現実だと気づき、一瞬の安堵にジェレミアは溜息を吐いた。
しかしなぜルルーシュがここにいるのか。
悪夢に魘されていた自分はなにか余計なことを言わなかっただろうか。
一瞬の安堵の後に、ジェレミアは急に不安になった。
その不安を察したのか、ルルーシュは穏やかな表情でジェレミアを見ている。
「声をかけたのだが、返事がなかったので勝手に入らせてもらった。すまなかったな」
「・・・いえ、それは・・・構いませんが・・・」
「随分と魘されていたようだったが、悪い夢でも見たのか?」
「・・・いえ、・・・その・・・わ、私は何かうわ言を、言っていたのでしょうか・・・?」
「いや。俺が来たのはついさっきだから、気がつかなかったが?」
「そうですか」とジェレミアは安堵の息を吐いた。
身体を起こそうとしたジェレミアに「そのままでいい」とルルーシュはベッドの端に腰を下ろす。
躊躇うように視線を床に向けて、ルルーシュは黙っていた。
何を考えているのか。
何か言い難いことを告げに来たのか。
沈黙の中で、ジェレミアの頭の中に再び不安が過ぎる。
黙ったままのルルーシュの横顔を見ても、その心中はジェレミアには計れない。
目の前の主のように、その心を隠し通すことに長けていたのなら、こんなことにはならなかったのだろう。
そんなことを思ってみても、現実が変るわけではないことはジェレミアにもわかりきっている。
沈黙に耐え兼ねて、「ルルーシュ様?」と声をかければ、ルルーシュはゆっくりとした動作でジェレミアに視線を向けた。
「実は・・・お前に頼みがあってきたのだが・・・、聞いてくれるか?」
「・・・は、はい。ルルーシュ様のご命令ならば、どのようなことでもいたします」
ジェレミアは横たえていた身体を起こして、主の次の言葉を待った。
「実は少し厄介なことに巻き込まれてしまってな。しばらく俺の身辺警護を頼みたいのだが?」
「警護・・・ですか?」
「そうだ。傍にいて俺の身の安全を守ってもらいたい」
ジェレミアにとって、それはルルーシュの信頼を回復する絶好の好機だ。
断る理由などどこにもない。
それにルルーシュの傍にいれば、人目を憚ってジェレミアに脅しをかけているディートハルトは近づいてこれないはずだ。
ジェレミアにとって、それは正に一石二鳥の命令だった。
しかし不安がまったくないわけではない。
ルルーシュを守りきる絶対の自信は持っているが、一度命令に背いた自分がルルーシュの傍にいてもいいのだろうか。
「あ、あの・・・そのような重要な役目を、私などが引き受けてもよろしいのでしょうか?」
「こんなことは俺の素性を知っているお前にしか頼めない。・・・引き受けてくれるか?」
「も、もちろんです!よろこんでルルーシュ様を警護させていただきます!」
「そうか。お前なら安心だ」
ルルーシュの言葉に、ジェレミアは水を得た魚のように、生き生きとした表情を浮かべている。
昨日とはまったくの別人だ。
真面目で純粋なジェレミアはルルーシュの前で素直に喜怒哀楽を表現することができる。
真っ直ぐすぎて少し融通の利かないところもあるが、それも「ジェレミア」という個人の人格を構成するのには重要な要因だと考えているルルーシュは、それを否定するつもりはない。
否定しないと言うことは、受け入れると言うことだ。
だから、その融通の利かない性格の所為で生じた禍にとり憑かれているジェレミアを見捨てることなど、ルルーシュにはできなかった。
「では、お前の謹慎処分は取り止めだ。。五分だけ時間をやるから、急いで準備をしろ」
「は、はい!」
ベッドから飛び降りて、ジェレミアはきびきびとした動作で身支度を整える。
そして指定されたきっちり五分後にジェレミアはルルーシュの前で膝をついていた。
「よし」と満足そうに頷いて、ゼロの仮面を被ったルルーシュは、ジェレミアに背中を向けて歩き出す。
その数歩後ろにジェレミアは従った。
ゼロの部屋で、今後の行動予定や移動ルートなどにについて綿密な打ち合わせが行われた。
ジェレミアは真剣な顔でルルーシュの話を聞いている。
そして最後に、真新しい携帯端末がジェレミアの前に置かれた。
「これは?」
「今使っている端末から必要なデータだけをこっちに移行して後は全部消去しろ。情報漏洩を防止する為だ。古い端末は俺が処分する」
「はい。・・・しかし、そこまでする必要があるのでしょうか?」
「念のためだ。いいか、新しい端末の番号は絶対に誰にも教えるんじゃないぞ。発信はすべて非通知で行え」
「か、畏まりました」
「それから、その端末の情報はすべてこっちのホスト側でチェックする。そのつもりでいろ」
「そ、それは構いませんが・・・」
やはりルルーシュはジェレミアを信用していないのだろう。
ジェレミアは暗い顔をした。
「言っておくが、失態は絶対に許されない。俺の命が掛かっていると思え!」
信用されているとかいないとか、そんな些細なことを気にしている場合ではない。
主君の命がかかっているのだ。
だから、ルルーシュの言うとおり、失態は絶対に許されない。
ことの重大さを改めて実感したジェレミアの表情が緊張に引き締まる。
それを確認して、ルルーシュは「では、行こうか」と立ち上がった。
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