裏切りの罪と罰
ディートハルトは忌忌しげにゼロを睨み見ていた。
椅子に腰掛け背凭れに背中を預けていつもと同じ格好で足を組んでいるゼロの斜め後ろにはジェレミアが立っている。
黒の騎士団の重要な会議の場まで、ゼロはジェレミアを同行させていた。
しかし会議はまだ始まっていない。
出席者全員が顔を揃え、ざわざわとした雑談のざわめきが広い部屋に広がっていた。
「ゼロ」と、その騒音を割ってディートハルトが声を上げる。
その声に辺りのざわめきは一瞬で静まった。
皆ディートハルトを注目している。
「なぜその男がこの場にいるのです!?」
「その男とは、オレンジのことか?」
「そうです。これからの戦略を決める重要な会議の場に、そのような得体の知れない男を参加させるのはどうかと思いますが?」
「スパイの可能性があると、お前は言いたいのか?」
「いえ、そこまでは言いませんが、しかし新参者のブリタニア人をこの場に同席させるのはどうかと、私は意見を述べているのです」
「彼は私の大事な協力者だ。枢木スザク強奪の時のこの男の働きは皆も知っているだろう?」
「し、しかしあれは・・・」
確かに、あの時のジェレミアは結果的にゼロに手を貸している。
しかしあの時点でジェレミアがゼロの協力者であったのかとなると、はかなり腑に落ちない点が多い。
ディートハルトは納得できなかった。
「では会議を始める前にこの男の会議への同席を認めるか否か、ここにいる皆に意見を聞こうではないか」
納得のいかない顔をしているディートハルトに、ゼロはそう言って一同の顔を見渡した。
室内はしんと静まり返っている。
発言をする者は誰もいない。
「どうした?誰も意見がないのか?誰も何も言わないと言うことはオレンジの同席を認めると判断させてもらうが?・・・どうだ扇」
「え!?・・・いや、その・・・ゼロが同席を希望するなら俺達は別に・・・、・・・なぁ、みんなそうだろう?」
突然振られて、扇は慌てた様子で周りに意見を求めた。
頼りないその様子に、ゼロは仮面の中で苦笑を浮かべる。
結局誰が何を言ってもゼロが意思を曲げないことは、その場にいる誰もが知っているのだ。
例え誰かが何かを言ったとしても、ゼロに理詰めの論争を展開されれば、それに反論することは不可能だった。
ゼロの弁の上手さには誰も敵わない。
だから誰も無駄な意見を言わないことは、ゼロが一番良く知っている。
「では、会議を始めよう」
ゼロのその一言で、自分の意見をあっさりと却下されてしまったディートハルトは、渋い顔を浮かべて舌打ちをした。
ゼロの斜め後ろには背筋をピンと伸ばした正しい姿勢のジェレミアが微動だにせずに立っている。
ジェレミアはディートハルトと一度も視線を合わせようとはしない。
常に緊張感を湛えて、ゼロの傍に控えている。
つい数日前までは、おどおどと怯えながら自分の言いなりになっていたジェレミアとはまったくの別人のようだった。
それがディートハルトにはおもしろくない。
その憂さをジェレミアで発散しようと思っても、常にゼロの傍にいるジェレミアには手出しができなかった。
呼び出そうにも携帯もまったく繋がらないのだから、正に手も足も出ないのだ。
僅かな時間でもジェレミアをゼロから引き離して、その一瞬の隙をついて無理矢理約束を取り付けさせようと考えたのだが、その計画もゼロによって阻まれてしまった。
ディートハルトの打つ手は完全に封じられている。
せめてゼロの正体を知ることができたなら、方法もいろいろと考えることができるのだろうが、肝心のゼロの正体については不明のままだった。
ゼロの正体を知るためにジェレミアを脅していたはずのディートハルトだったが、今はその目的と手段があべこべになっている。
頭に血が上ったディートハルトはそれに気づいていない。
会議の間、ディートハルトはずっと無言だった。
意見を求められても曖昧な返事をするだけで、会議にまったく集中していない。
苛立ちと憎悪を交えた視線で、ゼロとその傍に控えているジェレミアをじっと見つめては、苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべている。
それを仮面の下から窺っていたルルーシュは、口許に静かな暗い笑みを湛えた。
ルルーシュはディートハルトがジェレミアを脅していた事実をすでに知っていた。
では、ルルーシュはどうやってそのことを知ったのか。
種明かしは、C.C.の特殊な能力のお蔭なのである。
人の心の中を垣間見ることのできるその力は、大いにルルーシュの役に立った。
ただし、能力を発動している時のC.C.にはそれは見えていない。
C.C.に触れられた本人と、能力を使っているC.C.に接触した者だけに有効なのだ。
「接触テレパス」とでも言うべき能力だろうか。
眠っているジェレミアにその力を使い、ディートハルトがジェレミアを脅している事実を知り得たルルーシュは、腸が煮えくり返るほどの怒りに駆られた。
無論その怒りはジェレミアにではなく、脅しをかけているディートハルトに対してである。
だから、ジェレミアの身の安全とディートハルトの陰謀の尻尾を掴むために、咄嗟の策を弄したのだった。
四六時中ゼロの傍にジェレミアを置いておけば、ディートハルトには手出しができない。
ジェレミアが使用していた携帯はルルーシュによって廃棄されている。
ジェレミアの新しい端末の番号は誰も知らない。
例えディートハルトが新しい番号を知ったとしても、着信をホスト側ですべて管理しているので、ディートハルトからは繋がらないようになっていた。
完璧にジェレミアとの接点を断って、痺れを切らしたディートハルトを炙り出そうと考えたのだ。
しかもルルーシュはジェレミアにそのことを話していない。
この計画が終了するまでは、ジェレミアには話さないつもりでいる。
その方が効果的だからだ。
だからジェレミアは、疑いもせずにルルーシュの警護をしっかりと勤めている。
「狙われている」と言ったルルーシュの言葉を信じきっているのだ。
まさか自分が警護しているルルーシュに、逆に守られているとは思ってもいないだろう。
ルルーシュの予想通り、ゼロの傍にジェレミアを控えさせるようにしてからまだ三日ほどしか経っていないにもかかわらず、ディートハルトは痺れを切らし始めた。
会議の場において、ゼロに意見してきたのが何よりの証拠だ。
ディートハルトのジェレミアに対する執心ぶりが窺える。
ルルーシュは口許を歪ませて苦笑を浮かべた。
しかしその瞳には殺意にも似た激しい怒りが滲み出ている。
仮面の下に隠されたそれに、ディートハルトは気づいていない。
それから、更に五日が経過した。
ジェレミアは相変わらずゼロにぴったりと張りついて、主の身辺警護に余念がない。
心配していたルルーシュを狙う暗殺者は一向に姿を現す気配を見せなかったが、それでもいつどこから仕掛けてくるかわからないそれをジェレミアは警戒し続けている。
それとは対照的に、いつもと変らないリラックスした様子のルルーシュに、ジェレミアは流石に首を傾げはじめていた。
「ルルーシュ様?」
「なんだ?」
「あの・・・本当にお命を狙われておいでなのでしょうか?」
「ああ?・・・そう言えば、そうだったな・・・」
「・・・は?」
不思議そうな顔をしているジェレミアに、ルルーシュは「そろそろ頃合か」と独り言を呟く。
「あ、あの・・・?」
「なんでもない。お前に見張られているのもそろそろ飽きてきたし、そうだな・・・今日一日でお前の任を解くことにしよう」
「は、はい・・・もう終わりなんですね・・・」
「なんだ?不服か?」
「・・・いえ。そのようなことは、ありませんが・・・」
ジェレミアの表情は暗かった。
ルルーシュはそれに構わず、携帯を取り出してどこかに電話を掛けだした。
「扇か?私だ。明日急用があって出掛けたいのだが蜃気楼は出せそうか?・・・ああそうだ。護衛はいらない。蜃気楼だけでいい。ではそのように手配してくれ。頼んだぞ」
「ルルーシュ様・・・明日どこかへお出かけになるのですか?」
「野暮用があってな」
「わ、私もご一緒させていただくことはできませんか?」
「駄目だ。お前は自室で待機していてくれ」
「待機、ですか」と、震える声でそう言ったジェレミアは絶望的な顔をしている。
それを見て、ルルーシュはニヤリと笑みを浮かべた。
その顔は、ルルーシュが何かを企んでいる時の顔だった。
しかし今のジェレミアにはそれを詮索する余裕はない。
僅かな時間でもルルーシュの傍を離れれば、その隙を突いてディートハルトに脅しをかけられるのは明白だった。
例え自室に篭っていても、それは逃れられない。
束の間の安息の時間は今日で終わりだ。
「ルルーシュ様・・・」
縋るような声で名前を呼ぶジェレミアに、ルルーシュは穏やかな笑みを向ける。
「大丈夫だ。悪い夢はもうすぐ終わる・・・」
そう言ってルルーシュはジェレミアの髪を優しく撫でた。
日付の変った午前零時丁度に、ルルーシュの警護の任を解かれたジェレミアは、そのまま自室での待機を命じられた。
恐怖と不安に怯えながらジェレミアは一睡もできずに、憂鬱な気持ちのまま朝を迎えた。
時計を見れば9時を回っている。
毎朝行われる定例の打ち合わせが既に始まっている時間だった。
昨日まではジェレミアもゼロに同行していたそれには、ディートハルトも出席しているはずである。
だから、ジェレミアがゼロの傍にいないことは、もう知られてしまっているはずだ。
携帯で連絡が取れない以上、恐らくここに直接乗り込んでくるだろう。
ルルーシュに待機とさえ言われなければ、ジェレミアはすぐにでもここから逃げ出している。
それができないジェレミアには、諦めることしかできなかった。
会議から戻ったゼロは仮面を外してルルーシュに戻った。
その横にはルルーシュと同じゼロの服を身に着けたC.C.の姿がある。
「首尾はどうだった?」
「上々だ。俺の傍にジェレミアがいないのが余程うれしいらしい」
「罠に嵌められているとも知らずに、馬鹿な男だ」
「喧嘩を売っている相手が誰なのか、たっぷりと思い知らせてやる!」
「・・・お前、怖いな・・・」
「お前ほどじゃない。・・・ところで、そっちの方はどうだ?俺が頼んだことをちゃんとやってくれたんだろうな?」
「当然」と、C.C.は小型の受信機をルルーシュの前に置いた。
「感度も良好だし、見つかる心配のない場所に仕掛けたから安心しろ」
「そうか。では、お前にはもうひと働きしてもらうとしよう」
「・・・相変わらず人使いが荒いな」
そう言って、C.C.はゼロの仮面を着けると、部屋から姿を消した。
それを見送って、ルルーシュは机の上の端末を操作し始めた。
艦内セキュリティーはゼロがいつでも確認できるようになっている。
至るところに仕掛けてあるカメラの映像をその端末に呼び出すと、数箇所のカメラを指定してマルチで画面に映し出した。
一つはゼロになっているC.C.の様子を。
一つはディートハルトの様子を。
そしてもう一つはジェレミアの部屋の前の様子を、それぞれ映し出している。
C.C.には予め移動するルートは言ってあるので、その姿を捉えることは難しくはない。
問題はディートハルトだった。
昨日のうちに扇には「明日外出する」と言ってあるので、その情報がディートハルトにも伝わっているはずだ。
ジェレミアが同行しないことも、多分知っているだろう。
だとしたら、ゼロが蜃気楼で艦から離れたのを確認するはずだ。
どれくらいでゼロが戻るかまでは知らせていないのだから、時間を惜しむはずである。
その読みは見事に的中した。
格納庫に向かうゼロを待ち構えていたかのように、ゼロに化けているC.C.の前にディートハルトが姿を現した。
通りがけの偶然を装ってはいるが、明らかに不自然だ。
端末に映し出された映像では音声は拾えなかったが、しきりにゼロに何かを話しかけている。
恐らく、「どこに行くのか」とか「どれくらいで戻るのか」とか、自分の知りたい情報を探りに掛かっているに違いない。
しかしゼロになりきっているC.C.はそれを相手にしないで歩き続けている。
ディートハルトの行動を予測して、そう言う風にするように、C.C.には予め指示をしておいた。
ディートハルトはご丁寧にも蜃気楼が発艦するのを見届けてから、行動を開始した。
ゼロとC.C.が入れ替わっているとは気づいていない。
それを画面で確認して、念の入ったことだとルルーシュは苦笑を浮かべる。
しばらくして、ジェレミアの部屋の前を映し出していた画面にディートハルトの姿が捉えられた。
ルルーシュはそれを思いきり不機嫌な顔でじっと見つめている。
やがてその姿が部屋の中に消えると、ルルーシュは徐に腰掛けていた椅子から立ち上がった。
各個の部屋の中にはプライバシー保護の為にカメラは仕掛けられていない。
普段あまり使われることのないジェレミアの部屋にも、例外なくカメラは仕掛けられていなかった。
だから、中の様子を知る手段はC.C.に渡された盗聴用の受信機を頼るしかない。
ジェレミアがいない隙を狙って、予め盗聴機を仕掛けさせておいたのだ。
手元にある受信機のスイッチを入れると、どこに仕掛けたのか、中の会話は意外なほどクリアにルルーシュの耳に届いた。
聞こえてきたその会話は、間違いなくディートハルトがジェレミアを脅迫している内容だった。
「随分と手間をかけさせてくれますね?私はてっきり貴方がゼロに告げ口をしたのかと思っていましたよ」
「しかし」とディートハルトは口許に笑みを湛える。
「こうやって貴方をここに置き去りにするところを見ると、どうやら私の取り越し苦労だったようですね。それとも見捨てられただけなのでしょうか?」
「そ、そんなことは・・・。私はゼロにお前のことなど一言も言っていない!」
「そのようですね。私のことをゼロに話せば、貴方は身の破滅だ。だから言わなかったのではなく、言えなかったのではありませんか?」
「それは、お前も同じではないのか!?」
「私は大丈夫。ゼロの信頼をしっかりと得ていますから。でも貴方はどうでしょう?ゼロの期待を裏切って、私との密事を選んだ貴方はゼロの信頼を得られているのでしょうか?」
ジェレミアは凍りついた。
ゼロに、ルルーシュに信頼されていないことは、ディートハルトに言われるまでもなく、自分が一番よく理解している。
理解はしていても、それを他人の口から聞かされて再認識させられると、ジェレミアは深い絶望に打ちのめされた。
下を向いて震えているジェレミアの姿に、ディートハルトはしてやったりの笑みを浮かべる。
「もう貴方は私から逃げられないのですよ?いい加減観念してゼロの正体を教えたらいかがですか?・・・ねぇオレンジ君?」
そう呼ばれて、ジェレミアの震えがぴたりと止んだ。
ぎこちない動きでゆっくりと顔を上げると、ディートハルトを鋭い視線で睨みつけた。
屈辱よりも激しい怒りをありありと浮かべたその瞳に気づいていながら、ディートハルトは更に追い討ちをかける。
「ゼロが貴方をそう呼ぶように、私も親しみをこめて貴方をオレンジ君と呼ばせてもらうことにしましょう。異存はありませんよね?」
「・・・そ、その名前は・・・」
「屈辱的ですか?」
「それは、私の・・・」
その呼び名はジェレミアが主君に与えてもらった、大切な名前だ。
ゼロの時のルルーシュがよく使うその呼び名は、ゼロの正体を知らなかった時のジェレミアには屈辱でしかなかったが、今は違う。
ジェレミアにとっては、何よりも大切な名前なのである。
ゼロは決して悪意を持ってその名でジェレミアを呼んでいるわけではない。
「オレンジ」と呼ぶ時のゼロの声は、ジェレミアに優しいのだ。
だから、許せなかった。
ルルーシュにもらった大切な名前を卑劣な男に汚されて、胸が締め付けられるような激しい痛みを感じた。
頭に血が上って思考が真っ白になって、理性も自制心も怒り以外の感情さえも一瞬で吹き飛んだジェレミアは、自分でも何がなんだかわからないままに、気がつけば目の前のディートハルトの頚部を強く掴み絞めていた。
いくらもがいてもどうにもならないほどの強い力で、ジェレミアの片手はディートハルトの気道をギリギリと圧迫し続けた。
その気になれば一瞬で絞め殺すことも可能だったが、ジェレミアはそうしようとはせずに、じわりじわりと喉元を絞めつける手に力を加えていった。
初めからこうしておけばよかったのだと、喉元を絞め上げる片腕だけでディートハルトの身体を宙吊りにして、ジェレミアは嘲りの笑みを浮かべている。
抗うディートハルトの力が徐々に弱まり、ジェレミアの腕を掴んでいた手がだらりと落ちた。
「そこまでだ」
意識の薄れたディートハルトの耳にその声が聞こえていたかどうかは不明だったが、人を絞め殺す狂気の最中にいたジェレミアにははっきりと届いていたのだろう。
頚部を絞めつけていたジェレミアの動きが止まった。
ディートハルトを宙吊りにしたそのままの格好でゆっくりと声の方へと視線を向ける。
部屋の入り口には、いつの間にかゼロが佇んでいた。
目を見開いて驚いた様子のジェレミアに「手を離してやれ」と命じて、ゼロはジェレミアの様子を窺っている。
ドサリと重たい音がして、ジェレミアの手から離れたディートハルトの身体が床に転がった。
圧迫されていた気道を開放されて、ディートハルトは咽るように激しく咳き込んでいる。
「ジェレミア」と厳しい声で呼ばれて、ジェレミアはゼロの前に膝をつき、深く頭を下げた。
本来なら、ゼロに対してそう言った行動をとることは禁じられていたのだが、思いがけない厳しい声と口調に、ジェレミアは条件反射的に頭を下げてしまったのだ。
しかしゼロはそれを咎めなかった。
「この有様は一体何事だ!?」
「それは・・・」
「こ、この男が突然私を殺そうとしたのです!」
なんとか息を整えたディートハルトが、床から身体を起こしてジェレミアを指した。
「本当か?」
「はい。間違いございません・・・」
ゼロに問われて、ジェレミアは言い訳を一切せずにそれを認めた。
立ち上がったディートハルトがゼロの横に並んでジェレミアを見下ろしている。
「この男は貴方の傍には相応しくありません!」
「なぜそう言い切れるのだ?」
「この男、・・・ジェレミア卿は、貴方が殺したクロヴィスと情を通じていたのです」
怒りに駆られたディートハルトによって、ジェレミアの知られたくない秘密はゼロの前で暴露されてしまった。
しかしジェレミアは怯えてはいなかった。
ディートハルトを殺そうと決意したときに、既に全てを諦める覚悟はできていたのだ。
だから言い訳も謝罪も一切しない。
ゼロが何も躊躇わずに自分を処罰できるようにと、ジェレミアはジェレミアなりに考えての行動だった。
頭を下げたまま、これがルルーシュに対する自分のできる最後の忠義の在り方なのだと、ジェレミアは思い窮めていた。
しかし、ゼロは「それが、どうかしたのか?」とあっさりとディートハルトの言葉を受け流した。
「こ、この男は、クロヴィスの敵を討つために貴方の命を狙っているのです!間違いありません!貴方はこんな男を信用すると言うのですか?」
「クロヴィスの敵を討つだと?笑わせてくれるな・・・」
「・・・は?・・・い、一体なにが可笑しいと言うのですか!?」
「私がオレンジに殺されると、お前は本気で思っているのか?」
「し、しかし・・・」
「人間とは欲深い。部下はより優秀な上司に仕えたがるのが世の常だ。それが出世の早道だからな。私はクロヴィスよりも優秀だと自負しているが、ディートハルト、お前は私がクロヴィスに劣っているとでも思っているのか?」
「そ、そんなことは、ありませんが・・・」
「だが、お前がそこまでこの男を疑っているのなら、今この場で真偽を見定めようではないか」
そう言ってゼロは懐中から護身用の小銃を取り出した。
小銃の安全装置を外して銃口を、膝をついて頭を下げているジェレミアに向ける。
それをぐいとジェレミアの頭部に押しつけて、ゼロはトリガーに指をかけた。
「一体なにを!?」とディートハルトが焦りを浮かべる。
しかし銃口を当てられているジェレミアも、トリガーに指をかけているゼロも微動だにしない。
「ジェレミアは私がトリガーを引いても文句は言わない。殺されても私を恨むこともしない。そうだな?」
「はい。私がゼロ様を恨むことはありません。どうぞトリガーをお引きください」
ゼロの指に力が加わる。
それを見たディートハルトは恐怖に震えた。
狂っていると、目の前で繰り広げられている狂気の光景に、ディートハルトは恐れ戦いている。
ディートハルトは前々からゼロの正体について、皇族か貴族に関係する誰かなのではないかとの推測を持っていた。
その推測はジェレミアが黒の騎士団に加わったことで更に確信に近づいた。
そして、ゼロの前で膝をつくジェレミアのその姿を目の当たりにして、皇族に深く関わる人物なのではないのかと、照準を絞り込んだわけなのだが、ジェレミアのゼロに対するこの態度は、例え相手が皇族の内の誰かであったとしても異常すぎるとしか考えられない。
民間人のディートハルトが実際にその場面を目撃したわけではなかったが、ジェレミアのクロヴィスに対する敬いの態度は並々ならないものがあったことは知っている。
しかしゼロに対するジェレミアの敬服は第三皇子のクロヴィスに対するそれよりも更に深いのだ。
そうでなければ、「殺されても文句は言わない」などとは言えないだろうし、ジェレミアの言動の説明もつかない。
第三皇子よりもジェレミアを信服させる人物とは一体誰なのか。
クロヴィスの上には二人の皇子がいるが、そのどちらもブリタニア軍側の人間だ。
だからその二人のどちらかがゼロの正体だとは考えられない。
ではゼロとは一体何者なのだと、ディートハルトの頭は激しく混乱した。
静かな室内に無機質なサイレンサーの音が小さく響いた。
思わずはっとなり、ディートハルトは顔を背けて固く目を閉じる。
硝煙の匂いが鼻をついて、恐る恐る目を開ければ、ジェレミアはさっきと変らない姿勢でそこにいた。
銃口から放たれた弾丸はジェレミアの髪を掠めて、奥の壁にめり込んでいる。
極度の緊張から開放されたディートハルトは、がくがくと震える足が体重を支えきれずに床に座り込んでしまった。
「これで納得してもらえたかな?」
ゼロの声にディートハルトは声もなく頷いた。
そして、恐々と顔を上げてゼロを仰ぎ見る。
「あ・・・貴方は一体・・・誰なのですか・・・?」
「私はゼロだ。その答えでは不服か?」
「いえ・・・」
「では、これ以上の私についての詮索は止めてもらおう」
「・・・わ、わかりました」と蚊の鳴くような声で答えて、ディートハルトはぞっとした。
ゼロはディートハルトがしたことを知っているのだ。
「もし、今後私の大事な持ち物に傷をつけたなら、ただでは済まないと覚悟をしてもらいたい。お前を決して許さないからそのつもりでいろ!」
「・・・は、はい」
ガックリと項垂れているディートハルトを尻目に、ゼロは「ジェレミア」と声をかけて、下げていた頭を上げさせる。
ゼロはすでに背中を向けていた。
その後姿を縋るように見つめて、ジェレミアは主の次の言葉を従順に待っている。
「私の部屋でお茶でもどうかね?」
「は、はい!よろこんでお付き合いさせていただきます!」
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