詩集「春の頂」
幸せ の 思い出 が
支え とも 依りどころ ともなり
私たちの行方の闇を あかるく照らしますように
Y。 君 に…
水面の きらめきが 遠くから 広がった
扇のように くりかえし くりかえし
そこに 風の道があった
君の 遠い視線に ささやく
はにかんだように とりとめもない
風の言葉…
T
君 の い る 時
少女は
あの部屋の窓から
夕暮れの空を眺めていた
静かな顔の遠くに 風が聞こえて
そのとき16才
春の黄昏の中に
卒業式の日
巣立ちゆく群れ達から
しばし はずれた乙女は
何を待ち呼び戻そうとしていたのか
歩み去る僕の時と交錯する一瞬
投げかけられた表情の
哀しい永遠の意味が
心に深く流れ込んだ
・・歌ヲ聴キニキマシタ。
マタキマス…
薄暗い扉の前でよみとったメモの
名は…?
部屋の夕闇の中の
静寂と予感と永遠なる
ときめきの長さ
その後の
光の下の真白な
幸福感…
どれほど待たせたのだろうか
雨に濡れて レストランに入ったとき
燃えるようなまなざしで 僕をにらんだ
それから 怒り・疲れ・嘆き
その長い沈黙の中で
自分の運命と戦っていた
雨にうち震えて咲く
清烈な紫陽花・・
19才だったね
雨のしずくが 車の窓をながれ続けた
一つの運命に向かう二人の沈黙
世界中に 夜の雨が降り落ちるのが
なぜか僕に はっきりわかった
重く苦しい夜の
カーテンが開け放たれた
まばゆい朝の光に 浮かんだ
やさしいシルエットは
微かに揺れていた
黄昏
夕焼けの 空・雲
一番星・
そして 満天に星が・・・・
透明な窓から見つめた 永い時
あの僕のぬくもりの中にも
光をとおしたグラスの
黄金色のワイン
涙が
重なって
見える
森の中に
光をはらんだ
まっ白な朝霧が
流れこんだね
空中から見降ろした
故郷の街なみ
白い花が散っていて・・
あの山上の春の中にも
誰もいない 山あいの広い窪地
あたりに 低く雲が たちこめてきて
静かに 雷の予感が 迫っていた
あの 不思議な不安の 中にさえ
砂浜にすわって
しだいに明けそめていく大気の中で
くりかえし打ち寄せて来る波を
眺め続けていた なつかしい時間 ・・
*
私の愛する すべての時の中に
君がいる ・・・
U
君 は …
明け方の祈り
流れる雲
光る露
小川のきらめき
樹の葉のさざなみ
子供たちの声
はるかな山なみ
見知らぬ雲海
夢の中の島
残してきた思い出
忘れられた約束
満天の星座
降り落ちる雪
花ふぶき
街路を去る落ち葉達
秋の水
透明な夜
開かれた扉
グラスに宿った朝の光
雪の道
五月の草原
青い空
すべての喜ばしきもの
うつくしきもの 哀しきもの
透きとおったものや微かなもの
やわらかでやさしいものや・・・
こうした
私が愛する
もののすべて
それが
V
祈 り
荒れ狂う大海原に揺れる小舟
無限の暗黒の中の灯火
それが 美なのか
幸福なのか
はかなく か弱く
壊れやすく たよりなげで
しかも
巨大なる無意味
永遠の空虚を
救うもの
それが
私の存在の意味となった
式
この夜を 生涯で最も神聖な夜に 私たちはしよう
そして たしかに 聖霊が 天から降りてきて
あたりを支配するのを はっきりと見よう・・・
人生で最も聖なる夜のために
過ぎし歳月のすべてが
この夜を祝福する
それは
世界の扉が開くこと
絶対 に触れること
永遠を知ること
私が浄められること
私が私であること
透明な夜を照らす
神聖の炎に 浄められ
僕たちはもどってきた
「愛」の祝福につつまれ
白い門をくぐり
一つの階段を二人で降りて
手とりあい
日々を支える誓いを
永遠の臺座の上に
置いたのです
めくるめくような流れの中で
式が終わり 宴が終わり
闇を照らす光と灯に
ひそやかに浮かぶ教会を
精霊達のささやきがとびかう
いいようのない静けさの中で
君は何度振り返ったことだろう
二人きりだったあの夜・・
W
旅 に 出 よ う
夜の階段を昇って
出会ったね
空色のセーターと
風色のトレーナーを着て
出かけよう
隣にいるのが雲で
その隣が星さ
重い曇り空の見知らぬ大都会の
怪しげな地区を方角も知れず
さまよっている二人は
何処か記憶の闇の彼方の
廃虚の街の塵を被った書架の
忘れ去られた古い写真集の一頁に
「永久に閉じ込められてしまいました。」
手をつないだまま・・
船は埠頭をはなれた
その深淵を必死に跳び越えた時
奇跡のような幸運が手を伸ばして
二人を 祝福したのだ
旅は始まった
海は強風の中 あちこちで叫び
彼方からの 暗い波達は
大きく揺れながら突進む船の端に
繰り返し打ち寄せ
白い傷口を開いた
薄暗くたそがれた世界は
次第に闇の淵に沈んでゆく
X
南 の 国 で
オレンジ色のさびを浮かせて
息をついてる巨きな船
なかば朽ちて
忘れ去られたような
小さな駅
降り立った僕たちを
迎える子馬たち
古いホテルの前だった
やわらかな若草を
その山羊にさし伸べる君
そのときにも やさしく
風は吹いていた
海は光っていた
フェニックスが茂る林に
幻のような野生馬の跡を追って
突然開けた真っ青な海
潮風を受けてたたずむ
透明な大きな瞳 に
いつか つつまれていた
光る海を眺めながら
抜け出られるあてのない長い海岸線を
いつまでもさまよっていた
迫り来る黄昏の気配の中で
不思議な方言を交わす優しい海女達のくれた
黒い海の幸を開き
透明な海水に洗われて
黄金色に揺れる実を
食べたね
思い出の函に入れる
夕暮れの結晶を求めて!
あの日も 風に吹かれ
長い草山の坂を走っていた二人
天と地を 一つに包む
銀色の霞の真中
岬の山上に 一日は
その壮大な空間を
黄昏れていった
・・燈色の陽の記憶を残して・・
海からの風にさらされ
なびく春草を無心に食んでいた
野生馬達・・・
星が 海に 落ちたのか
夜空は はるかに 拡がって
星座の浮かぶ 闇の底からは
微かに 潮騒が 聴こえてくる
漁り火が 北七星のように・・・
青島の海 空
荒々しい千畳敷 激しい波
風の遠景に立つ白い灯台
灯台に寄り添った細い君の
息遣いが伝わる・・
こうした 風景の彼方 なのに
はるかに海の霞に包まれて
風に吹かれ 高い草山を
歩いたのは 昨日・・
今日は 南国の強い日差しの下で
青い海を見た
新緑の中 光るレンギョウのトンネルを
幾度バスはくぐり抜けたのか
半ば闇に閉ざされた
いまだ冬枯れの高原に 着いたとき
夕焼けは微かに 山上に残っていた
昨夜のホテルは
閑散として明るく 海が
いま 巨きな窓のむこうは山上の林
寂しく松風吹く夜の中に
鹿がいるという・・
午前の森の中に七つの池を巡った
エメラルド色を湛えた 太古の静寂は
やさしい風をふくむたび 燦めく微笑みを見せた
僕たちの前の 永遠の現場
蒼空の中には 白い幻のように
わきおこる思いと とめどないあこがれが
その影を落としてゆく・・・
空 から降りて来た 君 を
水の中から 見上げた僕
逆光の中の透明な空間の
向こうには白い鰯雲が・・
岩膚に充ちた光と沈黙
あれは・・・
虚空を過ぎてゆく幻影
たしかに・・
熱泥のささやきと大地の叫び
ぼくたちの・
始原を逆登る小さな歩みを見守る
神の掌
吃立する白い噴煙
懐かしい
聖ナル蝦色ノ山
とうめいな
夕暮れの
黄色ノ大地ト青イ空
あつきいずみに
高原の
菜ノ花 桃ノ華
ゆあみした・・
− 春の思い出 −
深みゆく夕闇にしだいに沈む
広い高原の中のたった一つの
ホテルを捜してさまよった二人
あの奇妙になつかしい
静寂の時間の
つ め た さ
高い爆音に思わず振り返ると
木の間から 神の山が臨めた
あの不気味に吹き上がる
噴煙の空間から
降りて来る灰
小さな感情をもつれさせたまま
その時二人は生まれてはじめて
宙を飛んでいた・・
夕闇の空の中を
ナ ガ サ キ
久しぶりの都市の夜
ホテルの入口、エレベーター、小さな部屋
静かに透きとおっていった 僕たちの眠り
陸を離れて海の彼方へ
潮風と日のかがやき
そのふしぎな解放感のなかで
僕たちは眠った
海がひびき 鳥が飛び 波が燦めいた
光の中を遠く去りゆく漁船 島影・・
海をへだてた最西端の島
閑散とした生活 バスの待合
風に吹かれた丘の上から
この島を囲む波が見えたね
さいはての島の小さな漁村に
おばあさんはず〜っと待っていたのだ
僕たちを迎えた温かい食事
ささやかな宿の海の幸
夜の潮騒
迷い込んだ小径を登りつめた稜上は
人知れない 神域 だった
尾根の両側は深く海に落ちていく
空間が少し歪んでいた
岬の頂上からの眺望
陽は真上から かぎりない海を
照らしていた
風の中から波の
怖ろしい音が聞こえてくる
僕達がはるかに見るのは
竜の尾根が海に下りる先端の
凄絶な崖壁 荒れる波に高く直立する
城のような岩上の 無人の古い灯台
径はそこに向かって降りて行く
天地が逆巻き
凄烈な波が荒れ狂う響き
激しい風が引き裂く小さな空間に
目もくらむ絶壁下から
高く舞い上がる飛沫
異様な恐怖の中
灯台の陰で僕たちは
うさぎのように身を寄せた
飛沫と雨に激しく打たれる高速艇
窓のむこうの荒れる暗い海
焚き火の煙の中で雨宿りした
漁師達の小屋
客のいない古い旅館の温泉
雨上りの白浜は季節外れの寂しさだった
僕たちは丘の上に出た
暗い海上の霧雨に霞む奇妙な島影
最果ての島のさらにむこうに
人跡があるらしい
その断崖が続く三日月形の岩礁に
無数の波が寄せていく
明け方の慌ただしい出発
船上の昼の眠りが僕たちを遠くへ運んだ
(過ぎていった あの暖色の時間と光)
雲の上の夕焼けの まばゆい光景
夜の月に照らされた細い河と湾
そして 星雲の中に 降りていった
寒い空港のラウンジを後に
旅の終りのバスが
僕たちの都会に
Y
君 の い る 時 U
雪国の山奥
旅篭の部屋に今も
冬は泊められたまま
何処からともなく
チラチラと降り いつまでも
窓越しにながめている
影絵のような 幸せのぬくもり
夜は結晶のように
つめたかった雪を*
凍った下駄を沈ませながら
雪の小径を露天風呂に急いだ
暖かい湯気の間から
見上げた月は 皓々として
雪景色の深い谷の 底にまで
光を落としていた
その光の中空の湯のなかで
魚のように戯れたね
帰路の車窓は日だまりの世界だった
昨日の 今朝の 雪景色は
幻想だったかのように
険しい雪山を登るカメラマンを
想像しながら 遠方を見ると
僕たちの過ごした 雪国が
白い突起を見せていた
人の群れから遠く離れて
なだらかな霧の高原を二人は歩いた
現われては消える 木立と
岩肌と 高山草花と
草の中に安らぐ君の姿も
這うように 通り過ぎる霧に 隠れて
時々 見えなかったりする
どこか べつの世界でも 二人だった
のだろうか こんなふうに
紺青の空 真白な雲
高原の蒼空を
何日も さまよった
大空の神聖なる変貌
永遠なる高みへの
憧れと祈り
その彼方に君はいた
息遣いが感じられる
身近にも・!
そして そのとき
二人の底に流れる
星空 ガ見エタ・・
深まる夕闇の中で
水底まで透きとおった
滑らかな黒の湖水に
斜めにさし通した櫂から
膨らむ波紋 滴る雫が
清澄の音階に流れつづけ・・
静かに進む二人きりの小舟
君の影が波璃に映った
伝説の少女の白い指ように
森に囲まれた
小さな空の 夕焼けの彩り
高原の湖
深まる 静かな
夕闇のなかで
なめらかな 波と
黒く透明な
夜の冷たい 風の
大気と湖水
ささやきと 声
中に浮く小舟
櫂から点々と落ちる雫
膨らみ流れる波紋
滑りゆく 時 を
見つめて 僕達
ああ 一面の星空が
湖底から宇宙の果てまでも
巨きな夜の水晶球の真中で
身を寄せて見た
大気の中を流れゆく 時
さやかに燦めく風を
天頂から 湖面に
星が 真っ直ぐに墜ちて
広がる黒い波紋
訪れた眠り・・
夜の山気の中を
いつまでも漂っていた
僕たちの小舟
まだ薄暗い 朝もやの中
小舟に乗った僕等 やがて
限り無く透明な夜を沈ませた空の底から
なおも瞬く幾つかの星
清浄の大気の中
沸き起こり移りゆく雲を!!
ばら色に染める曙の光
そして目前に
燦然と輝く湖面
一日の誕生 !
神聖な夜を鎮ませた 林 の
鮮やかな大気に漂う水蒸気の粒子
朝の光が木洩れて
原生のつぶやきが聴こえる
岩と苔の道
木の間から見える池は
朝日に燦めいて
山間から下りた雲が
水面を掠めては過ぎる
おびただしい巨石を瓦礫のように
無造作に積み上げた岩山
蟻のように怯えさせる 力の残像
高見石にへばりついて見たのは
雲の過ぎる原生林に浮かぶ池
不思議な一夜の時間
少女の連れた犬が 妙に走り回っていた
苔むした原生林の斜面を
果てもなく登り続けた
冷たく 底の知れない・・
やさしさ に包まれて
霧が 林の中を過ぎて行く
幾度もふり返りながら
山頂から見下ろした
崖道の湾曲を辿り
再び登りつつ振り返った
屏風のような山肌
僕たちの向かうなだらかな鞍部を
強風に飛ばされた雲霧が 次々と
静かに 越えていく
崖に引っ掛かるように建てられた小屋に
ほとばしりあふれつづけていた
あの水晶の奔流
午後の陽はすでに傾いて
穏やかな光を 深い谷の
湯煙のあがる川面に落としていた
硫黄の匂いの漂う斜面の湯槽は
白濁した緑に沈んでいた
せせらぎが優しい
ふと振り返ると
危うい急勾配の上に
君が立っていた
黄昏時の夢の景色のような
港湾の人工島の傍を過ぎて
ゆっくりと出航していく
夕闇に閉ざされていく海へ
宇宙へ旅立つ船のように
曲がりくねった車道を
ついにのぼり詰めると
一望のうちに そこは
空と 海が
混然と成って
遥かな波のきらめきと
大気と雲のゆらめき
山脈を越えたバスは
瀬戸内側へ向かって下っていった
まばゆい春の陽射しの中で
潮騒の飛沫を浴びながら
古い岩肌の上を歩みさざめいた
きみ
あの永いひととき
ひと気のない湯室をいくつもくぐって
夜風にさらされた崖の縁の
熱い岩風呂に躰を沈めた
透明な湯から頻りに湧きのぼる
白い湯気の間から 見た
遠い闇の海を 渡っていく漁り火と
星空
白い砂の桂浜
五色の小石
青く透明な
海にせり出た岬の
細い尾根の上の
小さな赤い社
ぽんかんの水々しい果実を
求めてさまよった
四国の路地裏
城とアイスクリン
黄昏の港を船は
出航してゆく
夕闇の淵に沈んだ街の
灯の燦めきの中
繰り返し くりかえし
離れては遠ざかる
小島の 岬の
黒い シルエット
波はなめらかにゆらめき
静かに流れる思い出に
彩られて確かに
歌っていた あの茜色の
そらの輝き
ながい航路と海の陽射し
誰もいない甲板の空間
強い風と 激しい波
わずかに傾く海
思いがけなかった
官制室の計機盤とパノラマ
私の愛する すべての時の中に
君がいる ・・・
|