全盛期にはシェア約60%を誇っていた、キリンの売り上げのほとんどを担っていたのがこのキリンラガーであった。良くも悪くも日本を代表するビールである。

 ただ、あまりにもラガー全盛の時代が長かったためか、キリン自身がこの「ラガー神話」に縛られていたのも事実である。

 アサヒがスーパードライで猛烈な巻き返しを図る中、やはりこのラガーで対抗しようとしたことにもそれは象徴されている。タレントに「ラガー宣言」をさせ、「私はラガー以外は飲まない」と言わせるという過激なコマーシャルを流したり、苦味を抑えて軽い味に移行していったり、果ては遂に熱処理をやめて生化したりと、何とかラガーの復権を図ったわけであるが、結果的には旧来のラガーファンが離れていき、2001年には「クラシックラガー」を発表、新しいラガーと昔のラガーとを同時に販売するという矛盾を露呈することとなった。

 

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