幸せを呼ぶ青い「花」
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 まだ日も昇りきらない朝方。

 ソフィーは眠い目をこすりながら窓を開けた。


 窓から見えるガヤガヤ町はまだ薄暗く、通りを歩いている人も見当たらない。

 町並みにかかった朝もやが、ますます薄暗さを与えていたが、あと一時もすれば少しずつ明るくなって人通りも出てくるだろう。


 ソフィーは深呼吸をして、キンと冷えた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 昨日早く床についてしまったからだろうか、こんな早い時間から目が覚めてしまった。

 仕方なく、ソフィーは起きて部屋から出る。


 底冷えした廊下を音をたてないように歩いていると、途中ほんの少しだけ扉の開いた部屋が目にとまった。

 ハウルの部屋である。


 そーっと中を覗いてみると、あいかわらず散らかった部屋の一角にあるベッドの上で、ハウルは寝息をたてていた。

 見ると、掛け布団が半分ベッドからずり落ちている。

 その光景に、ソフィーはクスクスと笑ってみせた。


 ハウルは、外出する時などはいつも必要以上に身なりを気にして整えているくせに、家の中ではたいそう無頓着で。
  

 「ハウルらしいといえば、らしいわね」


 ソフィーはそう呟いて、ハウルを起こさないように静かに部屋に入り、布団を掛けなおしてあげた。

 その拍子に、小さなホコリがハウルの顔にふわりと落ちる。

 ソフィーは、そのホコリをそっと手で取り除いた。


 右手に触れたハウルの頬はとても温かくて、柔らかくて。

 微かにハウルが身じろぎしたのを見て、ソフィーは口元をほころばせた。


 「……風邪ひいたら、大変だものね」


 そう呟いて、ほんのり顔を赤らめたソフィーはハウルから手を離し部屋を出ようとした。

 
 途中、カタンと足元で何かぶつかった様な音がしたが、暗くてよく見えない。

 ソフィーはあまり気にとめず、ハウルを起こすまいと部屋を出て行った。






 朝。


 ソフィーがカルシファーに頭を下げてもらいベーコンを焼いていると、マイケルがようやく起きてきた。


 「おはよう、マイケル」
 
 「おはようございます。ソフィーさんは今朝はずいぶん早かったみたいですね」


 マイケルはそう言いながら眠そうな目をこすりつつハブラシへと手をのばした。

 そんなマイケルの言葉に、ソフィーは驚きフライパンをあやうくひっくり返しそうになる。


 「あっあなた、あの時起きてたの?」

 「いえ、たまたまトイレに目が覚めたんですよ。すぐに寝ちゃいましたけどね」

 「そ……そう」


 平然とそう答えるマイケルを見て、ソフィーは朝方にハウルの頬に触れながら微笑んでいた自分の姿は見られていないと、自分にいいきかせた。

 なぜか顔が徐々に熱くなってきたのを感じて、顔を伏せる。


 そんな二人のやりとりを見ながら、カルシファーは「早く焼いちゃってくれよ」とブツブツ文句を言っていた。


 と、その時。


 二階から突然騒ぐ声が聞こえたかと思うと、バタバタともの凄い音をたててハウルが一階へと降りてきた。

 髪はボサボサで、いかにも起きかけといった感じだ。


 「ど…どうしたの、ハウル」


 そんなハウルの様子にただならぬ雰囲気を感じたのか、ソフィーは不思議そうにそう尋ねた。

 するとハウルは今にも嘆きだしそうな、そんな表情で透明なガラスで出来た筒の様なものをズイッと前へ差し出した。


 「見てくれよ、これ!!」

 「?」


 言われた通りに見てみると、中には何も入っていない。

 しかしよく見ると、底の方に少量だが青みを帯びた液体がうっすらと残っている。

 近づくと、それはほのかに花の香りがして。


 「何、これ?」
 「何ですか、これ?」


 思わずソフィーとマイケルは、その筒を見ながら声を合わせた。

 するとハウルはガラスの筒をテーブルの上にドンと置いて、自分は椅子へとなだれ込むように座り込む。

 そして、ソフィーが手に持っていたフライパンを、いったん台の上に置いている仕草を横目で見ながら、ハウルは長い溜息をついてみせた。


 「王様に頼まれていた魔法の薬だよ。昨日ようやく完成したってのに、朝起きてみたら中身が全部こぼれていたんだ!」

 「え……」


 その言葉に、ソフィーは小さく反応してみせる。

 今朝ハウルの部屋で、何かにつまずいたことを思い出したのだ。


 もしかして、あれが………?


 ソフィーは今朝の記憶をたどりながら、日の光に反射するガラスの筒を見つめていた。