幸せを呼ぶ青い「花」
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 「作り直すことは出来ないんですか?そんなに難しい呪文なんですか?」


 ふと、ガラスの筒を上から下まで興味深げに見ていたマイケルが、思いついた様にハウルの方へと向き直り、そう尋ねた。

 しかし、そんなマイケルの言葉に、ハウルは間髪入れずに言い返す。


 「作り直すだって?無理無理!この薬の呪文自体はそう難しくはないけど、材料に使われている花が凄く貴重なものなんだ」

 「花ですか?」

 「ああ。バラみたいな花で色が真っ青なんだ。この間ぼくが苦労して、ようやく荒地の果てで一輪見つけたんだ。材料がなければ、いくら呪文が簡単なものだったとしても薬は作れやしないさ」


 そう言ってハウルは片手で頭を抱え込んだ。

 かと思うと、小さく独り言を言い出す。


 「王様になんて言おうか…。薬はもうすぐで出来ると言ってしまったし…」


 ハウルは何とか上手い言い訳は無いものかと、カルシファーに話しかける。

 しかしカルシファーから返ってきた言葉は、当然「知らないね」の一言だけ。

 再びハウルは下を向きながら考え込んでしまった。


 時々席を立っては、何か古い書物に目を通し。

 そして首を横に振りながら、うなだれる。


 カルシファーに、何やらいい案はないかと話題を持ち込んで。

 当然先ほどと同じでいい返答が返ってこなかったのか、再びうなだれる。


 そんな行動を延々と続けて、ついにはまた椅子へと座り込んで長い溜息をついた。 


 そんなハウルを見て、ソフィーは自分のしてしまったことが、どんなに大変なことだったのかを理解する。

 
 どうしよう。

 どうしよう、私―――――――!


 次の瞬間、ソフィー勢いよく頭を下げていた。


 「ごめんなさい!!」
 
 「え?」


 突然のソフィーの行動に驚いたのはハウル。 

 見ればソフィーは頭を下げたまま、顔を少し赤くして目をギュッと固くつぶっていた。

 目尻に微かに光るものが見える。


 「ソフィー?」


 よく状況を理解できないハウルは、椅子に座ったまま不思議そうにその名を読んだ。

 椅子がギシリ、と音を立てる。


 するとソフィーは 目に涙をためながら口を開いた。


 「ごめんなさい!全部私なの。私のせいなの。私が…薬……」


 両手を胸の前で握り締めながら、ぽろぽろと涙を流す。

 声が、くぐもる。


 「ソフィー?」


 らしくないソフィーを目の前に、さすがのハウルも頭の切り替えが上手くいかないのか言葉を続けられない。

 するとソフィーは壁にかかってあった七リーグ靴をつかみ、扉の方へと駆け寄った。


 「ソフィーさん?!」


 あわててマイケルが止めようとするが、ソフィーは耳もかさずに扉の取手の面を紫にまわした。

 思い切り、扉をあける。


 「絶対、絶対に見つけてくるから!」

 「ちょっ、ソフィーさ……!!」


 そう言って、ソフィーは動く城から飛び降りた。

 そのまま、七リーグ靴をはいて足を踏み出したのか、あっという間にソフィーの姿は見えなくなる。



 後に残ったのは――――――止めようとした手をむなしくつきだしたままのマイケルと、あまりの展開の速さに珍しくついていけなかったハウル。

 そして隅の方で様子を伺っているカルシファー。


 「……………」


 しばらくの沈黙が流れて。

 
 「………ソフィーが?」


 ようやく頭が理解し始めたのか、ハウルは椅子に座ったままの姿勢で、そう呟いた。

 そして長い溜息をついたかと思うと、目を閉じて天井を仰ぐ。


 そんなハウルの様子を見たマイケルは、おずおずとガラスの筒を手に持ってハウルの方へと向き直った。


 「あの…ハウルさん、ソフィーさんを怒らないでやって下さいね」


 そんなマイケルの言葉に、ハウルは目を閉じたまま無言で次の言葉を促す。


 「僕、見てたんです。ソフィーさんが朝方にハウルさんの部屋に入ったのは、別にこの薬をこぼそうとか、何かをいじろうとか、そんなんじゃなくって。ただ……。」


 そう言葉を続けるマイケルの話に耳を貸しながら、ハウルはゆっくりと目を開けて、まだ開いた状態のままの荒地のはずれに通じている扉を見た。


 扉は風にあおられて、微かにキィキィと音をたてているだけだった。