幸せを呼ぶ青い「花」
−3−
ばか。ばかばか。 私のばか。 ソフィーは頭の中で、何度もそう呟きながら花畑の上に座り込み、草や花を掻き分けていた。 探し始めてからすでに半日はたっただろうか、ずっと探しているのだが「青い」バラは見つかる気配もない。 その事実に、目の奥が再び熱くなってくる。 ―――――どうして私っていつもこうなの。 やること全てが裏目に出て。失敗して。 みんなに迷惑かけてばかり。 ソフィーは涙で草花が歪んできたのを感じ、頭を左右に思い切り振った。 「泣いてる場合じゃない、探さなきゃ……」 ソフィーは、素手のまま再び草を掻き分け始めた。 赤や黄色、ときに青い花もあるのだが、それはバラの形をしていなくて。 ふと、再び青い花が目に入る。 手を伸ばせば届く距離だろう、ソフィーはあわてて手を伸ばした。 「痛……っっ!」 すると突然人差し指に鋭い痛みが走り、ソフィーは手を自分の方へと引き戻した。 見ると、指の先が少し切れて血がにじんでいる。草で切ったのだろう。 ソフィーは手が泥だらけなので口に含むわけもいかず、人差し指を見つめたまま座り込んでしまった。 ふと、今朝の光景がよみがえる。 『ソフィー?』 今朝ハウルが不思議そうに、そう自分を呼んだ時の声が頭から離れない。 きっと、あきれられた。 またお前かって思われた。 いつだって、私はハウルの足出まといで。 きっとハウルも、今日という今日は私のことうんざりに思ったに違いない。 「ぅ………」 ポタリ、と座り込んだ膝の上に涙が落ちた。 切れた指先が、チクチクと痛む。 すると、今まで泣きたいのを我慢していたせいか、それとも指先の痛みのせいなのか、ソフィーの意思とは反対に涙がポロポロとあふれ出てきて。 止まらない。 「うぅ〜〜〜………」 そして、ソフィーがそう小さく声を上げて泣き出した。 途端。 突然ソフィーの指先から痛みが消えた。 「え……?」 あまりに突然のことに、ソフィーは思わず泣くのをやめて、自分の指先へと視線を向けた。 すると、ソフィーの背後から誰かの右手が肩越しに伸ばされて。 そのままその手は、ソフィーの人差し指を包み込む。 そしてその手が次に開かれたときには、ソフィーの指先は傷跡もないほど綺麗に治っていた。 「もう痛くないだろ?ソフィー」 「……!!」 突然耳元から聞こえたその声に、ソフィーは思わず固まってしまった。 背後にいるため顔は見えないが、誰かなんて直ぐに分かる。 呼吸が、乱れる。 心臓の音が、やけにうるさく感じて。 「ハ…ウル……」 やっとの思いで、そう声を絞り出したときには、ソフィーはハウルに後ろから抱きしめられていた。 「ハ…っハウル?!」 予想外の展開に、ソフィーは頓狂な声をだしてみせた。 対するハウルは、そんなあせった様な声を出したソフィーに微笑んで見せた。 こちら側からは見えないが、きっと顔を真っ赤にしているだろう。 ハウルは、自分よりずっと小さなソフィーの背中に軽く体重をかけてみせる。 すると腕の中で、ソフィーが小さく身じろぎをしたのを感じた。 ふ…とハウルの口元から穏やかな笑みがこぼれる。 伝わる体温。伝わってくる体温。 ハウルは静かに目を閉じた。 今まで他人に触れることで安心するなんてことは無かった。 むしろ一人の方が気楽だったから。 でも、ソフィーは違う。 ソフィーに出会って初めて他人に触れたいと、一緒にいたいと思った。 それはきっとソフィーの存在が、自分の中で想像以上に大きいから。 「ハウル……?その、あの…………」 すると、ハウルに抱きしめられたままの状態が気恥ずかしかったのか、それとも無言の状態に違和感を覚えたのか、ソフィーが消え入りそうな声量でポツリと呟いた。 そんなソフィーの言葉に、ハウルは抱きしめる腕の力をそっと緩める。 そして座ったままの姿勢で、少しだけ身体を動かしてソフィーと向き合った。 見ると、ソフィーは相変わらず俯いたままで。 「ごめんなさい……」 もう一度、ポツリと呟く。 「……ソフィー」 いつまでも上を向こうとしないソフィーに、ハウルはそっと手を伸ばした。 そして頬に残る涙の跡を、そっと指でぬぐってやる。 「気にしないで、ソフィー。それに怒ってもいないし、呆れてもいない」 「え……」 「薬の方は、何とか上手く王様に言うさ」 そう言いながら穏やかに微笑むハウルに、ソフィーは首を横に振ってみせる。 「でもっ、でも……っ」 そんなソフィーの言葉を遮るかのように、ハウルはソフィーを覗き込んだ。 目を赤くしたソフィーに、ハウルは優しく目を細める。 「それよりも今朝は寒かったね、ソフィー」 「……へ?」 突然ハウルから発せられたあまりに場違いなセリフに、思わずソフィーは間抜けな返答をしてしまった。 しかし、そんなソフィーに構わず、ハウルは言葉を続けた。 「もし寝ている間に布団がずり落ちてそのままだったら、ぼくは絶対に風邪をひいていたに違いないね。そっちの方が一大事さ」 「………!」 そう言って、ハウルは軽く片目を閉じて見せた。 そんなハウルの仕草に、ソフィーは一瞬まばたきをしてから、再び目に涙をためる。 「マイケルから聞いたよ。ソフィーは何も悪くない。むしろぼくがお礼を言わなきゃいけないくらいだ。……ありがとう、ソフィー」 「ハウル……っ!!」 「おっと」 そして、ソフィーはそのままハウルに抱きついた。 拍子に、二人は一緒に花畑に倒れこむ。 二人によって巻き上げられた色とりどりの花が、風に乗ってふわりと舞い落ちる。 「大好きだよ、ソフィー」 そんなハウルの言葉に、ソフィーはくすぐったそうな笑顔を見せた。 花びらが舞い上がる中、ハウルがソフィーの手をそっと握る。 ゆっくりと二人の唇が近づいて。 もうすぐで、触れる―――――というところで、ソフィーの目の前に青い何かがポトリと落ちてきた。 「………?」 目を閉じようとしていたソフィーは、一瞬何が落ちてきたのか分からずに、落ちてきた「それ」をしげしげと見つめる。 ……。 …………。 「あぁ〜〜〜〜〜っ!!!」 ようやく目に入ってきたものを理解したのか、ソフィーは大声をあげた。 思わずハウルを下敷きにしたまま、上半身を起こす。 「なっ、ソフィー?」 突然のことに一瞬息が詰まりかけたハウルは、あわてて上体を起こした。 ソフィーの目の前には、「青い」バラ。 それは、本当に透き通るような真っ青なバラで。 「ハウル!あったわ!青いバラよ!!」 ソフィーはハウルそっちのけで、青いバラに飛びついた。 傷つけないように両手で握り締めて、嬉し泣きを始める。 「よかった…!本当によかった」 「ソ……ソフィー」 しかし、嬉々をしたソフィーとは裏腹に、あと少しのところで寸止めをくらわされたハウルは複雑そうな表情を見せた。 青いバラが見つかったのは嬉しい限りなのだが、男としては非常につらい。 「ね、ハウル!これで薬作れるわよね。もう大丈夫よね!」 そう言って嬉しそうに笑うソフィーを見て、ハウルはやれやれといった様子で溜息まじりに笑ってみせた。 まぁ、今日一日この青い花には振り回されたけれど。 最後、ソフィーの満面の笑顔が見れただけでもよしとするか。 ハウルは、そんなことを考えながら喜ぶソフィーを横目に、昼下がりの太陽を見上げた。 翌朝。 綺麗な青色の薬が、しっかりとフタを閉じられたビンに入ってテーブルに置いてあった。 それを見たマイケルが、ソフィーに嬉しそうに話しかけたのは別の話。 |