想いと呪文と、代償と
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 「ねえマイケル、ちょっと」


 穏やかな午後のひととき。

 ふと名前を呼ばれて、マイケルは奥の部屋へと視線を向けた。


 見ると、扉からほんの少しだけ顔を除かせている赤毛の女性。

 こちらを見ながら手招きをしている。


 「どうしたんですか?ソフィーさん」


 そんなソフィーの様子に、マイケルは小さく首をかしげてみせた。

 ハウルに出された呪文の謎解きをいったん止めて、ペンを置く。

 机が古くて少し傾いているのか、ペンがコロコロとゆっくり転がっていったが、横に置いてある本の山にひっかかるだろう放っておく。


 今日、この城の主人であるハウルは居ない。

 急用があるとかなんとかで、朝から留守にしているのだ。

 すると、ここぞとばかりにソフィーが城のスミからスミまで掃除しだしたのは昼前からのこと。
 
 呪文の謎解きをしていたマイケルにとって騒音やホコリには少々迷惑していたが、言ってもソフィーは止めないだろうことを予想して言わないでおいていた。


 「こっちよ、マイケル」


 ソフィーの声を頼りに、呼ばれた部屋の一角へと目をのばす。

 見るとソフィーは机の下へと顔をもぐらせていた。


 「………何してるんですか?ソフィーさん」


 するとマイケルの声に反応したように、ソフィーがごそごそと机の下から姿を現した。

 すると、ソフィーの頭の上には小さなホコリがいくつか乗っていて。

 みかねたマイケルは、そのホコリを手で軽く掃ってやった。


 「ありがとう、マイケル。それより見て、これ」


 そう言ってソフィーは薄汚れた小さな紙を差し出した。

 見ると、それは一枚の紙が六角形に折られているようで、真ん中がロウの様なもので止められている形になっている。

 しかし、封の役割をしていたのだろうロウは、剥がれてしまっていた。 


 「掃除の途中で、剥がしちゃったみたいなの。何か大事なものかしら?」

 「うーん…、僕は見たことないですね」


 ソフィーは、マイケルの返事を聞きながら、首を傾げてみせた。

 食い入るように、その紙を見つめる。


 「ずいぶん古いものみたいだけど…」
 
 
 そう言って、ソフィーはその紙を丁寧に開いていった。
 
 所々破れた所のあるその紙には、何やら細かい文字が書いてあるみたいで。


 「えっ?開いちゃうんですか?」


 マイケルがそう言葉を発した時、すでにソフィーはその紙を開ききっていた。

 見ると、その紙には、癖のある太字で呪文やら記号やらごちゃごちゃと書いてあって。


 「何かしら、これ」


 ポツリと、呟く。


 と、その瞬間。

 ソフィーは、その紙から冷たい風が自分に向かって吹き抜けてきたのを感じた。

  
 「……?」


 思わずマイケルの方を見る。

 しかし、マイケルは特に変わった様子は無かったかのように、興味深げにソフィーの手元にある紙を覗き込んでいた。 

 
 ―――――――気のせいかしら?


 ソフィーは不思議に思いながらも、その紙にもう一度視線を落とした。 

 するとマイケルが、その呪文をブツブツと読み始める。
 

 「水1カップ、とうがらし、タマネギ、マンダラゲの葉、かんそう粉、塩…………なんですか、これ?」

 「何って、何かの料理のレシピじゃないの?」


 きょとんとした表情で答えるソフィーを見て、マイケルは思わず軽く吹き出した。

 対するソフィーは、期待していた反応と違ったのか、ちょっとムッとした表情をみせる。


 そんなソフィーを横目に、マイケルは紙切れを指差しながら言葉を続けた。

  
 「料理じゃないと思いますよ。だいいち料理にマンダラケの葉なんて入るわけないじゃないですか。それに材料の下の方に難しそうな呪文とか魔方陣みたいなのも書いてあるし」

 「じゃあ、これは何?何かの魔法?」

 「そうだと思いますけど………」


 ソフィーはもう一度その呪文に目を通してから、ふぅん…とあいづちを打ってみせた。

 そして、部屋をぐるりと見渡す。 


 「材料……全部そろいそうね」


 思いがけないソフィーの言葉に、マイケルはあわてて手を横に振る。


 「だ…っダメですよ!何の呪文か分からないのに勝手に作っちゃったらハウルさんに怒られちゃいますよ」


 そんなマイケルの様子に、こんどはソフィーが吹き出す。

 そして呪文の書かれた紙をテーブル越しにマイケルへと渡し、微笑んだ。


 「冗談よ、冗談。大丈夫」


 そんな悪気のない笑顔を向けているソフィーを見て、ハウルさんも実は大変なんだな…と胸中で呟きながらマイケルは小さく溜息をついてみせた。


 そして一通り話して満足したのか、ソフィーはふぅ…と息をついた。

 そのまま台所の方へと向かい、小さなカゴを持ってくる。

 
 「これは私達じゃ分からないわね。ハウルが帰ってきたら聞いてみるわ。それよりマイケル、私そろそろ夕飯の買い物に行ってくるわ。そんなに遅くはならないから」

 「はい。気をつけて行ってきて下さい」


 その言葉に笑顔で答えつつ家を出て行ったソフィーを見送りながら、マイケルは机に置かれたままの例の呪文の紙を見つめてみた。