立ち待ち
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 『なるべく早く帰るから』



 ソフィーが残した一つの言伝()ことずて()

 ハウルがそれをマルクルから聞いたのが、今からちょうど1時間前だった。
 

 ハウルは、窓の外の陽の高さをチラリと見た。

 まだ、日が沈むまでには時間がある。


 「遅いと思わないか、マルクル」 

 「うーん……」


 とりあえずマルクルは、ハウルの質問に曖昧な返事をする。

 そして、ハウルと同様窓の外を眺めてみせた。


 ソフィーが妹のレティーに会いに、チェザーリのお店に行くと言いだしたのは正午あたり。

 その時はハウルが留守だったので、ソフィーはマルクルにそう伝言を頼んだのだ。


 実際ソフィーが出かけてから、すでに3時間はたっている。

 そのことに、ハウルは「遅い」と言っているのだ。


 しかし。
  
 行きの時間と帰りの時間。それに、レティーと話す時間。
 
 それら両方入れても、3時間は妥当なところだろう。

 決して、遅いということは無い。


 マルクルは胸中でふとそんなことを考えたが、とりあえず言葉には出さずにふせておく。

 机に座った状態で、椅子の脚が高いために、木の床に着かない足をブラブラと泳がせた。


 「そうですねぇ……」


 そんなマルクルの返答を聞きつつ、ハウルは机の上に置いてあった書物を手に取った。

 本でも読んでいれば、そのうちソフィーも帰ってくるだろう。


 そう考え、マルクルの向え側に位置する椅子に腰掛けて、一つ溜息をつく。

 そのまま背もたれによしかかる形で、ページをめくりはじめた。



 一分。

 二分。

 ……………。
 

 はっきり言って、集中できない。

 気がつくと、先ほどから同じところばかりを繰り返し読んでいる。


 確実にいつもより遅く感じる、時間の流れ。

 時計を見ると、まだ10分しか経っていない。


 「……………」


 窓から見える太陽は、陽の沈む山々からちょうど45度の位置。

 先ほどと、あまり変わりはない。


 結局。

 ハウルは、ソフィーが帰ってくるまでの間、なかなか過ぎない時間の流れと戦うはめになったのである。







 

 一方ソフィーはというと。


 チェリーザの店を出たところまではよかったのだが、帰り道でヒンとはぐれてしまい。

 一人で帰るわけにも行かず、町の真ん中で途方にくれていた。


 「ヒンったら、どこに行っちゃったのかしら」


 キョロキョロと注意深く周りを見渡しながら、歩く。

 そういえば帰り道、街路を走る石炭汽車に注意したり、人ごみにぶつからない様に気をつけてたりで、足元にはあまり目がいっていなかったような気がする。


 ヒンは階段を上れないうえに、吼える声もあまり大きくない。


 もしかしたら、どこか階段とかに引っかかったりして、自分を呼んでいたんじゃないだろうか。

 町中のざわめきで、そんなヒンの声を聞き逃してしまったんじゃないだろうか。

 もしくは………


 考えれば、キリがない。

 そして、そんなヒンを気にとめてやれなかった自分に苛立ちがつのる。


 日は徐々に沈みかけて。

 暗くなれば、見つけるのも難しくなるだろう。


 階段、段差、ヒンの引っかかりそうな場所……。


 ソフィーは帰りの道のりを、頭の中で思い起こしてみる。


 チェリーザの店を出て。

 あそこを曲がって。まっすぐ行って。

 裏路地を通り過ぎて。その後、大通りに出て。 


 大通り………。


 「あっ!!」


 思い出した。

 確か大通りに出るときに、段差が何段かあったはず。

  
 その時に、ちょうど道を尋ねられて。

 すっかりそっちに頭がいっていたような気がする。
 

 ソフィーはあわてて踵を返して、大通りの方へと走り出した。

 帽子が飛びそうになるのを、片手でおさえこむ。


 ソフィーに降り注ぐ太陽は、40度の位置。

 徐々にその姿を、橙色へと変える。