続・小さな邪マモノ
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 「んー………」


 夕飯も終わり、銀色の月が空高く上る頃。

 ソフィーは風呂場の鏡に映る自分を、ジッと覗き込んでいた。


 洗い立ての銀色の髪。

 水滴る、お風呂上りでほんのり赤みがかった肌。


 そして、顔。


 ソフィーは、その顔のパーツの一部である唇を右の人差し指でひと撫でした。

 そして眉根を寄せてみせる。


 「うぅ〜〜……」


 そこは、風呂から上がったばかりだというのにカサカサしていて。

 おまけに、少し切れているところもあって痛い。


 ソフィーは、そんな乾燥した唇を見ながらちょっと考える。


 考えて。

 湯気で少し曇ってしまった鏡を手の平で撫でて。


 うん、と鏡に映る自分に微笑んで見せた。 
 

 「ハウルなら、何か唇に塗るいい薬とか作ってくれそうね」


 そう言いつつ、ソフィーは棚の上に置いてあったバスタオルを手に取った。





 
 *   *   *






 「口に塗る薬?」


 そんなハウルの言葉に、ソフィーは頷いてみせた。

 
 ここは城の二階にある、ハウルの部屋である。

 そこは、相変わらずといっていいほど派手な飾りで埋め尽くされていて。

 しかし、ソフィーが嫌がるハウルを横目にいくら片付けをしたところで、この部屋だけは毎日どことなく散らかってしまうのだ。
 

 そんな、今は見慣れたハウルの部屋。

 そこの一角にあるベッドの上で、ハウルは本を読む手を中断してソフィーの方を振り向いた。


 「うん、荒れてしまって痛いの。何かいい薬とかまじないとかないかしら」


 ソフィーはそう言いつつ、困ったような表情を浮かべてみせた。

 するとハウルは、そんなソフィーに視線を向けたままベッドから降りて。


 近づく。


 「……ふぅん」

 
 かと思うと、ハウルがそう呟きながらソフィーの唇を指で撫でてみせた。
 ………確かに、荒れてる。


 ハウルは、撫でた指から感じる柔らかい感触に混じって、所々カサカサした所があることに気がついた。

 これだけ乾燥しているところを見れば、ソフィーはきっと痛かったに違いない。


 それならば、と。


 「いいまじないならあるよ、ソフィー」

 「本当?」
 

 そんなハウルの言葉に、ソフィーは嬉しそうに聞き返して。

 よかった、と微笑む。


 そんな屈託ない笑顔を見せるソフィーに、ハウルは優しく目を細めて。
 
 唇に置かれたままの自分の指を、そっと頬へと移動させた。


 頬に置いた手に触れる、ソフィーの髪。

 洗ったばかりでまだ乾ききっていないのだろう、いつもの様な軽さはなくて。

 でも、柔らかい。


 「じゃあ、まじないをかけるから目を閉じて」

 「目?う………っん」


 途端。

 ソフィーが言葉にしようとした「うん」は、何故かぎこちないものとなり。

 一瞬、なにかに空気を呑まれたかのような錯覚に陥る。


 頬に触れる、手。

 近くで感じる、体温。


 重ねられた、唇。

 
 ソフィーは、気づいた時にはすでに、ハウルに言葉ごと呑みこまれていたのだった。