続・小さな邪マモノ
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 「う……っん」


 突然のハウルの行動に驚いたのはソフィーである。


 頬に触れる、手。

 唇に感じる、感触。


 思わず、閉じていた目を勢いよく開けた。


 そこは―――――――――暗闇。

 
 ソフィーは、一瞬そんな感覚にとらわれた。


 しかし。

 落ち着いて、よく考える。


 一、二度瞬きをして。


 そう。違う。

 暗闇なんかじゃなくって。


 暗闇と感じるほどの至近距離に――――――――ハウルの顔があるのだ。


 「ハ……っハウル!」


 ソフィーはそのことを頭で理解すると、恥ずかしさも手伝ってか、どうしたらいいのか分からずに両手でハウルを押し退けた。


 するとハウルは、以外とすんなりソフィーから離れた。

 かと思うと、そのままベッドに腰掛ける。


 そして、さらりと言う。


 「嫌だった?」

 「!!」


 それは、完璧とも言えるほどのソフィーの心理状況を掴んだ言葉で。

 ソフィーは言葉に詰まったまま、口をパクパクさせてみせた。  


 そう。

 嫌じゃない。


 嫌なわけないのだ。


 だって目の前にいるのはハウル。

 誰よりも大好きなハウルなのだから。


 でも。


 ソフィーは、足元へ視線を落とした。

 ゆっくりと、息を吸う。 


 そう。一応ソフィーだって、恥じらいもつ乙女である。

 しかも恋愛経験が乏しいぶん、それに関しての表現が下手で。

 自分で言うのもなんだが、愛だの恋だのに関しては、右も左も手探り状態の初心者そのものなのだ。


 そんな自分に。

 そんないっぱいいっぱいの自分に。


 ハウルは。


 「嫌だった?」


 と、聞いてきたのだ。


 当然ソフィーの頭の中は、一瞬で真っ白になる。


 嫌なわけ、ないけど。

 嫌じゃないよなんて、なんとなく照れくさくて言えない。


 でも言わないと勘違いされそうで。

 ハウルがいじけてしまいそうで。


 もう、こんな自分が嫌〜〜〜〜っ!!


 すると、そんなソフィーの胸中を察したのか、ハウルが喋れなくなっているソフィーの代わりと言わんばかりに口を開いた。

 
 「この間はヒンに邪魔されたからね。でも今日は誰も邪魔者がいない」
 

 そして、微笑む。

 まるで、ソフィーにガチガチに固まった緊張をほぐしてくれるかのように。


 「あの日僕は、夜通しでソフィーを待ってたんだ。なのにソフィーときたら、いつまでたっても来る気配はない。あの時は、一人で朝を迎えながら、僕は本気で闇の精霊を呼び出すところだったよ」


 そんなハウルの言葉に、ソフィーは思わず彼を見据えた。 


 一度目は女の子にふられて。

 二度目は、オレンジに染まった髪の色。

 そして三度目は、ソフィーに拒まれたから?


 そこまで考えて、ソフィーはぷっと小さく吹き出した。

 そして、そのままクスクスと小さく笑い出す。  


 そう、結局は。

 ハウルは純粋で真っ直ぐな人。

 まだまだ知ってるようで、何もしらない弱い人。


 自分と―――――――――同じなのよ。


 途端、自分の中にあった「緊張」の二文字が不思議と和らいでいくのを感じた。


 ソフィーは小さく笑っている自分を見て、少々不満げな表情を見せているハウルへと近づいた。

 そして、嬉しそうに微笑む。


 「……ハウル」


 二人、手をのばせば届く距離。

 ハウルが、青の双眸にソフィーを映しつつ目を細める。


 そして、そのまま両手でソフィーの手を優しく包み込んだ。
 「大好きだよ、ソフィー。僕の大切な……奥さん」

 「………うん」
 

 そして、ハウルはソフィーの両手を引き寄せた。

 必然的に、ソフィーはハウルの身体に倒れこむ形になる。


 お互いの体温を、お互いで感じあって。

 目を閉じる。


 そして―――――――――もう一度静かにキスをした。




 今夜は、ヒンもマルクルもすでに寝ていて。

 荒地の魔女ことおばあちゃんも、すでに夢の世界。


 カルシファーは、滅多に暖炉から動かない。


 そう。

 二人にとっての邪魔物は、誰もいないのだ。

 
 強いて言うならば、現れないことを願うべきだろうか。 



 そんなことを考えつつも―――――――――長い夜は、ふける。