続・小さな邪マモノ
−8−






 頬にあたる、ひんやりとした空気。

 外は風が強いのだろうか、窓がカタカタとなって。


 そんな中。

 ソフィーはふと肌寒さを覚えて、薄っすらと目を開けた。


 「…………」


 まだ夢心地の中。

 ぼんやりと視界に、清楚な壁紙の天井が移る。


 でもそれは、自分の部屋の見慣れた天井ではなくて。


 「………?」


 不思議に思い、まだ眠くて重い目をソフィーは何とか開ける。


 そこには。


 「……寒い?ソフィー」 

 「………!!」


 わずか5センチの距離に、ハウルの笑顔。

 思わずソフィーは飛び起きた。


 「ハ…っハウル!!」 
  

 一気に、目が覚める。

 途端、顔は真っ赤に染まり。


 ソフィーは口をパクパクしてみせた。


 そう。

 そうだった。

 私、昨夜ハウルと―――――――――
 

 と。

 そこまで考えて、ソフィは一瞬考える。


 一呼吸置いて。

 恐る恐る視線を下に向けると。


 「―――――――――!!」


 案の定、一糸まとわぬ自分の姿。


 今度は慌てふためき、布団にもぐる。
 
 とはいっても部屋の中は薄暗く、ほとんど視界はきかないのだが。


 でも。

 でもでも。


 は…っ恥ずかしい〜〜〜〜〜っ!!


 ソフィーは思わず胸中で悲鳴を上げた。

 そのまま頭まで布団をかぶり、黙り込む。


 1秒。

 2秒。


 …………。
 

 「く……っくく………っ」


 そんなソフィーの耳に届く、くぐもった様な笑い声。


 確認しなくても分かる。

 ハウルが、笑ってるのだ。


 そのことに、ソフィーは恥ずかしいやら何やら複雑な気持ちのまま、ますます布団から顔を出せずに。


 すると、しばらくしてから笑い声がやんで。


 「ソフィー」 


 自分を、呼ぶ声。 


 それは本当に優しくて、穏やかなもので。

 まるで、ソフィーの心をとろとろに溶かす魔法のように。 


 「ソフィー?」 


 今度は、布団越しに頭をなでられる。


 真っ暗な布団の中。

 ちょっとだけ酸欠なのだろうか、ぼーっとしながらも頭にハウルの手の重さを感じて。


 「……………」


 ソフィーは観念したように、ゆっくりと顔を出した。


 そこには、ハウルの笑顔。

 そのまま、ソフィーが出てくるのを待っていたかのように優しく口付けをして。


 目を、奪われる。


 と、その時。


 「……痛っ」


 突然ソフィーは、唇に微かな痛みを感じて小さく声を上げた。


 思わず、口に手を持っていく。


 すると、指先に荒れた感触を感じて。

 一呼吸置いて、考える。


 そう。

 そうだった。


 今の今まで、すっかり頭から抜けていたけれど。  

 今回の、ことの発端は。


 「そういえば、唇が荒れてたんだったよね」


 と、ソフィーが考えるより先に、ハウルが言葉にする。


 「…………」


 そうなのだ。


 よくよく考えると、ハウルの部屋へ来た理由は、唇が荒れてしまい何かまじないか薬を貰おうとしたからで。


 それなのに。

 何故か事態は途中から変な方向へずれていって。

 結果、今の状況にあるというわけである。


 と、その時。

 ブツブツと考え込んでるソフィーに、ハウルが突然顔を近づけてきた。
 
 それは、吐く息もあたるほどの至近距離で。 


 「………なっ何?ハウル」


 突然のハウルの行動に 思わずソフィーは顔を赤くする。


 するとハウルは、そんなソフィーにニコリと笑って。

 右手の人差し指で、ソフィーの唇を軽くひと撫でした。


 「………!」


 一瞬。

 本当に一瞬だが、ソフィーは突然唇が熱くなったように感じた。


 しかしそれも、すぐに消えて。

 ハウルが何をしたのか分からずに、無言で2、3度瞬きをする。

 
 「…………」
 

 ソフィーは、そのまま無意識に自分の唇に手を持っていった。

 ゆっくりと、端から端まで唇を撫でて。


 「………荒れてない」

  
 ポツリと、呟く。

 するとハウルは、そんなソフィーの様子を見ながら口を開いた。


 「治ったかい?」


 そんなハウルの言葉に、ソフィーは思わず気が抜ける。

 あまつさえ、理不尽すら感じて。


 だって。


 こんなに簡単に治るのならば。

 今までのアレコレは、一体なんだったの〜〜〜〜っ!!

 
 と、そんなソフィーの胸中を察したのか、ハウルがソフィーへと近づいて。

 対するソフィーは、眉根を潜める。
 「………こんなに簡単に治るなんて、聞いてないわ」


 そんなソフィーの言葉に、ハウルは一瞬驚いたような顔をして。

 かと思うと、イタズラめいた様に目を細めた。


 まるで、子供のように。

 
 「ソフィー、僕を誰だと思ってるの?」


 国一番の、魔法使いだよ?


 そして、微笑む。

 悪びれる様子も、なく。


 そんなハウルの様子に、ソフィーはあきれたように溜息をつくことしか出来なかったのだ。
 



 

 結局。


 今回、二人の間に「邪マモノ」は現れなかったのだが。

 邪な考えを持った小さな「マモノ」は、ソフィーの目の前にしっかりと現れたのだった。



                              <終>