ARARA - 21-34


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雲景のあららARARA
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電話が鳴った。SS流に返信の続きのメールを打とうとしているところだった。
パソコンの脇に置いてある子機をとりあげた。
「その後どうですか?」 
声を聞いて、すぐにわかった。ファン様の更新の催促だ。

今年に入ってから、いけばなの写真を一件もアップしていない。
昨年の10月に展覧会に出瓶した作品が最後になっている。
雲景を惑わすSS流のブログは、苦情を受けた後も着実に更新している。

ファン様は多くを語らないけれども、若いころ、大宅壮一・東京マスコミ塾で賞をとったことが
あるそうだ。企業のPR誌の見開き2ページを、雲景に書く場を提供してくれたことがある。
銀行などに配布されていたらしい。
「楽しみにしている読者がついてきたよ」
その報告に喜んでいたのに、PR誌は経費削減から廃刊になってしまった。

ファン様は雲景のホームページを見て、写真が気に入らないようだ。
「ピントが合っていないのが分からないのかなぁ〜」
「それなら、どこかに習いに行きます」
「カメラはきちんと写るように出来ている。行く必要はない。自分で研究することだ。
オリンピックのポスターを撮ったカメラマンは、一人であれを写したんだ」

1964年 、東京オリンピックが開催 (
10月10日Satー24日Sat)されたのは、雲景が大学を卒業
した年だった。バブル時代がブクブクと泡をたてはじめていた。
東京は高速道路が整備され、高級ホテルが林立した。
外国からの旅行客を獲得しようと、ホテル側は航空会社の社員を軒並み接待した。
経済が落ち込んでいる現代の日本では信じられないほどの華やかな泡が浮遊していた。
雲景も新入社員ながらそのバブルのお零れに預かっていた。

オリンピックのポスターを撮ったカメラマンと比較されたのではたまらない。
そのポスターは印象深かった。短距離競争の男子選手が、前屈みになって、まさに
スタートダッシュをかけたばかりの写真のようだ。

まだ横並びの男子選手の肌の色はまちまちだ。筋肉質の脚が宙に浮いている。
前方を捉える選手の鋭い眼光は、スタート 直後の時点から、すでに勝利に決着がついて
いるように見えた。
ポスターの中には、その一瞬を捉えるカメラマンの、鬼気迫る意気込みまでが写し出されていた。
静止画像なのに、動きがある。

いけばなで、こんな写真を撮ってみたい。
花や葉は、静止しているように見えるけれども生きている。
雲景には導管から吸い上げた水が、樹液となって、とくとくと植物の身体の中を血流のように
駆け巡っているのが見えるときがある。

「静」の中にある「動」を活けてみたい、写してみたい、と思っているのだが、これが難しい。
ホームページの写真は、シャッター、カッチャンの域だ。

SS流にメールを早く打ちたかった。
カメラの話に上の空になった。
「それどころではありません」

電話を早々に打ち切ろうとした。
雲景の反応に不服な相手のほうが、先に受話器を置いた。
「カッチャン」 と耳に響いた音までが憎たらしい。


                                    続く(編集未完)
どる
づく